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サルノテ  作者: アリアリア
第二冊 『晴明くんの物語』 一節
22/95

晴明の願い


 瞬間、思考は時を置き去りにして加速する、バカな、こんな気持ちの悪い館に人がいるだと? いやそれよりもなんだ、不審者だと思われてはたまらない、当たり障りなく切り抜けよう。


「ああ、すまない、えっと、そうだ。道に迷ってしまってね、出来れば地図か何か見せて欲しいんだ」

「そうなんですか……? わかりました、では持ってきますね」


 そう言って彼女は屋敷の奥へと歩いてゆく、ふむ、可愛いというよりは美人に属する見た目をしている、年の頃はほぼ同年代だろう、しかし俺の蒲公英とは大違いだ。あれなら、多くの人は羨望を持って見つめるだろう、「あいつ、上手いことやりやがったな」と、だが、それは俺に対する羨望じゃない、俺に対する憧れじゃない。それじゃあ、何の意味もないだろう、俺が一番だ、俺が最高だ。


 眉目秀麗、質実剛健、俺に欠けている物などありはしない。ああ、榛名、後は俺の蒲公英さえいてくれるなら完璧なんだ。


「ふ~ん、そんなに好きなの、たんぽぽちゃん?」

「────ッ!?」


 眼前に迫るは深い深い碧の瞳、輝かんばかりの黄金の髪、ニコニコと人懐っこく笑う様は不快感を与えない、容姿だけならば俺の次に非の打ち所はないだろう。瞳が全く笑っていないことを除けばだが。しかしなんだ、何故蒲公英を知っている? 


「おじゃましてすみません、僕は……」

「名乗らなくていいよ、知ってるし、僕はトラルっていうんだ! そんなことより、もう一度聞くけどそんなに好きなの、たんぽぽちゃん?」

「あの、蒲公英とは何のことでしょうか?」

「う~んと、真冬より可愛くなくて真冬より愛嬌があって真冬よりずっとず~~っと君が欲しいと思ってる女の子!」

「……なんだ、お前」

「僕はトラルだよ?」


 そう言って男は胸に手を当て小首を傾げ、顔を突き出しニコニコ笑う、俺の表情とは正反対だ。まったくもって腹立たしい、完璧である俺のすべてを見透かしたように振る舞う、こいつのことが気に食わない


「それはもう聞いた、お前は何だ」

「名前以外も知りたいの、もう、しょうがないなぁ、しょうがない! 僕は君のことが大好きだから、正直に誠実に、僕のことを教えてあげよう」


 大仰に、大げさに、俺より上だと言わんばかりに自信と侮蔑の入り混じったその態度、お前、俺を見下してるな? そんなことは認めない、俺は憧れられるべき人間だ! 俺は尊敬されるべき人間だ!!


「ここは呪いの館で名前は『サルノテ』! 名前の通りここに尋ねた人の願いは屋敷の主である僕が責任をもって叶えるよ! ただし、その願いは君が最も望まない形で叶うんだ。誰であろうと例外なく、どんな願いも例外なくね。だから君の願いを教えてよ、僕が必ず叶えてあげる」


 無邪気に邪気に満ち溢れた笑顔の男が問いかける。友人たちとの他愛もない表面上は和やかに、心のなかではくだらないと一蹴していた噂話が脳内を駆け巡る、願い願い、俺の親友はいいやつだ、グズでノロマだがいいやつだ、俺の蒲公英は素晴らしい、飛び抜けて花はないが、温かい陽だまりだ。


 その二人が付き合った、ああそうだ、冷静に考えよう、どれだけ感情で否定しようとふたりが別れることはないだろう、二人は親友だからだ、俺の唯一の親友だからだ。


 だが認めない、二人が付き合うことは認めない。なぜなら榛名は俺の蒲公英だからだ、俺の陽だまりだ、俺の人生においての重要なファクターだ、二人は別れない、認めよう、俺の理性もそう言っている。


 それでもしかし認めない、俺の人生を阻むものなぞありえないッ! だが、俺の障害を取り除くためにこの男に願いを叶えてもらう? あり得ないありえない、そんな都合のいいことはありえない、そんなことを言ってくるのは詐欺師か悪魔ぐらいだろう、それより何より、こんな男を俺が頼るというのがありえない、俺はすごい、俺は絶対だ、だから誰にも頼らなくても全ては俺の思い通りになるはずだ!


「うん、やっぱり僕は君のことが大好きだなぁ! 君の願いを叶えてあげたい!! 君は最高の男の子だもの!」


 男はじぃっとじっと、俺を見つめる、不愉快である不快である。俺はここに、ただただ、そう、蒲公英を手に入れるための方法を考えに来ただけだ。


 俺の蒲公英、愛しい蒲公英、彼女が好きだ、彼女がほしい、だって彼女は俺の人生をより輝かしいものにしてくれるはずだ。より俺に羨望を集めてくれるはずだ、俺だけのものを俺だけの幸福を、俺だけの俺だけの俺だけの、なのになのになのに、どうして、どうして君は……。


「うん、そうだね、そんな最高の君を選ばないなんてそんなのその娘が間違ってる! だから君には僕を『利用』して欲しいんだ」

「利用する……?」

「そう、僕に『願う』んじゃなくて僕を『利用』するんだよ、自分が一番なんでしょう? なら今までと変わらないじゃない、君はすごいよ、天才だ、だから『望まない形で願いを叶える僕』さえも、きっとうまく『利用』して願いだけを叶えることができるはずだ! 僕なんかに騙されるような君じゃないしね!」


 ああ、そうだ、今までもたくさんに人を利用してきた、俺がより羽ばたくために、少しでも皆の尊敬を憧れを集めるために。

 俺はすごい、俺はすごいんだ、もっともっと俺のことを見て欲しい、俺を幸福にして欲しい、誰も彼も憧れるそんな非の打ち所のない俺を。


「だから僕を『利用』するために願って欲しい、僕は君がより完璧であることを願ってるんだ、君のことが大好きだからね! さあ、君は何を望んでるんだい? かなわなくても自分の力で叶えたらいい、その時は僕を詐欺師だって笑ってくれたって構わないよ! 僕は君の幸せを心の底から応援したいんだ!」


 ずいずいと早口にまくし立てる、こいつの勢いに押されたことは否定しない、こいつが本当に願いを叶えられるだなんて思ってもいない、だが、だがだ、もし本当ならこいつは役に立つ、これの人生をより幸福なものにするための役に立つ。ならば駄目でもともと、ふっかけるだけふっかけよう、俺の幸せのためだけに俺はこいつを利用しよう。


「……俺は俺の人生の幸福のために俺の榛名に愛されたい」

「うん、いいよ、僕がその願いを叶えてあげる!!でもちゃんとがんばってね、それは君の望まない形で叶うんだから。僕はそれでも君なら幸せになれるって信じてる!」


 男はわーいわーいと嬉しそうにくるくるくるくる回り出す、何だこいつは、気でもふれたか。そんな思いは口に出さず、只々男を眺め続ける。意味は無い口約束ですらない妄言に勢いとはいえ付き合った自分が、いまさらながら馬鹿らしい。


 これ以上ここにいても得るものはないだろう、この男に付き合うとろくな事になりそうもない、さっさと帰っていかに俺の蒲公英を手に入れるか考えるほうが健全だ。歩を進め、真っ黒に塗り固められた扉に手をかける。


「じゃあね、晴明くん、次に会える時を楽しみにしてるね!」


 もうこないであろう屋敷の主に背を向けて俺は我が家を目指す、どうやって彼女を手に入れるかを考えながら、そしてどうすれば海斗に尊敬されたまま、蒲公英を手に入れられるかを。

















「……トラル、さっき訪ねて来られた方はどこに行きました? 地図を持ってきたのですが」

「うん? あの子ならもう帰ったよ! 僕が道を教えてあげたから大丈夫、迷うことなくきっとまっすぐ進めるはずさ!!」

「妙に機嫌がいいですね、またろくでもないことを考えてるでしょう、」

「そんなことないよ、僕はいつでもどんな時でも誰かの幸せを願ってる!」

「だから不安なんですよ」


 いつもと変わらないトラル、いつもより機嫌のいいトラル、どちらもろくなことをしません。だから私は願います、誰も不幸にならないことを、特にトラルのせいで誰かが不幸にならないことを。私はトラルが嫌いですから。






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