屋上にて
階段を登り扉を開いて屋上に。ああ、俺の親友、俺の友達、我が友よ。海斗の態度は普段と変わらない。他愛無い話で盛り上がり、あえて榛名の話題を避けて、当たり障りのないように、気を使ってくれているのがよく分かる。それがたまらなく恐ろしい。これがずっと続くならいい。でももし、もしだ。俺が何があったか全部話してしまったら。俺が二人を口では祝福したあの時、受け入れていなかったことを話してしまったら。たとえ榛名が元に戻ったとしても俺たちは今まで通りでいられるだろうか。グズでノロマな俺の友どうか嫌いにならないで。俺の友達でいて欲しい。
「……聞かないのか?」
「ん、聞きたいぞ?」
そう言う海斗は笑っていた。穏やかに穏やかに、まるでたんぽぽみたいに笑ってた。相手を安心させようとするそんな笑顔だ、全くもって腹立たしい。不安がっていると思われた、怯えていると思われた。その事実に完璧な俺は怒りを覚え、不完全な俺は安堵する。だからこそ、『完璧な俺』は俺さえも怒りの対象に収めていく。ああ、俺は完璧でいたいのに、俺は完璧でありたいのに。
「晴明の様子がおかしいのにも気づいてるし、なにか知ってるのか、榛名はどうしてあんなことを言ったんだとか、聞きたいことはたくさんあるよ。でも聞かない」
「……なんで」
「晴明が言いたくなさそうだからだよ」
「───ッ!」
肩は跳ね上がり、心は砕け、完璧な俺は霧散する、あとに残るは不完全。ああそうだよ、そのとおりだ。俺はお前に言いたくないんだ。自分を愛して欲しいと胡散臭い奴に願った。そして願いがかなったなんて言おうものなら頭がおかしくなったと思われるのが落ちだろう。
……いや、それならまだましだ。それよりも俺が榛名をどう思っているのか知られてしまう。十中八九、海斗は察しているだろう。それでも口で言うまでは決して事実にはならないんだ。ああ、イヤダイヤダ、それだけは嫌だ。知られたくない、何もかも。どうか俺を海斗の中にいるだろう、完璧なままの俺でいさせてくれ。
「ただ、一つだけ確認させてくれ。晴明は今の榛名がいいのか?」
「それはない、断言する。元の榛名に戻って欲しい」
「なら、何の問題もない。それで十分だ。だから晴明は俺にどうすればいいかだけ言ってくれ」
目的の確認だけ行って、事情、状況を一切聞かず、知っているであろう俺の指示を求めてきた。押し付けてきたとかそんなんじゃない。その瞳は確かな『信頼』にもとづいていた。どうして、どうしてだ。どうして俺を信じられる? だってそうだ、ホントはわかっているんだろう、榛名の態度を見てもなお、想像できないほど察しの悪いやつじゃない。だから言葉に出してしまった、聞かなくていいその疑問を。
「どうして、どうしてお前は信じられるんだ。俺は何でこうなったのかわかってる。榛名がおかしくなった理由を知ってる。海斗だって察してるだろう? なのに何で俺に任せるんだ。仮に、仮にだが、俺はこのままでいる事を望んでてお前を騙してるのかもしれないだろう。それに何より、榛名は……お前の彼女になったんだろう? なのに、どうして……」
当然の疑問を口にする、聞きたくなかった疑問を口にする。もしかしたらこの関係が壊れてしまうかもしれない、そんな疑問を口にする。しかし、聞かずに入られないそんな疑問を口にする。ああ、分からない分からない、俺には海斗がわからない、どうしてお前は笑ってる?




