9、ラウルス城攻略事件 - 経過
前回、『8、ラウルス城攻略事件 - 発生』の続きです。あと1話で完結する、予定。
ラウルス城図書館はかなりの蔵書量を誇る。逃げてきた科学者や有識者、貴族たちが持ってきた書物を寄贈していくからだ。かなり貴重な本も多く、クラウディアはそれだけでこの城に来てよかったと思った。
その図書館で、クラウディアは子供たちを身を寄せ合っていた。
「……震動はだいぶ収まったわね……みんな、大丈夫?」
グレイスが周囲を見渡して言った。目が合ったクラウディアは彼女に向かってうなずいて見せた。
「アイリス、出入り口は封鎖した?」
「ええ、しましたよ。まったく、何なんでしょうね……」
相変わらずぶつぶつと小言の多いアイリスにグレイスが苦笑を浮かべた。クラウディアは内心苦笑いだ。表情には出ないが。
ラウルス城図書館が誇るのはその面積と蔵書量だけではない。図書館は有事にはシェルターに変化する。ラウルス城にはあちこちにシェルターやシェルターに変わる部屋があるが、その中でも図書館は鉄壁だ。貴重な蔵書を護るためかもしれない。
3つある出入り口にガラスの入れられた窓まで防護隔壁に閉じられ、図書館内はランプと魔法光がほのかに周囲を照らしているのみ。一応、1か月程度籠城できる備えはあるはずだが、そんなに長い間、この薄暗い空間にいたら気が滅入ってしまう。
図書館の守りは鉄壁だ。しかし、それは外の様子をうかがえないことを意味する。常時であれば通信用魔法陣で連絡を取り合えるのだが、どうしたことか、魔法陣が使えなくなっていた。
クラウディアは日課として、この図書館で子供たちに読み書き計算を教えている。今日はグレイスも一緒だった。つまり、彼女の子どものローレルとエリスもここにいるということだ。父親のリアムがアウラの護衛でラウルス城から出ているので、この非常時に子供たちとグレイスが一緒にいられたのは幸いだ。
ちなみに、グレイスと同じく『評議会』議員を務めるアイリスは、基本的にこの図書館にいる。いわば司書のような役割を担っていた。
まあ、それはともかくだ。外との連絡を断絶された今、クラウディアたちはどうするべきか。何もできない可能性は否定できないけど。
「ディア、ちょっと」
アイリスと相談していたグレイスに呼ばれ、クラウディアは離れたがらない子供をなだめて彼女たちの方に歩み寄った。
「どうしたの?」
「ディア。外の様子はわかる?」
「外の? あー……」
クラウディアは微妙な声をあげた。図書館の壁や隔壁には魔法遮断効果のある材料が使用されている。しかも、ラウルス城が建てられたのは古代。そんな時代の魔法に、魔力要素の薄れてきた現代の魔術師の魔術が通用するとは思えない。いくらクラウディアが透視能力を持っているからと言って、外の様子を探るのは難しい。
「……難しいとおもうけど、一応探ってみてくれる?」
と、探査系能力のないグレイス。アイリスに至っては戦闘力のないただの司書さんだ。クラウディアは軽く肩を竦めると、眼を閉じた。
意識を見たいところに向け、そちらに向かって魔力を伸ばす。そちらの方向を向く必要はない。このあたりかと思うところで、クラウディアは実際に目を開けた。しかし、その目は焦点が合っていない。この場ではなく、別の場所を見ているからだ。
これが、クラウディアの『遠隔透視魔法』である。どちらかというと超能力などの特殊能力に近い魔法だが、クラウディアは魔術にまで昇華することで、かなり応用幅の効く能力へと仕上げていた。まあ、諜報員のエーリカなどの『情報収集魔法』には負けるが。
クラウディアの『目』はラウルス城を駆け抜ける。あまり遠くを見過ぎると、使用後に頭が痛くなるのだが、魔力のあふれたラウルス城内ならそんな心配もいらないだろう。とにかく、状況がわかるものを探して『視線』をめぐらせる。
やや大雑把なクラウディアの『遠隔透視魔法』だ。座標を定めることはできないが、割とはっきり遠くの光景を見ることができる。発見したのはダニエルと秀一だった。
さすがに何処を走っているのかわからないが、ついて行くことにした。たどり着いたのは、通常『評議会』議員の1人であるアンドレイが管理している武器庫だった。魔法道具を取りに来たのだろうか。
その時、ダニエルが同行していた騎士に斬りかかられた。秀一が割り込み、その騎士を斬り捨てる。別側から襲いかかろうとした騎士を、今度はダニエルが打ち倒した。
……クラウディアの能力では音声が拾えないので残念だが、どうやら反乱が起きているらしい。ラウルス城で生まれ育ったダニエルが裏切ったとは考えにくいので、彼らを殺そうとした人達が反乱兵なのだろう。……たぶん。
クラウディアは能力を解除し、何度か瞬きして視界を自分の周囲に戻した。目の前にグレイスとアイリスがたっていた。
「どうやら、反乱が起こってるみたい」
クラウディアが端的に告げると、グレイスはぴくっと眉を動かし、アイリスは顔を曇らせた。グレイスは重心を左足に預け、腕を組む。
「反乱か……間が悪いわね」
「むしろ、この時期を選んだのかもしれませんよ。アウラはまだイェレミース宮殿ですね?」
アイリスの問いにクラウディアはうなずく、アウラの秘書官のような役割も担っているクラウディアは、アウラの予定の大体は頭に入っている。何事もなければ、今日の夜にでも帰ってくるはずだ。
「反乱の首謀者は?」
「……もう少し探ってみるわ」
クラウディアはグレイスにそう返事をすると、再び『遠隔透視能力』を発動する。今後は2方向に視界を展開する。先ほど見つけたダニエルを見つめるものと、もう一方は新たな騎士を探すためのものだ。
クラウディアの能力は、2方向を探るのが限界だ。だから、探査魔法としてはあまり役に立たない。しかし、使用可能距離は10キロを越える。正確に測ったことは無いが、それくらいの距離は『見え』る。どちらかというと、追跡魔法に近いのかもしれない。
ふと思い立って、司令室の方に意識を伸ばす。今日司令室に詰めているのはキリルのはずだ。ああ、何だかタイミングが悪い。キリルはあまり人の上に立って何かをするタイプではないのだ。
……読まれていたのかしら。
クラウディアはそう思った。『オーダー』どころかラウルス城の核と言ってもいいアウラがおらず、司令室にいるのは命令するのに慣れていないキリル。読まれていたとしても不思議ではない。
司令室には数名の『オーダー』の騎士がいた。倒れているもの、怪我をしているもの。15名前後と言ったところか。司令室に詰めていたキリルはソファに座り、司令官の席にはエルキュールが拘束され、その目の前にエリーザが仁王立ちしていた。
え。これ、どういう状況?
クラウディアが戸惑うのも無理はない話だろう。エリーザとキリルが裏切る可能性など皆無に等しいとクラウディアは思う。だから、彼女らに拘束されているエルキュールが反乱兵の指揮官なのだろうか。エルキュールが裏切ったというのも、にわかには信じがたいが。
ダニエルたちの方も確認すると、クラウディアは一度能力を解いた。
「……司令室を見てみたけど、エルキュールさんが拘束されてたわ。今日の司令室の担当者はキリルだから、エルキュールさんが反乱の首謀者なのだと思う……」
「エルキュールが?」
グレイスが驚いたように繰り返した。まあ、驚くのは無理ないと思う。彼が裏切るのは予想外だった。しかし、エリーザが裏切る方がありえない。要するに消去法の判断である。
クラウディアがエリーザは裏切らない、この場合は裏切っていないだが、そう判断できる理由は、エリーザが裏切ったなら、彼女の能力を惜しみなく使ってくるはずだからだ。彼女の能力なら、簡単にこの城は制圧されてしまうだろう。そう言う点から考えて、エリーザが反乱を起こしたとは考えにくい。
『この城に仇なすものよ、聞こえるか! 首謀者は捕らえた! 今なら情状酌量の余地を与えてあげる。『オーダー』の騎士の名において、即刻降伏しなさい!』
城全体に響いたと思われるエリーザの声。クラウディアはさすがに驚いて眉をピクリとさせた。
「エリーザの声ね。あの子が『オーダー』の騎士たちをまとめてるのかしら」
「……おそらく。エルキュールさんの前で仁王立ちしてたから」
クラウディアの言葉に、グレイスが苦笑気味に「そうなの」とうなずいた。そこにアイリスが口をはさむ。
「エリーザに連絡を取ってみればいいのでは? 今の、テレパシーですよね。呼びかければ聞こえるかもしれません」
そう言われ、クラウディアはエリーザがテレパシー能力を持っていたか覚えておらず、内心首をかしげた。クラウディアの心の中の疑問に答えるように、グレイスが言った。
「エリーザは能動テレパシーしか使えないわ。発信はできるけど、受信はできないのよ。だから、あの子と会話したいなら、双方向テレパシーの使える人に頼まなきゃ」
一応確認してみたのだが、図書館にいる中で双方向テレパシーが使える能力者はいなかった。グレイスがため息をつく。
「ダメねー。まあ、エリーザも悪いようにはしないでしょ。外にはまだほかにも『評議会』議員がいるんだし、まあ、この状況でラウルス城が落ちることは無いでしょうから、気長に待ちましょう」
何しろ、反乱の首謀者は捕まっているしね。後は残党狩りである。グレイスの言うように、ここからラウルス城が落ちる可能性は低いと思われる。
結局、外が落ち着くまで図書館の中で待とうと言うことになった。
図書館の中は安全だ。わざわざ出ていくこともないだろうということである。
――*+○+*――
シャンランはラウルス城の廊下を走っていた。シェルターに向かうためである。
先ほど、エリーザの首謀者を捕まえた、という放送があったとはいえ、何があるかわからない。あまり考えたくはないが、エリーザ自身が反乱を計画した可能性も捨てきれない。少なくとも、シャンランはそう考えていた。
シャンランは今、数人の住民を連れていた。反乱開始からだいぶたっているので、ほとんどの住人は避難したが、それでも避難しきれなかった人はいる。そういった人たちを連れていた。
「ああ、神よ。どうしてわたくしたちがこんな目に……」
「お母様、うるさい」
シャンランは余裕の見える娘の方を見て苦笑した。ふわふわっとした栗毛の愛嬌のある美少女だ。赤の帝国から逃げてきた、とある貴族の血縁らしい。まあ、確かにお母さんの方は少し浮世離れしてるもんね。娘はしっかりしてるけど。
この2人はヘレナとカタリーナ・ハルツハイムというらしい。ヘレナの方が娘だ。この母娘はよく似た顔立ちをしているが、性格は全く違った。弱い母を娘が護っているような感じだ。クラウディアによると、選帝侯の家系にハルツハイム公爵家があるらしいが、関連はよくわかっていない。
「カタリーナさん。できれば静かに移動願います」
微笑んでそう言ったのはエーリカである。戦闘力ほぼ皆無の彼女だが、情報収集能力は素晴らしい。彼女の能力である『情報収集魔法』は他に類を見ない情報収集系魔法だ。彼女によると、五感を各方向に糸のようにとばし、脳に直接情報が送られてくる感覚らしい。本人ではないのでよくわからないが、エーリカの優秀な諜報技術はこれに起因する。
それにしても、諜報先から帰ってきたばかりの彼女がこの騒動に巻き込まれたのは不運と言えるだろう。悪いけど、もう少し頑張ってほしい。
「どうする、シャンラン」
仲間の『オーダー』の騎士に尋ねられ、シャンランは内心、私に聞かないでよ、と思いつつ言った。
「もう少しでシェルターにつくから、がんばりましょう」
とだけ言った。騎士もそうだな、とうなずく。何となく空回りしている感がある。
そこから少し進んだところで、運よくというか悪くと言うか、レジナルドに遭遇した。
「レジナルドさん」
「これはシャンラン、エーリカたちもご無事で」
どうも、レジナルドはシャンランの出自をからかっている節がある。いや、母が女帝であるシャンランをからかえるというのもすごいが。母が聞いていたら、即座にぶちのめしていただろうな、と何となく思う。少々現実逃避気味だ。
レジナルドは『オーダー』の騎士を20名弱連れていた。おそらく、城を制圧しようとする者に対して抵抗を試みていたのだろう。さすがは『評議会』議員。
「シェルターに向かっているのですか?」
「はい。レジナルドさんも行きますか?」
シャンランが尋ねると、並んで歩きながらレジナルドは「そうですね」と考えるそぶりを見せた。
「エリーザが『オーダー』の指揮を執っているようですし、それもいいかもしれませんね」
「え、エリーザが?」
思わぬ言葉を聞き、シャンランはエーリカの方を見た。エーリカは首をかしげる。
「確かに、すごいスピードで城を駆け回ってるけど。これだけじゃ、ラウルス城を護ってるのか反乱兵なのか判断がつかなくて……」
申し訳なさそうにエーリカが言う。諜報が専門のエーリカには珍しい言葉だが、彼女も少々混乱しているのかもしれない。その時、エーリカが声をあげた。
「あっ! こちらに近づいてくる騎士がいるわ。敵か味方かはわからない!」
その言葉を聞いて、シャンランは即座に髪を飾っていた銀の簪を抜いた。これでも魔法道具だ。シャンランの手の中で簪が細身の銀の剣に変わる。
エーリカが言った騎士の姿が見えた。シャンランは彼らの相手はレジナルドたちに任せ、ヘレナとカタリーナに寄り添った。カタリーナは震えているが、ヘレナは気丈に母の肩を抱いていた。
と―――。レジナルドを護っていたかに見えた騎士の半数が、唐突にレジナルドの方に切っ先を向けた。レジナルドはさすがに目を見開き、「そう来ましたか」とのんきに言っている。エーリカが悲鳴を上げ、シャンランはあわててレジナルドの助けに入ろうとする。
「そこ! 動くな!」
唐突に第3者の声。その声に込められた魔術が、レジナルドに剣を向けていた騎士だけではなく、シャンランたちの行動も縛った。『精神矯正魔法』だ。
かけた魔術が弱かったのか、ジワリと騎士たちが身動きする。エリーザはレジナルドの前に滑り込むと、剣を振るった。シャンランたちが唖然としている間に身をひるがえし、別の騎士の剣をはじき、蹴りを食らわせた。ここまで約5秒。やっとレジナルドについていた裏切らなかった騎士たちが、反乱に加担した騎士たちを切り伏せる。
周囲は静かになったが、先ほどよりもかなり凄惨な状況になったので、場所を移動した。こそこそと廊下の隅に集まる。人数もかなり減っていた。レジナルドがエリーザに尋ねる。
「『歌姫』。キースは一緒ではないのですか?」
「開口一番それですか。もう少し向こうで嬉々として反乱兵を斬り殺していますよ」
エーリカに確認してもらうと、それは事実らしかった。相変わらず、レジナルドとエリーザは仲がよろしくないらしい。
「それにしても、エリーザ、何故ここに?」
シャンランが尋ねると、エリーザは首をかしげた。
「様子を見に来ただけ。通信手段がないし、私にはエーリカみたいな情報収集能力もないから、足で見に行くしかないでしょう」
それでこんな殺戮を繰り広げていたのか……実は、エリーザとキースという組み合わせは恐ろしいのかもしれない。
そう言えば、先ほど助けてくれたので忘れていたが、エリーザが首謀者疑惑もあるのだ。まあ、彼女の顔を見てそう思えるほどシャンランも馬鹿ではない。でも一応、聞いてみた。
「……エリーザ。あなたが反乱の首謀者ってことはありませんよね?」
「私ならこんな回りくどいことをせずに、自分の能力をフル活用して城を制圧するけど」
「ああ、それもそうですね」
それを聞いて、シャンランは安心した。不穏な発言だとは思うが、エリーザが反乱を起こしたわけではないとわかった。彼女は1人でもこの城の征圧が可能な可能性がある。そのことを忘れていた。それだけ、エリーザの能力の効果範囲が広大なのだ。
「それにしても、キース・ヘイデンが味方に付いてるのは心強いけど……いいの? 勝手に戦う許可を出して」
エーリカがおそらくキースがいるであろう方向をちらりと見て言った。エリーザはやはり平然と言う。
「何か責任が発生するなら、私が責任を取るから問題ない」
さらりとかっこいいセリフだが、エリーザだけの問題で済むのだろうか。
「あなたのそう言うところ、あの女にそっくりですねぇ」
レジナルドが厭味ったらしく口を挟んできた。エリーザはほとんど表情を動かさず、それでも少々深い気な顔をした。
「それ、私の母の事?」
「さあ、どうでしょうね?」
エリーザは口元をひきつらせたが、それ以上つっこまなかった。状況確認をする。
「キリルは反乱の首謀者のエルキュールさんと一緒に司令室に残してきた。まあ、何かあれば知らせが来ると思う。武器庫にはダニエルと秀一が向かったから、アンドレイは無事だと思う。マリアンとスヴェン=エリクは……考えるだけ無駄だね」
ザクッと切られた最後の2人は、おそらく研究区画にこもっている。何が飛び出すかわからないあの区画に、反乱兵たちがおいそれと近づくとは思えない。それに、マリアンもスヴェン=エリクも戦わせれば優秀な戦闘魔術師となる。心配するだけ確かに無駄。ちなみに、2人とも『評議会』議員だ。
シェルターにたどり着いた。シェルターの位置を少々考えなければならないのではないだろうか、と思いながら、シャンランはシェルターの扉を開けた。中にはすでに住人がいた。内側から鍵をかけていれば外から開けないはずなのだが、どうやら内側から鍵をかけ忘れていたらしい。
「では『歌姫』。後は頼みました」
「は?」
エリーザが眉を吊り上げてレジナルドを見た。いま、『評議会』議員とは思えないセリフを聞いた気がする。
「私よりもあなたの方が戦闘になれているでしょう。さあ、シャンラン、中に入りましょうか」
「え、ちょ、いいんですか?」
シャンランは背を押されながらエリーザを振り返った。エリーザは呆れ半分、あきらめ半分といった表情で手を振っていた。……頑張って。
シェルターはレジナルドが『評議会』議員権限で閉じた。これで、外から開くことは無い。図書館と同じで、ひと月くらいなら籠城できるはずだが……。
「いいんですか、エリーザに押し付けて」
「大丈夫ですよ、あの子なら」
レジナルドのケロッとした答えに、シャンランは不思議な気持ちになる。何だろうか、レジナルドとエリーザの、この微妙な信頼関係は。
現在、帝暦1840年5月31日。午後7時48分。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次でラウルス城攻略事件は完結する予定です。でも、場所はラウルス城からイェレミース宮殿に移ります。




