トマソン或いは
この物語は「ひきずり」(http://ncode.syosetu.com/n2458cu/)の続編として書かれたものですが、読まなくても物語は成り立っています。
興味がある方は先に「ひきずり」を一読していただければより理解を得る事ができると思います。
それは学校にあり。
そして家にあり。
橋や郵便ポスト、神社の鳥居にもある。
噂が噂を呼び、いくらかねじ曲がって伝わり人々は恐れおののく。
不気味なもの、幽霊とは違った、でもそのような類のものかもしれない。
どこにでも存在していて誰もが見ている。
しかし近寄ってはいけない。
興味を持つことさえしない方がいいのだ。
友人に電話をかけたのだが繋がらなくなった。
さっきは急いで連絡だけしたのだが一体どうしたのだろう。
俺だってビックリしたさ、康宏が死んでいたなんて信じられない。
亮と浩一にも連絡をしたが彼らも驚いていた。
取り壊されるはずの高校で見つかった康宏の死体。
失踪し、捜索届が出されていたのだが私達はその事実さえも知らなかった。
テレビで放送され新聞にも載ったらしい。
どうして覚えていないのだろう。
当時の記憶はまだ鮮明に覚えているのにすっぽりと抜け落ちている。
実際それを見たのは連絡のつかない友人と亮と浩一と康宏の四人だった。
私は雨も降りそうな放課後、誘いには乗らず本屋に寄るため早く帰宅したのだ。
今思えばどうしてその場に居なかったのだろうと思う。
死体発見の報道は夜で、高校の解体作業は中断になった。
翌朝。死体が発見された場所には警察官や捜査員などが集まり中はうかがい知ることは出来ない。
とりあえず状況を知ってそうな浩一に電話を掛ける。
「よう、忙しいのに悪いな」
「なんだ和也かどうした?」
「康宏の事なんだけどさ・・・」
「詳しいことはまだ分からんよ。それは俺の担当じゃないからね。でも今から上司に言って担当させてくれって頼み込んでくるつもりだよ」
浩一は公務員で警察官だった。
一般的には情報を漏らせないのだが、友人の、いや親友の頼みなら聞いてくれる。
「俺も一応関係者になるのかな?」
「それより俺の方が重要参考人だよ」
笑いながら浩一は言った。
「それより昨日の夜から健と連絡取れないんだけど」
「健?仕事忙しいんだろ」
「そんなこと言ってたな。そうかそうだな」
「何か進展あったら連絡するよ」
健はどこかの作業員をしてると言ってたな、最近も忙しいらしいが連絡すれば必ず返信があったのに。
急な仕事でも入ったのだろう、何か胸騒ぎもしたが気にしない方がいいな。
おっと、電話か。
浩一との電話の後すぐ亮から掛かってきて昼過ぎに会う約束をした。
「急で悪いな」
「いや、話が聞きたかった所だよちょうどいい」
「康宏が見つかったって俺もテレビで見たけど本当なのか?」
「分からないけど、所持品から判断したらしい。詳しいことは浩一の連絡待ちだけどね」
「ああ、警官だもんな、こういう時くらいしか役立たねーのな」
「ところでさ、康宏が見つかった場所って分かるか?」
「いいや。でも報道の映像見る限り裏門近くの部屋みたいだったな」
「裏門っていうと、美術室がある場所じゃない?」
「美術室・・・そう!美術室だ。美術室というと・・・最後に見たのがそこだったな」
彼らが見に行った穴のあった美術室だ。
そこで康宏が発見されたというのだろうか。
「美術室にあった穴について詳しく聞かせてくれないか?ちょっと興味あるんだよ」
「穴か、今まで曖昧だったんだけど康宏の事聞いて鮮明に蘇るんだよ、あの時の事が」
亮の語る話。
それは高校二年生の秋と冬の間の事。
康宏が亮と浩一と健を誘い美術室にあるという穴を見に行った。
雨が降りそうな放課後、懐中電灯で中に入り、物置台を移動した場所に穴があった。
その穴に触れた康宏は何かよくわからない状況になり走って美術室を出ていってしまった。
よくわからない状況ってのは今でも何が起こったのか分からないという。
それから康宏に電話しても出ず、その後いなくなり、学校にも来なくなった。
居なくなった当時はただ単に休んでいるだけと思ったが、昨日の報道では捜索願が出され捜査が行われていたという。
知らなかった事実、これは亮だけではなく、和也も浩一も健も知らないことだった。
今の今まで康宏に関する情報が一切入ってこなかったのだ。
「特に変わったことはないけど、穴が気になるねやっぱり」
「和也は見た事ないんだっけ?康宏が触った後に見たんだけどね、何か凄い違和感を感じたんだよ」
「その後誰か触らなかったのか?」
「皆気味悪がってね、あと康宏探す為にすぐ台を元に戻してたんだよ」
「へぇ。」
「お前だってあれを見たら怖がるだろうね。でもその穴は人が入れる程の大きさは無かったな」
入れる大きさではない穴か・・・。他に出入り口があるのか?
色々考えをていると携帯電話が鳴った、浩一からだった。
「よう、仕入れた情報教えるぜ」
「サンキュー。今亮と一緒にいるんだ」
「ん、亮いるのか。それじゃ直接そっち行くよ。学校の近くだろ?」
「ああ、駅前のコンビニ前で待ってるよ」
十数分後、浩一はバイクに乗ってきた。
「早速だけど、聞いてくれ」
康宏が見つかったのは美術室とその隣にある技術室との隙間。
そこは出入り口など無い、どこから入ったのか分からない空間だった。
「それは本当なのか?出入り口が無いって?」
「ああ、本当だ。調査に入ってる仲間から聞いた。俺もこれから現場に行くことになってる」
その言葉で全身鳥肌で埋まる。
あり得ない場所にあり得ない親友が死んでいた。
その事実はどうやったら嘘になるのだろうか。
疑問符が頭の中から絶えず生まれてくる。
どうやっても払拭できそうにない。
それは亮と浩一も同じだった。
「俺は自分の目で見るまで信じないけど、きっと事実は変わらないぜ」
強い口調で言う浩一も不安な表情を浮かべている。
静かに時が流れ額から汗が地面に落ちた。
「あ、穴はどうした?」
「ああ、穴だ、あったんだろ?」
浩一は首を振る。
「何も無かったらしい」
「そんな・・・」
「そろそろ行くよ、後で教えるから待っててよ」
浩一はそう言うと急いで行ってしまった。
残された和也と亮。
「ところで健はどうした?」
「連絡取れないんだよね」
「俺がかけてみるか」
亮が電話を掛けるが繋がらなかった。
仕事で忙しいと信じたい。
「どうするこれから?」
「何だか気分がすぐれないな」
「俺もだ、帰るか。あとは浩一の連絡待ちだよ」
その夜にあった浩一からの連絡に私達は絶望した。
やはり見つかった場所には穴など無く、出入り口が無かったのだ。
遺体は白骨化していて所々砕けた跡があったそうだ。
制服を着ていたが、破けている箇所が多く血の跡もあったという。
どうやってその空間に入れたのか分からないという。
この情報は他に漏らすなと釘を刺された。
和也自身は穴については何も見ていなかった。
それ故、非情に気味が悪かったし、それ以上に興味を持っている。
事故に巻き込まれたのだろうか、いや事件か?
何も分からないまま待つだけでいいのだろうか。
健に連絡してみよう。
今日は繋がるかもしれない。
だが、圏外ですとのメッセージ。
もしかしたら、これはヤバイやつじゃないか?
鼓動が激しくなってくる、どうしたらいい。
当時居なくなった康宏には連絡をしていなかったので失踪してたとは知らずそのまま忘れ去っていた。
今は胸騒ぎがして早く連絡を取って安心をしたい。
高校の連絡網は処分してないから家の番号は分かる、家も・・・そういえば引っ越したって言ってたけど一回行った事があった。
まずは電話だな。
健の家族と連絡が取れたが、彼は昨日から仕事から帰ってきていないという。
よくある事で心配はしていなく、連絡もしていないそうだ。
彼に用事がある事を伝えたら健の勤務先教えてくれた。
明日の朝行こう、杞憂だといいのだが。
翌朝、健の会社に行き事情を話した。
社長が対応してくれて、健が昨日と今日無断欠勤したと聞かされた。
「それ、本当ですか?」
「ああ、忙しいのに困っちゃうよね、君は知らないのかい?」
「今日は彼に用事があってきたのですが」
一昨日の夜に健に電話をした時は仕事終わりで22時頃だった、その後から連絡が取れないことを告げる。
その時の様子を知っている社員がいないかどうか聞いてくれた。
運良く健のタイムカードに打刻された時間と近かった人が見つかった。
その差は約5分程。
彼はロッカールームの電灯のスイッチを誤って消してしまい中に入った。
その後、すぐに電灯をつけたが中には誰も居なかった。
消し忘れだろうとそのまま帰ったという。
「そういえば、ロッカーが開いてたよ、閉め忘れかよって思って閉めてやったけどね」
「それは誰のでした?」
「ん~と、角だから・・・健のロッカーだ!」
「そそそ、そのロッカー見せてもらえますか!?」
「いいですよね社長?」
「いいよ。連れて行ってあげてよ」
ロッカールームは近い場所にあったが、そこまでの道のりが凄く遠くにあるように感じた。
何が残されているのだろうか。
「ここだよ、鍵は閉まってないね」
「ちょっと失礼して、開けますね」
中には健の私服がそのまま残されていた。
財布も、飲みかけのペットボトルもそのままだった。
しかし携帯電話は無かった。
「この下も健のロッカーだから。上は私物置き場で下は制服の置き場、開けてみよう」
一組の制服があるだけ、他には何も無かった。
何も無い・・・?・・・これは・・・なんだ・・・?
ロッカーの奥の壁、妙な膨らみがあった。
特に気になるようなものではないのだが、違和感を覚えたら気になって仕方がない。
触れてみるか?
恐る恐る触れるとスチール製のロッカーなのだが一瞬だけ指が飲み込まれる感覚があった。
「うわっ」
大福をつついた時のような、柔らかいものに触れるような感覚が。
驚きすぐさま指を離してもう一度触るが硬いスチロールに戻っていた。
何だったのだろう、たぬきにでも化かされた気分だった。
「大丈夫?」
「え?あ、はい・・・」
触れた指を見た、心臓が止まりそうな程驚いてしまった。
血が、ついている・・・。
怪我などしていないはず・・・いや指先が切れていた。
鋭い刃物のようなもので切られたようにサックリと。
でもどうして、何も無かったはずなのに。
「怪我してるね、大丈夫?」
「そんなことより、このロッカー変じゃないですか?」
「変?見た所何もおかしなところは無いと思うよ」
「そんな馬鹿な!?」
今は何の変わりのないロッカーだった。
おかしい、でもそれが何なのか分からない。
「これ移動してもいいですか?」
「構わないけど、元に戻してくれよ」
そう言われるが早く、ロッカーを引っ張り隙間を開けた。
これ使いなよとペンライトを貸してくれた。
隙間を覗くと、壁には小さな穴が開いていた。
「え?これって・・・まさか・・・」
全身に走る鳥肌は身動きできない程、目をそらしたいが、何故か出来ずに凝視している。
「何かありました?」
その言葉に救われ、振り向くことができた。
「ここに穴があります!穴が!」
「穴?どれどれ」
社員の人は覗き込むがそこには穴など無かった。
もう一度確認してみて普通の壁に戻っていた。
嫌な予感がする。
まさか、この壁の向こうに健がいるというのか?
いや、そんなの常識的にいって考えられない。
穴は何かの見間違えであって、そんなものは存在していなかったのだ、そう思い込もうとした。
だが無理だった。
この壁の向こうに何があるのかが知りたい。
「あ、あの、この壁の向こうってどうなってるんですか?」
「何もないよ」
「何も?」
「部屋から出てみなよ、壁の外は廊下だよ」
壁と廊下との間は人が入れるほどのスペースは無い。
何も無いと分かっているが、どこかに何かあるのではと思っている。
壁を壊す?そんなこと無理に決まっている。
でももしかしたらこの会社の中に健が居るかもしれないのだ。
どこに?壁の中?なんて馬鹿な事を。
居たとしてもどうやって中に入ったのだ?
徐々に頭が痛くなってきた。
「どう?何か分かった?」
「はい、ありがとうございました」
「健は本当にどこ行ったんだろうね。私服もそのままだし、制服で出て行ったのかな?」
そんなこと分からない、どこへ行ってしまったのだろう。
健、俺はお前を探せ出せないかもしれないな。
社長に礼を言い帰宅した。
浩一から留守番電話でメッセージが届いていた。
折り返し連絡する。
「浩一か、何かあったか?」
「こっちは相変わらず進展無いし、こんなの不気味すぎるからもう嫌になっちゃよ」
「今日健の会社行ってきたんだけどね・・・」
これまであったことを説明する。
浩一も状況は分かったようだ。
その穴は俺たちが見た穴と同じ奴だろうと言っていた。
「明後日休みだろ?亮とももう一回話がしたいから集まらないか?
「そうだな、亮には連絡しておくよ、場所はそっちで決めてくれ」
「ああ、それじゃあな」
電話を切った後、少し落ち着いたが、言いようの無い脱力感そして不安が襲ってきた。
健は何しているのだろう、無事でいてくれればそれでいい。
風呂に入ろうと思ったが、今日見た穴のせいで、裸になることが怖くなった。
何か身に着けていないと寒気がするし、鳥肌も風が吹く度起こっている。
寝よう、そう決め布団に入るのだがなかなか眠れず、気づいた時には朝になっていた。
今日は会社を休もう、頭が色々な事で埋め尽くして何を考えてるのか自分でも分からなくなっている。
寝れば治るだろう、でも眠ることは出来なかった。
眠れないまま三人で会う場所に着いた。
浩一は来ていたが、亮はまだのようだ。
「怠そうだな?」
「眠れなくて、あれから色々頭の中で回ってるんだよ」
「そうか、俺は毎日快眠だけどな」
他愛もない話をし、亮を待つ。
しかし予定の時間を過ぎても来る気配がない。
「遅いな、電話してみるか」
浩一は電話を掛けるが何回もコールが鳴っているが、出ない。
和也も同じく掛ける。
出る事はなく、電源が切れたようで対応メッセージが流れた。
「圏外になった。どうしたんだ亮のやつ?」
浩一は呆れたように言うが、和也は気が動転しそうになり辺りを見回していた。
「落ち着けよ和也、どうした?」
駄目だ、もう、頭が、痛くて・・・。
「おい、大丈夫か、おーい・・・」
何も聞こえなくなっていき、そのまま倒れ込んでしまった。
浩一はそんな和也に驚き、日陰のある場所まで移動させ休ませてくれた。
なんという失態だろうか、最近は精神的に不安がある。
健と連絡が取れなくなって次は亮もかと考えると余計に頭が痛くなる。
軽く深呼吸をして、もう大丈夫だと告げた。
「亮はまだ来ないよ、本当どうしちまったのかね」
「笑い話だと聞いてくれ、もしもだが、康宏も健もお前が見た穴ってやつに飲み込まれとしたら、辻褄が合うんだけど。どう思う?」
「はは、冗談はよせよ」
浩一は笑っていたが真剣な眼差しで空を見上げていた。
タバコを持つ手は震えている様に見えた。
「そんな非現実的なこと起こる訳がないよ」
「もしかしたら亮も同じ目にあってるんじゃ・・・」
「そんなはずないだろ!」
浩一は苛立ち声を上げた。
分かっている、浩一も心配なのだ。
「すまない、俺も心に引っ掛かるものがあるんだよ、亮がこのまま来ないんじゃないかって思うんだ。
どうしてだろう、もう会えない気がするんだ」
長い沈黙が過ぎ、待ち合わせ時刻から2時間が経っていた。
「そんなことは、無い。たぶん・・・」
「そうだといいな・・・」
無言のやり取りは続き、何も話し合えないままでいた。
いつまで経っても現れない亮、急な用事が入って連絡が取れなかったと、その一言だけで救われるのに。
連絡もなく、これ以上ここに居ても仕方ないのでそれぞれの帰路についた。
何かあったら連絡すると浩一は手を振って言っていた。
心配よりも不安の方が取り巻く。
誰彼かまっていられない程額には汗が滲み絶えず眩暈を感じた。
やっとのことで家に着き、そのまま倒れ込んだ。
どれくらいか経った時、携帯電話の鳴る音で正気に戻った。
誰からだ、亮からか健からか?
「無事に着いたか?」
浩一からの電話だった。
大丈夫心配するなと返答し、そのままベッドへ潜り込んだ。
右手が疼く。
人差し指が。
傷がある指。
ジンジンと、何かに触れるような振動が。
眠っていた頭は覚醒し、跳ね起きてしまった。
ここは?どこだ?
ゆっくり見渡すが見慣れた自分の部屋。
窓からは街灯が見え夜だと認識できる。
ため息が出た、余程疲れていたのだろう、まだ体は怠さを感じていた。
水でも飲もう、喉が渇く。
階段を降り台所へ、グラスに水を注ぐ。
飲み干し生き返った気がする。
喉が潤って腹も減ってきた、何か食べ物は・・・と。
冷蔵庫を開けるが何も入っていなかった。
仕方ない、寝るか、その前にトイレに。
用を足し扉を開けると、目の前の壁には小さな穴があった。
「穴?どうしてここに?」
冷や汗と共に逃げ出そうという気持ちがあった。
係わってはいけないと、本能が叫んでいるのだ。
逃げ出そうとしても右手の人差し指が穴の方へ向かっていく。
「な、くっ・・・あぁ!!」
引き寄せられる、訳の分からない力で、触れたくない、嫌だ、誰か、助けて!
誰か!
誰か!
その存在を認識出来る人は数少ない。
もし出会ってしまったのなら触らない方が身のためだろう。
普段は気づかないのだが、ひょんな事から興味を持つ者がいる。
その穴が気になり触るというのなら止めやしない。
だが、決して中がどうなっているのかを調べてはいけない。
手を入れたら最後、どうなるかは誰にも分からない。
知りたい?何も知らないというのは勇気があるのか愚かなのか。
好奇心は人を殺す。
それでは良い夢を。
表題「トマソン或いはヴァギナ・デンタタ」