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サルノテ  作者: アリアリア
第四冊 『名もなき誰かの物語』
87/95

真実

「え……?」

「ん、何かおかしなことを言っただろうか? 私は最初からずっと今のままだ」


 何がショックだったのか、うろたえているそれが理解できない。何かを間違えていることは分かるのだが、何を間違えているのかがわからない。『それ』は変化を恐れているのだろう? だから変わらないことを教えてやった。変化しないことを伝えてあげた。なのに何故そこまで打ちひしがれる。絶望に包まれる? いつものように喜びに包まれた笑顔をみせてほしい。そのほうがずっとずっと管理が楽なのだから。


「あなたは」

「あなたは?」

「貴方は本当に変わっていないんですか。ほんの少しでもあの時から私に対して、何も変わっていないんですか?」


 まっすぐに私を見つめる『それ』の瞳は切実さと焦燥感すらともなって射抜いてくる。しかし、どれほど考えても、『それ』が何を考えているのか理解できない。肯定と否定どちらが正解なのか、先程の確信が間違っていた時点で、もはや答えを失っている。変わらないことを恐れている? いやいや、それはありえないだろう。人は変化を恐れるものだ。人は変わらないことを望むものだ。衣食に困らない限りは人は『今』を望むものだ。解は得られず答えは出ない。だからこそせめて、今の状況を変化させるためだけに淡々と、真実のみを『それ』に伝えよう。


「変わっていない、変わっていないよ。君に対して私はいつでも『私』であり、片時でも他の何かではありえない。君に対する接し方で、私に変化を感じていたか?」

「そうですね、思い返してみれば貴方は初めてあったときから何も変わっていませんね。驚くほどに何もかも」

「そうだろう、そうだろう」

「なら」


 どうしてだろう、何故だろう。『それ』は何故か瞳に涙をたたえている。いや、それ自体はどうでもいいことだ。先程までだっていつ泣いてもおかしくないような顔をしていた。けれども一つだけ、決定的に違うことが一つある。どうして、どうして『それ』は私が願いを叶えた多くのものと同じように絶望の色に染まりきっているのだろう? 分からない分からない理解できない。それでも『それ』は言葉を紡ぐ。解決策は浮かばないのに、難問ばかりが降り積もってゆく。『それ』は私に伝えようとする。理解できない何かを私に。


「貴方は、わたしを愛していないんですか」

「すまない、質問の意図がわかりかねる」

「貴方はわたしを愛していますかっ!」

「お、落ち着いてくれ。『愛』とやらは人間同士で成立するものだろう? 君は人間であり私は違う。ならば答えは明確だ」


 何故それを今訪ねたのか、それがどういう意味を持ち、それにとってどれだけ重要であるのか、何一つとして理解できなかった。私が人間でない時点で、問いそのものが成立していないからだ。ああ、本当に未だかつてこれほど私を困惑させた人間がいただろうか。やはり『それ』は希少種である。あまりに通常の人間からかけ離れすぎている。


 今、この場において人間の生殖本能に対する別表現が、いかなる意味を持つというのか。動物的本能に対する疑問であるのなら『トラル』にでも尋ねればいい。この場で私に問う意味は無いだろうに。分からない分からない分からない。であるからこそ、私は真実を口にし続ける。客観的な事実のみを口にし続ける。なぜならどんな言葉を伝えれば、『それ』がこんな顔をしないですむのか私にはどうしてもわからないからだ。


「私は君を愛してはいないし、これからも愛することはないだろう。私は何も変わらないのだから」

「……そう、ですか」


 その時、私の言葉を聞いた『それ』を私はどう表現していいのかわからなかった。悲しんでいるのは間違いないだろう。喜んでいるなどありえない。だが、単純に『それ』の流す涙が悲しみだけとは思えなかった。何故そう思うのかすら理解できていないのに、何故か私はそう感じた。これは異常事態である。私の理解の及ばない何かが私の意識を超えて何かを感じさせているのだから。


 だから、私は知らなければならない。知らなければ対策を立てることもできないのだ。私は何も変わらない、私は私でなければならない。次の次の次のために、素晴らしきものを伝えるためだけに。いつかまた『それ』と同じような人間に出会った時に、同じ繰り返しを重ねてしまうことは避けなければならないのだ。理解できてしまえばどうとでもなる。対策がないと結論が出るならそれでいい。次からは直ちに殺してしまえばいいのだから。


 どのような結論が出るのにせよ、私は私の全力を持って『それ』に向き合おう。『それ』を理解するように努めよう。これまでと同じように、これからも同じように。願いを叶えるその日まで。まぁ、『それ』の状況を見る限りその機会があるのかは疑問だが。とにかく私は私のできることをしよう。


 清潔な手布を生成し、決して触れないように細心の注意をはらいながら、『それ』の涙を拭うために手を伸ばす。『それ』の絶望を拭い去れることを期待して。いつもの笑みを作り上げ、いつもの仕草を作り上げ、いつもの優しさを作り上げて。けれどもやはりと言うべきか、何も理解していない私では、何をしようとも正しい答えとより良い結末は得られないらしい。


「触らないで」



 私は『それ』を理解できず、『それ』は私を拒絶した。



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