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サルノテ  作者: アリアリア
第三冊 『みーこちゃんの物語』
62/95

不幸な結末と幸福の未来

「声が大きいよ、彼女が起きたらどうするの? ちょっとしたジョークなのに」

「笑えないんですよ、バカトラル!」

「そうかなぁ、面白いと思ったのに。まぁ、いいや、どうせ彼女は『起きない』しね」

「……何かしたんですか?」

「ん~? 僕がいいと思うまで眠ってるようにしただけだよ」

「なんでそんなことを……」

「まふゆん、聞きたいことがいっぱいありそうだったからねぇ。今なら何でも答えてあげるよ、君の知りたいこと、知りたくないこと含めてね」


 先程までと打って変わって、挑戦的な微笑みとかかってこいと言わんばかりに両手を広げて、先程までの空気を消し飛ばします。みーこちゃんを助けたいなら俺を倒してみろと言うように。ああ、こういう時のトラルを知っています。だから私は確信とともに、トラルと言い争うことを諦めました。


「トラルはみーこちゃんをどうする気なんですか?」

「もちろんママに会わせてあげるよ。そういう約束でそういう願いを聞き届けたからね」

「そうですか、なら続けて聞きます。みーこちゃんのお母さんは……生きてるんですか?」

「みーこちゃんがあった時にすべてが分かるよ、まふゆんもそれを楽しみにするのがいいと思うなぁ!」

「答えになっていませんよ」

「え~、もう察してるからいいじゃない。まふゆんは賢い賢いいい子だからぜーんぶわかってるんじゃない?」


 ケラケラケラケラ、笑うトラル。お腹を抱えて苦しそうに。大して私は無表情に青ざめて、口に手を当て苦しそうに、すやすや眠るみーこちゃんを見つめながら。胸に手を当て一呼吸。気持ちは全く変わりませんし、状況も良くはならないでしょう。それでも質問を続けます。


「いつから何ですか」

「大体、5時間位前かなぁ。みんなで仲良くご飯を食べてたくらいかな。今は綺麗に六等分になってるよ」

「あなたは……一体どうしたいんですか、なんの意味もないじゃないですか」

「意味が無い? それは違うよ、真冬。彼女は会いたいといった彼女は会いたいと願ったんだ。だから会わせてあげる。僕はちゃんとママに会わせてあげるだけさ。それが唯一の意味でそれが全てだ。それ以外は何もするつもりはないよ。ママに会わせてさようならだ」

「みーこちゃんは……」

「うん、彼女は僕を信じてくれてるね。僕をいい人だとも思っているし、心の底から感謝もしている。だってママに会わせてくれる恩人だもの。ああ、僕自身もみーこちゃんはいい子だと思うし、心優しい子は大好きだ。大きくなっても根底は変わらない。彼女は心優しい女の子から心優しい女性になるだろう。周りの人々を無自覚に笑顔にするようなそんな素敵な女性になるだろう。それはとても素晴らしく、それはとても素敵なことだ。本当に心の底からそう思うよ。嘘偽りなく真実として。けれども彼女はたしかに選んだんだ。世界中のお菓子がハッカ味になったとしても、それでもママに会いたいって。どんなに望まないことが起ころうと、それでもママに会いたいって。それは尊重するべき意思で、それは尊重するべき願いだ。それがどんな結末を招こうともね」

「……その結果が不幸になるとしてもですか」

「それが不幸かどうかを決めるのは彼女だよ」

「あなたは結末を知っているんでしょう」

「知っているしわかっているよ。けれどそれを『不幸である』と判断していいのは彼女だけだ。僕が決めることではないし、君が決めることでもない。たとえ望まない結末であったとしてもね。だからこそ願いを叶えないといけない。結果が出なければ分からないし、何も残りはしないんだから」


 そう言ってトラルは机の下から一冊の本を楽しそうに、つまらなそうに取り出して、パラパラパラパラめくります。視線を本に向けながら、その実何も見つめずに。こういう時のトラルも私はよーく知っています。結末はわかりきっていて、楽しんで楽しんで楽しんで、後はつまらない終わりを眺めるだけ。トラルはいつだってそうなんです。楽しそうにつまらない。それはトラルの『本棚の先』がきっと何より物語っているのでしょうね。いつもいつもいつだってそうなんですよ、この人は。無自覚なんでしょうけれど。


「それじゃ、私が何を言っても何を聞いても無意味ですね」

「そのとおりだよ、かわいい真冬。これは僕と彼女の問題だからね!」

「ええ、本当によくわかりました」


 わかっていた話を聞いて、それでも失望を隠せずに、いつもの無表情でツカツカと、出口へ向かって歩きます。一歩二歩三歩と進み、扉を開いて出る瞬間、はたと私は思い至って、振り返ってトラルをまっすぐ見つめ、たずねました。


「トラル、あなたどうしてみーこちゃんを眠らせたんですか?」

「なんでって……、真冬はこの話を聞かせたくないだろう? だからちょっとした気遣いさ。いろいろ聞きたがっていたから場を設けてあげたんだ」

「どうして私が嫌だって思うんですか?」

「真冬は普通の女の子だからね、嫌だろう、みーこちゃんが悲しむの」

「ええ、嫌ですよ。それは間違っていません。でもあなたはそんな気遣いをする人じゃないでしょう。『人の嫌がることを進んでやりましょう』がモットーみたいな人ですから。大体、こうやって親切に質問を受け付ける場を、私に設けてるのがおかしいんですよ。いつもならそんなこと絶対しませんよね。私から聞かないと」

「僕は気まぐれだからね。そういう気分だっただけさ」

「そうかもしれませんね。でも違うかもしれません。みーこちゃんは真実を知ったら悲しみます。トラルは私が聞いたことは、いつもちゃんと返してくれますよね。私がもしみーこちゃんの前で聞いたら貴方は多分、今と同じ答えをこたえるんじゃないですか」

「そうだね。でもそれが……」

「大切なことですよ。だってそれは『貴方』がお母さんのことを『みーこちゃん』に話してしまうからなんですから。『貴方』が悲しませてしまうからなんですから」

「…………」


 トラルは私に沈黙を。しかしこれは『肯定』ではないのでしょう。だからこそ何より雄弁に。だって、答えられないということは決まっていないということですから。真実しか話そうとしないトラルでは答えられないということですから。


「トラル、貴方って……」

「何が言いたいんだい真冬」

「そんなにぶすっとしないでくださいよ。ほんのちょっぴり思っただけです。トラル、貴方は────」


 ゆっくりゆっくり微笑んで、ほんの少しからかうように。遮ったトラルの言葉を遮って最後の最後の最後まで。事実でも真実でもない私の言葉を。


「みーこちゃんに嫌われたくないんですね」

「なんでそう思うのかわからないなぁ。僕は彼女を苦しめるって言ってるんだけど」

「貴方の場合『苦しめたい』と『嫌われたくない』は矛盾しませんから」

「そもそも前提から間違っていたら答えには決して辿りつけないよ」

「ならはっきり否定すればいいじゃないですか」

「する理由がないから嫌だ」

「ふふ、はいはい、分かりました分かりました。なら、そういう事にしておきましょう」

「それ、絶対わかってないよねぇ?」

「わかってるって言ってるじゃないですか」


 更に何か言おうとしているトラルを置き去りに、扉を閉めて見ないように。トラルのやることは変わらないでしょうし、トラルは絶対にみーこちゃんをママに会わせることでしょう。けれどもトラルにほんの少しでも思うところがあるのなら……。ホンの少しだけでも優しい結末を迎えられるかもしれません。だからそれに期待して私は私にできることを。私に大したことはできませんから。確認も終わりましたし、お風呂でも入れるとしましょうか。みーこちゃんの寝間着も用意しませんと。みーこちゃんの幸せを強く強く願いながら。




























 あ、私はトラルが嫌いです。これだけはお忘れ無きように。

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