いつかいつかいつの日か
料理にお掃除、家事炊事、今日も今日とて大忙し。いつも以上に大忙し! だって特別な日ですから。私にとってもトラルにとっても、特別な特別な日ですから。
「よし!」
飾り付けもお料理もしっかりかっちり完璧に。後はトラルを呼ぶだけです。呼ぶところまでが大事なんです。なのになのに、トラルはやっぱり意地悪で、だから私は嫌いです。トラルを呼びに書斎へ向かおうと後ろを振り向くと、扉の横で壁に背を預け、ローストチキンを頬張っているトラルが私を見ていました。
「うん、美味しいね。前より上手になったんじゃない?」
「何で、食べて、るんですかっ!」
「そんなの決まってるじゃない。ちょっと小腹がすいたからだよ」
「だからって何でメインから食べるんですかっ!」
「僕の分なのに食べちゃ駄目なの?」
「食べてもいいですけど、駄目なんです!」
「う~ん? 真冬はなんか理不尽だね」
「貴方だけは言う資格が無いと思います」
「ええ~、そうかなぁ?」
「まったく……、もう良いです。とにかく早く座って始めましょう」
クスクスと面白そうにおかしそうに、本当は全部わかっているくせに、わざわざ意地悪してきます。これだからトラルは嫌いなんです。大大大大、大っ嫌いです。けれども今日は怒ってあげません。だって大事な日ですから。だって特別な日ですから。少しは寛容になるというものです。トラルがパクパク、ローストチキンを食べながら席につく光景に、こめかみをピクピクさせながら、私もゆっくりと椅子に座ります。そしていつものように、毎年のように、『いただきます』の代わりの言葉をトラルにそっと伝えます。
「トラル、誕生日おめでとうございます」
「真冬こそ、誕生日おめでとう」
私の言葉と同じ言葉を流石にチキンをそっと置いて、しっかり私を見つめながら、何故か笑みを顔から消して伝えます。だから私はとびっきりの笑顔を迎えます。だってトラルが生まれた日ですから。私はトラルが嫌いですけど、お誕生日を祝わないほどトラルが嫌いじゃありませんから。では、楽しい食事を始めましょう。先に食べたトラルに追いつくように、ゆっくりと丁寧にガツガツと食べて食べて行きましょう。食べ終わったその後がメインで本番なんですし。
「ねぇ、真冬」
「なんです、トラル?」
「今、楽しい?」
「楽しいというより美味しいです。自分が作ったものですけど」
「それは良かった。で、楽しい?」
「まぁ、そこそこには……」
「なら、また来年もやりたいかな」
「毎年のことですから。もちろん来年もやりますよ」
「ならまぁ、楽しみにしておこうかなぁ……」
「……?」
それを最後にトラルは食事を続けます。なんだか今日のトラルは変ですね。いえ、変なのはいつものことですけど。今日くらいは少しまともになればいいのに。今日は特別な日なんですから。そんなことを思いながら私とトラルは食事を続けます。私はトラルが嫌いですけど、こんな風にささやかながら、特別な日を祝える日々が、ずっとずっと続けばいいとほんのりこっそり願いながら。
食事が終わったら次はケーキです。生クリームたっぷりの頑張って作った自信作。我ながら美味しくできたと思います。作ってる途中で何度も何度も、味見をしてしっかり確認しましたから。あ、食べすぎてはいませんよ? 必要なだけ、必要な分をしっかりちゃんとみただけです。
ケーキ用にお皿を出して四十五度ほど温めた包丁でズズズとカットしていきます。綺麗にかっちり、六等分。一人あたり三個です。誕生日といえばやっぱりホールケーキですからね。食べ切れない分は冷蔵庫にしまって明日食べましょう。一番大きな苺をのったケーキをトラルのお皿に入れて、私は小さい苺のケーキを取ります。今日はトラルの誕生日、サービスしてあげないといけません。しかし、トラルは何を思ったのか、ケーキのお皿を受け取って、私のお皿と交換しました。
「何で交換するんです? 苺嫌いでしたっけ?」
「別に好きでも嫌いでもないよ」
「なら、何で交換するんです」
「今日は真冬の誕生日だからね」
「でも、トラルの誕生日じゃないですか。サービスですよ、サービスです」
「それはそれは、ありがとう。でも僕はこうしたいと思ったんだし、真冬がそっちを食べるんだ」
「……分かりました。あとでこっちが良いって言っても交換してあげませんからね」
「そんなこと言わないよ」
私がケーキを食べ始めるとなぜだかトラルは急に嬉しそうになりました。やっぱりトラルが何を考えているのかわかりません。変なやつで変な人です。もうちょっと分かりやすくなってくれればいいんですが。トラルは苺をお皿によけて、やっとケーキを食べ始めます。きっと最後に食べるつもりなんでしょう。ゆっくりゆっくり美味しそうに、そっとそっと食べてくれてます。
だから私は嬉しくて、トラルのことは嫌いですけどとってもとっても嬉しくて、ケーキを三個も食べてしまいました。まぁ、別にいいですよね。私、太らないたちですから。体重なんて今まで一度も変わったことがないですし。食べ終わったら次へ次へ。最後にメインイベントです!
「はい、トラル。誕生日プレゼントです」
「はい、真冬、僕からも。誕生日おめでとう」
やったやった、誕生日プレゼントをもらえました! もらえることはわかってましたけど。でもでも、やっぱりとってもうれしいです! 私からは手編みのマフラーとセーターとも一つ奮発して手袋を送りました。頑張って頑張って作りました。まだまだ暑いですけれど、すぐに寒くなるでしょうから。ではではトラルからは何でしょう? 私はトラルが嫌いですけどプレゼントはとっても楽しみです。何かな何かなとワクワクしながら、マフラーをしげしげ見つめているトラルを尻目に、包装紙をゆっくり剥がして中から出てきた箱を開けます。するとそこには──────
「トラル」
「なぁに、真冬」
「これ、空っぽなんですけど」
「そうだね、何も入れてないからね」
「何で、何も入ってないんですか」
「まふゆんは何でだと思う?」
「わかりません」
「だからだよ」
トラルは当然と言わんばかりにそういいます。しかし、私には何のことだかさっぱりわかりません。一体何を言っているのでしょう。悪戯はいつものことですけど、こういうのはちょっとひどいと思います。どうせなら「僕からの思いが詰まってるんだ」とかそういうのをなんかこう、真面目な顔で言ったあとに、なんかこうなんかこう、あれな感じでピンクい何かであったなら私も許す許さない以前になんかこう、アレな感じで対応しますのに。あ、勘違いしないでくださいね。私はトラルが嫌いです。
しかし本当にこれで終わりみたいです。何かを出そうともしませんし、何かをしようともしてません。流石に私も怒ります。ひどいですよね、ひどいです。食事もケーキも食べ終わってますし、私は席をたつことにします。こんな意地悪で性格の悪いトラルなんて、私が上げた『真冬』だけに真冬に対応した三点セットでせいぜいぬくぬくすればいいのです。あ、ちゃんと私は怒っていますからね。意地悪されたこと怒ってますからね。そこまで口調が荒れてないのは、私が上げたプレゼントを見て一瞬、隠しきれずにすっごく嬉しそうにしてくれたとか、そういうのとかは関係ありません。絶対絶対ありません。
そのまま扉の方へ進んでいきます。そのままドアノブに手をかけました。それでもなんにも言ってくれないので、「ああ、食器を持っていくのを忘れてました」とそう言って、くるっと引き返してお皿とフォークと包丁を回収していきます。トラルはマフラーを巻き始めました。それよりなにか言うことがあると思います。いえ、良いんですけどね。なんか嬉しそうなのでとってもとっても良いんですけど! 何か言うことはないんでしょうかっ! 何かフォローは無いんでしょうか! 客観的に見てトラル、すっごくひどいことしてますからねっ! 良いんですけど良いですけど。私はトラルが嫌いですし!
回収したらついに最後に、歩幅をいつもの半分くらいにしながら、扉に向かいます。ふふ、何か言うなら最後のチャンスですからね。ゆっくりゆっくりかつて無いほどゆっくり歩いても、いつか扉にたどり着いてしまいます。けれどもさすがのトラルも悪いと思ったのでしょう。両手に手袋をはめながら、ついに私に呼びかけました。私はトラルが嫌いですけど、満面の笑みを必死に抑えて振り返ります。
「ねぇ、真冬」
「なんですか、トラルっ!」
「何でそんなに声大きいの?」
「どうでもいいです。で、なんですか。言いたいことがあるなら今のうちですよ」
「……真冬ってさぁ、今何歳か覚えてる?」
「……はい? 私が何歳か、ですか?」
「そうそう、真冬は今、何歳?」
何を言ってくるかと思えば、本当に意味がわかりません。トラルは知っているでしょうに。忘れるわけがありませんから。まぁ、答えない理由もありませんし。さっさと返事を返しましょう。
「今年で十七歳になりましたよ」
「じゃあ次の質問、何回目?」
「何がですか?」
「誕生日」
「そんなの流石に覚えていませんよ。だって、もう【二百回以上】してますし」
「じゃ、教えてあげる。今日で【三百二十七回目】だよ」
「ああ、もうそんなにやってるんですねぇ」
「もう一度聞くけど、真冬は何歳?」
「何で二回も聞くんですか。今年で十七歳になりました」
「そうだよね、そうだよねぇ……」
なぜだかトラルは変な顔をしています。悲しそうにも見えますし、安心しているようにも見える不思議な顔をしています。私には何でそんな顔を知ているのかさっぱりわかりません。そんな変なことを聞くよりも、もっと言うべきことがあるでしょうに。私はやっぱりトラルが嫌いです。
「ねぇ、まふゆん」
「なんです、トラル」
「十八歳の誕生日には何か欲しいものってない?」
「……特にはありませんけれど、貴方があげたいと思ったものでいいですよ」
「そっかぁ……」
「そういえば、トラルは去年もそれ聞いてきましたね」
「うん、毎年毎年聞いてるからね」
「なら、来年の誕生日は楽しみにしてますね」
「うん、僕も真冬の十八歳の誕生日はとっても楽しみにしてるんだ」
「楽しみにしてくれてるなら、何で空箱なんて贈るんですか、まったくもう」
「今日は十七歳の誕生日だからだよ」
「……どっちも誕生日じゃないですか」
「どっちも誕生日ではあるけれど、全然意味が違うんだよねぇ」
「……?」
「あ、そうだ」
「どうしました?」
「まふゆんの真冬三点セット、ありがとう。すっごくとっても嬉しいよ」
「…………っっ!!」
い、いきなりなんてことを言うのでしょう! なんて顔で言うのでしょう! あんな、あんなに素直に無邪気に嬉しそうな顔をするなんて、ずるいずるいずるいですっ! もっと性格悪そうな顔で言ってくださいよ。そんなに嬉しそうな顔で言わないでくださいよっ! ずるいずるいずるいです。私はトラルが嫌いなのに。なぜだか全くもって理解できませんが、すごくすごくお顔が熱くなってまいりましたので、慌ててここを去りましょう。
今の表情をトラルに見られる前に去りましょう。ぱぱっと扉を開け放ち、すぐさま扉の向こうに飛び込んで。走るような早歩きで。私はどんどん進んでいきます。でもでも、ああ、そんなに喜んでくれたなら、嘘じゃなくて喜んでくれたなら、次の次の、次の次の次の誕生日も頑張って見るのもいいですね。あんな顔が見れるなら頑張ってみるのもいいですね。今からとっても楽しみです。私はトラルが嫌いですけど。
真冬がいなくなった部屋で、真冬がいなくなったテーブルに座って、真冬が作ってくれたマフラーを付けて、真冬が作ってくれた手袋をはめて、真冬が作ってくれたセーターは流石に暑いのでそのままで、真冬が出ていった扉を見つめて。
「ああ、本当に早く早くこないかなぁ。十八歳の誕生日……」
いつかいつかいつの日か、僕はただただその日を夢見てる。すべてが終わるその時を。ただただじっと夢見てる。
これにて完結です。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
感謝感謝!
次回作はもうちょっと書き溜めできてから、投稿しよう……。
投稿し始めたら一応、URLをここに載せようかなぁ。
まぁ、縁がありましたらまたお会いしましょう~。
ありがとうございました! ではでは~
新しくはじめました!
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よかったら見てくださいね~!




