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サルノテ  作者: アリアリア
第一冊 『朝陽ちゃんの物語』
17/95

甘い香り


 叫んでも叫んでも誰も誰も出てこない、ここは廃屋には何もない、本棚は荒れ果てて、机は折れて崩れ落ちて、暖炉にはかすかに燃えカスがあるだけだ、何も何もありはしない、屋敷の主はいやしない、どうしてどうしてどうしてどうして、私の願いを叶えてよ!


 いやよいやよ、何で最初の一回で全て終わらせてくれなかったの、それなら私は幸せだったのに。どうしてどうして、私は幸せになりたかったの私は愛されたかったの、妹は嫌い妹は大好き、お父さんもお母さんも嫌い嫌い大好きで、だから私は幸せになりたかったの。


 妹がいなくなれば幸せになれると思った、大好きだった妹が大嫌いになったのが何より何より辛くって、嫉妬して嫉妬して嫉妬するしかなかった私がなによりなにより大嫌いで、だから妹がいなくなれば幸せになれると思ってた、最初の一回は幸せだった。でも駄目だもうダメだ、やめてやめて私に返して!







「願いなら叶えてあげたのになぁ、よくあることなんだけどこういうのって理不尽だよねぇ、ちゃんと約束通りにしてるのに!」

「……?」

「ああ、独り言だよ、気にしないで♪」


 トラルはカップに紅茶を注ぎながら答えます。127個目の愛用の、自分のカップにゆっくりゆっくりゆっくりと。最後の一滴がピチャンと跳ねて、綺麗な綺麗なミルククラウン。入れた紅茶をカップごと暖炉に向かって放り投げます。よくあることです、慣れました。自分のものを燃やす分には、もはや気にしてられません。とにかく自分の物は守らねば、服の犠牲は忘れません。


 続いて、お客様用のカップを手に取って注ぎ始めました、今度は雑に荒っぽく、だくだくどくどく注ぎます。最後の一滴だけ丁寧に零れないように零れないように、優しく優しく適当に、入れ終わった湯気立つカップを持ってトラルは嬉しそうに嬉しそうに────


「さて僕と君の39回目の始まりと、2回目の今日を祝って! け~ん、ぱいっ♪」


 そう言って勢い良く砕かんばかりにカップを叩きつけ、不思議な事にカップは砕けず中身もこぼれず、姿形も掻き消えて、跡形もなく消えました。


「……カップはどこに?」

「う~んとう~んと、遠い遠い何処かへ行ったんじゃないかなぁ♪ ねぇ知りたい知りたい、真冬? どうしてもって言うなら教えてあげるけど♪」


「いえ、いいです、うざいので机に座って続きでも書いててくれません?」

「うん、厳しいね、僕は真冬のそういうところも大好きだよ♪」


 いつものセリフを繰り出して、トラルは机に座って書き始めます、一体何をしたかったのか私には全くわかりません。ゴーンゴーンと鳴り響く時計の音を聞きながら、今日は誰も訪れず、平和な一日だったことに心の底から感謝します。誰も来なければその分だけ平和な人が増えますから、私は人が不幸になるのは嫌いです。

 だからトラルが大嫌いです。







 ガチャンと大きな音をたち、私は慌てて振り返る、壊れた机の端の端、かろうじて立っていた机の一部にこの場に似つかわしくないカップがあった、中身は淹れたての紅茶がなみなみと、明らかに先程まではなかったものだ。


「トラルッッッ!!!」


 私は叫ぶ、私は叫ぶ、この香りには覚えがあった、あの部屋であの少女が出した紅茶の香りだ、ならば絶対ここにいる、トラルのやつはここにいるッ!!


 叫ぶ叫ぶ叫んで叫ぶ、それでもトラルは現れない、ツカツカ机に向かって歩き、紅茶を手に取り地面に叩きつける、散らばる紅茶、広がる香り、嗚呼忌々しい金木犀、むせ返る香りが屋敷を思い起こさせるこんな廃屋ではないあの屋敷を、趣味の悪い紫色のあの屋敷を。ああ忌々しい忌々しい、軽薄そうに笑うトラルのあの顔を、ふざけたようなあの会話を────ッ!!


「あ……」


 思い出す思い出す、あの時あいつはなんて言った、些細な言葉、願いが叶えばどうでもいいと聞き流していたあの言葉、意味は無いと思っていたあの言葉、世間話の延長だと思っていたあの言葉、そうだあの時、たしかあいつは。





「うん、気に入ってくれたようで嬉しいよ、その香りをよぉくよぉく覚えておいてね♪」





 思い出す思い出す、あいつのあの時のあの顔を、軽薄そうに笑うあの顔を、全部を全部見透かしたようなあの顔をッッ!!

 あいつはきっときっと全部────


「うん、知ってたよ、だから僕は君の願いを叶えるって、ちゃんとちゃんと約束したんだ♪」

「あ、あああああぁぁぁああああああああ────ッ!!」


 響いた声は肯定で、トラルの姿はどこにもなくて、ストンとトラルの言葉が心に落ちて、ああ、理解した理解した、私の願いは確かに叶った、あいつの言ったとおりに確かに叶った、だからこれでもうおしまい、何もかもがもうおしまい、願いがかなったらそれでおしまい、もう時間は決して戻らなくて、妹はずっとずっと死んだままでわたしはずっとずっと生きていく。一人は二人になって、最後に一人に戻ってしまった、最初から一人なら良かったのに、最後に一人になってしまった。


 憎い一人が消えたんじゃなくて、大好きな一人が消えてしまった。嫌だ嫌よ、一人は嫌よ。お願いだから、私を一人にしないで欲しい。最初の一回目なら良かった、貴方の代わりに愛されればただそれだけでよかったから。


 今は駄目だもうダメだ、私は一人に耐えられない、だって大好きだったもの、殺したくらい大嫌いになるほどに貴方のことが好きだったもの、大好きな大好きな私の妹、だからお願いお願いトラル、私の妹を私に返してッッ!!



「え、やだよ? 僕は『あの時の君』と約束したんだ、その約束は破れないよ。それじゃ、バイバイ、朝陽ちゃん。君の幸せを心の底から祈ってるよ♪」


 その言葉を最後に壊れたカップも散らばった紅茶も金木犀の香りさえも掻き消えて、ほんとうに本当に一人になって、すべてが全て終わってしまった。


 足は私の心を表すようにへたり込んで、ピクリとも動いてくれなくて、只々只々悲しくて、私はとうとう泣き出した。誰もいない廃屋で誰もいないこの場所で、泣いて泣いて泣いて泣いて、だだだだひたすら、ただただ静かに泣き続けて、私の願いは私の望みを叶えてくれず、私は泣いて泣いて泣いて────。



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