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3、いられる理由、いられない理由

※今回、騒ぎを起こすのはグレイスではありません(笑)ちょっと重い内容が混じるかもしれません。

 帝歴1840年、2月。緯度の高いラウルス城は雪に包まれていた。


 保科秀一は東方の島国、蒼の王国瑞穂の出身だ。超閉鎖的な国家である蒼の王国は異能のある秀一を忌避した。そんな理由があり、秀一は定期的にやってくる外国からの商船にのって『黒の王国』と呼ばれるラウルス城までたどり着いた。


 秀一にとって、この城は居心地がよかった。変人奇人ばかりだが、みんな優しく、異能があるからと言って避けたりしない。むしろ、秀一と同じく異能があるものの方が多い。秀一は異能力と呼ぶが、こちらのひとは魔術と呼ぶらしい。

 ラウルス城に来て3年。秀一は19歳になったが、東方人は童顔なため、10代前半にみられることも多い。黒髪黒目の平均的な蒼の王国人の容姿をしていて、体格は細めだ。ちなみに。

 『オーダー』のメンバーと避難してきた人々が暮らすことで、現在、ラウルス城は飽和状態だ。現時点で住人は2万人近くいるのだという。どちらかと言うとただの避難者の方が多い。


 大所帯のラウルス城だから、毎日一度は騒動が起こると言っても過言ではない。騒動はちょっと笑えるものからシャレにならないものまで、様々だ。


 そして、今日はシャレになっていなかった。


『緊急放送! 緊急放送! 西塔、研究区画から実験動物が脱走! 研究区画を閉鎖しますので、区画の外に出てください!』


 拡声通信魔法で城中に響き渡った声に、秀一は顔をひきつらせた。秀一はあまり感情が顔に出ないタイプだが、さすがに感情が表情に出た。

 現在、秀一は研究区画と一般的に呼ばれる場所の近くにいた。ちょっとマッドな科学者も学会を追われてよく駆け込んでくるので、この城には研究区画がある。日々怪音や爆発音がするのは主にこの区画からだ。


 一応、『オーダー』に名を連ねる身としては、城の住人の安全を確保したいところだ。秀一は研究区画の方に走った。急がなければ区画が閉鎖されてしまう。

 幸い、研究区画の方にあまり一般人は住んでいない。みんな、怪音を不気味がるからだ。科学者や研究者の中には変人が多いというのは本当のようで、自分も変わっている自覚がある秀一から見ても、彼らは変わっていた。


『区画閉鎖まであと十分! 「オーダー」所属の魔術師は研究区画に集合。魔術師以外の人は即刻退避してください! 繰り返します……』


 再び拡声通信魔法によるアナウンスが響く。秀一は研究区画の方から逃げてくる住人の波に逆らいながら足を進めていた。向かって言う方向から悲鳴のような声が上がった。秀一は足を速める。研究区画と一般の居住区の境目まで行くと、銃を手にした女性の前に滑り込み、刀を抜くと、飛び上がった謎の物体を切り捨てた。


「大丈夫か?」


 秀一が振り返って声をかける。女性は『オーダー』の諜報員のエーリカだった。銃を手にしたエーリカはうなずく。

「ええ……でも、これ……」

 戸惑うようなエーリカの言葉に先ほど切った物体を見ると、活動を停止していなかった。先ほど刀で真っ二つにしたはずのそれは、2つになったままうにうにと動いている。はっきり言って気色悪い。


「……なんだ、これは」

「さあ……でも、銃で撃っても効かないのよね。触ったら溶けるし」


 そう言われてみると、刀の刃の部分が溶けていた。秀一はぶるりとふるえた。鉄である刃を溶かすとは、この物体、何だろうか。

 薄気味悪い黄緑の物体は廊下にいくつか存在した。大きさはまちまち、動けるようで気味悪くぐにゃぐにゃと移動している。人の頭くらいの大きさのものが多いか。液体とも個体ともつかない。ゼリー状とも違う。何となくぬるぬるした印象を与えた。


『区画閉鎖まで、あと5分!』


 秀一とエーリカはどこからか聞こえてくる警告の声にはっとした。今はこの物体の正体を考えている場合ではない。

「とにかく、今はこの区画から出よう」

「そうね。閉じ込められたらシャレにならないわ」

 エーリカも一も二もなく同意し、秀一はエーリカの手を引っ張って走り出した。『オーダー』所属の魔術師が招集されているから、おそらく、『歩く大砲』とあだ名されるメアリがやってくるだろう。彼女なら何とかしてくれる。……たぶん。

 閉鎖区画を出てすぐ、そのメアリと遭遇した。今日も身の丈ほどの金のロッドを持ち、ロングスカートを身につけている。彼女は走ってくる秀一とエーリカを見て、野暮ったい眼鏡の奥のエメラルドグリーンの瞳を見開いた。


「あんたたち! 後ろ、追ってきてるわよ!?」


 そう言われて、秀一とエーリカは同時に振り返った。

「っ!」

「いやぁぁぁあああっ!」

 エーリカが悲鳴を上げたのは正常な反応と言える。秀一は何とか悲鳴を呑みこんだが、衝撃を受けた。何しろ、あの気味の悪い物体が気味の悪い動きを継続しながら追ってきていた。そもそも黄緑と言う時点で気色悪いし、動きも不快だ。

「だれよっ。あんな物作ったの!」

 エーリカが半泣きで叫んだ。秀一はエーリカを連れてメアリの後ろに回り込んだ。メアリのほかにも何人かの魔術師が来ていた。ただの騎士も数名いる。秀一たちが後ろに回り込んだことを確認し、メアリはロッドの先端を追ってくる謎の物体の方に向けた。


『閉鎖まで、あと1分!』


 メアリのロッドの先端に魔力が集まっていくのが見えた。秀一は何となく嫌な予感がして数歩後ろに下がった。メアリの唇がにやりと笑みを浮かべたのなんて見ていない。気のせいだ。


『閉鎖まで、あと30秒! カウントダウン開始! 25、24……』


「今回は手加減なしよ! 燃やし尽くしなさい!」


 メアリが魔術を発動した。ロッドからまばゆいばかりの金色の炎が発射され、研究区画の廊下を包み込んだ。その瞬間、区画閉鎖用の隔壁がおろされた。


「よし。これで少しは数が減るでしょ」

「よし、じゃないわよ! これ、城に燃え広がらない!?」


 我に返ったエーリカがメアリにツッコミを入れた。メアリはふふん、とばかりに胸をそらす。


「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの! そんなへまは侵さないわ! あの炎は私が対象物と認定したものしか燃やさないの。優れものでしょ!?」


 機嫌よく言うメアリにエーリカは納得しきれない様子で引き下がった。まあ、燃え広がったら燃え広がったで何とかなるだろう。秀一は楽天的に考えることにした。

「あとは炎が燃え鎮まったころに中に入って、掃討すればいいかな」

 メアリがぶつぶつと計画を呟くように言う。エーリカがメアリに話しかける。

「ねえ。あの気持ち悪い物体は何?」

「え?」

 聞いていなかったのかメアリが訊きかえした。エーリカはもう一度言う。

「あの気持ち悪いもの、何?」

「ああ。あれねー」

 へらっとメアリが笑う。秀一も気になったので耳を澄ませた。何をしたらあんな触ったら溶ける、危険な物体ができるのだろうか。そこも気になる。

「わかんない。スライム状のものだったわね」

 気の抜けるようなメアリの返答に、秀一はガクッとこけそうになった。スライム状か。なるほど。あの気持ち悪い状態のものはスライムと言うのか。妙なところに感心する秀一である。

 ロッドを持ったまま器用に腕を組んだメアリは小首を傾げて言った。

「実験に失敗したんでしょ。だから何とも言えないわ。ちょっと今回はシャレにならないけどね。あれ、触ったら溶けるんでしょ」

「ああ。刀が溶けた」

 秀一が答えた。この城の科学者の実験失敗はシャレにならないと半ば本気で思った。何で失敗して金属を溶かすものができるんだ。

「あらっ。ちょっと見せてみて」

 そう言われ、秀一は刀を抜いてメアリに見せた。刃こぼれしたように所々欠けているのは、あのスライム状のものに解かされたからだ。

「んんっ。これくらいなら」

 つーっとメアリが刃を指先でなぞった。すると、刃こぼれなんてなかったかのようにきれいな刃が現れた。


「すごい」

「ええっ。どうなってるの?」


 秀一とエーリカは素直に感心した声を上げた。メアリはちょっと得意げだ。

「復元魔法の一種よ。強化魔法も一緒にかけておいたから、元よりも丈夫になってるはずだわ」

「すまん。ありがとう」

 メアリから刀を受け取りながら、秀一は素直に礼を言った。こういう時、魔術はすごいと思う。秀一は、魔力はあるが今のところ、元からある能力と単純な魔術しか使えない。

「ふふっ。礼には及ばないわ。この城に一緒に住んでいる以上、みんな家族なんだから」

「……そうだな」

 ラウルス城に来てよかったと思うのはこういう時だ。みんな優しく、自分のことを家族だと言ってくれる。それがうれしくてたまらない。否定されてきたものにとって、肯定されるということは心に安心を与えた。

 ああ、ここにいていいのだ。そう思える。

「ね。なんか変じゃない?」

 エーリカが唐突に言った。メアリと秀一は周囲を見渡す。秀一には特に変なところは見つけられなかった。しかし、メアリは足元を見て声を上げた。


「みんな、足元! 気を付けて!」

「きゃあっ」


 何人かの魔術師が悲鳴を上げた。足元から、緑のスライム状の物体がゆらゆらと浮き出てきた。半分、床に埋まっている姿がこの上なく気持ち悪かった。隣にいたエーリカがしがみついてきたので、秀一はバランスを崩しかけたが、なんとか耐える。


「ちょ、魔術師以外は下がってなさい! 不用意に触れるんじゃないわよ!」


 メアリがテキパキと指示を出す。さがれと言われてもいまいち下がる場所がない気がするんだが。とりあえず、秀一はエーリカを抱えて緑の物体が少ないところまで後退した。

「なあ、メアリ! 攻撃するたびに増えてないか!?」

「わかってるわよ! 考えてるからちょっと待って!」

 魔術師仲間につっこまれ、メアリは怒鳴り返した。すぐれた魔術師であるメアリは、年若いながら一目置かれる存在だ。秀一はメアリが対処方法を考えている様子をちらりと見ながら、近づいてくる緑の物体を刀で追い払う。メアリが刃を強化してくれたのは本当のようで、今度は斬っても刃が溶けなかった。


 ふと、緑の物体が動きを鈍らせた。その動きがまた気持ち悪いのだが、みんなの意識はそちらではなく、どこからか聞こえてくる歌の方に向いていた。


「エリーザだわ」


 メアリがぶちっと緑の物体をロッドの先でつぶしながら言った。この歌で動きだけではなく再生能力も低下しているらしい。秀一たちもちまちまと一体ずつ緑の物体をつぶしていく。

 すごい能力だ。ゆえに、恐ろしい能力でもある。この歌をうたっているのはエリーザだ。彼女が寡黙なのは、秀一のように性格に起因するだけではなく、この力があるからだ。秀一は過去に一度だけ、この力が使用されたところを見たことがある。

 魔力を乗せたこの歌声は、次々に相手を戦闘不能にした。そう。あの時は白のすぐ近くまで攻めてきた人狼の群れを相手にしていた。

 精神と肉体に作用する力。精神感応能力と言われているが詳しいことはわかっておらず、名前もついていないらしい。みんな適当に『戦慄の歌姫ディーヴァ』とか『セイレーンの祈り』とか呼んでいる。


「物体の真ん中にガラス玉みたいのがあるでしょ。それが核よ。それをぶちっと壊しちゃってちょうだい」


 メアリが突然動きが鈍くなったスライム状の物体に戸惑う魔術師や騎士たちに言った。秀一は今までつぶしたスライム状の物体を見て、核が壊れていないものは再度破壊した。そう言うことは早めに言ってほしいぞ、メアリ。


 こうして、謎の黄緑の物体はほぼ殲滅される次第となった。



――*+○+*――



 ダニエル・ソールズベリーは余韻を残してヴァイオリンを弾く手を止めた。同じように隣で歌っていたエリーザも口を閉ざす。

 ここはラウルス城の5階に備え付けられている司令室のひとつだ。現在はダニエルとエリーザ、アウラ、シャンラン、キリルの5人が詰めている。


「北区画からの通路は大丈夫みたいですよ。謎の物体は完全に沈黙しています」


 大きな鏡の奥からシャンランが顔を出して言った。ちなみに、ずっと警告アナウンスをしていたのは彼女だ。だれでも使えるように、魔法拡声器が備え付けられているのである。


「南区画も大丈夫だよ。グレイスが怪我をしたみたいだけど、まあ、グレイスだから大丈夫でしょ」


 苦笑気味に同じように鏡の向こうからそう言ったのはキリル・ハレヴィンスキーと言う青年だ。年は20歳そこそこの顔は整っているがどちらかと言うと平凡な印象を受ける。まあ、ダニエルも同じようなタイプだが。

 しかし、このキリルと言う青年は変わっていた。珍しい、オッドアイなのである。髪こそは紫の王国ゼレノフに多い金髪だが、右目は琥珀色、左目はブルーというごまかせないほどはっきりと、左右の目の色が違う。これが理由で、彼は親に捨てられたのだという。


 ラウルス城。通称、『黒の王国』。ここは、世界になじめなかった、世界に見捨てられたものが最後に行き着く場所。この場所に、ダニエルは生まれた時から暮らしている。


 ダニエルの両親は白の王国ルウェリンの出身だ。伯爵令嬢だった母は、父と身分差の恋におち、この城まで逃げてきたのだという。母は音楽好きの普通の人だが、父は幻影能力者だった。つまり、幻を作る能力があるということだ。その能力ゆえに親に捨てられ、父は孤児院で育ったのだそうだ。

 『黒の王国』にはそんな複雑な、どうしようもない事情を抱えた人が多い。その中で、両親が健在でこの城で暮らしているダニエルは恵まれているのだと思う。

 実際に、この城でにこにこ笑って暮らしているダニエルを見て彼を非難する人はいる。たいていは、外から逃げてきた人だが。彼らはダニエルに言うのだ。自分たちはこんなに苦しい思いをしているのに、アンタはここで笑って暮らしている。自分たちの苦労をしれ、と。

 他人の苦労など、他人に計れるわけがないだろう。人の心を完全に理解することができないように、軽々しく大変だったね、と言うことはできないというのがダニエルの持論だった。

 その人の人生を否定する言葉は言わない。この城で生きていくために、16年かけてダニエルが編み出した不文律。人生に絶望して、みんな暗い顔をしている。自分自身がかわいそうだと思っている。


 だから、ダニエルは笑うのだ。


 彼らは、この城に生まれた時からいることが幸せだと思っているのだろうか。確かに、ここはいいところだと思う。みんな優しく、刺激的な日常。だが、『外』で暮らしたことのないダニエルには、理解できない常識がたくさんある。

 この城を出てみたい。任務やお使いではなく、外の世界で暮らしてみたい。ダニエルは時々、そう思う。

 城を出ても暮らしていけるように、この城ではある程度の読み書き計算を教えている。ダニエルも外で暮らそうと思えば問題なく暮らして行けるだろう。しかし、思うだけで実行には移せない。みんなと離れたくないと思うくらいには、ダニエルはこの城の人たちを愛していた。


 話を戻そうと思う。


 この司令室におかれる大きな姿見だが、これはただの姿見ではなく、魔法をかけられている。城の中の様子がわかるようになっているのだ。主に城内戦の時に指揮を執るときに使用される。今回は緊急だったので、この設備のある司令室を選んだ。放送施設も整っているし、ラウルス城の現在使用可能な司令室の中で最も魔法的と言える。状況を見守っていたアウラが口を開く。


「どうやら、何とかなりそうですね。エリーザ、ダニエル、お疲れ様です。騒ぎを起こした科学者は?」

「ディアが確保しました」


 シャンランが城内を映す鏡のひとつを確認して言った。クラウディアは一見、文官のようだがそれなりに戦闘力がある。狙撃銃を持たせたら彼女にかなう者はいないだろう。二重はある鏡の中から、探す場所を映す鏡を見つけるのも結構大変だ。


「では、ディアをここへ呼んでください。それと――」

「待って! 南区画の様子が変! 何これゴーレム!?」


 キリルが動揺した声で叫んだ。初めに反応したのはエリーザだった。ダニエルの隣から離れると、キリルの側の鏡を覗き込んだ。そして口を開く。


「彼のものは言う。世界は我らの物であり、私に踏み込む隙はないのだと」


 ダニエルはぎょっとした。これは『イルメラの書』の詠唱だ。つまり、エリーザが本気だということだ。ダニエルとアウラもあわててエリーザの後ろに回り込んだ。

 西塔研究区画に通じる南区画からの通路。グレイスとリアムが詰めているあたりだ。彼らが向き合っているのは……


「えっと。どろどろの巨人?」


 ダニエルが隣に来たシャンランにささやくように言った。シャンランは皮膚が溶けたような人型緑巨人を見て口元をおさえた。そろそろと鏡の前を離脱していく。女性には少しきつかったようだ。平然と見ているアウラと、鋭い口調で詠唱を続けているエリーザは普通の範疇に入らないので除外する。

 エリーザの力は広範囲に及ぶ。意識を向ければ、その場所に魔術が飛ぶと言う非常識な能力をしている。今も、かなり場所が離れているはずなのに、緑の巨人は動きを鈍らせている。

 彼女のこの力は、とくに名前がついていない。ダニエルは勝手に『セイレーンの祈り』と呼んでいるが、能力の性質をかんがみるのなら、もう一つの呼び方である『戦慄の歌姫』の方がしっくりくるかもしれない。しかし、これはエリーザ本人のことを表しているようなので、ダニエルは前者で呼ぶのだ。


 たぶん。おそらくだが、エリーザがこの城に来ることになったのはこの能力が起因していると思う。魔術師の中でも精神感応系能力者は忌避される傾向が強い。例えば、遠く、蒼の王国からやってきた秀一だって精神感応系の能力者だ。

 まともな精神の持ち主であればあるほど、精神感応系の能力者は「ここにはいられない」と思うらしい。無意識のうちに親しいものの心を読んでしまったり、心に干渉して閉まったりする。悪ければ操ってしまうこともあるらしい。だからこそ、人を避けようとする。しゃべらなくなる。秀一とエリーザが寡黙なのはその結果なのだ。

 それはともかくだ。緑巨人は相手が悪かった。エリーザの魔法で動きが弱まる上に、相手がキャロウ夫妻だ。この夫婦のコンビネーションは『オーダー』最高レベル。これで負けたら何かの間違いである。


「平和を妨げるものよ。怒りの刃をその身に受けよ。天地の真理に基づいて裁きを受けよ」


 ちょうど、『怒りの刃を~』のあたりでグレイスが緑巨人をたたききった。さすがは剛腕。スパッと斬れた。剣自体がよく斬れるのもあると思うけど。

 ほかに生き残りがいないのを確認し、今度はあわただしく後始末に入った。次々と飛び込んでくる報告をシャンランがアウラまで上げる。ダニエルはアウラの隣でメモを取り、キリルは鏡の間を歩き回っていまだ警戒を続けていた。

「メアリが詰めていた研究区画北側の被害報告です。壊れたものよりも掃除の方が大変そうですね」

 次々と通信魔法で寄せられる報告に対応しながら、シャンランがうんざり君に言った。決してメアリがやりすぎたわけではないが、処理が面倒なのは変わりない。


「っていうか、南区画のグレイスが切った緑のでっかいの、どうする?」


 シャンランの報告を報告書に猛然とまとめながらダニエルは首を傾けた。緑巨人はそのまま南区画におかれている。グレイスたちが人払いをしてくれているので、周囲はそのまま立ち入り禁止区画になっている。


「……そうですね。如何しましょうか。魔術師たちに頼んで燃やしてしまいましょうか……」


 アウラも困ったように頬に手を当てて首を傾けた。すると、キリルが手を上げた。

「じゃあ、俺達に任せて。分解して研究材料にするから」

「……常識人だと思ってたけど、キリルもたいがいマッドサイエンティストだよね」

 ダニエルは控えめにツッコミを入れた。いや、セリフは控えめではないが。

 キリルは魔法医である。正確には、医者を兼ねた魔術師である。魔術師は研究好きが多く、今回のようなちょっとシャレにならない事件もたびたび起こる。その中で、キリルは比較的常識的と言っていい。

「何の成分でできてるか調べるだけだよ。もしかしたら、医療の役に立つかもしれない」

 そう言いながら彼は、ぶっ倒れたエリーザの脈を計っている。エリーザが倒れたのは魔力欠乏による身体機能の低下のためだ。要するに、魔力を使うすぎたため、体が休息を欲しているということである。


「わかりました。とりあえず、あれはキリルたちに預けましょう。被害も研究区画だけですし、面倒なだけで復旧は早そうですね」


 アウラの一言で緑巨人の処分が決まった。ダニエルは、きっと切り刻まれたりするんだろうな、と考えながらやはり報告書をまとめる。

「あっ。アウラ。ディアが科学者を連れて司令室の前に来てます」

 シャンランがこめかみに手を当てて言った。通信魔法を使用している人は、このしぐさをする人が多い。通信魔法は、魔法であるがゆえに特殊で、魔法陣の上にいることで、城中に散らばる通信魔法陣から情報を得ることができるのだ。テレパシー系の能力を持っていない人は、城内に描かれているこの魔法陣から連絡を入れている。ちなみに、城内を映す鏡も同じ仕組みである。たまに持ち歩ける通信魔法具を持つ人もいるが、城内ではまれだ。

「そう。ダニエル。クラウディアを入れてあげてください」

「了解」

 ダニエルは立ち上がると、司令室の扉を開けに行った。中から魔術で鍵をかけているため、中から出ないと開かない。開く方法がないわけではないが、メアリくらいの魔力出力かグレイスくらいの腕力がないと無理だ。

 ダニエルは鍵を開けて外にいるであろうクラウディアと今回の騒動の原因となった科学者に笑いかけた。


「いらっしゃい。入って。変なことしたら、容赦なく斬るからね」


 最後は科学者に向けた言葉だ。生まれた時からこの城に住むダニエルは、リアムの教えを受けている。つまり、それなりの剣士だということだ。出なければ『オーダー』に所属していない。

「クラウディア、ご苦労様」

「いえ。むしろ、謎の物体討伐に参加できなくてすみません」

 アウラの優しげな言葉にクラウディアは無表情でそう答えた。クラウディアはそう言うが、彼女の判断は正しかったと言える。あの場は混乱しており、だれも元凶を捕まえることに頭がいっていなかった。その中で冷静に判断し、科学者を逃亡前に捕まえられたのだから、結果オーライである。

「あの状況では賢明な判断でした。こうして元凶を捕まえることもできましたし……」

 と、アウラは科学者をにらんだ。30前後の若い男性科学者だ。口元が引きつっている。

「さて。この城の住人には、この城に暮らすことになった時点で法の説明をしてあると思います。お忘れではありませんね?」

 アウラの有無を言わせぬ口調に、科学者は裏返った声で「はいっ」と答えた。アウラは続ける。

「では、わかっているはずですね? あなたの行った実験はラウルス城の法に抵触しています。人に害をなすものを作ってはならない。その場合は『オーダー』が速やかに排除する」

 科学者がコクコクとうなずいた。アウラはいつも穏やかにふるまっているから、怒ると怖い。ダニエルはずさっと身を引いた。クラウディアも顔をそむけていたから、アウラの怒気はダニエルの思い違いではないはずだ。


「法に抵触した場合、被害状況などによりますが、初犯は禁固刑です。一週間、地下牢で頭を冷やしなさい」


 冷然と命じたアウラは、確かにこの城の最高責任者だと感じた。



ここまで読んで下さり、ありがとうございます。


本文中に出てきた『イルメラの書』は魔術師の心得を紀元前に存在したイルメラという魔術師の女性がまとめた、という設定です。魔術を理解するためには世界の心理を理解せよ、という趣旨から作られたものです。

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