11、真実は記憶の中に
ラウルス城攻略事件、首謀者の思い編です。
ラウルス城と翠の王国のイェレミース宮殿で同時反乱が起きてから約2日。首謀者の1人であるカールは拘束されていたラウルス城の地下牢から出され、いわゆる『尋問部屋』に連れて行かれた。と言っても、『オーダー』では拷問を採用していないため、拷問道具はない。拷問よりも恐ろしい、精神を操る魔法を保持する騎士がいるからだ。
その最たる存在であるエリーザ・リューベックもそこにいた。彼女を見ると、カールはいつも、かつて上官だった女性を思い出す。
シャルロッテ・リューベック。正確には、シャルロッテ・グレッシェル=アイクシュテット。第12皇女エリーザベトの母親にして、赤の帝国皇帝フェルディナンド2世の第7后妃。エリーザは生き写しと言っていいほど、母親にそっくりだった。
「では、カール。どうして反乱を起こそうなどと思ったのか、話しを聞かせてください」
柔らかな中にも拒否できない色をにじませながら、アウラがカールに尋ねた。カールはゆっくりと口を開いた。
「……シャルロッテ・リューベックを知っているか?」
「リューベック? エリーザの母親か?」
同席しているリアムがエリーザとカールの顔を見比べながら言った。エリーザがこくりとうなずく。基本的に口数の少ないエリーザだが、さすがに口を開いた。
「知ってる。私の母親。もっとも、私が2歳の時に亡くなったから、ほとんど記憶にないけど……青の王国との国境を護る将軍だったそうだね」
「私は、彼女の部下だった」
「……」
エリーザが驚いたように数度瞬きした。こんなところで、母親にゆかりのある人と出会うとは思わなかったのだろう。カールも、この城でシャルロッテの娘に会うとは思いもしなかった。
「ちょっと待って。将軍なら、少なくとも貴族のはずだよね。リューベック姓の貴族はいないはずだよ」
口をはさんだのは赤の帝国出身の魔術師マリアン。彼の言うとおり、平民には将軍になることはできない。赤の帝国は弱肉強食の国だが、上に立つのは常に貴族だった。その指摘に、エリーザがため息をつきながら答えた。
「……私の母は、グレッシェル伯爵の妾の子どもだったらしいよ。認知はされていたけど、グレッシェル伯爵の本邸で暮らすことはできなかったと聞いている。母は赤の帝国皇帝の第7后妃だけど、グレッシェル伯爵の正妻の娘が第6后妃として赤の帝国皇帝に嫁いでいるね」
まるで自分にかかわりがないかのような口ぶりでエリーザは言った。
「リューベックと言うのは私の母の母……つまり、私の祖母の旧姓らしいね。祖母は異国人だったっていう話もあるけど、詳しいことは知らない。私の苗字も、母の通称からとったんだ……まさか、グレッシェルを名乗れないし、アイクシュテットなんてもってのほかだから」
エリーザは……エリーザベト皇女はそう言った。本名をエリーザベト・シャルロッテ・マルティナ・グレッシェル=アイクシュテットと言う彼女は、この城に来たとき、本名を名乗るつもりはなかったようだ。母親のことはあまり知らない、と語った彼女だが、母親がリューベック将軍と呼ばれていたのは知っているらしい。
エリーザの母シャルロッテ・グレッシェルは、出自はどうあれ貴族だった。カールが本人から聞いた話によると、実家は居心地が悪く、士官学校に入り軍人になったのだそうだ。もともと才能があったらしく、めきめきと頭角を現し、20歳になる前に将軍の地位を与えられるようになった。カールが出会ったとき、シャルロッテはすでに『リューベック将軍』だった。
ちなみに、エリーザが『異国人だったっていう話もあるけど、詳しいことはわからない』と言った彼女の祖母、つまりシャルロッテの母親は青の王国の歌姫だったらしい。シャルロッテの生年と青の王国での市民革命の時期が重なるため、おそらく、シャルロッテの母が青の王国から逃げてきて、赤の帝国人に成りすまして暮らしていたのだろうと思う。
そう言うと、エリーザは興味なさそうに「ふうん」とうなずいた。それで? と言わんばかりだ。カールはその様子に若干イラついた。
シャルロッテが20歳を過ぎたころ、彼女はフェルディナンド2世の第7后妃となった。もともと、皇帝はシャルロッテが気になっていたらしい。皇帝は気の強い美女が好きらしい。この点はエリーザにも同意された。シャルロッテは、まさに『気の強い美人』だった。数多い后妃の中でも、特に気に入られていたという話だ。
シャルロッテは、后妃になってもたびたび戦場に出てきた。それだけ、彼女が優秀な軍人だったということになる。カールは相変わらずシャルロッテの部下だった。
そして、シャルロッテは帝暦1822年にフェルディナンド2世の第12皇女を出産した。これがエリーザだ。シャルロッテ24歳の時である。
子どもを産んでも、シャルロッテは変わらず戦場に出てきた。彼女が派遣されるのは決まって青の王国との国境。考えてみれば、シャルロッテは母親の祖国と戦っていたことになる。まあ、考えても詮無いことだが。
エリーザが生まれて2年後、シャルロッテは26歳でその生涯を終えることになる。
「エリーザ。お前は自分の母親の最期を知っているか?」
カールは再びエリーザに尋ねた。彼女の母親の話しなので、どうしてもエリーザに話を振ることが多くなる。エリーザは抑揚のない声音で答えた。
「青の王国との国境、ベルヴァルトにて戦死。私はそう報告を受けているけど、さすがに事実だとは思わない。私の育ての母によると、母シャルロッテは皇帝が気に入っていた后妃だったそうだし、国境の守りにかこつけて、暗殺されたのだとしても不思議ではないね」
戦場で死ねば、だれに殺されたかなんてわからない。だから、シャルロッテは出張先で殺されたのだろう。これに関しては、エリーザはカールと同意見だった。
「私は、リューベック将軍……シャルロッテが殺されるところを見た」
カールの告白に、さしものエリーザも目を見開いた。
「……見たって、どういうこと? 下手人が誰か知ってるの」
エリーザがカールに問う。食いついてきた彼女に、わずかに優越感を感じながら、カールは言った。
「戦死、と言う報告はある意味間違っていない。彼女は戦場で果てたのだから」
「……公式記録では確かに、ベルヴァルト第二会戦で敵軍の銃撃による出血多量、および外傷ショックで亡くなったことになってるね」
そのあたりはさすがに調べてあるらしい。カールはうなずいた。
「ほぼ間違いないな。ただし、『敵軍の』ではなく『味方の』に直しておいてくれ」
シャルロッテは、味方の銃撃により殺された。少なくとも、敵に背後から撃たれることはそうそうないだろう。シャルロッテは優秀な指揮官であると同時に戦士であったから、敵に後ろ姿を見せることはなかった。不意にエリーザがため息をついた。
「戦場であれば、何とでも言い訳できるからな……。責められても、『誤射だ』で言い逃れられることもあるそうだし……これは本格的に軍備を見直したほうがいいのだろうか……」
今は翠の王国のラウルス城にいるのに、エリーザはそんなことを言う。シャルロッテの娘とはいえ、彼女も結局赤の帝国の皇族だということだろうか。カールは鼻で笑った。
「あの国は、もう腐りきってるよ」
「それで、あなたはどうして反乱を起こそうなどと思ったのですか?」
話がそれかけたので、アウラが軌道修正の言葉を吐いた。ここまでの話しでは、カールが恨みを抱くのは赤の帝国に対してのはずだ。それが何故、ラウルス城での反乱につながるのかわからなかったのだろう。
「あの時、『オーダー』の連中は将軍を見捨てた! 見ていたのに! 助けられたはずだ! 彼らなら!」
自分が『オーダー』に所属してよりよくわかった。あの時、シャルロッテが死ぬのを、『オーダー』は止めることができた。回避させることができたはずだ。なのに、それをしなかった。
だから、カールは『オーダー』の中で期をうかがっていた。
「……逆恨みかぁ……気持ちはわかるけどね」
グレイスが呆れたような、戸惑ったような、そんな表情で言った。彼女も復讐に生きた人間だった。それが変わったのはいつからだろう。リアムと結婚してからだろうか。
だが、ひとつ訂正させてもらう。
「逆恨みではない」
「……理解できたわけではありませんが、反乱を起こした理由はわかりました……と思います。しかし、あなたの行為は『オーダー』の規範に抵触しています。厳重な罰が降ることを覚悟してください」
アウラが通告した。カールは小さくうなずく。望むところだ。
そう思って、ふと気が付いた。自分は、死にたかったのかもしれない。
うまくいけば、『オーダー』と、手に入れた力を使って赤の帝国に一泡吹かせられるかもしれないと思った。だが、それは初めから難易度が高かった。そのことを、カールは心のどこかで気が付いていた。
だから、失敗して、そして、誰かに殺されたかったのかもしれない。
敬愛する将軍。豊かな黒髪をなびかせた、美しいシャルロッテ・リューベックの下にいけると考えていたのかもしれない。
できるなら、彼女によく似た彼女の娘に殺されたかった。
――*+○+*――
エルキュールの尋問の前に、青の王国の事情を少し見たいと思う。
青の王国セリエールは赤の帝国の西側、西大陸の半島に位置する。国土は広く、花の都はドゥメールと言う。以前、エーリカやエリーザが諜報に言った国であり、現在でも『オーダー』は情報を得るために彼の国に諜報官を放っている。
ここ40年にわたって何度も政治体制がかわっている。絶対王政から共和制、帝政、第二王政、自由主義王制。青の王国は『青の革命』と呼ばれる18世紀末の革命をきっかけに、青の王国の情勢はかなり混乱していると言っていい。
美しい王都だったドゥメールは、今では1人歩きが危険だ。『オーダー』の諜報員も必ず騎士とペアを組む。
18世紀末に革命が起き、青の王国の国王と王妃が処刑された。王妃は赤の帝国皇帝フェルディナンド2世(当時は皇子)の伯母だったが、情勢を見て赤の帝国は彼女についてはあきらめていたのではないかと言われている。
このまま共和制に移行し、それがうまくいっていればよかったのだが、共和制は思ったよりうまくいかなかった。もともとの体制と大きく変わっているため、ある意味当然と言える。
19世紀になってすぐ、青の王国に皇帝を名乗る男が現れた。アレクサンドル・デュラフォア。彼はあっという間に青の王国を掌握し、自らを皇帝と称した。これが面白くないのは隣接する赤の帝国である。
現在において、この世界で皇帝を名乗る君主が存在するのは赤の帝国アイクシュテット、黄の皇国斉の2つである。今から数十年前は紫の王国ゼレノフも皇帝を名乗っていたらしいが、赤の帝国の圧力に屈し、君主は皇帝ではなく国王と名乗っている。つまり、それだけ赤の帝国の影響力が強いということだ。
アレクサンドル・デュラフォアは赤の帝国に屈しなかった。それどころか、赤の帝国方面に進軍を開始した。ここから始まるのが、のちに第一次科学大戦と呼ばれる戦争である。
青の王国を掌握した手腕から見て、アレクサンドル・デュラフォアは戦に優れていたのだろう。青の王国は赤の帝国といい勝負をした。この戦争は青の王国、赤の帝国間では収まらず、他国へと飛び火している。
6年続いた戦争は赤の帝国の勝利に終わった。赤の帝国は青の王国に、皇帝を廃し、王を据えることを要求した。アレクサンドルは流刑となる。代わりに据えられた王が、青の革命において処刑された国王ジャン13世の弟で、ジャン14世を名乗った。ジャン14世が亡くなると、その息子のマリユス7世が王位についた。
しかし、第二王制と呼ばれたこの政府も長くは続かなかった。今度は自由主義革命と呼ばれる革命が起きる。マリユス7世の叔父が王位を簒奪したのだ。マリユス7世は流刑となり、叔父はジャン15世として即位する。これが自由主義王制である。
だが、今年、帝暦1840年になって、マリユス七世が再び青の王国の地を踏んだ。当然、ジャン15世はそれを排除しようと動く。ちなみに、『オーダー』にも要請があったが、評議会議員は動かなかった。
青の王国の混乱は増すばかりで、今でも終息の兆しを見せていない。
――*+○+*――
「私は、ジャン13世の孫にあたる」
「ってことは、カトリーヌ王妃の孫?」
「そう言うことだな」
「……よかったな、エリーザ。親戚だ」
「……」
リアムの軽口に、エリーザは沈黙を持って返した。青の王国の国王だったジャン13世とカトリーヌ王妃、赤の帝国名カタリナの孫であるエルキュールは、確かにエリーザの親戚になる。カトリーヌはエリーザの父親、赤の帝国皇帝フェルディナンド2世の伯母だからだ。
エルキュールは、ジャン13世の末の娘の子どもだ。彼は青の王国の片田舎で生まれ育った。母親からはいつも、あなたは最後の国王ジャン13世の孫なのよ、と言われて育った。母は、最期までジャン13世以外の王を、王と認めなかった。
恵まれなかったなりに、エルキュールは青の王国を愛していた。戦乱がやまぬなら、いっそ壊してしまおうと思うほどには。
ラウルス城にいると、どうしても青の王国から逃げてくる避難者たちと出会う。彼らを見ていると、エルキュールはなんとかしたいと思った。
だが、『評議会』は青の王国への支援を許可しない。人的支援、つまり避難者の受け入れはするが、青の王国の内乱を止めようとはしない。『オーダー』の同士討ちを避けるためだ。
だから、エルキュールはこのラウルス城の戦力を手に入れようと思った。ラウルス城に不満を抱く者を集め、反乱を起こし、『オーダー』の支配権を手に入れようと思ったのだ。今から考えれば、自分は頭がおかしかったと思う。ちょっと熱くなり過ぎていた気はする。
本当に青の王国の内戦を止めたいと思うのなら、同士を集めて勝手に青の王国に向かえばよかったのだ。しかし、反乱を計画したときはそう考えなかった。少しでも多くの戦力が欲しいと考えてしまったのだ。
いったん落ち着けば、自分がいかに阿呆だったかがよくわかった。
たとえ、反乱が成功していたとしても、自分についてくるものはほとんどいなかっただろう。みんなは、『オーダー』の長がアウラだから従っているのだ。アウラの偉大さを改めて認識した。
「言い訳をするつもりはない。減刑も検討しなくていい。この場で切り殺してくれても、精神矯正魔法をかけてくれても構わない」
遠い親戚であるエリーザに目をやると、彼女はリアムの背後に隠れた。体格のいい彼の後ろに隠れると、彼女の体はほとんど見えなくなった。
尋問に来ていたアウラは、エルキュールの言葉を聞いてため息をついた。優しい彼女は、おそらく、今までのエルキュールの働きをかんがみて情状酌量の余地を与えるつもりだったのだろう。
しかし、エルキュールは何もできないのなら、いっそ死んでしまった方がいいと思った。
願わくば、極刑を与えてくれることを望む。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
うーん。前々から決めていたんですけど、うまく動機が説明できません……。




