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サルノテ  作者: アリアリア
第一冊 『朝陽ちゃんの物語』
15/95

屋敷のルール

 笑顔があった笑顔があった、妹の笑顔がそこにあった、大嫌いだった妹、大好きだった妹、可愛いかわいい私の妹、ホッと安心したような、心の底から安堵するそんな笑顔がそこにはあった、あったあったあったのにどうしてどうしてどうしてだろう。


 時は動く時は動く、一瞬で世界が変わった、唐突に響き渡ったあの男の言葉をきっかけに、世界はまるごと変わってしまった、流れる音楽は夢模様、世界はまるで虹のよう、加速する意識は一瞬で世界をすべて手の中に、それでも時は止まらない、どれほどゆっくりと感じても時は決して止まらない、やってくるやってくる、その瞬間がやってくる。


 どうしてどうして? ここはもう過ぎ去ったはずだ、ここはもう通り過ぎたはずだ、こんなこと認めていいわけがない、こんなことありえていいわけがない、認めない認めない認めないッッ!


「それでも『結果』はやってくる、世の中ほんとに理不尽だよね、朝陽ちゃん♪」


 トラルの言葉が再び響く、辺りに奴の姿はなく、ただただ声だけが滴り落ちてくる、私の意思の奥底へ、踏みにじるように深々と、踏み荒らすように理不尽に、そして時は動き出す、当たり前の結末に。


 午後5時54分32秒、私だけが知っている私だけが知っている、死亡者0名なんて嘘っぱち、犠牲者二名、死者二名、どちらも私の大好きな大好きな大好きな妹だ。


 ドスンドスン、鉄の揺り籠は地に落ちて、大地は揺れて響き渡る、ねじれてひしゃげた鉄の揺り籠、無色の硝子は雪のように舞い散って、光を受けて輝いて、続くように赤い花びらが咲き誇る、潰れ潰れ潰えて砕け、無色は赤色に染め上げられて、私の体に降り注ぐ。こんなことありえない、こんなこと認めない、どうしてどうして、いやよいやよ、世界は捻じれ曲がり狂い、私の意識を刈り取って、私の奥の奥の奥、薄明に似た暗闇の底に、私は男の姿を見た。





 目覚めると白い天井、白い部屋、暗闇から純白へ、窓は夕闇から漆黒へ、世界はガラリと様変わり、隣には私が目覚めて喜んでくれている両親が、涙を流し涙を流し、「貴方だけでも無事でよかった」と定型文。


 いいわけ無いだろ、馬鹿じゃない? 妹のほうが可愛かった、妹のほうが速かった、妹のほうが優秀だった、なら生き残るべきなのは妹で、私なんかじゃ絶対にない、殺そうとした私なんかじゃん絶対にない、なのになのに私の両親は心の底から嬉しそうで、それは私の願いどおりで、でもでもそれ以上に私は妹が大好きで、だからだから嫌いだった。やっと、嫌いよりも好きが大きくなったのにそれは全部なかったことになった。


 好きで好きで大好きで、だから私は飛び出した。静止する両親なんてどうでもいい、私はひたすらかけ出した、私服のままで本当に良かった、これなら外に飛び出してもきっと誰も気にしない、走って走って走って走った、目指す場所は決まってるあの悪趣味な洋館だ。


 駆ける駆ける駆ける駆ける、四十通りを四度めぐり、七番街を逆向きに、九つ通りを三度駆けて、一三番目の角を曲がる。するとそこには────


「なんッッでッッッ!?!?!?」


 大きな庭はあった、荒れ果て雑草が荒れ狂い、盛るように青臭さに包まれた大きな大きな荒れ果てた庭がそこにはあった、木は切り株に洋館は塗装は剥がれ穴は空き、廃屋と化す、真っ黒だった扉は崩れ、木屑となってギーコギーコと場末の酒場を想起させる。何でどうしてお願いやめて、私はちゃんとうわさ通りにやってきたじゃない、こんなのこんなのありえないッッ!!








「僕思うんだよねぇ、あの入るのに特別な手順やルールがいる謎の洋館とかダンジョンとかさ、無駄じゃない?」

「貴方がそれを言いますか、この屋敷はまさにそれでしょう?」


 指定された時間通りに希望通りのお茶を入れて、トラルの部屋へと運びます。部屋はいつもどおり無数の書物に覆われて、机に座り銀杏にはもう飽きたのでしょうか。


 インクとペンを取り出して何かをカキカキしています。たまにトラルは何かを書いています、何を書いているのかは私にはさっぱりわかりません。こり固まった常識を打破し、既存概念にとらわれない個性的なそれを読み解けるほど私の理解力は高くありません。まだミミズがサンバを踊っている方が理解できるというものです。


 はい、はっきり言うと字が下手です、ひらがなの『あ』と英語の『A』の区別がつかないレベルでド下手です。そんな子供の落書き以下の何かを執筆しながら、トラルは言葉を続けます。


「いやいや、それは違うよ。この屋敷に入るのに手順なんていらないよ。そんなのあったら面倒じゃない、君だってわざわざあんな遠回りしてないよね」

「でも、手順の噂は流れてますよ?」

「ああ、あれは流したの僕なんだ」


 そう言ってトラルは笑います、その目は私を見ていません。まるでここにはいない誰かに語りかけるようです、時々トラルはこうなります、こういう時のトラルはほんとうに本当に楽しそうで、私はそういうトラルが嫌いです。


「人って不思議だよね、看板掲げて願いを叶えるって言っても人っ子一人来ないのに、面倒な手順を追加するだけで試してみようって人が出てくるんだからさ。まぁそれだけだと面倒だから一応ルールはあるんだけどね」

「ルールですか……?」

「うん、僕が面白そうって思うかどうかってルールがね♪」


 そう言ってトラルは書き続けます、インクとペンで書き続けます。カキカキカキカキ、読めない文字を、とってもとっても嬉しそうに、私はそんなトラルも嫌いです。



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