始まりの日
四十通りを四度めぐり、七番街を逆向きに、九つ通りを三度駆けて、一三番目の角を曲がる。
するとそこには大きな庭が、一面に桜の花びらが敷き詰められて、両端には枯れた梅の木が、暴力的なまでに漂うのは金木犀の甘い香り。
クラクラとする頭を抑え、まっすぐ進むと紫色で覆われた色彩センスのかけらもない薄気味悪い洋館が現れる。
一箇所だけ真っ黒な扉の前に立ち四度ノックを繰り返す、そうすると音も立てずに扉は開き、目の前には────
「ようこそいらっしゃいました。それではあちらからお帰りください」
真っ赤なドレスをきた黒髪の少女が現れた。不機嫌そうな顔をして早く帰って欲しいと言わんばかりに、ガラス張りの窓を指し示す。
帰れというならせめて扉から帰らせろ、いや、私はまだ目的を果たしていない。
「帰る訳にはいかないわ!私にはどうしても叶えてほしい願いがあるの!!」
「噂を聞いてきたんでしょう? だったら自分で叶えたほうがいいと思います。ここは噂通りの場所ですから」
「それが出来ないからここに来たんでしょうが!!」
「……わかりました。それでしたらこちらです」
声を荒げる私を尻目に、どうでも良さそうにため息を付いて、少女は言う。
外観に反して中はただ、広いだけ華美な装飾もありはしない、精々赤い絨毯が敷き詰められているぐらい、私は周囲を伺いながら少女の後をついていく。
ゴーンゴーン、大きなのっぽの古時計が時刻を知らせる鐘がなる。鐘が鳴り響くにつれて、私の心臓はバクバクバクバク高なっていく。
胸に手を当て落ち着けと、効果はないと知りつつも、自分自身に言い聞かせる。そんな私に振り向きもせず、歩みも止めず、少女は淡々と口を開く。
「そんなに緊張する必要はありませんよ、大した人じゃありませんから」
そんなことを言われても体の強張りはとれはしない、だって今から私は────
「はい、着きましたよ。ここから先はお一人でどうぞ。あ、靴は脱いでくださいね?」
そう言って少女は歩き去ってしまう、残されたのは私は目の前の光景に混乱する、扉といっても前にあるのは引き戸である、更に横には靴置き場。
今までの雰囲気は何だったんだ、ここは旅館か何かだろうか?
逆らっても仕方ない、言われたとおりに靴を脱ぎ、引き戸を開け中に入る。
「あ、よく来たね、いらっしゃい♪」
中は再び洋館にふさわしい作りで、書斎のイメージにぴったりだ。壁は本棚でうめつくされ、火のついた暖炉と、名前は忘れてしまったけど前後に揺れるあの椅子だ。
中央には大きく造りもしっかりした机と高そうな椅子がある。
……そしてそれらをぶち壊すように男はタオルを頭に巻いて、ざるにいれた銀杏を暖炉の前で干していた。
「あ、もうちょっとでいい感じに水分抜けそうなんだけど、食べる?」
「いりません」
「そう? おいしいのに……」
そう言って男は頭に巻いたタオルを取り、銀杏をザルごと暖炉に投げ込んで私に改めて向き直る。
金色の髪に緑の瞳、目鼻立ちは整って、微笑む姿はまるで物語から飛び出した王子様のようだった。
「さてと、僕はトラル、君の名前は……、あ、やっぱりいいや、聞いてもあんまり意味ないし。」
「は、え、はぁ……」
ふっと笑顔は影を潜め、トラルと名乗った男はそのまま机に向かい、椅子に腰掛ける。
そして私をまっすぐ見つめ、取ってつけたような笑顔を貼り付けた。
「さて、きっと噂を聞いてきたんだろうけど一応説明しておくね、ここは呪いの館で名前は『サルノテ』!」
男はバッと両手を広げて子供がオモチャを自慢するように語り始める。
ほんとうに本当に楽しそうに、新しいおもちゃを見つけたように。
「名前の通りここに尋ねた人の願いは僕が責任をもって叶えるよ! ただし、その願いは君が最も望まない形で叶うんだ。
誰であろうと例外なく、どんな願いも例外なく」
私がまばたきをした瞬間、男の顔が目にの前にあった。
ただただ無表情にまっすぐまっすぐ、男の瞳は私の中身の何もかもを暴き立てて。
「いや、そこまで便利な目は持てないけどね。分かるかわからないかは答えないけど」
「────ッッ!」
「うん、驚くとかそういうのもどうでもいいからさ、早く願いを言っちゃおうよ、そのために君は来たんでしょ?」
そうだったそうだった、そのためにこんなとこに私は来たんだ、本当にあるかどうかすらわからない、くだらない噂話信じて来たんだ!
お願いだ、どんなことでも私はするからどうか願いを叶えてほしい。
「私の妹を殺してほしい」
「うん、いいよ、その願いを叶えてあげる♪」
男はどこまでも優しく悪魔のように微笑んだ。