遅い私
さてさて、ついにやってまいりました! ただいまの時刻は午後5時43分です。あとちょっとアトチョット、妹の終わり私の始まり時は流れただ流れ、1分1分は永遠のよう、私の望む場所へたどり着く。
「ねぇ夕陽、もう夕方だし最後に観覧車に乗ろう、きっと綺麗な夕陽が見れるわよ、『夕陽』みたいに綺麗な夕陽が♪」
「もう、お姉ちゃんっ! うん、でもいいかもね、お姉ちゃんと観覧車なんて小学生以来だし」
「じゃ決まりね、行こう夕陽!」
そう言って妹の手をとって歩き出す、目的の場所まであとちょっと園内で何度も何度も見かけた場所で、テレビで見た光景に少しずつ少しずつ近づいていく、あと少しあと少し私の始まりまであと少し、今日の出来事は大事な大事な思い出にしよう、妹との最後の最後の思い出だから。
ずっとずっと小さい頃、「ふたりともとっても可愛いね」って分けられることもなくありのままで愛された、そんなそんな小さいころ私は妹が大好きだった。
お人形さんのように整って、私と同じ長い髪、鏡合わせとはいかないけれどそれでも似ていた私達、二人で顔を合わせてクスクス笑う、人形遊びは毎日で、おままごとなんて日常で、いつだってどんな時だって私たちは一人だった。
大好きだったうさぎさん、妹と色違いのうさぎさん、耳が取れちゃった時なんてお母さんの真似をして二人一緒に糸と針でくっつけようとして、失敗して刺さっちゃって泣いちゃって、二人で一緒にお母さんに怒られたね。
二人揃って大泣きしちゃって、その後お母さんが直してくれて、それがとっても嬉しくて、その後泣きすぎて腫れた目で二人で笑って遊んで遊んで……。
喧嘩をしたこともあったっけ? あれはそう、ピンクの可愛いお洋服、私もほしい私もほしい、同じ言葉を言いながら二人で仲良く涙目になって、喧嘩して結局二人で怒られて1着の服を代わりばんこ。
仲良く仲良くずっとずっとずぅぅっと変わらぬ日々が続くと思ってて、でも現実は全然違って一つ一つ時を重ねるごとに、私たちは一人じゃなくなって、どんどんどんどん離れていって二人になった、私の歩みはどこまでも遅くて、妹の歩みはどこまでも速くて、離されて離されてついに姿さえ見えなくなって……
だからこれは必然じゃないのかな? 一人から二人になって、だから今こそ一人に舞い戻ろう、最初から一人だったならそれで良かった、二人にならなければもっと良かった。でも二人になってしまったから、私は私で貴方は貴方、私が私でなくなったから私が私を終わらせて、新しい一人だけの私を始めよう。
あと少しあと少しあと少し、という所でお化け屋敷と同じ手をお化け屋敷よりずっとずっと優しく優しく握られた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なに、夕陽?」
はやくはやくはやくはやく、残り時間はあと僅か、もっとよく調べておけばよかったなぁ。調べても調べても正確な時間は出てきやしない、もっともっと一分一秒単位で分かったらよかったのに、でもでも場所はわかってる、確かもう少し先だったはず、だから速く話を終わらせて私を一人にしてほしい。
「えっとね……、今日はありがとう、すっごくすぅぅっごく楽しかった!」
「そう? 私も嬉しいわ、続きは────」
「私、お姉ちゃんにずっと嫌われてるって思ってた」
観覧車観覧車、最後の言葉、言いかけた言葉がグルグル回る、妹の言葉が私の言葉を遮って、でもでもそんなことよりこっちが大事。
うん、そのとおりだよ夕陽ちゃん。
私は貴方が大嫌い、大好きで大好きで大嫌い、誰より誰より貴方が嫌い、私より可愛い貴方が嫌い、私より速い貴方が嫌い、私の妹な貴方が嫌い、私よりすごい貴方が嫌い、妹に追いつけない私が嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い。
余計なことを言わないで、私は貴方の声なんて聞きたくないの、私は一人で居たいから、私は一人がいいんだから、私は一人で愛されたいから。だからだから喋らないで話さないで、私にそれ以上近づかないで。
「だから、私が走る姿が見たいって言ってくれた時、嬉しかった。遊園地に行こうって誘ってくれた時、嬉しかった。私と昔みたいに遊んでくれて嬉しかった。お姉ちゃんが私の事嫌いじゃないって分かって嬉しかった!」
やめてやめてやめてやめて、そんな顔で私を見ないで、嬉しそうな泣きそうな、そんな顔で私を見ないで!
言わないで言わないで、お願いだから何も言わないで、いつだってそういつだってそうよ、貴方はいつだっていい子なのよ、私はいつだって悪い子なのよ。何でどうして何でどうして、貴方はいつもいい子なの、私だってそうなりたかった、私だってそうなりたかった!!
なのになのになれないのよ、苦しいの妬ましいの腹立たしいの、全部が全部、何もかも違う貴方が腹立たしいの、私は貴方と同じなのに、私は貴方と同じだったのに!!
「お姉ちゃん、大好きだよ……!」
「────────ッッッ!!!!」
走る走る走る走る、こぼれ落ちる妹の涙なんて見ていない、絶対絶対見ていない、ああ大嫌い、ああ大嫌い、かつてないほどの速度で走る、周囲の何もかもを置き去りにして、だから私は気づかない、走って走って気づかない、まっすぐまっすぐ私は走る、ガタンと音が響いても私は何も見えていない、走る走る走る走る、カップルの叫び声なんて聞こえない。
走る走る走る走る、走って走って走りぬいて、疲れて疲れて息を切らして、背にした夕陽が白銀色に反射して、そして私はようやく気づく、我に返って辺りを見回し、空を仰いでようやく気づく、一瞬は永遠に、永遠は一瞬に、時は止まって時は止まらず、眼前に迫るは走馬灯。
ボルトは外れ、ネジは緩み、風はふき、ありえないような偶然が私目掛けて吹きすさび……。
妹はいい子、私は悪い子、だからこれは必然で、だからこれは天罰で、何故か頭に響くのはあの館の主の笑い声、ああ、ふざけるな、結局私の願いは叶わなかったじゃないか、お前なんて大嫌いだ。
そう考えるとほぼ同時、遅い遅い私に向かって大きな大きな揺りかごが、音を立てて落っこちた。




