第一話 異世界
風間裕樹23歳 本編の主人公。夏ある日の水曜日、彼は東京有数の歓楽街の待ち合わせの定番、巨大ビジョンの下で暇を持て余していた。
電車が遅れて親友が待ち合わせに遅れているのだ。
「本当に電車遅れてるのかよ?」
スマホで時刻を確認しながらの独り言。無二の親友和樹は30分以上の遅刻をしていた。今日は和樹と共に待ちに待った好きな小説の新刊を買いに来たのだ。
「乗り過ごしただけじゃね?」
和樹は高校時代からの友人だ。知り合ったのは、アキレス腱断裂という大怪我が原因で空手を諦め、ヤサグレている時期に読書を勧められたのがキッカケだ。
勿論彼が無類の読書好きなこともよく知っている。高校の頃はそれが原因で、よく電車を乗り過ごしていた遅刻の常習犯だ。
「大人なっても変わらねぇな。」
もう決めつけている。
眼鏡の位置を上げ、自分は棚に上げ、同じニートの和樹を成長してないと決めつけた。
そんなふうに高校時代を懐かしんだのは理由がある。待ち合わせなのか、目の前に懐かしい制服姿の女の子がいたからだ。
他にも人は居る。しかし、目に入らない。
男ですから、スケベですから!
「あれ? 消えた?」
誰かが口にした言葉をキッカケに一瞬の静寂が訪れ、そしてざわめきだす。
「停電か?」
「停電じゃね?」
「ここだけっておかしいだろ?」
「スマホは停電関係ないでしょ?」
口々に疑問の言葉が飛び交う。
其れもそのはずだ。待ち合わせをしている人々を中心に、周囲十メートル程度の空間に有る全ての電子機器が停止しているのだ。
最初に気がついたのは、スマホを弄っていた人のようだ。
「なんだこれ?」
裕樹も周囲の人々と同じ様に疑問を口にした瞬間、それは起こった。
突如現れた霧の様なもの、しかし、黒い。闇と言って良いかもしれない。悲鳴が上がる。次々に飲み込まれる人々、そして飲み込まれた人の悲鳴は聞こえない。
十秒にも満たない時間で、闇は霧散した。
裕樹を含む十数人を跡形も無く消し去ったのだ。
アオーン アオーン
ギャア ギャア
どれくらい気を失っていたのだろう。裕樹は聞き慣れない獣の鳴き声で目を覚ます。
周囲を見渡して、直ぐに異変に気付く。
視界がボヤけてしまう。眼鏡を落としてしまったのかと思ったが、眼鏡はかけている。
まさかと思い眼鏡を外してみると、鬱蒼とした木々が見えた。
「見えてる!?」
都会のド真ん中に居たはずの自分が森の中に居ることより、視力が回復していることに驚いてしまった。
改めて周囲を見渡してみる。
数人が気を失い倒れているが、意識を取り戻している人もいる。
「何か覚えてる?」
一番近くにいたあの女の子に声をかける。
「何も覚えてないよ。あの黒いのに飲まれて、気がついたら此処に。何処なの此処?」
今にも泣き出してしまいそうだ。
自分も気を緩めると混乱してしまいそうで、元気づけることも出来ずに黙ってしまう。
裕樹は周囲を調べてみる事にした。
歩き出すと違和感を感じた。フワフワしたような身体が軽い感じがするのだ。しかも足首がスムーズに動く。数年振りの感覚だ。どうやら回復したのは視力だけでは無いらしい。
程なくして一本道を見つけた。
「道か。何処に通じているんだろう?」
碌に整備もされていない雑草の生えた道だった。
しかし、道端は二メートルぐらい有り、獣道とは言えない広さだ。
裕樹が元の場所に戻ると全員が目を覚ましていた。
「何処なんだここは?」
「何か覚えてる人は居ないの?」
「誰か説明しろよ!」
皆が苛立ち始めていた。
「向こうで道を見つけたんだけど、此処に居てもどうにもならないし、移動してみませんか?」
裕樹の提案に渋々ながら、全員が歩き出す。
「どっちに進めば良いんだ?」
「下っている方に進んだほうが、町に着けると思いますよ。」
「という事は、左だな。」
全員が無言で歩いていた。十人以上いたが、どうやらそれぞれ知り合いは居ないらしい。数十分歩き進むと少し開けた場所に出た。日も暮れ出している。
誰が言い出した訳でもなく、自然と休憩を取ることになった。
リンリン リンリン リンリン
聞き慣れた電子音が鳴った。裕樹にスマホだ。
「和樹か... 通じるのか!?」
裕樹のスマホが着信したことで、全員が思い出した様に携帯電話を手にし出した。そんな中裕樹は、
「どうしたんだ?」
「どうした?じゃねぇよ! お前今何処に居るんだよ?」
「すまん。今、自分が何処に居るのか解らないんだ。いつもの場所で和樹を待っていたんだが、不思議なことが起こって... 今は何故か森の中に居るんだ。」
「えっ!? 裕樹あそこに居たのか? じゃあ、不思議なことってあれのことか?」
「あれって何だよ。何か知ってるのか?」
「知ってるって訳じゃないけど、今こっちは大騒ぎだぜ。」
裕樹は不安や苛立ちを抑える様に歩きながら和樹に続きを促した。
「大騒ぎってどういうことなんだ?」
「パトカーが何台も止まってて、調べる為にここら一帯が封鎖されてるんだよ。何でも何人もの人が突然姿を消したらしいんだ。」
どうやら大事になっているらしい。面倒なことになったと天を仰ぐ。そして裕樹は固まった。
自分の身に起こったことをようやく理解したからだ。
「でっ、お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないらしい...。此処が何処なのか解ったよ。」
「何処に居るんだ?」
「異世界だ...。」
裕樹が観た空には二つの月が輝いていた。
見切り発車でスタート!
ド素人が何処までやれるか!
読んで下さった方々、おバカな作者を笑ってやって下さい。