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サルノテ  作者: アリアリア
第二冊 『晴明くんの物語』 二節
51/95

黒星


「覆せないのはわかりました。それならトラルは先程言ったように、晴明くんのどんな願いも叶えてくれるんですか?」

「……ああ、その通りだ。叶えるよ。願ったことをなかったコトにしてくれよ、そんな願いさえ叶えてあげるよ」

「それだと絶対、ろくな結末にならないので、丁重にお断りさせていただきます」

「確認は取れましたので言わせていただきますが、じゃあ、トラルは『私を殺してくれ』と晴明くんに願われたら、ちゃんと願いを叶えてあげるんですね?」

「な……ッ!」

「……」


 隣の晴明くんからは驚きの声が、トラルはつまらなそうに沈黙を。晴明くんが声を荒げないでくれるとよかったのですが、彼ってやっぱりいい子ですね。私がどうなろうと彼には関係ないでしょうに。トラルはそこを突っ込んでくる気がします。あ、個人的には好きですよ、優しい方っていいですよね。素直な方は可愛いですし。トラルと全然違って本当に。しかし、可愛いという評価はダメですね。私のほうが年下かもしれないので失礼に当たります。さてさてトラルが口を開きました。なんて言ってくる気なんでしょう?


「彼はそんなこと願えないよ」

「それでも願ったらどうします?」

「願わないからその前提に意味は無いよ」

「もしも万が一にも願ったら?」

「願わ……」

「私は願ったらどうするか聞いてるんですけど?」

「……」


 トラルが喋らなくなっちゃいました。ふくれっつらでツーンと。だからトラルは嫌いなんです。都合が悪くなるとすぐ黙ってしまいます。もう何度聞いても答えてくれないでしょうから、私は晴明くんと話すことに決めました。


「じゃあ、晴明くん。トラルに願ってもらえませんか?」

「え、あ……何をだ?」

「……? 何って決まってるじゃないですか。『私を殺してくれ』って願うんです」


 本気かこいつという顔をする晴明くん。ちょっと私、傷つきました。いえ、気持ちは分かるんですよ。普通だったら私、頭のおかしい子みたいですもんね。でも、ここでためらっても意味はありませんし、スパッと行きましょう、スパっと。覚悟を決めてレッツラゴー。


「晴明くん、早く解放されたいでしょう? ならさくっと願っちゃいましょう、大丈夫ですよ、トラルに向かって言うだけですから。さくっと終わらせちゃいましょう」


 包丁でさくさく突き刺すポーズをしながら私は晴明くんの決断を促します。更に複雑な顔をする晴明くん。どうやら彼はジョークのセンスはあんまりないみたいですね。ユーモアは大事です。気分が重くなっちゃいますから。


「まて、願ったら死ぬんだろう? こいつは認めたくないが本物だと思う。だからそんなことは願えない」


 ……なかなかに良い子指数の高い子ですねぇ。私ちょっと感動しました。あれですね、胸きゅんですよ、胸きゅんですね。彼にはどうか微妙に遠い何処かで幸せになっていただきたいものです。しかし、良い子なのはいいんですが、それでは困ってしまいますので、考えを改めてもらわないと。


 「う~ん、そうですね。でも大丈夫ですよ、トラルは『優しい』ですからきっと私を殺しませんから」


 まっすぐ見つめてニッコリと、微笑む先は晴明くん。見て欲しいのは真横のトラル。ああ、これほどまでに表情筋を酷使したのはいつ依頼でしょう? 全く思い出せません。トラルの視線が突き刺さります。きっとどうやって、晴明くんを不幸にしようか考えているのでしょう。なら早くしないといけません。考える時間を少しでも与えてはいけません。だから、私はこう言いました。


「正直に言いますと、私もトラルが何を考えているのかなんてまったくもってわかりませんが、大丈夫だと思いますので、とにかく願ってもらえませんか? あ、もしもですけど死んじゃった時は、ちゃんと否定してくださいね。じゃないと化けてでますから~……!」


 うらめしや~っと、腕をゆらゆら、生存への布石を着々と。私は用意はいいんです。念押しだって大事です。一瞬ぽけっと、した後で晴明くんは吹き出しました。今度は私がぽけっと、する番です。……なにかおかしなことでもあったのでしょうか?


「わかった。君の言うとおりにしよう。……ええっと、君の名前を聞いてなかった」

「私の名前ですか? 私は真冬と申します。真実の『真』に季節の『冬』で『真冬』です」

「真冬さんか……。君のおかげで落ち着くことが出来た。ありがとう」

「はぁ、どういたしまして?」


 なんだか感謝されました。受け取れるものは受け取る主義の真冬さんです。感謝の言葉はいいですね、トラルはなかなかいいませんから、口では言っても本心で。さて名前を言ったので晴明くんを促します。さあさ早く、早く早く、トラルが余計なことを、思いつかない今のうちに。


「トラル、俺の願いは『真冬さんを────』」

「……分かった、僕の負けだ」


 ちょっと私も驚きました。一度は死ぬかなと思ってましたから。トラルはつまらなそうに、まるで興味ないかのように、それでもほんのちょっぴり楽しげに。私以外にはわからないそんなふうに楽しげに。ああ、本当に私はそんなトラルが嫌いです。


「僕は僕自身に『望まない願いを願おう』。晴明くんの願いを取り消してくれ」


 トラルがそう言うと本が灰となって崩れ落ちました。さらさらに、灰すら砕け、全ては霧散し昇華しきえました。あの本って暖炉で燃やすか、本棚にしまうか意外にこんな風にもなるんですね。私も初めて知りました。


「はい、良かったね、晴明くん。これで終わり、これでおしまい! 本当の本当に終了だよ。つまらない結末だけど僕は君を称えるよ晴明くん。君の頑張りが、君の決意が、この『今』を勝ち取ったんだ。お疲れ様おめでとう。どうせ僕の言うことなんて実際目にするまでは信じられないと思うから、彼と彼女がいる場所を、きっちりしっかり教えてあげるね。まだ校門を出ていない。走ればすぐに追いつけるよ。さあ、屋敷を飛び出し走れ走れ。勝ち取った今を噛み締め、悦に浸れ、君にはその権利がある。君にはその義務がある。だから早く僕の屋敷から出て行ってくれないかなぁ? でないと願いを叶えるぞ」


 なかなか聞かない脅し文句を口にしながら、トラルはすねてしまいました。子供ですね、子供でしょう。全くもってあれなんですから。晴明くんはトラルの言葉にビクッと、しながら慌てて出口に向かって走り出しました。急いでいるでしょうに、私に対して「ありがとう」と目を見つめてはっきりと。なかなか律儀な人ですね。そういう人って私好きですよ、だってトラルと真逆ですからね。さてと、悪者は望みを叶えられず、愛と勇気が勝利して、ハッピーエンドが結末です。


いやぁ、いいですね。ハッピーエンド。トラルが嫌そうなのが何よりいいです。だって私はトラルが嫌いですから。

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