孤独
繰り返す繰り返す、同じ日々を、変わらぬ日々を。ただただ作業として繰り返す。私は永遠に変わらない。私は私のままである。だからこそ、変わるのはいかなるときも、私以外のすべてである。
37回目の桜が咲き誇る。回を重ねるごとに『それ』の作り上げる料理は洗練されていく。私はそれを美味しそうに装い、食しながら桜を眺める。同じことを同じように、それでも『それ』は私の隣で笑っている。いい加減飽きそうなものなのだが、それでも『それ』は幸せそうに笑っている。
しかし時折、笑顔の中に悲しげな表情が混ざることが増えてきた。なぜ喜びながらも悲しそうにしているのか。環境は変わっていない、私に変化はありえない。ならば原因は『それ』にあるのだろう。
しかし、その原因を特定することができないでいる。必ずなにかあるはずなのだが……。思考の大半を原因究明に回しながら日々を過ごし、ついに私はもしかしたらと思われる答えに一つたどり着いた。
私は満開の桜を眺めながら、食事を口に運び、『それ』の料理の腕が上がったことを褒め称え、人心地がついた後、真剣に……、いや真剣さにほんの少し悲しみを織り交ぜた表情を作り『それ』にそっと、こう訪ねた。
「時折悲しそうにしているが、一人で居るのが寂しいのか?」
「……え、いきなりどうしたんですか?」
「いや、最近のお前は寂しそうだと思ってな」
「寂しくなんてありませんよ?」
「だが、お前はいつも一人じゃないか」
「……? あなたが居るじゃないですか」
心底不思議そうに『それ』は言った。私のとってそれは予想外の反応だった。これが正解だと思ったのだが、やはり希少種は理解に苦しむ。常人と同じ思考をしていない。私がなぜそう思ったのか問うような気配をにじませて、私をまっすぐ見つめてくる。なので私は仕方なく、私が考えた予想を『それ』に告げた。
「私は『人』ではないからな。ここにいる人はお前だけだ。だから────」
「私が寂しいと感じてると思ったんですか?」
「端的に言えばそういうことだ」
「……ふふ」
「何がおかしい?」
「いえ、今更だなって思ったの」
たしかにここまでずっと、私と『それ』のみで時を過ごしている。一歩も出ずにこの屋敷で。その点においてはたしかに今更だ。しかし、だからこそ寂しいと思うのは普通ではないだろうか? 『それ』は一人だけなのだから。人は一人では生きられない。これは絶対なのだから。『それ』が今更という理屈はわかるが納得できない。私はさらに言葉を紡ごうと口を開くが、表情を曇らせた『それ』が遮るように私に問うた。
「貴方は……私と一緒で寂しいですか?」
「いいや」
問いに間髪入れずに答えを返した。思考すら必要のない当然の事実を私は答えた。『それ』はほんの少し驚いたように私を見た。なぜそんな表情をするのか理解できない。最初に寂しくないと答えたのは『それ』の方だろうに。そんな私の疑問を知ってか知らずか、何故かほっとしたように息を吐きだす。
「それなら良かったです。貴方が寂しいんじゃないかって思っちゃいました」
「そんなわけがないだろう。元より私の同族になどあったこともない」
「そうなんですか?」
「ああ、おそらくそんなものはいないんだろう」
「……」
「いや、私のことはどうでもいい。それより君だ。君には同族が、同じ人間が居るだろう?だから寂しいのではないかと────」
「私が『一人』だから?」
「そうだ。君が一人で孤独だからだ」
「……ふふ、あははっ! 知ってましたけどほんっとうに貴方はおかしくて……、優しい方ですね」
こらえきれないというように意味のわからないことを『それ』は言う。優しいと思ってもらえるのはありがたい。管理が非常に楽になるからだ。だがおかしいというのはどういうことだ? 一般的に考えておかしいのは『それ』の方である。一人きりのはずなのにそんなに楽しそうなんだから。私は理不尽に笑われたと解釈し、この場合はほんの少しふてくされたように見える怒りの表情を顔に貼り付け尋ねる。
「何がそんなにおかしいんだ?」
「あら、怒らないでくださいね。貴方を笑ったんじゃないんです。ただ、本当に嬉しくて、楽しくて。ああ、そうですね。こんな孤独ならずっと続けば良いのにと思ったの」
「それは『願い』か」
「あ、いつものですね。いいえ、私に『願い』はありませんよ」
やはり意味がわからない。何を考えているのかわからない。私には『それ』がわからない。それでも私は理解しようと思考を費やし、やはり答えは出ずに終わるのだろう。まぁ、今現在幸せそうなら管理面では問題ないだろう。願いが無いという問題に目をつぶればだが。
それよりも悲しげにしていた原因だが、聞ける雰囲気ではなくなってしまった。機嫌が良さそうにしている『それ』の精神を今かき乱す意味は無いだろう。別の機会に問えばいい。私にとって時間とは決して有限ではないのだから。私はずっと変わらない。私は何も変わらない。だから機会を待てばいい。
寂しくないかと私は問うた。寂しくないわと『それ』は笑った。私は理解できなかった。




