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サルノテ  作者: アリアリア
第四冊 『名もなき誰かの物語』
86/95

間違い

 四六度目の桜を咲かせながら、かつての疑問に再度向き合う時が来た。状態は改善せず、むしろ悪化していっている。『それ』の表情は笑みが陰ることが増えてきた。話し始めれば今までの『それ』と同じように装っているが、やはり悲しみを隠しきれていない。


 さらにふとした瞬間に、今にも泣きそうな顔をするのだ。今、私の隣で桜を眺めている『それ』も喜びを表しきれていない。あれ程喜んでいた桜なのにだ。わからないわからない、理解できない。どれほど考えていても答えが出ない。できればとりたくはなかったが、最終手段を使うとしよう。


「何がそんなに悲しいのだ」

「……悲しそうに見えます?」

「見える、違うとでも思うのか」

「……違いますよ」

「ならば何故そんな顔をしているんだ」

「答えないと駄目ですか」

「……私は答えてほしいと思っている」

「貴方は、時々ずるいですよ、本当に」


 そう言って『それ』は顔を伏せ、答えを求めるように膝の上においた『トラル』を撫でる。最近はあまり開くこともなくなったが、それでも肌身離さず大事に持ち続けているそれを。何故か私はその行動が救いを求めているように見えた。なぜだかは理解できないが。


「悲しいと言うよりも私は怖いんです」

「……」


 私らしからぬ表現だが、直感的に非常にまずいとそう感じた。一刻もはやく原因を取り除かなければならないと。もしも失敗すれば私は願いを叶えられない。ここまでの時間すべてが無駄になる。けれども答えは出てこない。どれだけ思考を行おうとも決して答えは現れない。どうすればいいどうすれば、私はなんと答えればいいのだろう?


「貴方は本当に変わりませんね」

「私……? ああ、私は変わらない、永遠にこのままだ」

「でも、私は変わります」

「……当然だろう?」


 何を当たり前のことを言っている? そんなことは知っているし、必然だ。口に出すまでもない。今この状況になんの関係があるのだ。私の思考は疑問で埋め尽くされ、なんの解も出すことができないでいる。まずいのはわかっている。それでも答えが出てこない。


「貴方は初めて会ったときから変わらない。けれど私はどんどん変わっていってしまう。貴方の顔を見上げるのは今も変わらないけれど、ずっと近くなって、最初のうちは貴方に近づいていくのが嬉しかった。でも通り過ぎてしまった……。通り過ぎてしまったんですっ!」


 泣いていた。ここまでの年月で泣いている姿を見たことは何度かあった。けれども、これは知らない。こんな顔をする『それ』を、私は知らない。涙を流しながら取り乱す『それ』を私は知らないのだ。状況がわからない。状況が理解できない。何故『それ』が取り乱しているのかわからない。


 冷静に思考を回転させることができていないでいる。目の前で起こっている現実に、私自身が対処できていない。ああ、『それ』の記憶を消せれば楽だろうに。『それ』の精神を自由に操れれば楽だろうに。しかし、それはできないのだ。私は『それ』の願いをまだ聞いてはいないのだから。


「貴方は若々しいままなのに、私はあっという間に老いていってしまう。せっかく近づいた時間はあっという間に離されて、あっという間に届かなくなってしまうんです。いえ、届かないのは悲しいけれど、まだ我慢できます。けれど、老いていく姿を貴方に見られてしまうっ!!」


 叫んでいる、『それ』は私に向かって叫んでいる。悲鳴と言ってもいいだろう。やめてくれ、その考えを理解できないんだ。老いていくのは当たり前で、年老いていくのは当然だ。そしてそれを恐ろしいと思うところは理解できる。人間というのはそういうものだ。


 不老不死を願うものなどごまんといる。事実そういう願いを叶えてきたことはいくらでもある。その殆どは現在も地の底でもがいているか、水の底でもがいているが、そんなことはどうでもいい。問題は何故それを私に見られるのを恐れているかだ。わからないわからないわからない。何を考えているのか理解できない。


「嫌なんです、嫌なんです。怖いんです。醜い姿を見られるのが、それを貴方に見せるのが。貴方はこんなに若々しいのに、貴方は綺麗だった私を知ってるのにっ! でも、今の私は全然違う。あの頃の私は過ぎ去って、枯れ果てる。あの咲き誇る桜のように、貴方のように永遠じゃないんです」


 それがどうした、どうしたというのだ? 永遠じゃない、当然だろう? 生物である以上限界があるのは当たり前だ。それぐらい『トラル』から知識を得ているだろう? 何故いまさら取り乱す。知っていて、理解していて何故取り乱す?


 死ぬのが怖いと言うなら理解できる。だが、老いた姿を見られるのが怖いだと? 人とともにあるのならば理解できる。しかし、ここではお前は『一人』だろう? 何故だ何故だ、何故なのだ。お前はどうして泣いている?


「醜く老いた私を見て貴方が変わってしまうのが怖いんです! 貴方は言ってくれましたよね。私の髪が綺麗だって、私の瞳が愛らしいって。でも、変わってしまう。変わっていってしまう。髪も瞳も、白く白く濁っていってしまうんです。貴方が綺麗だって、可愛らしいって言ってくれた私のすべてが変わってしまう。私は貴方に、醜いと思われたくないんです。貴方に、嫌われたくないんです……」


 この時、やっと私は理解した。そういうことか、そうだったのか。それなら私も理解できる。確かに人間であれば当然の判断基準だ。なんだなんだ、そんなことだったのか。そんな単純なことで嘆いていたのか。ああ、やはり希少種といえども人間だな。初めて明確に『それ』を理解できた気さえする。


 さあ、伝えよう。全ては杞憂であることを。『それ』の嘆きにはなんの意味もないことを。私は笑顔を形作る。いつもの笑顔、いつもの表情、いつもの仕草で語りかける。何百何千何万と行った、その動作でをもって『それ』に告げる。


「そんなことで悩んでいたのか。ならば、気にすることはない。君が若くとも年老いても、私は態度を変えたりしない。君に対して私は何も変わらない。そう、『初めてあったあの時から私は何も変わっていない』」


 私にとって当然の事実を『それ』に伝える。しかし、これはきっと間違いだったのだろう。何故ならば、あんな『それ』の表情を私は見たことがなかったからだ。




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