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サルノテ  作者: アリアリア
第一冊 『朝陽ちゃんの物語』
7/95

39度目の正直

「おはよう、夕陽♪」

「あ、えっと、お姉ちゃん……?」


 清々しい39度目の今日だ。可愛い可愛い私の妹がきょとんとしている。一体どうしたのかな、夕陽ちゃんは。

ここ数年まともに会話なんてしてないけれど、挨拶にはちゃんと返してくれないと♪


「もう、もう一度言うわよ? 『おはよう、夕陽』♪」

「……おはよう、お姉ちゃん」

「よろしい♪ 早くご飯食べちゃおうよ、朝の練習あるんでしょ?」

「……うんッ♪」


 私が笑顔でそう言うと、妹は可愛い可愛いその顔で、天使のような笑顔を浮かべた。心の底から嬉しそう、何を考えているのかな? 私はこの繰り返しが最後になることしか考えてないよ、辛い辛いぬか喜びの繰り返し、これで最後になればいいって。でも大丈夫だよ、夕陽ちゃん! 私ちゃんと頑張るからね、これが最後の一週間にするためなら私はなんだって出来るんだからッ!


夕陽と一緒にご飯を食べる、楽しく楽しく楽しそうに、最初はぎこちなかった夕陽もちょっとずつ砕けてきて、ドンドン会話も弾んでいく。

 ああ、なんて楽しいんだろう、なんて楽しいんだろう、楽しすぎて楽しすぎて思わず拳を握りすぎて、私の自慢の手のひらに小さな傷がついちゃった♪

 お父さんとお母さんも驚いているけど嬉しそう。ああ、やっと私を見てくれてる、妹とセットでやっと私を見てくれた。


 嬉しいわ嬉しいわ、心が弾んで飛び上がってそのまま太陽に焼かれそう。いっそ焼かれてしまったら楽になるかもしれないな、このままじりじりオマケ扱いされるより、ずっとずっとましだろう。


 仲良く楽しい食事が終わり朝練に向かう妹に、私は心の底からの笑顔を振り絞って


「ねぇ、お姉ちゃんも夕陽の練習見てもいい?」

「え……?」


 はははははは、どうしたの可愛い可愛い夕陽ちゃん、そんなに驚いた顔しちゃってさ、もっと笑顔でいなさいよ、もっと楽しそうにしなさいよ、ああ、ボタンを部屋においていて本当によかった、うっかり押したら大変だもの♪


「ダメかな、久々に夕陽の走り見てみたいと思ったの。」

「お姉ちゃんがいいなら……、えと、本当に見たいの?」

「じゃないとそんなこと言わないわよ、変なこと言うわね♪」

「うん、それなら一緒にいこっか!」


 楽しく楽しく楽しく楽しく、とにかく楽しく振る舞おう、全然気分を害してなんかいないんだから。

 私は貴方のことが大好きよ、大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大っ嫌いッッ!!


 本当に嬉しすぎて大好き過ぎて、心がねじ曲がってしまいそう。だから、そんなに不安そうな顔をしないで欲しい、私はこんなに元気なんだから。

 妹と並んで歩く歩く、その間もずっとずっと笑顔で他愛もない会話を繰り返す、楽しそうね、嬉しそうね、私も同じ気持ちだわ、だってこれが最後にするために必要なことなんだから、仲良く仲良くなりましょう、最後の最後の瞬間まで。


 校門をくぐり部室棟へ、着替えに向かう妹をニコニコ手を振り見送って、私は外で待ちぼうけ、早く戻ってこないかな、早く戻ってこないかなぁッ!

待って待ってたくさん待って、時間にしては5分ほど、私にとってはずっとずっと、やっと妹が出てきてくれた。


 学校指定のユニフォームを可愛く着こなす妹様、ははは、やっぱり傍から見るとスパッツってラインが良く見えてちょっとあれだなぁ、これを来て元気に走り回ってたなんて、なんだか私ばっかみたぁい♪ 


 あ、でもちょっと私のほうが妹に勝ってるところもあったかな、胸は私のほうが大きい。やったやった、私の勝ちだ!

 くっそどうでもいいけれど。


「お姉ちゃん、ごめんね、待たせちゃって!」

「ううん、全然♪ うん、やっぱり可愛いと何着ても着こなせちゃうね♪ かわーいーいー♪」

「ちょ、やめてよ、お姉ちゃん!」


 じゃれるじゃれる仲良く仲良く、なんと麗しい姉妹愛、抱きついて押し返してくるけれど力はとっても弱くって、嫌がっていないのかな、でもダメだよ夕陽ちゃん?

 ちゃんと警戒してないと、もしも私が刃物なんか持ってたら、そのままユニフォームが真っ赤に染まって大変だよ?


 一通り絡みあうと、離れてすぐそこのグラウンドへ、何人か私達より早く着て朝から元気に練習してる、私たちに気づいてこちらを見る、妹を見て笑顔になり、そして私を見て目を見開いて驚いた、やめてよそんなに驚かないで、私は今のこの私で十分満足してるんだからッッ!!


「おはよう皆、その、お姉ちゃんが見学したいって言ってるんだけど、いいかな?」

「う、うん、私たちは、大丈夫だけど……」


 皆の視線が私に集まる、ニコニコニコニコ笑顔を皆に、私は何も気にしてませんよ、ええ全然本当に、だって貴方達には関係ないもの!

 私が走るのが好きだっただけだし、思ったよりも才能があってぐんぐんタイムが伸びたのも、それでお父さんとお母さんに褒めてもらったのも全部全部私のもの。


 後で入ってきた妹があっという間に私のタイムを超えたのも、どんどん皆の中心になったのも、お父さんとお母さんも「やっぱり夕陽はすごいね!」私の時よりずっとずっと嬉しそうに褒めたのも、全然全然関係ないんだもの!!


 その後、やめたのも私の勝手だし、貴方達は全然悪くないんだから、そうよ、悪いのは全部全部私の大好きな妹だもの♪


「急にごめんね、でも妹がどんな走りをしてるのか気になっちゃって、迷惑なら……」

「う、ううん、そんなことないよ!!ね、皆!!」


 陸上部で仲の良かった、名前も忘れた友達が皆に同意をとってくれる、やさしいね、死ねばいいのに本当に。

 でも優しさにはしっかり甘えよう、こういう積み重ねって絆を作るのに大事だもんね。全部終わった後でちゃ~んと、違和感無いように一生懸命頑張ろう!


 ウォーミングアップをきっちり終えて、タンッと妹が走り出す、速い速い速いなぁ、初速からして全然違う、風を切ってという表現があるけれど、妹は風を置き去りにしてしまう。


 タイムも私が頑張っていた時よりずっと速い、成長したのもあるんだろうけど、きっと私が続けていても妹より速く走れはしないだろう、ああ、神様は理不尽だ、理不尽で理不尽で性悪だ、どうして一つでいいから何でもいいから、私にくれなかったんだろう、そこまで私と違ったら、もう私も理不尽で返すしか無くなっちゃうじゃない。


 命が大事だというのなら、そう思える価値を私にください。


「お姉ちゃん?」


 ぼうっと眺めていた私に妹が近づいてきた、時計を見ると授業開始時間が迫っている、もう練習は終わりみたい。「お疲れ様」と妹に笑顔でタオルを手渡すと、嬉しそうに受け取って「ありがとう」と私に返した。


 ほんのり日焼けした肌を珠のような汗が伝い、最後はタオルで拭き取られる。汗で濡れてぴっちり張り付いて……、健康的で綺麗で綺麗で、私なんかとは全然違って私もたしかに同じだった。


 そんなものさえ別物に見えて私の走りと彼女の走り、一体何が違うというのだろう、きっとすべてが違うんだろう、産まれた時から? それとも努力? 埋めようのない差はどこから来るのかわからない、見た目で負けて、頭で負けて、中身でさえも負けてしまって、私は一体どうすればいいんだろう? 


 まぁ、その答えとしてあの館の噂に頼ってみたのだけれど、そしてそれは半分だけれど正解だった。勝てないのならそれでいい、だから私の前から消えて、お願いだからお願いだから、私は一人になりたいの、そうすればきっと私を見てくれる。お父さん、お母さん、私はここにいるんだよ?


「なんでもないよ、でも本当に速いね、びっくりしちゃった♪」

「えへへ、頑張って練習したからね!」


 えへんと小さな胸を張る可愛い可愛い私の妹、天真爛漫、才色兼備、届かない届かない私の妹、だから手の届くところまで、そして手の届かないところまでどうか落ちて欲しいんだ、ずっとずっと底の底へ、決して届かないところまで、そう願って私は大好きな大好きな妹に、一つの提案を告げるのだ。


「ねぇ、夕陽、今度の土曜日、遊園地にいかない?」


 私は繰り返しの終わりを願う、太陽が沈んで二度と昇らないように、『夕陽』が沈んで『朝陽』が昇ることを祈って、すべての空に輝くのが終わらぬ朝焼けである為に。


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