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1、キャロウ夫妻は大抵こんな感じ

不定期更新、黒の王国シリーズ第1弾です。

世界観がかなり複雑です。一応、コメディを目指しているつもりです。

文才がないですが、目をつむっていただけると嬉しいです……。

 ここは通称『黒の王国』と呼ばれている。翠の王国ヘルウェティア国内に存在するラウルス城と、その敷地内のことを主に『黒の王国』と呼ぶ。ちなみに、国家ではない。だれが『黒の王国』と呼び始めたのかは、100年近くこの城にいるものでもわからないのだそうだ。

 ラウルス城は広大である。人が増え続け、増築されているからだ。現在、過去最高の人口密度を誇っている。正確な人数はわからないが、この城には1万5千人以上の多種多様な国籍の人間が住んでいる。まあ、人間でないものもいるが。


 もともと、ラウルス城は『オーダー』と呼ばれる騎士団の本部だった。『オーダー』は騎士団と評議会からなり、騎士団は実働部隊、評議会は執行部になる。その内情はもう少し細かく分けることができるのだが、面倒なので省く。

 『オーダー』は傭兵ギルドに近い。要請があれば騎士を派遣し、問題解決に尽力する。その依頼は多様で、怪奇現象の解決から戦争の助力まで。ただし、仕事は選ぶ。なぜこんな組織ができたのかは謎だが、かなり古くからあるのは事実だ。

 依頼された仕事の段階で、本部であるラウルス城に人をかくまうことがあったらしい。いつの間にか人が居つくようになり、ラウルス城は駆け込み寺のような存在になった。世の中になじめなかった人が逃げてくる。そんな場所。内訳は女性が圧倒的に多く、また、魔術師などの異能者も多い。


 世界からのつまはじきものが集まる場所、ラウルス城。そんな事情があるからか、この城ではいさかいが絶えなかった。今日も歩くだけで、様々な騒乱にぶち当たる。

 帝暦1840年。リアム・キャロウはなんだかんだですでに4半世紀はこの城にいる。4半世紀前に、母国が滅んだからだ。その国の有力貴族だった父は殉職、リアムは母とともにこの『黒の王国』に逃げてきた。母と逃げてきたときは6歳だったリアムも、すでに31を数える。金髪碧眼、整った精悍な面差しをしており、かなりの長身である。

 そんな彼は『オーダー』の騎士であり、2児の父だった。現在、探し人がいるのだが、何がどういうことか見つからない。

 ラウルス城の廊下は広い。1万人を越える住人がいるため、それだけ広くても人がごった返している。その廊下の一角で、子どもたちを叱る女を見つけた。


「だから! いくらこの城が治外法権であろうとも! やっていいことと悪いことがあるのよ! ルールはどこにでも存在するの! そう、ここは治外法権であって無法地帯ではないのだから!」


 言っていることはもっともだが、10歳かそこらの少年少女にその話は理解できるのだろうか。そう思いながらリアムは女に声をかけた。

「おーい、メアリ」

 説教を続けようとした女がウェーブがかった金髪をふわりと揺らして振り返った。眼鏡の奥から大きめのエメラルドグリーンの瞳がこちらを見つめてくる。

「あら、リアム。こんにちは。何か用? 説教中なんだけど」

 10歳以上年上のリアムに堂々と口を利くこの女性はメアリ・オリヴィエと言う。白の王国ルウェリン出身の魔術師だ。魔法の腕は一流で、歩く大砲とすら言われるが、魔法がないと戦闘力ほぼ皆無なのが難点でもある。

「ああ。うちの嫁見なかったか?」

 尋ね人のことを聞くと、メアリは眉をひそめた。

「嫁? グレイスの事よね。知らないわ。そう言えば、朝から見てないわね」

 この広大な城で、丸1週間顔を合わせない人だっている。それでも、活動範囲のよく似た人は遭遇しやすい。このメアリなどがそうだ。しかし、彼女も見ていないという。

「そうか……説教中にすまんな」

「別にいいけど、グレイス、また何かしたの?」

 メアリにそう尋ねられ、リアムは思わず苦笑した。

 リアムの妻であるグレイス・キャロウは天使の美貌ともいわれる計算されたかのような容姿を持つ美女である。女性にしては背が高く、切れ長の目をした金髪碧眼の典型的な美女だ。すでにこの城に来てから10年以上が経過しているが、その間、彼女が起こした問題は数知れない。執行機関である評議会議員に住民投票で選出されるほどの人望と尊敬を得ながら、彼女はこの城の問題児だった。


 キレて城を半壊させる。


 たかが喧嘩で、城の備品を投げつける。備品は国宝級である。ちなみに。


 城の住人を斬り殺そうとしたことも多々ある。


 これだけ聞くとただの危ない人だが、グレイスの本来の性格はちょっとおっとりしているくらいだ。ただ、キレると手が付けられない。それだけだ。たぶん。

「……ちょっとな。メアリ、すまん。説教を続けてくれ」

 リアムは言葉を濁してメアリに説教を続けるように言った。メアリは「うん」とうなずき、叱っていた子供たちの方を見た。逃げ出すところだった。

「何してんのよ、このくそ餓鬼ども! まだ話は終わってないのよ!」

 メアリはそこで足で追うことはせず。魔法を使って足止めし、全部で6人を回収し、説教の続きを始めた。リアムはその様子を見て苦笑する。姉御肌のメアリの元には、人が集まってくる。律儀につっこみを入れてくれるため、メアリは子供たちに人気が高かった。

 子どもたちと一緒に元気に騒ぐメアリを残し、リアムはもう少し城の中を捜索することにする。もはや聞き込みだ。自力で探すより、グレイスの行方を知っている人を探した方が早い。


 次に遭遇したのは、亜麻色の髪を肩のあたりで切りそろえた女性だ。先ほどのメアリとはちがい、おとなしめの女性だ。子どもたちの勉強を見ているところなのか、教科書を左手に抱えていた。

「リアム、何か用?」

 振り返った彼女は平坦な声音で言った。クラウディア・クラウゼヴィッツは大抵こんな感じだ。会話はできるが感情はない。そう言われるくらい感情が見えなかった。

「ああ。うちの嫁見なかったか?」

「グレイス? 知らないわ。見てない」

「そうかぁ……」

 どうやらクラウディアも見ていないらしい。本当にどこに行ったのだろうか。

「もういい? 子どもたちが待ってるから」

 クラウディアが緑柱石の色をした瞳を細める。リアムはうなずいた。

「ああ。悪いな、邪魔して」

「ん」

 『黒の王国』では、子どもたちに読み書き計算を教えている。もしもこの城を出たいと思ったときに、読み書き計算ができるのとできないのではだいぶ違う。クラウディアのように知識のある者が交代で、学びたいという子供たちに言葉と数を教えている。リアムもこの城で読み書き計算を教わった。

 クラウディアは赤の帝国アイクシュテットの貴族だ。読み書き計算はもとより、学者並みの知識がある。教え方もうまいので、最近は彼女が教鞭をとることが多かった。

 クラウディアと別れたリアムは、次に遭遇した人物に嫁グレイスの居場所を知らされることになる。


「え、グレイス? 彼女なら今朝方、アウラの護衛でイェレミース宮殿にいったよ」

「何!?」


 さらりとグレイスの居場所を言ってのけたのはこの城で生まれ育ったダニエル・ソールズベリーという少年である。人種的には白の王国の人間に分類されるだろう。両親が白の王国出身だからだ。変人やすれた人間の多いこの城において、奇跡のように常識的な少年である。ダニエルは大きめの紫の瞳をしばたたかせた。

「って、聞いてなかったの?」

「聞いてねぇよ。むしろなんでお前が知ってんの?」

「だって、もともと護衛役は僕だったからね」

 片手に指揮棒を持ったダニエルはニコッと笑ってそう言った。彼は音楽好きで、『黒の王国』の中で勝手に楽団を作っているのだ。

「あいつ……逃げたな」

 リアムは目を細めて低くつぶやいた。それを見たダニエルが「こわーい」ところころ笑っている。この城でここまで明るく育った彼はやはり奇跡だ。

 グレイスが向かったというイェレミース宮殿は翠の王国ヘルウェティアの王城だ。翠の王国の王族の庇護を受けている『オーダー』は、イェレミース宮殿の警護も担当している。翠の王国が軍隊を持たないからだ。

 寄せ集めと言っていい『オーダー』の騎士の中に、翠の王国を落とそうとする者がいなかったわけではない。他国からの間者として内部から翠の王国を切り崩そうとしたものもいれば、自分が王になり変わろうとしたものもいる。しかし、一度としてうまく言ったためしはない。必ず、ほかの『オーダー』の騎士がそれを止めたからだ。

 『黒の王国』、ことに軍事力を提供する『オーダー』と言う組織は難しい組織だった。雑多なものが集まり、形成される組織。生まれた場所も、話す言葉も、思想も違う。そんな人たちが集まっている。現在の『評議会』はうまくまわしているが、『オーダー』という組織が内側から崩壊しかけたこともあるらしい。

 こんな組織、なくてもいいだろうと思われるかもしれない。しかし、存在することに意義があると、リアムは思っている。何かあっても、逃げこめる場所がある。助けてくれるところがある。そう思えるだけで、少しは違うと思うのだ。


 話がそれた。今はグレイスのことだ。


 イェレミース宮殿はここからそんなに遠くない。同じ国にあるのだし、当然と言えば当然。翠の王国の北部、山岳地帯にあるラウルス城から、南部の平野にあるイェレミース宮殿までは馬で2時間半ほど。早駆けでは1時間ちょいだが、アウラがいるならゆっくり行くだろう。今朝方出ていったのなら、戻るのは今日の夜か、明日の朝。

 アウラ・サフィラスは長年『オーダー』の評議会議員を務めるエルフの女性だ。純血のエルフは、彼女が最後なのではないかと言われている。100年以上この城にいることから、100歳以上であることは確かだが、見た目は20代半ばくらいにしか見えなかった。事実上の『オーダー』最高責任者が彼女である。

 彼女の尽力で、『オーダー』と言う組織、そして『黒の王国』と呼ばれる存在は持続している。彼女がいなくなってしまったら……などと考えたくはない。恐ろしい。

 最高責任者と言う周囲の認識に反して、彼女は戦闘力がほぼ皆無だ。そのため、外に出るときは常に護衛がつく。おそらく、翠の王国の国王に定期報告にいったのだと思うのだが、その短い距離でも護衛がつく。

「護衛はグレイス一人か?」

 唐突に尋ねたリアムにも驚かず、変人に耐性のあるダニエルは「秀一も一緒だよ」と言った。続けて。


「グレイス、またなんかしたの?」


 と、ダニエルが尋ねた。ダニエルは生まれた時からラウルス城にいるため、16歳にして、様々な住人の様々な事情や黒歴史を知っている。つまり、幼いころからグレイスの奇行を目にしているということだ。

「いや、ちょっとな」

 とりあえず、グレイスが戻ってきたときに身柄を確保しよう。悲しいことだが、グレイスには帰る場所がここぐらいしかないのだから、帰ってくる。そもそも、子どもたちを置いて行くとは思えない。

「よくわかんないけど、頑張ってね。グレイスが帰ってきたらリアムに知らせるようにするよ」

「頼む」

 空気の読めるダニエルはそう言うと、手を振って音楽室の方に向かった。そう、この城には音楽室がある。各国の楽器が各種揃えてあるのだ。

 なんだかんだで、みんなここでの生活を満喫している。そう思ったリアムだった。



――*+○+*――



 翌朝。冬の遅い太陽が登ったころ、グレイス・キャロウはラウルス城に戻ってきた。グレイスは純粋な人間ではない。有翼人イーリイと呼ばれる種族だ。これはもう10年以上も前に、グレイスをのぞいてすべて絶滅している。

 有翼人と言うからには、イーリイ族の人間には羽がある。グレイスもそうだ。いつもは背中にしまわれているが、グレイスが翼を開こう、と思えばいつでも翼を使うことができる。だが、ラウルス城に来てからは、翼を使うことがめっきり減った。

 それと、もうひとつ。有翼人イーリイは好戦的な戦闘民族だ。グレイス自身も戦うのは嫌いではないし、好戦的なのは間違いないだろう。通常の人間よりも丈夫な体、極限まで絞られた筋肉は意外なほどの膂力を発揮する。要するに怪力だということだ。これまでどれだけ怪我をしても完璧に治ってきたので、自己治癒力も高いと思われる。

 グレイスは、有翼人の好戦さが滅亡した一因だと思っている。もちろん、それだけではないが、敵が侵略してきたときに、逃げずに戦うという道を選んだことが有翼人を滅亡へと追い込んだ。

 行き場をなくしてさまよっていたグレイスを拾ったのは、今の夫のリアムだった。リアムに連れられ、彼女はこのラウルス城に来た。10年以上前の話だ。当時はグレイスもあれていて、たびたび問題を起こしていた。いや、それは今もか。

 そう、グレイスはこの城の問題児と言われていた。確かに今まで色々なことをやらかしてきたと思う。シャレにならないこともいろいろしてきた。値がつけられないほどの美術品を破損させたり、城を壊したり、塔のてっぺんから投身自殺を図ったこともある。気を付けようとは思うのだが、気を付けようと思っただけで治るものではなかった。


「アウラ」


 グレイスは馬から降りると、同じく馬で並走していた女性に手を差し伸べた。エルフ族のアウラだ。最後の純血エルフと言われている彼女は、このラウルス城、というか、『オーダー』の事実上最高責任者になる。100年以上この城に君臨し、今の『オーダー』が問題なく回っているのは彼女のおかげだと言われている。

「ありがとうございます、グレイス」

 アウラがグレイスの手をつかんで馬から降りた。同じ金髪碧眼でも、アウラは髪の色も目の色も淡い。エルフのため、耳はとがっているが、それ以外は人間と違うがわからなかった。グレイス自身も、翼を出さない限りはただの人間と変わりがないので、意外とそんなものなのかもしれない。

 アウラの馬の向こうでは、黒髪黒目の少年が門番に馬を預けていた。彼は保科秀一。蒼の王国瑞穂の出身だ。蒼の王国は東大陸のさらに向こうに存在する島国だ。東大陸周辺の人間は童顔傾向にあるが、秀一もその例に漏れない。整った顔立ちをしているが、かなりの童顔だ。今、20歳ちょい手前くらいのはずだが、どう考えても10代半ばくらいにしか見えない。

 見た目と言うのなら、100年以上生きているはずのアウラも、20代半ばくらいにしか見えない。今ではグレイスの方が年上に見えるくらいだ。


「グレイス」


 聞きなれた声に名を呼ばれて、グレイスはびくっとした。声のした方を見ると、金髪碧眼の精悍な顔立ちの男が仁王立ちしていた。これが夫のリアムである。グレイスもかなりの長身なのだが、リアムはさらに長身だ。

 身に覚えのあるグレイスはとっさに逃げようと身をひるがえした。アウラと秀一は黙って成り行きを見守っている。こういった状況は、何も初めてではない。

「秀一! 確保!」

 突然、リアムは秀一に叫んだ。驚いた秀一はとっさにグレイスの手首をつかんだ。しかし、グレイスの方が力が強い。そのまま振り払おうとしたが、秀一が彼女を羽交い絞めにした。

「……グレイス。今度は何をしたのですか。突然ダニエルに護衛をかわってくれと言うから、何かおかしいと思いましたが……」

 アウラがため息をつきつつ言った。当初、翠の王国の国王に定期報告に行くアウラの護衛はダニエル・ソールズベリーと言う少年だった。その少年に無理を言って護衛を代わってもらったのは、リアムに遭遇するのが嫌だったからである。

「秀一、すまん」

「……いや」

 リアムが近づいてきたので、秀一がグレイスを解放する。寡黙な少年なので、特に事情は聞かなかったが、またグレイスが何かしたのだろうとは思っているはずだ。その通り。グレイスはやらかしたのだから。

「リアム。この子、今度は何をしたのですか?」

 グレイスを少女時代から知っているアウラにとって、グレイスは『この子』らしい。

「簡単に言うと、書類滞納だな」

「……未提出ってことですか?」

 微妙に的を射ないリアムの言葉に、珍しく秀一が確認するように尋ねた。その通りだ。グレイスは未提出書類を大量に抱えていた。それはもう、シャレにならないくらいに。

 秀一とはそのまま別れたが、アウラはグレイスの執務室についてきた。評議会議員であるグレイスには執務室が与えられている。おとといの夜、リアムにこの書類の山を見た。そしてキレた。

 ただ書類がたまっているだけならばリアムもキレない。説教をするだけだ。しかし、グレイスがため込んでいたものは未提出の書類だけではなかった。


「これは……経費ですか。2年前のものですね」

「これらはグレイスあてに届いた各国からの状況報告書」

「こちらは報告書……でも、間違っていますね」

「これは情報がうまく伝わらなかった国からの怒りの手紙だな」

「……こんなものを隠し持っていたのですか」


 アウラが呆れたように言った。グレイスは目をそらした。悪いとは思っている。自分でもこんなに溜まっていると思わなかった。私に行こうと思いつつ、思っている間に忘れる日々が続いたのだ。

「何年分たまっているのですか?」

「俺が確認しただけで5年分はたまってるな」

 アウラとリアムが状況を確認する。グレイスの報告書を出さない性格は『オーダー』でも有名だ。なんと言うか、書き方がわからないのである。

「とりあえず、グレイス。届いたものはすべてわたくしの元に届けるように。それと、経費はちゃんと年末までに提出するのですよ? 決算が合わなくなってしまいますから」

「……すみません」

 アウラに柔らかいが有無を言わさぬ口調で支持され、グレイスはうなずくしかなかった。

「お前、報告書もちゃんと出せよ」

 リアムにも指摘を受ける。『オーダー』の騎士が仕事に出ると、その報告書を提出しなければならない。子どものいるグレイスはさほど国外に出る仕事は与えられないが、全くないわけではない。報告書の提出は、グレイスが『オーダー』の騎士の一員として働くようになってから、悩まされ続けているものだ。

「だって、書き方がわからないし! 何書けばいいの!?」

 逆に尋ねると、リアムはアウラと目を見合わせた。それからリアムは言う。

「ちょっと俺、ディア連れてきます。あと、ここ片づけるために誰か連れてきますから、グレイス見ててください」

「わかりました。お願いしますね」

「見てなくても逃げないから!」

 ここまで来たらもう逃げるわけない。これを何とかするのは大変そうだ。やはり、毎日コツコツとするのが大切らしいと、さすがに気づかざるを得ない。

「と言うか、子どもたちは?」

 グレイスとリアムの2人の子どものことだ。親が二人ともここにいて、今どうしているのだろうか。昨日はグレイスも帰ってこなかったし。

「2人とも、シャンランが見てくれてる」

「ああ……シャンランなら安心ね」

 リー・シャンランは東大陸にある黄の皇国斉出身の女性だ。やわらかい顔立ちの女性なので、子どもに怖がられることはめったにない。

 人手を連れてくると言ったリアムは、宣言通りクラウディアと、メアリ、ダニエルを連れて来た。ちょうど三人で固まっていたところを捕獲されたらしい。

「すまん、ディア。こいつに文章の書き方を教えてやってくれ」

「ん?」

 クラウディアが不思議そうに首をかしげたが、周囲を見渡してああ、と納得した表情になった。何となく悔しいが、反論できる立場ではない。

 リアムやアウラ、メアリ、ダニエルが書類を整理する中、グレイスはクラウディアの講義を受ける。


「いい、グレイス。文章には書き方があるの」


 クラウディアは手に羽ペンを持って、自分より6つも年上の女に言い聞かせるように話しはじめた。

「基本的に、文章と言うのはいつ、どこで、だれが、何を、何故、どうして、で構成されるものよ。報告書としては、これだけあれば大体はわかるわ」

「……一応、それを踏まえて書いてるつもりなんだけど」

「……ふむ」

 一応訴えてみると、クラウディアが口を閉じて顎に指を当てた。代わりに書類を集めていたメアリが言う。

「その前に、グレイスは報告書を書かないじゃない」

「む」

 痛いツッコミである。そう、まず書き始めなければ意味がない。

「ま、書き出しは悩むよね」

 ダニエルも苦笑して言った。彼はそう言いつつもきっちり報告書を提出するタイプだ。しかし、クラウディアは容赦がなかった。


「報告書は報告書であって、作文ではない。よって、書き出しで迷う必要はないの! どうしても悩むのなら、行く先々でメモを取りなさい! いつ、どこで、だれが、何を、何故、どうしてそうなったか! それをメモするだけでもだいぶ違うわ」

「な、なるほど」


 それは一理あるかもしれない。そのメモに書いたことをそのまま報告書に書けばいいのか。

「それはいいかもしれないね」

「よし、じゃあそこから始めましょう」

 グレイスが前向きになったので、クラウディアはそう締めた。彼女は整理という名の掃除を続けるリアムに向かって言った。

「リアム。まず、グレイスは報告書を書くようになるところから始めよう。書き方がわからないなら、あったことをそのまま書けばいいんだもの。見張ってるのよ」

「俺が見張るのか……」

「リアムはグレイスの旦那でしょう」

 しれっと言うクラウディアは何気にサディストだと思うんだ。未提出書類に目を通していたアウラと、ふと目があった。彼女はふわりと聖女のような笑みを浮かべた。


「とりあえず、今回の警護の報告書は出してくださいね」


 聖女のような笑みを浮かべて、アウラはそう言った。


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

第1話で紹介したキャラ全員出そうと思ったのに、名前すら出てないキャラもいます。

グレイスは報告書がかけなくてためちゃうタイプ。リアムは苦手でもコツコツとやってちゃんと期限までに仕上げるタイプだと思ってます。

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