噂のお屋敷
「ふふ、どうやら俺は邪魔者みたいだね」
「あ、えと、そ、そんなことないよ!?」
「え、ええ、そんなことないわ!?」
慌てて手を話す二人、顔は真っ赤でもじもじと、ああ、なんて美しき光景だろう、なんて醜き光景だろう、俺を愛するべき女性と俺を引き立てるだけの男が結ばれる、笑い話にもなりはしない、笑い話では終わらせないが。
「はは、やっぱり俺は邪魔者みたいだ、今日は二人で帰るといいよ、恋人になった二人に送る、俺からのささやかなプレゼントだ」
そう言って俺は歩き出す、二人に背を向けて、手をひらひらと振るって別れの挨拶を、きっと二人はこの後仲良く帰るのだろう、仲良く仲良く帰るのだろう。
ま、どうでもいいことだけどね、どうせ別れる二人なのだし。
さあ、一刻もはやく考えないと二人が別れる方法を、そして自然に俺と彼女が付き合う方法を、俺の人生というファクターに彼女は絶対必要なんだ、完璧である俺の側に平凡な、しかし温かい彼女が必要なんだ、何度でも何度でも言おう、俺の側には彼女が必要なんだ。
俺が10人中10人が振り向くような美女と付き合う、ああ、お似合いだと周囲は言うだろう、美男美女だというだろう、特に男の殆どはそれをうらやましがるだろう、だがそれがどうした?
それは俺に憧れたんじゃない、『美女と共にある俺』に憧れたんだ、そんなことは認めない、俺を付属物にした憧れなんぞ認めない、俺はすごい俺は一番だ、俺は完璧なんだ。だからいるんだ彼女というファクターが、幼なじみで特段美人というわけでもない、しかし可愛らしく、決して俺の評価は下がらないそんな女である彼女が。
顔で選んだわけでもなく、その温かい性格で、幼なじみという関係性で、決して驕っているようには見えない自然な幸せが俺にはいるんだ。それでこそ初めて『美女と共にある俺』でなく、ただ一人の『俺』のあり方に憧れる。俺が一番だ、俺が最高だ、他は皆。俺に憧れていればいいッ!
ああ、なのになのに、俺の計画が狂ってしまった、ありえない、ありえないッ! 苦虫を怒りの噛み潰し、轢き潰し、吐き捨てるように歩を進める、歩き歩き考える、手はいくらでもあるはずだ、決して俺だとばれないように、決して俺だとばれない手段で、二人を引き裂く手を考えねば、手っ取り早いのは海斗に浮気させることだろう。
榛名は俺の恋人として人生を飾るにふさわしい精神性を持っている、浮気を許すほどスレてはいない、うまくいくならこれが一番だ、だがだ、これは海斗の無意味な一途さが邪魔をする、友人でもあった榛名を裏切るだろうか、あいつはいいやつだ、グズでノロマで役に立たないやつではあるがいいやつだ。
それが親友とも言っていい幼なじみと付き合い始めて裏切るだろうか、いや、ないと俺は断言する。あいつはそんなひどいことをできるやつじゃない。俺が断言するのだから間違いはない。
ああ、ならばどうする、どうすればいい、ひたすら考え続けてただ歩く、四十通りをただ歩く。うん、四十通り……? 下らぬ噂を思い出す、生徒会室で確かに聞いた下らぬ噂を思い出す。都市伝説と言っていいそんな噂を思い出す、確か……。
「四十通りを四度めぐり、七番街を逆向きに、九つ通りを三度駆けて、一三番目の角を曲がる。するとそこには不思議な洋館が。噂によればどんな願いも必ず叶える館の主がいる、だったか?」
くだらない、そんなものがあるはずはない、大体それで辿り着く場所は記憶にある地図をたどれば確か無人の空き家があるはずだ。だが、考え事をするのにはちょうどいいかもしれないな。
家に帰れば両親がいる、妹の相手だってしなければならない、そんなくだらんことより今はこの問題を解決しなければ、それには一人で考えられる場所がほしい、頭のなかで地図を思い描き、空き家へと歩を進める、くだらん噂の道筋など委細辿ることもなく、歩いて歩いて歩いて歩く、するとそこには想像どおりの空き家が……。
「何……?」
俺の想像を完璧なまでに裏切る光景が眼前に広がった、そこには大きな庭が、一面に薔薇の花びらが敷き詰められて、両端には枯れた桜の木が、爽やかに香るのは珍しきかな梅の香りによく似た香り椿の甘い匂い。
さらには撫子色で覆われた暴力的な色彩センスの洋館だ、林家と名のつく芸人でさえもまだましな色彩センスをしているだろう、館にするか?この色を。それも外見だけは重工な洋館でだ。
さらに一箇所、扉だけは黒色で染め上げられている、何がしたい? せめて白にするべきだろう、統一感を根底からかなぐり捨てている。しかし、思ったよりは整理されている、もっと荒れ果てた場をイメージしていたが……。まぁ、いい、考え事をするには好都合だ。
見た目は落ち着きはないが、香りは評価する、甘い香りに心が安らぐ、何故漂っているのかは理解できないが。枯れ木しかないぞ、どうなってる? 桜の花びらを踏み荒らし、扉の前まで歩を進める、そして、乱暴に扉を開け放つ。
「ようこそいらっしゃいました。それではあちらからお帰りください」
白百合と形容するのがふさわしく、月下美人のように神秘的な少女が窓を指差して現れた。