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サルノテ  作者: アリアリア
第二冊 『晴明くんの物語』 二節
44/95

お茶会



「まぁ、君も急に大事な大事なお姫様が変わったら驚くよね。僕は分かるよ、そういう気持ち。でも変わっちゃったものは仕方ないし、少しずつ少しずつ、今の榛名ちゃんに慣れていったらいいんじゃないかなぁ。だからもう今もグルグル壊れた屋敷の中を回ってる、海斗くんと一緒に帰っていいと思うよ。王子様が今を受け入れるだけで今の榛名ちゃんとハッピーエンドなんだしさ」


 まくし立てるようにそう言って、トラルがじぃっと俺がなんて返すかを待っている。どうやら海斗は無事らしいが、その表情は笑みで固定され、何を考えているのかわからない。だが、分からなくとも構わない。こいつが何を思っていようが知ったことか。俺の言うことは、やることはとっくの昔に決まってる。


「榛名を戻せ!」

「一体どうして?」

「俺はこんな榛名を望んでない」

「うん、だから僕は最初にそう言ったじゃない」


 カップを妙に優しく机において、トラルはゆっくり立ち上がり、真っ直ぐ俺の瞳を見つめて近寄ってくる。出口は俺の後ろにあるはずなのに、まるで逃げ場を塞がれたと、そう確かに俺は感じたんだ。いや、それは本当に感じただけか?


 後ろを振り返ると扉はなくなっているのでは? ただ近づいてくるだけなのに、息苦しい。逃げ出したいと、思ってしまう不完全な俺のことを、理想が押しとどめ、トラルと対峙する、眼を離さずにまっすぐに。


「君はあの時望んだよね、愛して欲しいと確かに望んだ。動揺もしていたし叶うわけ無いとも思っていたね。でも、それでも叶って欲しいと強く願った。どんな形であってもいから強く強く愛されたいって。だから僕は叶えてあげた。君にはいってなかったけど、僕って嘘はつかないんだ。正直に誠実に言ったとおりに君が望まない形で君の願いを叶えてあげた。ねぇ、君はたしかに望んだよね、誰より君のことを愛してくれるたんぽぽちゃんを。まさかそれを否定はしないよねぇ?」


 間近で見下ろしてくるトラルを、全力でぶん殴りたい衝動に襲われるが、すんでのところで抑えこむ。殴り飛ばせば気分はいいだろう、透かしその後何が怒るかわからない。もしも消えられたりしたら二度会える保証はないんだ。耐えろ耐えろ耐えろ俺。こいつをぶん殴るにしてもすべてが終わった後でいい。


 ぐっと堪えて拳を握る、そんな俺の様子を察したのか、ニヤッとその無駄に整った顔を歪ませて、何度も何度も頷いた。


「うんうん、我慢強いのはいいことだよ。目的のために耐え忍ぶ。僕は好きだよ、そういうの!」


 言うだけ言ってくるっと反転、椅子ではなくて机に座って、それだけで先程まで感じていた妙な圧迫感はなくなって、軽薄そうに楽しそうな、男が一人いるだけだ。……一つ確信したことがある。俺はこいつが大嫌いだ。


「さてと、僕を殴らなかったって事は心の底からなんとかしたいと思ってるってことだよね。ならまずは話しあおう! 話し合って模索して、ハッピーエンドにいたろうじゃないか。僕は暴力よりもそっちのほうが大好きだから嬉しいよ。よっし、そうと決まればテーブルとお茶の用意をしないとね!」


 トラルはパチンっと指を鳴らす。しかし、周囲は全く変化せずにそのままで、困惑する俺を余所にトラルは満足気で何が何やら分からずにまばたきをしたその瞬間────。


「な……ッ!」


 明らかに書斎に似つかわしくない、これはそうだな、カフェテラスに置かれているような机と椅子だ。プラスチックの安っぽい作りをしていて、話し合いとしても、この部屋にもあっていない。


 驚く俺を無視してトラルは自分の椅子に腰掛ける。どこからとも無くカップとポットを取り出して、ティーカップにコポコポコポコポ、注いでいく。


「さあ、早く早く腰掛けてお話し合いを始めよう。きっとすごく楽しいよ。お菓子はないけどお茶はある。遠慮せずに飲んでね、王子様!」


 並々注がれ、あふれんばかりのカップを器用に俺に寄せ、警戒している俺に満足気だ。辺りは甘い甘いティーカップから漂う、金木犀の香りに包まれて、早く早くと視線で俺を急かしてくる。


 ……このまま警戒していても仕方ない。トラルの言うとおりにするのは癪だが、今は素直に従おう。『話し合い』というからには今を何とかする余地はあるはずだ。あるはずだと信じたい。席につき対峙する。トラルはうんうんと頷きながらパンッと両手を鳴らし始まった、俺とトラルのくそったれなお茶会が。


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