リボン
ツイッターの診断メーカのお題から書きました。
「さゆみは23RTされたら成人した絶滅危惧種の獣人で仕える話を書きます。 http://t.co/LVgGofyLBG」
目を覚ましたドールは天井を暫く見つめていた。そして夢心地で呟いた。
「私、とうとう二十歳になったんだ。推定だけど先生の見立てだから間違いない。今日から大人の仲間入りっ!」
ドールはアカオオカミの獣人。ベッドにうつ伏せになりキツネのようなフサフサの尾を左右にユサユサした。赤褐色の尾の先は黒い。その色が変わる境目にドールは毎日リボンを結ぶ。
「今日はやっぱり赤にしよう」クローゼットの引き出しからドールは真紅のリボンを選んだ。
時計を見ると午前七時半、先生に朝食を作らなければならない。ドールは背筋を伸ばして「頑張るぞ」とダラけていた耳をピンと立てた。
キッチンに入るとドールは冷凍のクロワッサンをトースターに突っ込んだ。それからベーコンをフライパンに数枚投げて、卵は水から茹でる。「べ、別に卵が上手く割れないからじゃないんだから」一人ごちる。 レタスを適当にちぎってプチトマトを添える。「先生は野菜も食べなくちゃダメって言うけど、こんな葉っぱのどこに魅力があるの?」ドールにはわからない。とにかくすべてが大雑把なのだった。気付くとベーコンを裏返すのを忘れていた。「あっ、カリカリベーコンだ、ヴォー」
「おはよう、ドール」午前八時五分。先生がいつものようにテーブルに着く。
先生の名前は蒼葉俊朗。四十三歳。この蒼葉医院の院長であり、昨日まではたぶんドールの保護者。めっちゃイケメンだけど几帳面過ぎるとドールは思っている。
「さあ、ドール席について、朝のお祈りを。◯☆△☆◯※△☆☆……いただきます」
蒼葉はいつもドールの作る食事をおいしそうに食べてくれる。そんな蒼葉の顔をぼーっと眺めているのがドールの喜びでもある。
「ドール、食事中は考え事をしないでといつも言っているだろう。食事に集中しなさい」毎度同じように蒼葉に注意される。
ドールはトマトを丸飲みして「はーい」と気の抜けた返事をした。トマトって噛んだことないけど美味しいのかな? そんなことを考えていた。
気付くと蒼葉は手を合わせてご馳走様をしていた。
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昔、人間と獣人が争いを繰り返していた時代があった。今は平和だ。でも天皇も首相も大統領も相変わらず獣人ではなく人間と決まっている。
獣人は過去の争いで何度も人間に敗北を喫していた。人間の造った兵器にはどうしても勝てなかったのだ。やがて沢山の獣人が奴隷として人間に捕らえられ使えなくなったら処分されるという獣人にとっては耐え難い屈辱の日々が続いた。
そんな時立ち上がったのが伝説の獣人のヒーローと崇められているゴリラードだった。これ以上獣人の犠牲者を出してはならぬ、武力ではなく、話し合いで解決しようと身を呈して訴えたのだ。特に絶滅危惧に晒されている獣人は貴重な存在だ。もう種を喪うことを誰もが赦したくない。
人間たちもゴリラードの黒い巨体と熱意に押されて、また必ず持参する仕入れ先不明の大量のバナナは、当時食糧難に見舞われていた人間たちには、豊富な栄養源であり甘い誘惑だった。
よって先のように「天皇、首相、大統領は人間であること」を条件に和解することとなった。
しかし戦争の爪痕は大きかった。獣人孤児が沢山増えていた。そしてドールもその中の一人だったのだ。
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「ドール、誕生日おめでとう」蒼葉は白衣を羽織り立ち上がると、さり気なく言った。
「ありがとうございます!」
「夜は外食にしよう」
「本当ですか! やったぁー」ドールの尾が左右に軽やかに揺れた。
「うふ、何着ていこうかな~~てか肉食べたい、ヴォー」
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十八年前の、そう今頃、八月の終わり……
ドールはボロ雑巾のようにビルとビルの隙間に蹲っていた。もう泣く力さえ持ち合わせていなかった。たぶん蒼葉に出会うのが一日、いや半日遅れたならば、ドールは短い生涯を終えていただろう。しかし、神はドールを見捨てなかった。ドールの尾の先にきつく結わえられた赤いリボンがたまたま通りかかった内科医の足を止めた。蒼葉は消えそうな小さな命を抱きしめた。
当時、獣人を診察する医者など存在しないに等しかった。蒼葉は、ドールを救ったことを皮切りに多くの獣人を救う医術を得て、現在では獣人の名医と云われるほどに成長した。二人はお互いに切磋琢磨してきたのだ。
初めは怪訝そうに眺めていた看護師たちもドールのひたむきさ、屈託のない笑顔、支え合いまた葛藤しあう二人の姿に魅せられていった。人間と獣人との壁が少しずつ崩れていったのだ。いや、ドールたちに限った事ではない。世界中あちらこちらでそのような運命、出会い、努力は生まれ続けていたのだろう。今では人間と獣人が肩を並べて勉強し仕事をするのがごく当たり前となった。
蒼葉はいつもドールに言っていた。平和を望むなら愛を忘れちゃいけない。どんなに小さな愛でもいいんだ。積み重ねていけばいい。
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夕方になって、風が出てきた。洗濯物がクルクル回る。白衣がタオルがシーツがパタパタ揺れる。大雑把ながらも、不器用ながらも、ドールは、料理も洗濯も掃除も家事全般を小さい頃からやってきた。
「私は先生とずっと一緒にいたいよ」
ドールは窓の外をずっと見つめていた。
「お父さん、お母さん……いいよね」
赤いリボンがぴくんと震えた。
「今日は患者さんも少なくて平和な日だったな」蒼葉はニコッとして両腕を真上に向け大きく伸びをした。
「先生、何か楽しそうですね。今日は何の日だったかしら〜」看護師たちはにやにやしている。
「あ、これからドールと食事に行くんだ。君たちも一緒にどうかな」蒼葉は照れ臭そうに言った。
「いえいえ、お二人でどーぞ」看護師たちはクスクス笑いながら「お先に失礼します」と言って帰っていった。
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あの日……十八年前のあの日、蒼葉は彼女とデートをしていた。蒼葉には獣人の彼女がいた。蒼葉は彼女にプロポーズした。しかし、彼女は首を横に振った。「人間とは結婚出来ない」それが彼女の答えだった。蒼葉はただ、うな垂れた。時代の波に逆らう事は出来なかった。そんな時、傷付いたドールに出会った。運命だったのかもしれない。蒼葉は深く息を吸って、ふーっと吐き出した。
その時、いきなり十歳ぐらいの少年が診察室に飛び込んできた。アルパカの獣人のようだ。「お母さんが倒れちゃった。先生助けて!」
「お母さんはどこにいるんだ!」
「あっち! 先生! お母さんが死んじゃう」
ドールも騒ぎを聞いてやってきた。
「先生、私も手伝います」
外へ出るとすぐ先に人間と獣人の人集りが出来ていた。その真ん中でやはり人間と獣人が交互に、倒れている女性に心臓マッサージをしている。「生きろ、生きろ」「頑張れ、頑張れ」
やがて拍手が沸き起こった。少年が駆け寄った。「お母さん〜」母親は息を吹き返したようだ。「みんな、ありがとう」蒼葉が頭を下げた。「あ、蒼葉先生! 先生が診てくれるんならもう心配いらないよ、坊主」「そうだな。良かった、良かった」人間と獣人たちはそう言いながら夜の街に散って行った。
「先生、行きますよ」
気付くとドールが少年の母親を背負っていた。
ひと通り検査をして点滴をすることになった。「今日は入院してもらいましょう」蒼葉が言うと少年の顔が曇った。それを見てドールは「さ、アルパカ少年よ、オオカミ姉ちゃんと一緒に寝ようぜー」と言った。
「襲うんじゃないぞ」蒼葉が言うと「ヴォー」とドールは吠えた。
「あはは」少年は小さく笑った。
二人が行ってしまうと、蒼葉は少年の母親に近寄り話しかけた。
「久しぶりだな」
「ええ、二十年振りかしら」
「いや、十八年振りだ」
「変わってないわね」
「いや、変わったよ」
「そうね。お互いに老けたわ」
「君は今幸せ?」
「ええ、とても。あなたは?」
.
「幸せだ」
「先生!」ドールが小声で手招きした。
「アルパカ君は寝ましたよ」
「そっか、こっちも眠ってる」
「良かったですね」
「ああ、ごめんなドール……誕生祝い出来なかった」
「見て下さい先生。看護師さんたちに貰ったんです」そう言うとドールは後ろを向いた。フサフサの尾には七色のリボンがまるで花が開いたように咲いていた。
「素敵でしょう、先生」ドールはくるっと回ってみせた。
蒼葉は目を輝かせた。「綺麗だ。まるで花嫁のブーケのようだ」
「でね、もっと素敵なのはステーキ用の肉を貰ったのでーす。明日のディナーはステーキです」
「相変わらず、肉が好きだね。花より肉か!」
「だって、ライバルに勝てないもん。闘争心はまず、肉からです、ヴォー」
「ライバルって何だ? ドールは生まれつき肉食系だよ」蒼葉は苦笑いをした。
「ですよね。どうせ私はアカオオカミの絶滅危惧種だから、貴重だから、だから、みんな、先生だって……」
「ストーップ」蒼葉はドールの口を塞いだ。そして小さな箱を差し出した。開けてみると中には指輪が!
「ドール、二十歳の誕生日おめでとう! そして……」
「僕と結婚して下さい」
「はい」
ドールがはにかんで答えると………………
LOVEandPEACEお幸せにーーーー
天からゴリラードの声が聞こえた。