8、ラウルス城攻略事件 ー 発生
今回は城内での戦闘。人がさくっと斬られているのでお気を付けください。
帝暦1840年5月最期の日。それは、ダニエルが食堂で食事をとっているときに起こった。不意に、どん、と突き上げるような衝撃が襲ったのである。ダニエルは一緒にいた秀一と目を見合わせた。
「何だろ」
「地震か?」
ちなみに、秀一のつぶやく地震は、翠の王国が存在するあたりではめったに起きない。秀一の母国は地震多発国だそうだ。
ざわざわと、住人たちの間に不安が広がる。そこに、今度は明らかに爆発によると思われる衝撃が走った。住人達がパニックを起こし、食堂の入り口に殺到する。
「馬鹿っ! むやみに動くな!」
『オーダー』の騎士が住人たちを止めようと叫ぶが、だれも聞かない。それどころか。
「!」
秀一が背後から襲ってきた男を切り捨てた。記憶違いでなければ、『オーダー』に所属する騎士のはずだ。それが、何故ダニエルたちを襲おうとしたのだろう。
同じような現象は、食堂のあちこちで起こっていた。『オーダー』の騎士が、『オーダー』の騎士を襲う。ダニエルは斬りかかってこようとする元同僚の剣を受け止めながらうめいた。
「内乱かっ」
自分の身を護りつつ住人も守らなければならない『オーダー』は、内側からの反乱に弱い。しかも、今は時期が悪かった。
いや、この時を狙ったんだな。内乱を起こす側からすればベストタイミングと言えるのだから。
とにかく、状況を落ち着け、周囲の『オーダー』メンバーと相談しなければ、と考えていたところに、鋭く声が響いた。
「鎮まりなさいっ!」
波紋のようにその声は広がり、何人かの動きが止まる。もう一度、その声は叫んだ。
「聞こえなかったか!? 鎮まれ! 私の声を聞け!」
拘束力を含む彼女の言葉は、住人を落ち着け、反乱兵から気力をそいだ。言うまでもなく、叫んだのはエリーザだ。
「誰か! 食堂の隔壁を閉めて! 向かってくるものには遠慮はいらない! 自分の身を守ることを優先しなさい!」
「そう言うなら、出してくれよ!」
とっさにエリーザの命令に従った『オーダー』の騎士が隔壁を閉めたのを見て、住人の一人が鳴き声を上げる。しかし、エリーザは取り合わなかった。
「ここは簡易的なシェルターになる。外に出てほかの反乱者に殺されてもいいのなら、どうぞ」
「…………」
だれ、この子。ダニエルは自分の知っているエリーザと違う気がして首をかしげた。
ただ、言っていることは正しい。この食堂の中なら、『オーダー』の騎士で護ってやれる。もしかしたら、まだ裏切り者がいるかもしれないが、そこらへんは臨機応変に。裏切り者がうろついているのが確実な廊下をうろつくよりもよっぽど安全だ。
隔壁が閉まり、住人達が不安そうながらも落ち着いたところで現在いる『オーダー』による作戦会議だ。
「確認してみたけど、通信魔法陣が使えなくなってる。おそらく、大元の魔法陣に何かされたね」
ダニエルが食堂にある魔法陣を確認して言った。この城には、どこにいても通信できるように、通信魔法陣がいたるところに引かれている。しかし、それが使えなくなっており、連絡手段がたたれていた。大元の魔法陣に何かあれば、ほかの魔法陣が使えなくなるのだ。
「どうする? アウラは今、イェレミース宮殿に定期報告に行ってるんだよな?」
1人の騎士が不安げに言うと、その不安は伝染していく。
そう。今、この城にアウラはいない。事実上の最高権力者がいないこの状況を狙われたのだ。彼女がいないと、この城はまとまらない。今になって、彼女がどれだけ偉大だったかがわかる。
ここにいる騎士は30人弱。まあ、昼の時間を少し過ぎているし、こんなものだろう。問題は、これからどうするか、だ。
「ほかの『評議会』議員は? グレイスがいるはずだよな」
「彼女なら図書館で子供に勉強教えてたぞ。アイリスさんも一緒のはずだ」
「指揮を執るだけなら、リアムでもよさそうだけど……」
「アウラの護衛でいないな……」
そう。間の悪いことに、アウラの護衛はリアムとメアリだ。この2人は、アウラ以外に騎士と魔術師を統率できる希少な存在なのだ。
……図られた、のだろうか。さすがにそこまではわからない。そもそも、連絡手段が途絶えたこの状況で、彼らがいてもどうにかなる気はしない。士気は上がる気がするけど。
アウラと、イェレミース宮殿の警備担当であるカール、諜報活動で青の王国に行っているイザイア。この3人以外の12名の『評議会』議員がこの城にいる。だが、彼らに『オーダー』の騎士全員と住人をまとめ上げることは不可能だ。だとしたら、統率が取れないまま各個撃破していくしかない。
再び、彼らを衝撃が襲った。いくらラウルス城が丈夫でも、このまま放っておけば、城が倒壊する可能性がある。
みな、同じ考えに行きついたのだろう。沈黙した。ダニエルはちらりと秀一を見るが、彼も難しい表情で考え込んでいるようだった。
「え、エリーザ。お前の精神感応魔法なら……」
すがるように見つめられたエリーザは腕を組んで言った。
「……まあ、できなくはないけど。本気で反乱者をすべて片づけようと思ったら、城が倒壊する可能性が」
「何故!?」
「いや……私の力はいわば魔力放出だから。放出量が大きすぎて耐えられなくて、物理的にも影響を及ぼす可能性があるから、使うなら、魔術師たちの連携が生きているときにしないと」
つまり、魔術師が魔術で城や人を保護しているときに使わないと、影響がでかすぎると。確かに、関係ない人間が巻き込まれても困る。狭い範囲で能力を使うときはだいぶコントロールできる気がするが、広範囲になると勝手が違うのかもしれない。
「使えねぇな」
誰かがぽつりと言った。ダニエルはむっとした。普段、エリーザのことを散々怖がっていながら、こんな時だけ頼ろうとする。しかし、ダニエルが声を上げる前に、チャキと金属が触れる音がした。
「キース。やめなさい」
「だけど姫さん。ほっとくのかい?」
「仲間割れをしている場合じゃないでしょ」
彼女は冷徹とも言える口調で言った。
快楽殺人者キース・ヘイデンは、どうやらエリーザを気に入ったようだ。話を聞いたリアムによると『彼女ならいつでも殺してくれる』から気に入ったのだそうだ。どういう基準だ、それ。
「じゃあ、私が指揮を取ろうか」
「はあ?」
エリーザの唐突の言葉に不審げな声が上がる。ダニエルも待ったをかけた。
「ちょっと待って、エリーザ。本気?」
「だって、誰も指揮をとらないだろ。誰かがやらないと」
「それを、君が、やるの?」
「そう言ってるだろ」
ダニエルは思わず黙り込んだ。彼女、頭は大丈夫だろうか。もしかして、キースと一緒にいすぎて少しおかしくなってしまったのではないだろうか。最近、よくしゃべるし……。
「じゃあ聞くけど。このまま、ここで待っているつもり?」
その言葉は、ダニエルだけに対して発せられたものではなかった。
「……わかった。如何すればいい?」
沈黙を破ったのは秀一だった。エリーザは少し口元をゆるませると、言った。
「まず、相手の狙いが何か知りたい。この中には索敵系魔法を使える人がいないから、自分の眼で集めるしかない」
なんだかんだ言いつつ、みんな彼女の話しに耳を傾けていた。エリーザは続ける。
「おそらく、相手の狙いは私たちを分断すること。そうすれば、この城を制圧することは難しくないと思う。何しろ、今はアウラがいないから」
「ってことは、一番手っ取り早いのは首謀者を見つけることか」
「そう。占拠されたら厄介だわ。今、司令室に詰めてるのは……キリルか。間が悪いな」
考え込むようにエリーザが眼を閉じた。司令室は五階にある。常にだれかいるはずだが、現在はキリルが詰めているらしい。
「10人程度、ここに残って住人の守りを。反乱者がいたら、斬り捨てて構わない。私が全責任を取るから」
かっこいいセリフをさらりと言ってくれたが、そんなことは可能なのだろうか。とりあえず、ダニエルはつっこまないことにする。
「外に出るメンバーも、絶対に単独行動は禁止。向かってくるものに手加減もするな。とにかく、先に司令室を占拠しよう。キース」
「ん?」
「出番だ。好きなだけ殺していい。私が許可する」
「俺的には姫さんみたいのを殺したいんだけど」
「自我を奪われたくなかったら、敵だけを斬ることね」
やはり、エリーザは素っ気ない。ダニエルは少し不安になってキースを見上げた。
「大丈夫だぜ。姫さんはちゃんと俺が護るからな」
と、キースはエリーザの肩に手をまわす。そんな彼の顎を、エリーザが剣の柄でどついた。
「いてっ。だから好きだぜ、姫さん」
エリーザの性格が微妙に変わったのはこいつのせいか。ダニエルは複雑な気持ちでエリーザとキースを見比べた。
「異論がある者はついてこなくていい。ここにいて」
要するに、覚悟がないなら来るなということだ。ダニエルは初めからついて行く気満々だった。待っていても、助けは来ない。この城で生まれ育ったダニエルとしては、この城が心無いものに蹂躙されるのをただ見ているつもりはなかった。
「だけど、首謀者はわからないんだろ」
鋭いツッコミを入れられるが、エリーザはひるまなかった。
「目星はついてる。たぶん、『評議会』議員の誰かでしょ」
「はあっ?」
「『評議会』議員がどうしてこんなこと……」
「わからないから事情を聞くんじゃないの。まず、アウラ、グレイスは除外ね。カールは今この城にいないから、関わってても直接指揮を執っているのは別の人。……それくらいしか情報はないけど、『評議会』議員はもともと15人しかいないから」
絞り込みやすい、か。
「どうしてエリーザは『評議会』議員が首謀者だと判断するんだ」
秀一が尋ねると、エリーザは目を細めた。
「だって、アウラが今日、いないのを知っているのは『オーダー』ぐらいでしょ。それに、今のこの状況。出来過ぎているとは思わない?」
「……出来過ぎている」
秀一が繰り返してつぶやいた。エリーザがうなずく。
「騎士をまとめ上げられるリアムも、魔術師を率いることができるメアリもいない。司令室に詰めているのは魔法医のキリル。出来過ぎでしょう。これだけでどれだけ戦力が低下するか」
いくら『オーダー』の騎士一人一人が高い能力を持っているとはいえ、統率が取れなければ同士討ちをしてしまう可能性がある。そういう意味で、指揮を取れる人は貴重なのだ。
アウラも懸念していたことだが、この城には今、『オーダー』すべてをまとめ上げられるものはアウラしかいない。彼女がいないと言うだけで、『オーダー』の戦力を低下すると言っていい。
現実を突き付けられたところで、『オーダー』の士気はがくん、と下がった。それはもう目に見えるくらいはっきりと下がった。士気を下げてどうするんだ。
「大丈夫だよ」
士気を下げたエリーザが今度は上げにかかる。彼女は微笑んで言った。
「大丈夫。1人じゃないんだから」
力を合わせれば、きっと大丈夫だと。珍しく微笑むエリーザにつられ、ダニエルも微笑んだ。
「ん。そうだね」
しかし――。
彼女は、反乱兵をどうやって攻略するつもりなのだろうか。
――*+○+*――
ラウルス城は内部からの反乱に弱い。奇しくも、それを証明された気がした。隔壁を下した食堂から出たエリーザは、20人弱の騎士に指示を出した。
「半分は武器庫に。魔法道具が取られてないか見てきて。残りは私と一緒に司令室を見に行くよ」
「ほかの住人は大丈夫かな」
「無事であることを祈りましょう」
ダニエルの心配はもっともだが、気にしている場合ではない。この城を乗っ取られた方がシャレにならないのだ。
「……まあ、大見得切っておいてこんなことを言うのもあれだけど、臨機応変に動いて。それから、死なないようにね」
「うん」
ダニエルがにっこり笑ってうなずき、エリーザと別れて武器庫の方へ向かった。その後を八人がついて行く。エリーザ側に残ったのはエリーザ、キースを含めて8人だ。
司令室に行くには階段を上がり、区画を一つ分移動しなければならない。まあ、言うほど距離はないし、大丈夫だと思うが。
ラウルス城は、広い。おそらく、反乱兵もそう多くはないのだろう。5階に上がるまで誰にも会わなかった。しかし、司令室に向かって走っているところに突然、エリーザの目の前で隔壁が降りた。
「!」
エリーザは驚いたが隔壁にぶつかる前に立ち止まった。肩で息をしながら隔壁に触れる。しんがりを走っていたエリーザは1人、取り残された形になった。最近エリーザと行動を共にしているキースも一緒だったのだが、どうやら彼も壁の向こう側らしい。
「……どういうつもり?」
エリーザは振り返って迫ってきた5人を見た。1人は女性だ。見たことある顔なので『オーダー』のメンバーだろう。
「こんなことをするということは、敵と認定していいってこと?」
5人は答えない。エリーザは細剣の柄を握り、ゆっくりと引き抜いた。ざっと確認するが、周囲に人の気配はない、と思う。エリーザに探査系能力はないので、よくわからないけど。逆に都合がいいかもしれない。
エリーザはばれないように息を吸い込むと、叫んだ。
「ファイナル・オーダー! 私が許可するまで、そこから動くな!」
脳神経に直接送られる命令で、5人の動きは止まった。一番近くにいた男が舌打ちする。
「ちっ……。だから先に始末しておけと……」
「オーダー追加。黙りなさい」
「…………」
5人が口を閉ざしたのを見てからエリーザは剣を収めて壁に向き直った。エリーザは精神感応能力が強い代わりに、物理的な破壊力のある魔法への適性は低い。おそらく、剣に魔術を上乗せして切りつければ破壊できるだろうが……。
それと、もう一つやり方がある。エリーザの物理空間にも干渉力の強い『精神矯正魔法』で無理やりぶち破るのだ。これはあまりやりたくない。
仕方がない。回り道をしようと走り出しかけたところで、隔壁が破れた。自分も破ろうと考えていたのに、実際に敗れるところを見ると、直すのが大変そうだな、と思ってしまう。
「あ、なんか大丈夫そうですね」
どうやら隔壁を吹き飛ばしたらしい魔術師が、杖を構えたままエリーザを見て言った。キースがエリーザの背後を見て気色ばむ。
「そいつらが?」
端的な言葉だったが、意味は通じた。エリーザをはぐれさせたのは彼らか、と聞いているのだ。今にも彼らを手にかけそうなキースに、エリーザは声をかけた。
「やめなさい。私が許可するまで、動けないししゃべれない。それより、先に司令室に行くよ」
背後の5人が恨みがましくエリーザを睨んでくるが、まるっと無視した。他のメンバーも気にした様子はない。
司令室は、当たり前というか、占拠されていた。通信魔法陣が断絶されていたことや、隔壁がおろされたことで、司令室が占拠されている可能性は考えていた。しかし、実際に見ると何となくやるせない思いになる。
だが、いい面もある。司令室の中に、この反乱の首謀者がいる可能性が高いのだ。
同行している魔術師に鍵を破壊してもらい、扉を開けたところで銃撃音がした。エリーザはすぐさま扉を閉じ、銃撃をやり過ごす。
「姫さん。もう一回開けろ。俺がつっこむ」
「……わかった」
何となく不安を抱えつつも、エリーザはキースの合図に従って扉を開けた。好きなだけやれ、と言ったのはエリーザだし、後悔するのも変な話だが。
キースは部屋の中に駆け込んでいくと(また銃声がした)、次々と射手を斬り倒した。キースが場を混乱させてくれたので、エリーザたちはあっさりと司令室に侵入できた。
そして、隠し扉から避難通路に逃げようとしている男を発見し、エリーザは物理的手段に訴えることにした。つまり、周囲の護衛代わりの騎士たちを振り払い、その男の襟首を捕まえた。後ろから腕を斬りつけられたが、気にしない。
「逃げないで。聞きたいことがあるんだから」
襟首をグイッと引っ張って部屋の中央に引き戻す。エリーザは隠し扉をうびさして「誰か閉鎖して」と指示する。本当に閉鎖してしまっては有事に逃げられないから、閉じるだけ。
「キース。もうやめなさい。オーバーキルしなさいとは言ってないよ」
それでも動かなくなった騎士たちを襲うのをやめないので、エリーザは男を近くにいた騎士に預け、キースの背中を思いっきり蹴った。
「やめなさいって言ってるでしょ」
少しバランスを崩しただけで膝はつかなかったが、キースはにんまりとした表情になった。
「だから好きだぜ、姫さん」
「………」
エリーザは彼をひと睨みすると、向き直って口を開いた。
「あなただったのか、エルキュールさん」
「……私も、君にしてやられるとは思わなかった」
『評議会』議員エルキュール・カルメン。青の王国出身。エリーザは首をかしげて彼に尋ねた。
「嘘でしょう? あなたは私が動くことを予測していた。でなければ、私をまず始末しようなんて思わなかったはず」
エルキュールは頭がいい。『オーダー』の頭脳とすら言われる。その彼が裏切ることよりも、読み間違えることの方が信じられない。
「ところで、この司令室に詰めていたはずのキリルはどこですか」
「……窓から2番目の隠し部屋だ」
「誰か、確認して」
魔術師の彼が真っ先に動いた。窓からふたつ目の絵画を動かすと、扉の取っ手が現れる。彼はその取っ手をまわして部屋の中に入った。
「あ、いましたよ」
魔術師に肩を支えられ、キリルが姿を現した。怪我をしているようだが、意識はある。キリルはエリーザを見て苦笑した。
「エリーザか。迷惑かけたね」
「……別に」
エリーザは彼から視線をそらすと、エルキュールを椅子に座らせた。そして、傷つけられた通信用魔法陣を見た。魔術師が寄ってきて顔をしかめる。
「これ、直すのは難しそうですね」
「そう……。これを使って呼びかけられれば一番いいんだけど」
仕方がないか、とエリーザは窓を開けた。夕暮れ時の赤い世界が眼に入る。エリーザは目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。
「この城に仇なすものよ、聞こえるか! 首謀者は捕らえた! 今なら情状酌量の余地を与えてあげる。『オーダー』の騎士の名において、即刻降伏しなさい!」
叫んでから、窓を閉じた。魔術師が感心したように言う。
「能動テレパシーですか?」
「そう。受動はできないけどね」
「おい、姫さん」
「何。エルキュールさんは殺しちゃだめだよ」
反射的にそう返しながら、エリーザはキースを振り返った。
「違ぇよ。お前、これでやつらが降伏すると思ってんのか?」
「しないだろうね」
エリーザはあっさりと答えた。けがの手当てを受けているキリルがぴくっと眉を動かす。
「どうしてか、聞いてもいい?」
エリーザはキリルの整った顔を見た。こういったことを素直に聞けるのは彼の美徳だと思う。しかし、同時に、やはり彼には策略や陰謀というものは似合わないのだと思う。だから、彼は紫の王国から逃げてきて正解だったのだ。
「ここに来るまで、何人か反乱兵に遭遇したけど、統率がとれてなかった。単純に考えて、反乱兵たちに、反乱のリーダーになっている人間への信頼と中世が足りないのだと考えた。でも、指揮を執っていたのはエルキュールさんだった」
「……まあ、普通、あ、この人について行けば勝てる、と思った人について行くよな」
とエリーザについてきた騎士たちがうんうんうなずき合う。悪かったね、頼りない指揮官で。
「……まあ、そういうこと。私も、エルキュールさんは自分の命を預けるに足る指揮官だと思う。たぶん、この2つ目の要素がなければ、ラウルス城は制圧されていた」
「2つ目?」
首をかしげた魔術師に、エリーザはうなずいて見せる。それからエルキュールの方を見た。
「おそらく、指揮系統がふたつか、それ以上あるんだよ」
「…………」
沈黙。
「……つまり、首謀者がエルキュールさんのほかにもいるってこと。その人についてきた人と、エルキュールさんについてきた人がいるから、微妙に目的が違ってるんじゃない? だから、統率が取れてないんだよ」
と、私は予測した、と心の中で付け加えておく。わかったようなわからなかったような表情でキリルは目を伏せた。それから眼を開いて微笑む。
「すごいね、エリーザ」
「それで、どうすんだ? その、『もう一人の指揮官』ってのを聞き出すか? 尋問なら手伝うぜ」
キースが剣に手をかけてニヤッと笑う。エリーザは呆れた。
「あなたの場合、尋問じゃなくて拷問になるでしょうが。やめなさい。それと、私はエルキュールさんからほかの指揮官を聞き出すつもりはないよ」
これには、当のエルキュールの方が驚いたらしい。
「何を考えている、エリーザ・リューベック! 情報を引き出さないとは、正気か!?」
「いらない情報に振り回されたくないの。キリル。もう一度ここを任せて行っていい?」
「え、エリーザ、どこ行く気?」
「もちろん、騎士を何人か残していくけど」
「俺の質問に答える気、ないの?」
エリーザはエルキュールの前から扉側の壁に移動し、キリルを振り返った。
「もちろん、城の様子を見に行く。ここに双方向テレパシーが使える奴がいないんだから、仕方がない。それとも、キリルが行ってくれる?」
「いや、無理」
「でしょ」
あっさりと話が終わり、エリーザは腕を組んだ。本当は、どこに裏切り者がいるかわからない状況でキリルを残していきたくないのだが、仕方がない。まあ、キリルも人並みの戦闘力はあるし、多数を相手にすることにならなければ大丈夫だろう。……たぶん。
数人を選んで連れていこうとエルキュールに背を向けた時、鋭い声が響いた。
「やれ!」
エリーザはとっさに身をひねった。一瞬でも反応が遅れていたら、右腕を持って行かれていた。剣を鞘に入れたまま目の前に掲げた。鞘に剣の刃が食い込む。力比べだと、エリーザが負ける。エリーザは鞘の上で刃を滑らせると、身をひねり、回し蹴りを繰り出す。避けられた。しかし、彼女はひるまず一気に間合いを詰めると、騎士の剣を持つ手首をつかんだ。鳩尾を蹴り上げてひるんだところで腕を背中にひねり上げる。
「キース。殺さないで」
「甘いぞ、姫さん」
そう言いながらもエリーザの指示に従い、キースは他2人の反逆者から剣を引く。彼らはその場に崩れ落ちた。
エリーザについてきたのはキースを含めて七人。そのうち3人が寝返っていたので、残りは4人。そのうち1人は魔術師だ。
「……ねえ、魔術師のあなた。名前、何だっけ」
「あ、やっぱり知らなかったんだ……ヨエルだよ。空の公国出身。よろしく」
「よろしく……それで、あなたのことを信頼してもいい?」
「ん? ……どういう意味?」
嫌な予感でもしたのか、ヨエルはひきつった笑みを浮かべた。
「ここ。エルキュールさんもこの騎士たちも残していくから。まあ、縛って隠し部屋にでも放り込んどけばいいんじゃない?」
「いや、そんな問題じゃないし」
「とりあえず、私とキースで外見てくるから。キリルをよろしく」
「あ、私は頼まれるんだね……」
キリルはちょっとショックを受けた表情をしたが、すでに一度やらかしているので反論はしなかった。まあ、キリルもヨエルもちょっと頼りないが、互いに気を付けていれば大丈夫だろう。残りの騎士2人は論外だし。
とにかく、エルキュールに再び指揮をとられる方が問題だ。見張りくらいは、キリルとヨエルに任せても大丈夫だろう。
そうでもしなければ、人手も足りないし。
現在、帝暦1840年5月31日。午後6時18分。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
そしてよくしゃべる、エリーザ。寡黙設定どこ行った。彼女をしゃべらせるときは、お嬢様言葉にならず、なおかつそこそこ上品な口調になるように気を付けています。……が、ところどころ乱れているのでお目こぼしいただけると嬉しいです……。
やはり、戦闘シーンは苦手です。策略とかもあまり得意じゃないんですよね。
とにかく、今は指揮系統は二つ以上存在する、ということが重要になってくる……はず。




