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サルノテ  作者: アリアリア
第二冊 『晴明くんの物語』 二節
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俺の願い

「理想を夢見て、現実を知り、その上で最善を目指すのは当然だ。今を受け入れたとしても消して間違いなんかじゃない。それにさ……」


 一呼吸、ゆっくりと吸って吐いて、見つめ合う。トラルの碧の瞳は水底のように俺を引きずりこもうと波打っている。


「海斗くんは君が『失敗』しても君のことを責めないんじゃないかなぁ。僕はそう思うよ、本当に。そして君もそう思うだろう?」


 ああ、そうだろうな。海斗はきっと俺を責めないだろう。たとえ、失敗して榛名が今のままだったとしても、決して俺を責めないだろう。むしろ失敗した俺を慰めることだってしかねない。あいつはそういうやつだ。あいつはそういうすごいやつだ。俺の一番の親友だ。弱い弱い不完全な俺の心はトラルの言葉に頷いた。


「別に嘘をつくわけじゃない、そこを勘違いしちゃあいけない。僕は戻す気なんかないし、君はここで僕と話した。僕に榛名ちゃんを戻すようにって頑張った。大好きな女の子が自分を好きになってくれたのを、それを否定するためにやってきた。それはとてもとてもすごいことだ。尊敬するよ、本当だ。それが出来る人は驚くほどに少ないんだ」


 自信に満ち溢れた、自分は一片も間違ったことは言っていないと、そう心から信じている。そんな態度と表情でトラルはそう言い放った。返す言葉で否定しようとそれが意味を持つとは思えなかった。何より弱い弱い俺の心が否定の言葉を紡げなかった。


こいつはわかってる、本当にきっと全部わかってる。だから俺は認めるよ。ああ、心の底から認めてやる。榛名の前で決意した。海斗の前で断言した。それでも心の何処かで榛名がこのままでいてくれればいいと願っている自分がいることを。だからこそ俺は強く強く願うんだよ。『不完全』な俺を押しのけて『完全』な俺になることを。


「俺が何を思っていようが知ったことか。俺は今の榛名を認めない。俺は榛名に戻って欲しい」

「……そう、君は本当に嘘をつくのが得意だね。僕はあんまり好きじゃないよ、そういうの」


 嘲るような笑みも包み込むような笑顔を影を潜め、トラルは寂しそうにそう言った。


「よし、それなら気分を切り替えよう。君の事はよくわかったよ。今の榛名ちゃんをどうしても認めないことも分かったし、嘘で塗り固めた決意を貫き通すことも理解した。後はどうしてそう思ったのか丁寧に丁寧に説明してくれないかなぁ。望んだと君自身が誰よりそれを認めているのに、願いを否定する理由をさ。僕が納得するようなそんな形で。これは『話し合い』だからね。あ互い満足行く結果を得たいじゃない?」

「納得すれば榛名を元に戻してくれるのか」

「それは君次第じゃないかなぁ」


 後は自分で考えろと言わんばかりに押し黙り、俺の言葉を待っている。理由次第というのは本当なのか、それとも期待させるだけの嘘なのか、トラルの考えは読み取れない。それでも俺はそれに期待して前に進む以外に道はない。


「しかしさぁ、君って結構頑固だよね。僕は嘘をつかないって言ってるのに、そこを疑っちゃうんだから」

「お前のどこを信じられるんだ。人の心を読むようなやつを」

「いいじゃない、話がさくさく進んでさ。口にだすのって面倒でしょ?」

「そういう問題か、気が散る上にフェアじゃない」

「フェアかどうかはルールによると思うんだけどなぁ。ま、いいや、此処から先は覗かない。君と純粋に言葉だけでお話をするとしよう、そうしよう。これでいいかな、これでいいよね?」

「ああ、それでいい」


 そう言って手をひらひらと振るトラル。正直、自分から覗かないと言ってくるとは思わなかった。行動が気まぐれで読めないがそれを気にしてもしょうがない。とにかく考えろ考えるんだ。これが最後のチャンスかもしれないのだから。ここで何も出来ずに終わったら、トラルの口車に乗ったのと変わらない。それだけは絶対に認めないし、自分自身を許せない。


榛名、君を誰より愛してる。ガキが何を言ってるんだって世界は思うかもしれないけれど、今より成長したその先で、それは笑い話になるかもしれないけれど今の自分にとってはそれは全てで……。一方的にした約束だけど、心のなかでの約束だけど、だからこそ必ず果たしたい。君に思いを伝えたい。そして『ごめんなさい』と終わりの一言を受け取ってやっと前に進める気がするから。『ずっと君のことが好きでした』その一言を伝えたい。


 海斗は俺の友達で、海斗は俺の親友だ。そういう奴だって知っていたけれど俺の言葉を疑わず、俺を責めようともせずに、まっすぐ俺に向き合ってくれた。まっすぐ俺を信じてくれた。俺を否定しなかった。当たり前だと海斗は思っているのかもしれないが、それがどれだけすごいか俺は知っている。きっと俺には出来ないだろうことを軽々やってのける、そんなお前がすごいって俺は確信を持ってそう言える。だから俺はその信頼に応えたい。


 それが全てでだからこそ、考えて考えて考えて、そして始まりにたどり着いた。そうだそうだ、最初から全部が全部間違っていた。今の榛名を望んでいるとか、そんなものよりずっと前、そこからすでに間違っていた。ならば答えは簡単だったんだ。トラルに突き付ける事実は一つだけ。自信満々に虚勢を張って、弱い自分をやり込めて、不安を封殺して問いかけよう。俺の『真実』で戦おう。


「トラル、お前は俺の『願い』を叶えていない」


 吐き出した言葉は戻せない。ここで失敗すればきっと榛名はそのままだ。虚言はきっと全て見抜かれる。だからこそ俺の思っていることすべてを、俺の信じていること全てをぶつけて榛名を取り戻す。


「へぇ……、それは面白いね。どうしてそう思うのかな、晴明くん?」


トラルはさらりとそう返し、つまらなそうに手を降って俺に続きを促した。

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