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サルノテ  作者: アリアリア
第一冊 『朝陽ちゃんの物語』
14/95

歓迎準備


 午後6時47分、ここ最近のトラルの気まぐれ、甘ったるい金木犀の香りに辟易しながら、炊事洗濯家事を行う。いつもどおりといえばいつもどおり、非日常といえば非日常。今日は朝からトラルがいない、それは喜ばしいことですが一体どこで何をやっているのやら。どうせろくでもないことでしょう。


 目を離すと……、目を離さなくても、どうせろくなことをしていないでしょう、ろくでなしのひとでなし、人を平気で崖下に突き落とすタイプです、嫌いです。しかし本当に何をしているのでしょう、ここ最近は銀杏を干しているか、銀杏を食べているか、謎の銀杏プリンを無理やり私に食べさせるか。そんなことしかしていなかったはずですが、37個の銀杏プリン、一体どうしろと言うのです。


「服を燃やしたお詫びだよ!」とふざけたことをのたまっていましたが、絶対嘘です、私は知っているのです、37個の銀杏プリン、一つとして銀杏が入っていないことをっ! 私は知っているのです、天日干しした銀杏はすべて暖炉の餌になったことをッッ!


 だからといってどうだというわけではありませんが、銀杏の入っていないプリン、これだけなら許せます。要はカラメルのかかってないただのプリンでしょう? 私はプリンは好きなのです、だからむしろ銀杏が入っていないことは大歓迎です、最初のプリンは普通に美味しかったですし、正直、今まで食べたプリンの中で一番美味しかったですし。だから私は期待しました、おいしいプリンを期待しました。


 36個にになるプリンをそっと優しげに見つめた後、取り出した一個を期待を込めてスプーンでゆっくりゆっくり掬い出して、お口の中に頬張って、そして私は気づいたのです。濃口醤油のほのかな辛味と卵の奏でるハーモニー、だし汁はあれですね、鰹だしを使いましたね、わかりますよ、私には……、よく味わって飲み込んで、そして私は気付きました。


 そうです、茶碗蒸しだったのですッッ!!! 分かりますか? 最初の一個、トラルに無理やり食べさせられたプリンはたしかに美味しかったんです。だからそれを期待したのに、だからそれを期待したのに、中身は茶碗蒸しでしたッッ! 私の期待を返してくださいッッ!! 何より無駄においしいのが腹立たしいです、全く何ですか何ですか、残り36個の銀杏?プリンを私はどういう気持で食べればいいんですかッッ!


 一人、炊事洗濯家事を片付け、心のなかでトラルを酒蒸しにしながら気を紛らわせて、今日の仕事を終わらせたそんなタイミングで屋敷の扉が開きました。お願いごとをしに来た方ではありません、ノックの音がしませんでしたから、ならば誰かは一目瞭然、玄関に向かえに行きましょう。


「ただいま、真冬」

「おかえりなさい、トラルさん、出口はあちらとなっております。」


 当然のように窓を指しトラルに新たな旅立ちを勧めます、私の平穏を返してください、そして私にプリンをください。


「うん、今日も機嫌が悪いね真冬、そういうところも僕は好きだよ♪」

「私は貴方の軽薄なところが嫌いです。」

「そんなッ、僕はいつでも真剣なのにッ!」


 ああ、と額に手を当ててまるで最愛の人を失ったかのようにさめざめとするトラルの様は、銀杏の入っていない茶碗蒸しが如く腑抜けた存在でした、カラメルの入っていないプリンに匹敵する愚かさです。あ、牛乳プリンは許します、あれは神の食べ物です。……しかし、コンビニってすごいですよね、なんでもあります。


「茶番はいいです、今日はどこに行ってたんですか?」

「ん~~、遊園地に行ってたよ!」

「……何をしにですか?」

「観覧車で遊びに♪」


 屈託のない笑顔は童話に出てくる王子様のようでいて、中身があれではもはや詐欺どころかホラーでしょう。遊園地に観覧車、トラルとは似合っているのが最高に似合わない組み合わせです。


 楽しそうに無弱な顔で眼の奥が笑っていない笑顔で楽しむトラルが浮かびます。気持ち悪いので想像の中のトラルを暖炉に投げ込み、聞きたいことは聞けたので、さっさと会話を切り上げます。私はよく知っているのです、トラルと5分以上話すとろくでもない目に合うことを。


「ねえ、真冬ぅ、今度遊園地でデートしようよ!」


 ほら来たよ、ろくでもないことがほら来たよッッ!! ……こほん、しかし一体何を考えているのでしょうか、相変わらず脈略がありません。確かに私は遊園地が好きです、特にメリーゴーランドが好きです。まぁ、一番好きなのはあの10円で動く、動物の乗り物ですけど。


 10円を入れて動くままに任せて、背中にぐで~っと横たわると太陽の暖かさをたっぷりと吸収した人工の毛皮の完成です。アニマルセラピーです癒やされます、1時間位何もせずに乗っていたいです。もう一つのメリーゴーランドはある意味夢を叶えてくれます、馬に乗ってグルングルンと、24時間くらい回っていたいです。


「どうしたんですか、嫌ですよ、遊園地代だけ私にください。」

「うん、そういうと思ってた、僕は君のそういうところも大好きだよ♪」

「奇遇ですね、私は貴方のそういうところが嫌いですよ、特に今みたいな嘘つくところとか」

「はは、さっすが真冬、僕のことをよくわかってる! そういうところも僕は好きだよ!」


 相変わらずな会話を繰り返し、相変わらずな返答を受け、これで終わったとそそくさと安全圏への逃亡を開始します、今の私はハムスター、少しでも遠くの穴蔵へ、トラルが近づけない穴蔵へ。


「でも残念だなぁ、せっかくいいデートプランを考えたのに、ねぇ、デートプランだけでも聞いてほしいなぁ♪」


 はい、逃げられませんでした、こうなるとトラルはこっちが話を聞くまでしつこいのです、ずっとずっとひたすらに私についてまわるのです。ねえねえねえねえと繰り返す私についてくるのです、着替え中は100歩譲って許します、お風呂場さえも許しましょう、でもトイレだけはやめてください、後生ですからやめてください、おねげえしますだ、おねげえしますだ。


「わかりました、聞きますから速く終わらせてください」

「やった、まずはお昼ごろに遊園地に到着したら、真っ先にジェットコースターを目指すんだ、長い長い待ち時間、その間に仲良く仲良くお話をして、仲良くなって、コースターでドキドキバクバク吊り橋効果! そのあとは甘いモノでも食べに行こう、三段重ねのスフレの上に、コミカルなキャラクターのイラストとたっぷりたっぷりの生クリームの乗ったパンケーキとフルーツたっぷりのパンケーキを仲良く仲良く食べ合いっこしてね! その後はお化け屋敷でスリルとサスペンスを楽しんでその後仲良く観覧車に乗るんだよ! ねえ素敵じゃない!?」

「はぁ、そうですね、いいんじゃないですか」


 なんか思ったより普通で拍子抜けしました、と言うよりなんか当たり障りがなさすぎて逆に驚いたかもしれません。もっと遊園地に見せかけた深海魚探索ツアーとか、そんなものを想像していました。というよりこれは彼が考えたんでしょうか、私にはそうは思えません、こんな普通な発想はこれには出来ません。だからそこは突っ込んでおきましょう。


「本当に貴方が考えたんですか」

「うん? 違うよ、そんなわけないじゃない」

「ですよね、ちょっと安心しました。」


 ほっと胸をなでおろし、心のなかで破顔します、しかし現実の顔はしっかり無表情で固定しています、笑うとトラルがうるさいのです。24時間四六時中笑え笑えと言われ続ける恐怖は未だに忘れられません。


「うん、でもあの娘達は楽しそうだったから、良いと思ったんだけどなぁ。 ま、いいや、今度は真冬好みの深海魚探索ツアーにでも連れてってあげるね♪」

「絶対嫌です、私は家が大好きです」

「そう? 残念だなぁ……」


 あ、絶対残念だと思ってない顔ですね、むしろ嬉しそうです、どうしましょう、酸素ボンベでも買っておきましょうか、どこに行けば売っているんでしょう?

 通販で買えれば良いのですが……。


「あ、そうそう、ねえ真冬、お茶を入れてよ! あのお茶をポットいっぱいのあのお茶を、ティーカップは三つお願い、大体6時間後くらいに僕の部屋に持ってきて♪」

「金木犀のですか、それよりいま何時か分かってます? 6時間も後だと夜中ですよ」

「でもその時間じゃないとダメなんだよ、ねえお願い真冬♪」


 トラルの奇行は今の始まったことではありません、突然僕は銀杏に生きると言い出した記憶に新しく、脳裏に強く刻まれています。何をいても無駄でしょうし、深夜でないだけましでしょう、おとなしく時間を見て持っていくことといたしましょう。でも一つだけ気になります。


「どうしてカップは三つ何ですか?」

「うん? 僕でしょ、真冬でしょ、それからね~~……♪」


 あ、もったいぶる仕草が最高にうざいです、なに、「えへへ、知りたい?知りたい?」みたいな顔してるんですか、ぶっ飛ばしますよ。


「真冬って結構思考が暴力的だよね、そういうところも僕は好きだよ♪」

「はいはい、嘘はいいですからはやく言ってくれませんか」

「3つめのカップはね、僕の大事な大事な────」


 トラルは笑う、いつもの満面の笑っていない笑顔で笑う、こういう時はいつもそう、ろくでもないことを考えている時だ、小さな小さないたずらが成功した時のそういう顔だ。






「大事な大事なお客様のためのカップだよ♪」


そう言って笑うトラルは私は嫌いです、楽しそうで楽しそうでちっとも楽しくなさそうな、そんな顔が大嫌いです。だから私は願います、どうかトラルの大事なお客様、ここには来ないでくださいね。きっと貴方もその方が私も貴方も少しはましな気分になれると思いますから。


 


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