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7、恐ろしいことは

今回は本格的に変人が出てきます。かわいいレベルのものではなく、快楽殺人、その他云々という話がぽんぽん飛び交っています。忌避感のある人は見ないでください。


 帝暦1840年4月上旬。ラウルス城、通称『黒の王国』ではにわかに問題が持ち上がっていた。


 つまり、新しく入ってきた入居者が、快楽殺人者なのである。


 名前はキース・ヘイデン、白の王国ルウェリン出身だ。年は26。白の王国にいるときはとある貴族の私兵だったらしいが、殺人がばれてラウルス城にとんずら……逃げてきたらしい。

 同じく白の王国出身のグレイス・キャロウも、あまりほめられない経歴を持っているが、キースの異常性は、『黒の王国』においても異常だった。


 基本的に、ラウルス城は治外法権だ。他国の干渉を受けないから、犯罪者が逃げてくることは、ままある。城に来た時点で、この城で犯罪(『オーダー』の規範に抵触する行為の事)を侵せば、死罪、もしくは城追放を言い渡してある。もちろん、キースにも同じ言葉を言った。その上で、彼は『オーダー』に入ることを望んだ。


 そして、『評議会』は彼を持て余している状態である。というわけで、臨時『評議会』が開かれていた。15人のうち、イェレミース宮殿の警護に出ているカール・シュルツと青の王国の諜報を現地で指揮しているイザイア・ディ・モンテ以外の13人がそろっている。


「アウラ。彼をどう扱うつもりかね?」


 厳しい表情で『評議会』の事実上の議長を務めるアウラに意見を求めたのは、リャン・ライシュンという黄の皇国出身の男だ。年は50代半ば。『評議会』にはアウラに続いて長く、20年近く名を連ねている。

 いつも柔和な表情のアウラも、さすがに厳しい表情だ。

「わたくしは、今までの犯罪者と同じように扱うべきだと思います。彼を1人にせず、監視する。ただ、今までと同じように行かないのは、キースが強いためですね」

 そう。キース・ヘイデンは強かった。彼はすでに、一度問題を起こしている。彼と話をしていたシャンランを殺しにかかったのだ。たまたまそばにいたクラウディアの機転で彼女は無事だったものの、キースをおさえるのにグレイスとリアム、さらに秀一と3人の騎士が必要だった。まあ、彼を傷つけないように、という配慮がグレイスたちにもあったのは確かだが、それはいいわけでしかない。グレイスとリアムの夫婦は、この城で最も優秀な騎士として数えられているのだから。

「じゃあ、5人体制で彼につく?」

 ちょっと自信なさげに言ったのはキリルだ。21歳の彼は、現在の『評議会』で最年少となる。それにはグレイスが首を左右に振った。


「無理でしょ。私とリアムと秀一でやっと抑えられたのよ? 『オーダー』は万年人手不足なのだから、そんなに人手を割く余力はないわ」

「なら、彼の活動を制限してしまうというのは? 例えば、『オーダー』の本部区域しか出入りできないとか。彼自身の能力に魔法で制限をつけてしまうとか」


 そう言ったのはアンドレイ・ヴァシェンコ。紫の王国ゼレノフ出身。つまり、キリルと同郷だ。年は30代半ばほど。彼も二期連続『評議会』議員を務めている。


「それは無理だ。アンドレイ。本部区画にはアウラの執務室があるし、オーダーだからと言って、みな武術の心得があるわけではない」

「僕もエルキュールさんに賛成。それに、魔術で行動を肉体活動を制限するのにも無理があるよ。魔術の効きにくい体質の人だっているし、何より、精神が強い人は、そう言った制限魔法にかかりにくい」


 それぞれ、青の王国セリエール出身のエルキュール・カルメンと赤の帝国アイクシュテット出身マリアン・リュディガーが言った。エルキュールは頭脳派で、年齢は40歳前後、マリアンは魔術師で20代半ばの年齢だ。

 議員たちの意見を聞き、アウラはため息をついた。


「これは……彼を閉じ込めるか、追放するかしかないのでしょうか」


 しかし、それではラウルス城の『来るもの拒まず、出るもの追わず』精神に反する。まあ、もともと、ラウルス城が『オーダー』の本部でしかなかったことを考えれば、不利益となるものを追い返すのは不自然でないのかもしれない。しかし、この城がただの本部だったのはもう紀元前の話しだ。

 アウラのどこか残念そうな声音に、魔術師のマリアンは言いにくそうに言う。


「……まあ、これは嫌だし、本人も嫌がると思いますが……エリーザ・リューベックに精神矯正魔法をかけさせれば、何とかなるかも……」

「却下」

「何故です?」


 問い返したのは今までなりゆきを見守っていた眼鏡の男だ。「却下」と即答したグレイスはきっと彼を睨み付ける。


「何故って、それは人道にもとるからに決まっている。エリーザも使うのも嫌がるだろうし、それに、あれは副作用が大きいだろう。下手をすれば廃人になってしまう」

「構わないのでは?」


 グレイスはいらっとした。口元が引きつる。

 彼はレジナルド・アークライト。名前だけ見ると白の王国の出身のようだが、実は今は亡き朱の王国出身だという。グレイスの夫であるリアムと同郷だ。年もリアムと同じくらいである。たぶん、レジナルドの方が少し年上。

 淡い茶髪に赤に近いオレンジの瞳。赤に近い虹彩は精神感応系魔法を持っていることを示すらしい。赤い目が邪眼だと言われるのは、その影響だという。つまり、レジナルドも精神感応系魔法を使えるということだ。


「まあ、私がやってもいいのですが、何分、私は『歌姫ディーヴァ』ほど干渉力が強くありませんからねぇ」


 この男……とにかく、発言が腹立つのだ。爽やかな風貌に反して言うことはねちねちとしているし、人を人とも思っていない節がある。何故、彼が『評議会』選挙の時に票を集められたのか不思議だ。まあ、彼は今年が議員3年目になるので、年末の議員選挙で落選する可能性もある。

 彼が言う『歌姫ディーヴァ』とは、当たり前だがエリーザのことだ。彼女の放出型精神感応魔法を皮肉っているらしい。彼女が『戦慄の歌姫ディーヴァ』と呼ばれているところから派生したのだろう。ひねりがないな。

 すごい呼び名と言えば、黄の皇国斉の先代皇帝の『虐殺姫』や『流血女帝』があげられる。まあ、これを越える呼び名は、なかなかないだろうけど。


「……レジー。わたくしはエリーザに精神矯正魔法を使わせるつもりはありません。キースの人格を否定するつもりはありませんからね……マリアン。あなたも不用意なことは言わないようにね」

「すみません」


 自分も不用意な発言だったと思っていたのか、マリアンが肩を竦めてうなずいた。

 しかし、グレイスも速攻で「否」を唱えたが、エリーザに精神矯正魔法をかけさせるのが一番現実的な方法だ。それはグレイスにもわかる。

 グレイスは彼女の精神矯正魔法を一度だけ見たことがある。はっきり言うと、『恐ろしい』力だった。自分の性格、感情が上書きされている。そんなふうに思えた。エリーザ自身に良識があり、この力を使うまいとしているのが幸いだった。

 良識がある分、エリーザはこの力を使えば自分を責めるだろう。それが、たとえ命令だったとしても。彼女は頼まれれば断らないだろう。そして、精神矯正魔法を使った自分を責めるのだ。

 そして、エリーザにその力を使うように指示したら、グレイスも自己嫌悪に陥るだろう。ラウルス城きってのトラブルメーカーと呼ばれる彼女だが、その実、それほどメンタル面は強くなかった。支えてくれるアウラや、自分を必要としてくれているローレルとエリス、どんなグレイスでも受け入れてくれるリアムがいるから、かろうじて強くいられる。グレイスはそんな女だった。

「できるだけ、彼好みの人間を彼から遠ざけるしかありませんね……」

 アウラがため息をついた。他の『評議会』議員も特に反論しようがないようで、黙り込んでいる。

 快楽殺人者キース・ヘイデンの好み。それは、10歳から20歳ごろまでの少女だ。特に、顔立ちの美しい娘が好みらしい。好み、と言っても性愛の対象などという意味ではなく、殺す対象としての好みだ。

 その、若く美しい顔が苦痛にゆがむのがたまらない、というのが彼の主張だ。最悪なことに、この城は女性の割合が高いので、キースを放っておくと被害者が出ることは確実だ。グレイスの娘ローレルはまだ6歳だから対象外だが、だからと言って放っておくことができない事態だ。ちなみに、23歳のシャンランが殺されかけたのは、彼女が童顔で20歳を越えているように見えないからだろう。

 それに、キースは殺し方もえげつない。死体の体がバラバラなのはまだいい方なのだそうだ。聞いている途中でグレイス自身も気分が悪くなったので、詳細は省く。


 実際に、どう遠ざけるか議論していると、にわかに会議室の外が騒がしくなった。外には警備の騎士が2名立っているはずで、その2人が誰かと言い争っているようだ。

 そして、どうやら警備の騎士よりその人は強かったらしい。ばん、と会議室の扉が開き、『評議会』議員の視線がそちらに集中する。それにひるむことなく、闖入者・クラウディアは叫んだ。


「大変だわ! エリーザがっ!」


 珍しく取り乱した様子のクラウディアに、立ち上がったアウラが落ち着かせるように語りかける。

「ディア、落ち着いて。エリーザがどうしたのですか?」

「キースと戦ってる!」

「!」

 グレイスはクラウディアの泣きそうな声を聞いた瞬間、立ち上がり、会議室の外に駆け出た。アウラの「待ちなさい!」という声が聞こえたが、無視する。

 キースには見張りがつけられていたはずだ。そのうち一人は彼女の夫である。


 ったく! 何やってんのよ、あいつら!



――*+○+*――



 時は少しさかのぼる。エーリカ・フィルツがそれを目撃したのは全くの偶然だった。


 エーリカがこのラウルス城に弟とともに駆け込んできて、すでに一年が過ぎようとしている。赤の帝国で諜報員をしていた彼女は、その能力を生かして、『オーダー』でも諜報員として活動している。一つの国に長期間滞在することもあれば、一週間ほどで帰ってくることもある。人権が認められていること以外は、赤の帝国にいたころと変わらない暮らし。

 しかし、エーリカはこの城での暮らしが気に入っていた。この城は優しい。どうしても変人奇人が多いきらいがあるが、優しい空気がこの城にはある。

 だが、どうしても騒動は起こるもので。そして、それがシャレにならないこともある。特に、最近入場してきた新入りの男については厳重注意を受けていた。いわく、快楽殺人者であると。1人になってはならない、と。

 エーリカはこのとき、クラウディアとともにいた。それを目撃して、彼女とほぼ同時に悲鳴を上げる。


「美代!」

「グレーテル!」


 快楽殺人者の新入りが、美代とクラウディアの妹、マルガレーテに向かって剣を振り上げていた。エーリカはあわててかばいに入ろうとするが、新入りの手が振り下ろされる前に彼の手首がつかまれた。

「………」

「………」

 しばらく沈黙。彼の手をつかんだのは通りがかったエリーザだった。とっさの判断だったのだろう。彼女は眼をしばたたかせると尋ねた。

「……どういう状況?」

「いいから! しばらくそいつを捕まえてて!」

 エーリカは叫ぶと茫然としている美代を抱き寄せた。その時痛そうな音がして眼を向けると、少しふらついたエリーザが鳩尾をおさえていた。


「……ったぁ……」


 うめいたエリーザの目に凶悪な色がともる。彼女の手ががしっと新入りの頭をつかむ。彼はその状態のままエリーザに負けないほど凶悪な笑みを浮かべた。

「いいな、その目。俺の好みだ」

 やばい人だ、この人! エーリカは仲裁に入った方がいいか迷ったが、その前にマルガレーテと美代の手首をつかんだクラウディアが言った。

「エーリカ! 逃げるよ!」

「え。でも、エリーザ……」

 不安そうに言ったのは美代だった。ちらりとエリーザの方を見た彼女は、あわてて視線を逸らした。2人が剣を抜いたからだ。

「私たちは邪魔になるわ。あの子を助けたいなら、立ち入り禁止命令を出して、グレイスたちに知らせるべきよ。ということでエーリカ」

「あ、うん」

「私が会議室に行くから、この子たちを安全なところに」

「わかったわ」

 エーリカがクラウディアからマルガレーテと美代を受け取ると、クラウディアは猛然と走って行った。現在、『評議会』は会議中。議員の中にはグレイスがいる。彼女が来ればなんとかなる……かもしれない。

 エーリカはマルガレーテと美代を現場から離れた廊下まで連れて行く。偶然、ダニエルの母シェリーに遭遇した。

「あ、シェリーさん! この2人、見ててくれません!?」

「まあ、エーリカ。別にいいけれど、どうしたの?」

「ちょっと問題が発生してて。シェリーさんも南区画3階には近寄らないようにしてくださいね!」

 エーリカはそれだけ言い置くと、彼女たちを置いてきた道を戻る。エリーザのことが気がかりだった。


 あの子は、赤の帝国の皇女だ。それだけで、赤の帝国にいい感情のないエーリカは、エリーザに厳しく当たってしまう。でも、エリーザがいい子なのは事実だ。彼女の人格を赤の帝国皇女であると言うだけで否定したくなかった。

 エーリカが現場に戻ると、ちょうど『評議会』議員が到着したところだったらしい。グレイスがリアム、ハオシン、秀一とともに新入り……確か、キース・ヘイデンだっけ? ……をおさえにかかっている。救出されたエリーザは、左腕に切り傷があったが、それ以外は目立った外傷がない。


「エリーザ! 大丈夫!?」

「私は平気……グレーテルたちは?」

「シェリーさんに会ったから預けて来たわ」

「そう」


 アウラの治癒術で治療を受けながら、エリーザはお小言を食らっている。


「まったく。あなたはどういう神経をしているのですか。たまたま無事だったからよかったものの、下手したら殺されていたのですよ? 相手が快楽殺人者であることを忘れたわけではないでしょう。それに、あれの好みはまさにあなたくらいの年齢の美少女なのですよ」


 ねちねちと愛ある(?)説教をしているのは『評議会』議員のアイリス・カーターだ。彼女はすでに40を過ぎているはずだが、いつみてもそんな年齢には見えない。そう言う体質なのだそうだ。

「アイリス。その辺にしておきなさい。エリーザも反省しているでしょうし、ディアによると、彼女が注意をひきつけなければ、被害者が出ていたかもしれません」

 アウラが優しい口調でアイリスの小言を中断させる。まあ、アイリスの心配もわからないわけではない。

「でも、あれ、どうしようか」

 キリルが苦笑気味にグレイスたちと交戦中のキースを見る。エーリカもつられてそちらを見る。本気で殺そうとしてくる相手を取り押さえるのは大変だ。

「あまり人を増やし過ぎても、逆に被害者が増えるでしょうなぁ」

 『評議会』議員のライシュンが笑みを含んだ口調で言った。言っていることはまともだが、口調はおもしろがっている。状況的に、面白くはないと思うんだけど。


「『歌姫ディーヴァ』、あなたが精神矯正魔法をかければいいんですよ。それで丸く収まります」

「まだ言っているのですか、レジー。いい加減になさい」


 アイリスが眉をひそめてツッコミを入れた。つっこまれた男性は肩をすくめる。こちらも『評議会』議員、レジナルドだ。彼は芝居がかったしぐさで両手を広げた。

「私がやるより、姫がやった方が確実でしょう」

「……前から思ってたんだけど。レジナルド、あなた、私に対して恨みでもあるわけ?」

 治療の終わった腕を曲げ伸ばししながら、エリーザが尋ねた。レジナルドはははっと笑ったが、赤みがかったオレンジの瞳は笑っていなかった。

「まさか。あなたには恨みなどありませんよ」

「じゃあ、うちの父? 言っとくけど、私の父は私にとってただの遺伝子提供者だから」

 うわ、ひでぇ。エーリカは思わず心の中でつっこんだ。まあ、宮殿で顧みられなかったという彼女の境遇を考えれば、その言葉は仕方がないものともとれる。

 だが、レジナルドは首を左右に振った。

「違いますよ。それで、やるのですか、やらないのですか」

「レジー」

 たしなめるようにアウラがレジナルドの愛称を呼んだ。だが、レジナルドはエリーザを見つめ(睨んで)いる。エリーザは鼻を鳴らすと立ち上がった。そして、交戦中のグレイスたちに向かって叫ぶ。


「グレイス! リアム! ハオシン! 秀一!」


 エリーザの注意を促す言葉に、彼女の能力をよく知る4人はさっとキースから離れた。まあ、離れたところで効果範囲の広いエリーザの精神感応魔法を避けられるとは思えない。ある程度ねらい撃ちはできるようだけど。



「彼のものは言う。世界は我らの物であり、私に踏み込む隙はないのだと。世界の真理は絶対で、それが覆ることは無いだろう。平和を妨げるものよ。怒りの刃をその身に受けよ。天地の真理に基づいて裁きを受けよ。真実を認め、悔い改めたまえ。母なる大地はあなたの謝罪をその広き心で受け入れる。父なる空はあなたの祈りをその偉大なる心で受け入れるだろう」



 いつも思うが、この文言はどうなのだろう。エーリカは頭をおさえるリアムたちを見ながらぼんやりと思った。赤の帝国の初代皇帝イルメラが書き記したという世界の真理の書、通称『イルメラの書』が元になったこの詠唱。人を洗脳しようと思っているとしか思えない。

 なぜエリーザはこの書の言葉を自分の力として採用したのだろうか。広範囲に影響を広げるとき、彼女は歌を使うが、ピンポイントで狙う時は『イルメラの書』を詠唱することが多いようだ。まあ、ピンポイントで狙えてないけどね。そして、どうやらグレイスには精神攻撃が効かないらしい。一人だけぴんぴんしている。魔術の進路上にいないエーリカですら頭が痛いのに。

 エリーザは口を閉じると、落ちた自分の剣の柄を取り、ブーツをかつかつと言わせてキースに近づいた。

「エリーザ!」

「何をしているの!」

 アウラとアイリスの避難するような声を聞いた。エーリカはただ息を呑んでエリーザの動向を見守る。エリーザは顔をあげて何かを言おうとしたキースの首筋に剣を当てた。ちなみに、キースはグレイスがおさえている。涙目の秀一も一役買っていることをここに記しておこう。


「ファイナル・オーダーよ。ここで死ぬか、私に服従するか、選びなさい」

「……すごい二択だね」


 キリルがつぶやいた。ただ、エリーザの言葉は魔術だ。つまり、拘束力がある。キースは妙に緩んだ表情になる。


「お姫様に殺されるならいいかもしれないな。俺、まだ死んだことないし」


 それは当然だろう。こいつ、本当に大丈夫だろうか。エリーザは顔をしかめると、彼の目の前に剣を突き刺した。


「ファイナル・ジャッジメント! あなたは私の許可なく戦闘を行うな。……あと他に制限した方がいいことってある?」


 エリーザがこちらを……というかアウラたちの方を見て尋ねた。アウラはアイリス、キリル、レジナルドの顔を順に見た。

「……特にないようです。エリーザ、あなたが適当に決めていいですよ」

「じゃあ、あとふたつ。『オーダー』の掟は絶対遵守。それと、アウラの命令には従うこと」

 キィィィン、と脳に直接響くような音がした。エリーザの『精神矯正魔法ジャッジメント・オーダー』。強力なその魔法は、相手の精神をゆがめ、悪ければ廃人にしてしまうという。

 彼女以外に使用者を知らないからわからないが、エリーザのこの魔法は強力だが、同時にかなりの精度でコントロールされていると思う。効果範囲の広いエリーザの精神感応系魔法は、意図せず関係ないものを巻き込む可能性がある。しかし、彼女の場合、多少の被害はあるものの巻き込まれることはほとんどない。


 あなたが思ってるほど、あなたの能力は怖いものではないわ。


 エーリカは剣を鞘に収めるエリーザを見ながら思った。

「一応、魔法契約で拘束したけど、洗脳レベルまで引き上げたわけじゃないから、どこまで効くかわからない。だから、監視はつけておいた方がいいと思う」

「いえ。『オーダー』の規範に従ってくれるのなら、さほど困ったことにはならないと思います」

 アウラが近づいてきたエリーザに答えた。魔法に詳しくないエーリカは、詳細がわからない。エーリカはエリーザに抱き着いた。

「っと。……どうしたの」

 倒れるまいと踏ん張った彼女にギュッと抱き着く。


 これで、自分の心が少しでも伝わればいいと思いながら。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


快楽殺人云々だけではなかったですね。エリーザの魔術もえげつないですね。ちなみに、枠組みとしはエリーザの精神感応魔法は「魔術」ではなく「魔法」に入ります。魔法はその人固有の特殊能力的なものとして私はとらえています。

エリーザの「精神感応魔法」は基本的に、今回出てきた「精神矯正魔法ジャッジメント・オーダー」が中心となります。簡単に言うと、言葉による魔力で相手に言うことを聞かせる力ですね。設定上、軽い洗脳力も含んでいます。彼女は言葉にまで昇華しないと、この力を使うことができません。「歌」では強制力の低い、催眠や人を落ち着ける効果などがあります。『イルメラの書』の詠唱になると、かなり強制力が強まり、相手を錯乱させたり、洗脳したり、頭が痛くなったりします。『イルメラの書』は『聖典』と考えていただければいいと思います。


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