再会
海斗と共に屋敷へ向かう。歩くように走るように。あの後何があったかって? 別に大したことはありはしないさ。榛名は警察に連れて行かれ、クラスメイトは事情を聞かれ、『俺の』被害者は病院へ。俺や海斗、その場にいなかった人間はとっとと帰らされた。元々ぬけ出すつもりでいたのだ、ありがたい。早く屋敷であの男に会おう。全てはそこから始まったんだ、終わらせる方法もそこにあるはず。
一歩が二歩に、二歩が三歩に加速する。脳裏に浮かぶは屋敷への生き方。しかし、そんなものは知ったことか! 元より、何もせずともいけたのだ。そんなものは気にする必要もないし余裕もない。だからこそ理解できなかった、確かにたどり着いたはずなのに、目の前の光景をただただ、理解できなかった。
「なんで……ッ!」
草花は枯れ果て木々に1枚の葉すらない。あれだけ立ち込めた花の香りさえ、全ては枯草色に染まってる。屋敷の塗装も剥がれ落ち、扉に至っては上半分は朽ち果てて、下半分は蹴破られてる。あの時見たはずのあの屋敷が影も形もありはしない。
「ここが、そうなのか?」
「……そのはずだ。」
「そうか」
そう言って海斗は、前へ前へと進んでいく。その足取りには躊躇いはなく、ここに来るまでに話した屋敷の話とまるで違うこの場所を、間違いだと疑ってすらいないように。それは信頼の証のようで、だから俺の足にも力が宿る。よく考えろ、榛名をあんな目に合わせる奴がそう簡単にあってくれると思ってたのか。このぐらいの異常で臆してなるものか!
蹴破られた黒い扉を踏みしめながら、屋敷の中へと進入する。なかは面影こそあれど、全く別物とかしていた。綺麗な赤で染め上げられた絨毯は、ほつれ千切れ面影もない。埃も降り積もり雪のようで、呼吸をするのも一苦労だ。装飾品の配置はそのままで、まるでこの屋敷全体が、数十年もたったかのように朽ち果てている。一の珪肺がないこの場所にあの男が居るとは思えない。しかししかしだ、それでは榛名が救えない。榛名があのままなんて耐えられない。何か何か、なにかないか。瞳を大きく見開いてあたりを見回しふと気づく。
「足跡……?」
積もった埃を蹴り飛ばすかのように荒々しい足跡がある。真っ直ぐに、一直線に、屋敷の奥に向かっている。海斗に目配せすると、海斗も足跡に気づいたらしい。お互いに頷き合って足跡を追う。進んでいくと明らかに屋敷とミスマッチな靴箱が置いてあり、引き戸だけ異様なほどに傷んでいない。ここに奴が居るんだろうか? 意を決して開け放つ。するとそこには……。
「……」
何もなかった。正確に言うならば他と何も変わらない。埃の積もった空の本棚はところどころ板が折れ、本来の役目はもう果たせないだろう。暖炉は僅かに燃えカスがあるのみで、机は足が折れて崩れかけている。詳しいわけではないが、どれも高価そうでもしも完全な状態だったなら、それはそれは立派な書斎だったのだろう。
そんなことを考えながら、部屋の中に入ると微かに甘い香りが漂って。これは金木犀の香りだろうか? 予想外の匂いにかすかに驚き、その時初めて割れたカップが、机の上にあったと気づく。しかし、それが何だというのか、あの男に続く手がかりにはなりえない。気持ちばかりが焦り焦り、しかし結果にはつながらない。場所はここで合っているはずなんだ。それだけは間違いないはずなんだ。
「……海斗、俺はもう少しここを調べてみる。お前はどうする?」
「なら、俺は他の部屋を見てみるよ。ここで間違いないんだろう?」
「ああ、違いは多いが間違いない」
「わかった。何かあったら呼んでくれ」
そう言って海斗が部屋をでた、その瞬間────
「お供を連れてくるのはいいけどさ。王子様はやっぱり一人でお姫様のために頑張るのが、一番絵になると思うんだよねぇ」
凛と少年のような男の声とともに、バンッと荒々しく引き戸が締まり、暖炉が火を吹き燃え盛る。誘導されるかのようにグルっと回った視線は最後に、机に向かう。先程までの足の折れた机は、まるで新品のように新しく、空の本棚は一切の埃は取り払われ、ぎっしりと隙間さえないほどに、本が所狭しと並んでいる。荒れ果てた壁はどこへやら、在りし日の輝きを取り戻したかのように輝いて……。だが、そんなことはどうでもいい、そんなことはどうでもいいんだ。用があるのはこいつだけ。楽しそうに楽しそうに、微笑んでいるこいつだけだ!
「あれ、怒ってるの? 僕は願いを叶えてあげただけなのに」
金木犀の香り漂うカップを傾けながらあの男、トラルはオモチャを目の前にした子供のように、ただただ興味深げに笑ってた。