みーこちゃんの物語
チンと焼きあがるトーストに、パリッと焦げ目の付いたウインナー、キラキラ輝くスクランブル。お弁当は詰め終わって、忘れないで持っていってもらえるように机の上に綺麗に置いて。朝ごはんは二人分、上手にできたら起こしましょう!
「お母さん、朝だよー!」
扉を開けて大きな声で、う~んと唸るだけのお母さん。もう、今日は早く起きるって言ったのに! 3分間の格闘の末、今日は私の敗北です。目覚ましを2個セットして、ご飯はラップで包んでおくからね。ひらひら手を振りベットの中で、私の名前を呼んでありがとう。だから私は行ってきますと返します。ママ……、いけないいけない、お母さん。お仕事でいつも忙しそうだもの。お家のことは任せてね、私がちゃ~んとやっておくから!
お弁当の上にメモを一つ、お仕事頑張ってねと貼り付けて、カバンを持って靴を履いて、元気に元気に飛び出します。ひんやり冷たい朝の空気が心地よくて、陽の光は暖かく、光で反射する朝露はまるで宝石みたいです。少し前の雪降る朝に比べれば、本当に暖かくなったなぁ……。もう数えるほどしか通えない通学路を、ゆっくりゆっくり噛みしめるように、進みます。お弁当作りに部活の朝練。早起き癖が治りません。もう、部活は卒業しちゃったのにね。せっかくなのでこっそり気づかれないように、可愛い後輩の練習風景でも見に行きましょう。邪魔しないように邪魔しないように。お別れ会からほんのちょっとしか経ってないから、会うとちょっぴり気まずいしね。泣いて泣いて、悲しんでくれたのはとてもとっても嬉しかったなぁ、私もすっごく泣いちゃって、お顔はグシャグシャになっちゃった。これじゃあ、卒業式は大変そう。みんなとの写真は可愛く写りたいのに。
まっすぐこそこそグラウンド。校門をくぐって右回り、校舎の後ろへ、グルーっと。するとそこには、ピッピッピッと走るみんなが見えてきました。まだそんなにたっていないのに、とってもとっても懐かしくてほんのすこし寂しくて、ちょっぴりうるっとしちゃいます。うんうん、みんなちゃんと練習してるなぁ。長距離短距離、綺麗に別れて。メニューの違う子は更に別れて。さてさて、邪魔しないように端っこへ、こっそりこっそり……。あ、休憩中の後輩ちゃんと目が会いました、こっちに笑顔で駆け寄ってきます。
「せんぱーい、どうしたんですか!」
「しーしーっ、バレちゃうバレちゃう!」
「……バレちゃ駄目なんですか?」
「みんなの邪魔しちゃ悪いからね……」
「え~、先輩なら全然みんなオッケーですよ!」
「それでもだめよ、悪いもの」
「そうですかぁ」
長い長い黒髪を、後ろにまとめてポニーテール。サラサラしてて羨ましいことこの上なし。私の髪はどうしても癖があるからなぁ。みんな可愛くていいって言ってくれるけど、サラサラストレートはやっぱり憧れます。見た目すっごくきれいで大人っぽく見えるんだよね。卒業したらストパーでもかけようかなぁ。大学デビューみたいで嫌だけど。
「で、先輩どうして学校に? もう来なくても大丈夫でしたよね」
「卒業前にちょーっとね。来なくていいって言われてるけどやることは結構あるのだよ」
「大変ですねぇ……」
「そう、大変。三年は三年で忙しいのだ!」
お疲れ様ですと笑顔で返してくれる後輩ちゃん。私、この娘はやっぱりいい娘だなぁ。先輩先輩って懐いてくれるし、練習もちゃんと取り組んでやる気もあるし。あ、そうだそうだ。いつも頑張ってるご褒美と、私を見つけたご褒美をあげよう、そうしよう。カバンの中をガサゴソ取り出して。
「はい、頑張ってるからこれあげる」
「あ、いつものアレですね。ありがとうございます!」
あかくてあまーいいちごキャンディ。感謝の言葉とともに受け取ってさっそくさっそく口の中。コロコロ音を立てながら美味しそうに舐めてくれるのであげた甲斐があるというものです。
「ふぉふぅふぃふぇふぁ……」
「ちゃんと舐め終わってから話そう」
「…………」
黙々と飴を舐めるその姿はなんだかハムスターみたいで可愛いなぁ。お姉さん系の見た目だからギャップでなでたくなっちゃいます。私ももうちょっと背があればなぁ、あと15センチくらいほしいなぁ。1年生と比べても私のほうが小さいから威厳も何もないんだよね。そんなことを考えていると後輩ちゃんはアメを舐め終わり、私に続きを口にします。
「そういえば、先輩なんでいつも飴持ってるんですか?」
「ああ、そのこと? あげたい人がいるの」
「飴をですか?」
「そうそう、両手いっぱいの飴玉をね。結局渡せなかったから」
今でもあの時のことははっきりと覚えてる。不思議な不思議なあの一日。目を開くと家の前で、金色の彼はどこにもいなくって、扉を開けるとお母さんが泣いてたの。泣きはらした腫れた瞳で私に駆け寄って、強く強く抱きしめて、さらにさらに泣いて泣いて。私もつられて泣いて泣いて。ママはずっと家にいて、一週間いなくなったのは私の方で。起こったことをありのまま、トラルやお姉ちゃんのことを伝えたけれど、誰も信じてくれませんでした。色々理由をつけられて、夢幻と決められて、それでもあれは現実だった。あの一日は現実だった。だから今でも変わらない。伝えたい言葉もあげたい事実も。あの時の思いは今でもここにあるんだから。
「……もしかして男の人ですか?」
「男の人ではあるかなぁ」
「……ラブですね!?」
「違う違う、ラブじゃないよ」
「違うんですかぁ?」
「うん、違うよ。私、大事な約束を破る人は嫌いだもの」
またねと言われたあの日から、私はずっと会える日を楽しみにしてました。やっと一人で出かけることをママが許してくれて、真っ先にあのお屋敷を探したのよ。何日も何日も探して探して、日が暮れるまで探し歩いて、それでもお屋敷はどこにもなくて、全然全然会えなくて、私は悲しくて泣きました。お目々を真っ赤に染め上げて。だから私は誰より彼に会いたくて、そんな彼が嫌いです。もしも彼に会えたなら、飴玉とたくさんの感謝の言葉とそれ以上にたくさんの文句を言ってあげるんだから。だって、それだけ私はトラルに会いたかったんだよ、トラルに会ってあげたかったんだよ。私はまだ寂しがり屋な彼にちゃんと、ありがとうを言えてないもの。
「嫌いなのにあげるんですか?」
「嫌いだけどあげたいの」
「先輩に嫌われてるなんて知ったらお相手さんはショックでしょうね。だって先輩にですもん」
「そうかなぁ、お姉ちゃんに嫌いって言われてても嬉しそうだったし、喜ぶかも?」
「……Mですか?」
「わかんない」
「それより、お姉ちゃん……、つまり略奪ラブですね!?」
「だからラブじゃないってば」
あははと笑う、私と後輩ちゃん。やっぱりこの娘好きだなぁ。こんな妹がほしいかもしれない。姉妹で買い物とか行くのって地味に憧れなんだよね。……っととと、ちょっと見るだけのつもりだったのに、話しすぎちゃったみたい。これ以上は練習のじゃまになっちゃうし、そろそろ職員室に行きましょう。会話が途切れた一瞬に腕時計に目をやって。
「あ、そろそろ行かないと。練習邪魔しちゃってごめんね」
「いえいえ~、いつでも大歓迎ですよ!」
「ありがとう、練習頑張って」
「は~い!」
そう言って振り返って歩き出す。ほんの少しだけ高くなった太陽へ。あの頃より大きくなった手のひらに飴玉を一つ握りしめ。いつかまた月の国の王子様に出会ったときに、こんなに大きくなりましたって自身を持って言えるように。三歩踏み出したその時、大きな声で後ろから後輩ちゃんが叫びます。
「また来てくださいね~、みーこ先っ輩!」
「うん、またくるね、朝陽ちゃん!」
今日も明日も明後日も、あの一日からの延長線。いつか再び交わるその日まで、私は変わりながらも変わらずに、前に進み続けよう。みーこは王子様が大好きよ。ずっとずっとず~っと!




