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23、音楽に乗せて

話は翠の王国はラウルス城に戻ります。

しばらく書いてなかったから、みんなの性格、忘れてる……。

 9月も半ばになり、すっかり秋らしくなってきたころ、リアムの妻が倒れた。珍しいこともあるもんだと思ってのんびりと彼女のもとに行くと、何と妊娠していた。3人目だ。3か月らしい。身に覚えのあるリアムはしみじみとしたものだ。


 激しい運動禁止命令の出たグレイスは暇そうだが、それ以上に体調が悪そうだ。1人目と2人目の時は比較的、つわりが軽かったので、今回は苦労しているようだ。


 悪いが、これを期におとなしくしていてくれ。そう思うリアムは、夫としては非情なのかもしれない。



 ベッドに身を起こしてはいるものの、顔を青くしているグレイスを見て、リアムはふと思った。


「今が妊娠3か月ってことは、この城に傭兵団が攻めてきたとき、もうすでに身ごもっていたことになるのか……」


 どこかでそんなような話を聞いたな、と思いつつ、リアムは手元のリンゴをウサギの形に切った。それを皿にのせてグレイスに差し出す。

「なんか食っとけよ。体が持たないぞ」

「う~……」

 いつもは騒がしい妻がおとなしいと、それはそれで不安になるものだ。『おとなしくしていてくれ』と思ったのも事実だが、心配してこうして世話を焼いてしまうリアムである。


 どうやら、今回は典型的な吐くタイプのつわりであるらしいグレイスは、ほとんど物を食べない。食べると、吐いてしまうからだ。体が丈夫な有翼人であるグレイスはあまり食べものを摂取しなくても平気だが、おなかの中の子供は別だ。胎児は、普通の人間との混血である。

 グレイスがいつまでたってもリンゴを手に取らないので、リアムはフォークにリンゴを刺して、彼女の口元に差し出した。


「ほら。一個でいいから食っておけ」

「うぅっ。あなたのそう言うところ、好きだけど憎らしい……」


 そう言ってグレイスが少しリンゴをかじる。そこに、バタバタと足音がして、バン、と扉が開く音がした。リアムとグレイスが驚いてそちらを見ると、2人の子供たちが扉を開いた体勢で固まっていた。

「どうした、ローレル、エリス」

 フォークをグレイスに持たせて笑みを浮かべると、エリスは駆け寄ってきてリアムに抱き着いたが、ローレルは少し顔を赤くした。


「その、邪魔してごめんなさい」

「邪魔じゃないから大丈夫よ。むしろ、よく来てくれました……」

「グレイス。それは食え」

「……はぁい」


 さりげなくリンゴを皿に戻そうとしたグレイスは、リアムの一言で素直にリンゴをほおばった。少しずつ、ではあるが。

「ローレルも来い。それで、どうしたんだ?」

 ローレルを手招きしながら尋ねると、エリスが笑顔で「帰ってきた!」と言った。帰ってきたって、だれが?


「アリエノール!」


 エリスが元気よく叫んだ。どうやら、ひと月半ほど前に赤の帝国に赴いたアリエノールが帰ってきているらしい。

「アリエノールだけか? エリーザは?」

「エリーザ姉さんはいなかったよ。アリエが何か話してたけど、よくわかんなかった」

 リアムの隣まで来たローレルが言った。ローレルはよく遊んでくれたエリーザになついており、彼女を『姉さん』と呼んでいる。


 赤の帝国に行ったのはエリーザとその侍女としてアリエノール、マルガレーテ。他に選帝侯であるクラウディアとその弟レオンハルトだ。諜報員のエーリカとその護衛である秀一も彼の国に向かったが、もう戻ってきている。


 選帝侯であるクラウディアが戻ってこないのは覚悟していた。彼女の弟妹であるマルガレーテとレオンハルトが戻ってこないのも理解できる。エリーザが皇帝になってしまう可能性も考慮していた。



 しかし、新皇帝はエリーザではない。彼女の異母兄だ。



 と言うことは、彼女はどこに行ったのだろうか。まさか、赤の帝国で内政を担っているとか、ないだろうな。

「グレイスがこの状態だからなー。エリーザには戻ってきてもらいたいんだが……」

「悪かったわね……」

 グレイスがぐったりしながらもふてくされた声を上げる。いや、別に他意はないのだが。

「悪くはないぞ。子供が増えるのはうれしい。だが、それとこれとは別問題だ」

「……ま、そうよね」

 グレイスも納得してあっさりとうなずいた。



 現実問題として、グレイスが身動きできないのは問題があった。彼女は『オーダー』の問題児でもあるが、同時に優秀な騎士でもあるのだ。彼女の戦闘力は同じ騎士たちの尊敬を集めるほどで、その能力は、ラウルス城内で問題を解決するのに役立ってきた。

 『評議会』議員としての執務能力も……いや、これはあまり高くないな。しかし、すでにラウルス城に来て10年以上が経つ彼女は独特な存在感を放っており、あ、彼女がいるなら何とかなる、と思わせる何かを持っていた。人はそれを、カリスマと呼ぶ。



 そして、カリスマと言えば妙に人を寄せ付けるエリーザだ。リアムとともに臨時『評議会』議員に名を連ねる彼女が、妙に人をまとめ上げるのが得意であることはすでに『オーダー』内では常識になりつつあったところだ。そこに、彼の帝国皇帝崩御の知らせ。タイミングが悪すぎる。


 ラウルス城の事実上のトップであるアウラは、彼女を次のラウルス城の責任者に仕立て上げようとしていた。このタイミングで城を去るのは痛かった。

 しかし、エリーザなら戻ってくる可能性が高い。今はグレイスも身動きが取れない。エリーザ戻ってくれば、多少はグレイスの抜けた穴を埋められる。ただ、赤の帝国皇女であるエリーザがお国に戻ったということは、一つの問題を示していた。



 つまり、政略結婚だ。



 おそらく、エリーザが嫁ぐことは翠の王国王太子ヴィルヘルムが全力で阻止してくれる。彼の思いは7年越しだ。そう簡単にあきらめない……はず。

 ただ、ヴィルヘルムが彼女の結婚の邪魔をしたとしても、まだ、エリーザが彼と結婚する可能性が残っている。



 とりあえず、リアムはアリエノールに話を聞こうと思い、ローレルとエリスにグレイスの見張りを頼んで部屋を出た。頼みごとをされたローレルはキラキラした目で了承してくれた。大人と同じことをしたい年頃のようだ。


「リアムさん。ニヤニヤしてて気持ち悪いです」

「……」


 食堂付近で遭遇したアリエノールは、思い出し笑いをしていたリアムを見て一刀両断した。彼女の言葉は結構グサッと来る。

「……よく帰ってきたな。お帰り、アリエノール」

「うん。ただいま」

 アリエノールは素直にうなずいた。初期エリーザ並みに表情に乏しい少女だが、初期エリーザよりは会話が成り立つ。

「グレーテルはディアと残ったのか」

「うん。ディアはエリーザの異母兄の……クリス、だったかって人と結婚した」

 クリス……新皇帝ギルベルトの同母の弟であるクリスティアンの事かな、とリアムはあたりをつけた。


「あと、グレーテルは選帝侯のエッシェンバッハ侯爵と婚約した」

「……」


 どうやら、赤の帝国内では様々なことが同時進行されているらしい。

「……貴族も難儀だな。それで、エリーザは?」

「ヴィルヘルム殿下と婚約した。一緒に帰ってきたけど、イェレミース宮殿に行ってからこっちに戻るって」

「そうか」

 よかった、とほっとしてから、ん? と思った。

「すまん。アリエ。もう一回言ってくれ」

 すると、アリエノールに『何言ってるの、このおじさん』みたいな顔で睨まれた。しかし、リアムはまだ31歳。この年はまだおじさんではないと主張したい。


「……エリーザは、ヴィルヘルム殿下と婚約したから、イェレミース宮殿に行ってからラウルス城に戻ってくるって」


 リアムが聞き返したからか、若干ゆっくり、そして丁寧にアリエノールが説明してくれた。やはり、聞き間違いではなかった……。

「そうか……エリーザが未来の翠の王国王妃か」

「エリーザのお姉さんがなるよりはずっとましよ」

 その『エリーザのお姉さん』がだれを示すのかいまいちわからないが、ツッコミを入れて、これ以上アリエノールに変な目で見られるような事態は避けようと思う。

「とにかく、お疲れさん。アウラなら執務室にいるぞ」

「ん。わかった」

 アリエノールと別れると、なんだか疲れたリアムはグレイスのいる私室の方に戻った。さすがに子どもたちだけでは心配である。しかし、たどり着く前にダニエルに呼び止められた。



「リアム! ちょっと!」

「なんだ? お前、自分の父親呼び止めろよ」

「うちの父さん、研究室にこもったっきり出てこないんだよ! それより、ちょっと来てほしいんだけど!」

「はいはい。何かあったのか?」


 ダニエルがあまりにも必死なので、リアムは彼について行くことにした。それにしても、ダニエルの父クレイグは何をしているのだろうか。息子ほっとくなよ……。

 ダニエルがリアムを連れてきたのは音楽室の一つだった。ラウルス城にはいくつか音楽室が存在するが、リアムが連れてこられたのは、オルガンが置いてあるだけの比較的小さな音楽室だった。

「彼女なんだけど」

 椅子をいくつかつなげて寝かされているのは、城内で何度か見たことがある少女だった。年は10代前半くらいか。最近、『オーダー』に入りたい、と訴えに来る美代と同じくらいの年に見える。ちなみに、この部屋には美代もいた。

「寝てるのか?」

「違うと思う」

 ぽつっと言ったのは美代だ。美代は軽い予知能力があり、彼女の発言は傾聴に値する。


「眠っているっていうか、意識を閉じ込められている感じ、て、言えばいいのかな。自分の意志で眠っているわけではないと思う」

「自分の意志で眠っているわけではない……つまり、精神感応魔法だよな。俺、専門外なんだけど」

「僕だって専門外だよ。初めに見つけたのがリアムだったから」


 とにかく、ダニエルは『評議会』議員を連れてこようと思ったらしい。そして、たまたまリアムに遭遇したようだ。

 精神感応魔法。その名の通り、人の精神に作用する魔法である。パッと思い浮かぶ使用者として、エリーザ、アリエノール、レジナルドなどがあげられる。メアリがいれば彼女に聞けばよかったのだが、彼女は白の王国に帰って結婚してしまった。


「よし。アウラを呼んで来よう」


 最終的に、リアムはアウラに丸投げすることにした。たぶん、リアムにはどうしようもない。





――*+○+*――





 アリエノールの赤の帝国の報告を聞いていたアウラは、リアムに呼び出された。流れでアリエノールもアウラたちについてくる。

 連れて行かれたのは医務室の部屋で、『オーダー』支援部隊、医療班担当のキリルが美代、ダニエルとともにひとつのベッドを囲んでいた。


「どうしたのですか? 精神感応魔法を受けた可能性があると聞きましたが」

「や、詳しいことはよくわからないんだよ」


 キリルが腕を組んだまま首をかしげた。一応、彼はアウラが来るまでにいろいろと検査をしてみたらしい。しかし、何がどうなっているのかわからないということだった。

 一緒に音楽室にいたダニエルよると、このベッドで眠っている少女は、音楽室で突然倒れたのだそうだ。もともと、何となく眠そうな感じだったので、うっかり寝てしまったのかと思ったが、肩を揺さぶっても頬をつねっても反応がない。これはおかしい、と思ってリアムを連れてきたようだ。ぶっちゃけ、最初の人選が間違っている。


 アウラは大体の事情を把握し、少女の顔を覗き込んだ。まぶたをめくってみるが、眠っているだけであることを確認できただけだった。

「……意識が戻りませんね……アリエ、どう思いますか」

 治癒魔法を使ってみてからの言葉である。帰ってきて早々、巻き込まれたアリエノールは首をかしげた。


「よくわからないわ。精神感応系魔法であることは確かだと思うけど」


 精神感応魔法である。それがわかったなら、取るべき行動は決まっている。まず、レジナルドを呼ぶのだ。



 と言うわけで、呼んできた。彼はアウラと同じで、基本的に執務室にいることが多いのだ。なので、割と捕まるのである。

「みなさんおそろいで、どうされたのですか?」

 皆さんおそろいと言うが、とりあえず奥さんが妊娠中のリアムは返した。いても役には立たない。アウラはにこやかにそんなことを言ったレジナルドを見上げた。

「この子なのですが。どうも、精神感応魔法を使われているようなのです。意識が戻らなくて」

「ああ。なるほど。ちょっと失礼しますね」

 さすがにふざけている場合ではないと思ったのか、レジナルドは察するとすぐに少女の手に触れ、まぶたをめくってみる。呼吸も確かめた。


「確かに、寝ているだけですね。彼女の、なんといえばいいんでしょうか。精神、意志、そう言ったものが感じられません。彼女の中の奥底にプロテクトをかけてしまってあるか、彼女の中から出てしまったのでしょうね」


 さらっと言われた言葉にうなずきかけたが、なんだか今、とんでもない言葉を言われた気がした。


「彼女の中から、出てしまった? どういう意味ですか? 死んでいるということですか?」

「死んでいるのとは違いますよ。なんていえばいいんですかねぇ……思念、魂のようなものが彼女の中に存在していないんですよ」


 とにかく、自立して考えることができない状況なのだ。だから、目も覚めない。


「まあ、プロテクトをかけてしまった、と言うよりは魂的なものが外に出てしまったんでしょうね。そうそう簡単に出ていく、とは思えませんから、何か魔法が使われたのかもしれませんね」

「……そうですか」


 アウラはレジナルドの説明を聞き、重いため息をついた。これは、解決が難航しそうである。

「ちなみにレジー。治せますか?」

「私よりも強い精神感応魔法の能力者ならできるかもしれませんが、アリエノールにも無理だったのでしょう? 私もできないと思います」

「そうですか……」

 再び、ため息が重い。レジナルドはそんな彼女を見つつ、原因を探してそちらから手を打った方がいい、と言った。


「たいてい、魔法をかけた魔術師が魔法を解けば元に戻るんですから、早いうちになんとかすれば大丈夫だと思いますよ」


 彼はアウラにそう言って、勝手に医務室を出ていった。だれも呼び止めない。彼を呼び止めるほどの気力がだれにもなかったということになる。

「……誰が魔法をかけたんですかね」

 キリルがぽつっと言った。アウラも考え込む。それは、わからない。

「……この子、眠そうだったんだ」

 ダニエルが不意に口を開いた。彼に視線が集まる。ダニエルは、真剣な表情のまま言った。

「つまり、夜に何かあったんじゃないかな。何が、って言われても困るけど」

「一理あるかもね」

 キリルが同意した。キリルはしゃがみ込むと、美代に尋ねた。

「美代はどう思う?」

「んー……」

 軽い予知能力者である彼女の勘はかなり頼りになるので、みんな意見を求めるのだ。美代は軽く周囲を見渡してから言った。



「レジナルドさんが言ったことは、正しい。夜中には、歌が聞こえる。人形には気を付けて」

「歌? 人形、ですか」



 アウラは頬に手を当てて首をかしげる。歌、と聞いてまず思い浮かぶのは、大体の人がエリーザを思い浮かべるだろう。彼女の強力な『精神矯正魔法ジャッジメント・オーダー』は歌で発動するものもある。




 とりあえず、人形はよくわからないが、『夜中には歌が聞こえる』と美代ははっきりと言った。その夜、アウラは寝ずにラウルス城内を歩き回っていた。もちろん、1人ではなく、キリルとダニエルが一緒だ。アリエノールは美代と一緒に部屋でお留守番だ。


「っていうか、俺達だけで大丈夫なの? 俺、戦闘はあんまり自信ないんだけど」


 キリルがそんなことを言いだしたが、ダニエルはからりと笑って言った。

「大丈夫だよ。なるようになるって。他に巡回中の『オーダー』の騎士のみんなもいるんだし」

 同じく、能力が戦闘向きではないダニエルだが、彼は前向きだった。キリルが気にしすぎなのかもしれない。大体、戦闘面で言うならば、アウラが一番不安だ。


「……歌、聞こえないね」


 キリルがぽつっと言った。そろそろ深夜に差し掛かるころで、いつも騒がしいラウルス城も寝静まっている。

 すると、キリルの声に呼応するかのように、かすかに音楽――歌が聞こえてきた。のびやかなソプラノ。きれいな声のきれいな歌。

「こっち」

 ダニエルが手招きする方に、アウラとキリルも向かう。たどり着いたのは、三階のバルコニーだった。そこには、金髪の女性が立っていた。こちらに背を向けているので顔はわからない。

 キリルとダニエルが顔を見合わせると、キリルがバルコニーの方に歩いて行った。


「すみません。ちょっとお尋ねしたいんですけど」


 そして、彼は職質をかけた。女性は20歳手前ほどの若い女性だった。薄紫の大きな瞳が印象的で、アウラにも見覚えがないことから、彼女は最近、この城に来たのだろうと推測した。


 何より目を引いたのが、彼女は手に人形を抱いていた。金髪をくるくると巻いたかわいらしいビスクドール。



『人形には気を付けて』



 美代の言葉が思い出される。アウラはとっさに叫んだ。

「キリル!」

 だが、キリルはその場にくずおれた。こちらに気付いた女性は、近づいてくるかと思ったが。

「……」

 しばらくアウラとダニエルを見つめた末に姿を消した。

「!? どうなって……」

 どう見ても突然消えたようにしか見えなくて、ダニエルは動揺の声をあげた。アウラはキリルに駆け寄る。

「キリル。キリル、しっかりしてください」

 肩をゆすっても頬をつねってもまぶたをめくっても目を覚まさない。





 被害者、2人目。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


まさかの続く。個人的にリアムとグレイス夫妻がお気に入り。

でも、こいつらの活躍はないでしょう。精神感応魔法ですからね、相手は。

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