願いのルール
ギーコギーコと鳴り響く黒い扉の残骸を、おもいっきり蹴り飛ばし私は洋館をズカズカと、敷き詰められた絨毯はズッタズッタのボロボロで、もはや綺麗な綺麗な赤色は面影さえも残っていない、周囲はホコリまみれで家財道具は壊れはて、かろうじて配置に面影があるのみだ。
「トラルッッッ!!」
館の主の名を叫ぶ、帰ってきたのは風の音、人っ子一人いやしない。ありえないありえない、こんなの絶対認めない、何で出てこないの、こんなの嫌よこんなの嫌よッッ!!
先へ先へ先へ進む、靴置き場を蹴りあげて埃をかぶっていても腹立たしいほど壊れていない引き戸を強引に開け放つ、土足でズカズカ、文句があるなら出て来てなさい。そして全部巻き戻してよ、私は寝たもの眠ったもの、妹は死んで私は眠り、なら起きた時には最初の一日、それが絶対だったでしょう! なのになのに何でなの! なんで今日は続くのよ!!
「僕はね、約束は守ることを信条にしてるんだ、願いを叶える約束も必ず願ったとおりにね! それが一番大事な約束だから♪」
「貴方は約束を守らないほうが幸せな人が増えると思います」
カキカキカキカキ、トラルは書き物を続けます、これでちょうど67枚目、どんどんどんどん書いていきます、速さだけは一人前、しかし中身は読めません。煌々と燃える暖炉は暖かく、思わずウトウトしてしまいます。
ロッキングチェアに腰掛けて前後にゆらゆら一休み、元々家事手伝いではありませんし、のんびりしてもバチは当たりません。むしろ、働く理由がありません。のんびりのんびりのんびりとトラル宛のお客様を、追い返す仕事もやってこなければありませんし。
「だから『殺してほしい』と頼まれたら僕がしっかり殺してあげないとね! スイッチひとつを渡して依頼主に殺させるなんて無責任なことは出来ないよ!他にもあれだね、たとえ僕が殺したとしても心底、『望まない形』でないとそれも約束破りになっちゃうんだ! 僕って大変、ねぇ真冬、褒めて褒めて♪」
「絶対嫌です、それと私の発言をスルーして随分物騒なことをいいますね、唐突に」
褒めて褒めてと机から飛び出し、私に頭を差し出したトラルを目線も向けずに一言で切り伏せて、私は紅茶の用意します。
トラルがもう飲んでいいと言われたので、自分のカップにお茶を注いで楽しみます、沸き立つ香りは心地よく、体を真から温めてくれます。うつらうつらとしながらもトラルの近くで眠るほど私は命知らずじゃありません。
私は決して忘れません。うたた寝して目覚めたら、何故か服を着替えさせられていたことを。変な服ならまだわかります、額に『肉』と書かれているなら納得できます。ですが、私の部屋の箪笥の中にしまってあった、私服に着替えさせられているのはありえません。下着はそのままだったのが唯一マシな点でした。
理由をトラルに聞いてみると「そっちのほうが嫌がりそうだから」と朗らかな笑顔で優雅に優雅に言われました。死ねばいいと思いました。
「だから、うん、お願いを達成できなくなったら僕は嘘をついたことになるからね、もうそれは一大事だ。そんなの僕は耐えられない。なら願いが叶える前からスタートさせるしかないよね!」
「色々突っ込みどころがありますね、どことはあえて言いませんが」
トラルがどんな顔をしているか手に取るように浮かびます、だから頭から追い出して暖炉をのんびり見つめます、炎がゆらゆら暖かく心はゆらゆら不安定どうか今だけは誰にも来てほしくはありません、割合的に夜に来る人は結構多くて困ります、丑三つ時がブームです。ここ最近は誰も来なくて平和なので、出来ればずっと平和な日々が続いてほしいです。
「さて、そろそろカップに注いでおかないと、演出って大事だよね、楽しむためには準備はしっかりしないとね!」
「あ、お茶なら私が用意を」
「うん? いいよいいよ、僕がやるよ! これは僕がやることに意味があるんだ♪」
そう言ってトラルはカップに注ぎます。暑い暑い紅茶を注ぎます、魔法瓶は便利です時間がたってもアツアツ紅茶、風味とかそういうものを気にするときっとダメなんでしょうけど私はそこまでこだわりません、トラルに至っては言わずもがな。泥水と紅茶の区別がどこまで付いてるかわからないような人ですから。
「さ~て、さてさて、後ちょっと。楽しみだなぁ、楽しみだなぁ♪」
トラルはほんとに楽しそう、楽しそうで嬉しそう、そんなトラルを横目で見ているとやっぱり私は思います。
私はトラルが嫌いです、きっときっとず~っと。