6、『黒の王国』の生活
今回のテーマは話が通じない人のあしらい方です。
アウラ・サフィラス。彼女はラウルス城、通称『黒の王国』の事実上の最高責任者。数えるほどしか生存していないと言われる純血エルフ。正確に数えたことは無いが、実年齢は120歳くらいになる。だが、見た目はせいぜい二十代半ばにしか見えない。
波打つ金髪に優しげな碧眼。聖女のような外見の彼女には、この城の住人の誰もが逆らえない。
そんな彼女は、ここ50年ほど連続してラウルス城の執行機関『評議会』の議員にも選ばれている。ここまで連続して選ばれているのは彼女だけだ。彼女のほかにはリャン・ライシュンという、黄の皇国出身の男性が20年近く『評議会』議員を続けているが、それくらいだ。さすがに半世紀、というのはアウラだけ。そもそも、人間とエルフでは寿命が違う。
人間は、どんなに頑張っても100歳前後までしか生きられない。対して、エルフは300歳近くまで生きることもある。長年、ラウルス城を見てきた長命のアウラが、この城を仕切るようになるのは当然の成り行きと言えるだろう。
だが、最近は考える。もしも、自分がいなくなったとき、この城は大丈夫なのだろうか。内側から崩壊したりしないだろうか。すでに、何度か内側からの反乱がおこっているのだ。アウラがいなくなった後にそんなことが起これば、この城は立ち直れないかもしれない……と思うのは、自意識過剰だろうか。
だが、少なくとも、アウラがこの城にいないときに指揮を取れる人物を確保すべきだと思う。『オーダー』は万年人手不足であり、そう言った人材をみつけるのは難しい。
1人が一個小隊ほどの戦力を持つと言われる『オーダー』の騎士。実際はどうかわからないが、ラウルス城に攻め込まれても、返り討ちにした事例はいくつもある。1人1人が何かしらの異能を持っているからできることだ。
1人1人の戦闘力が高すぎるがゆえに、『オーダー』の協調性はあまりない。だから、アウラのような誰にでも命令できる存在は貴重だ。指揮を執るだけならリアムやグレイスにもできるだろう。イェレミース宮殿の警備の指揮を執っているカールにも可能だ。だが、それだけではだめだと思う。ただ、戦闘指揮を取れるだけでは、不十分。
アウラはあてがわれた執務室でため息をついた。それを見て、秘書官の役割のクラウディアが首をかしげた。
「悩み事? アウラ」
「ええ。少しね」
アウラは微笑んだ。クラウディアは目をしばたたかせた。
「アウラでも悩むようなことがあるのね」
「……ディア。あなた、私をなんだと思っているのですか」
クラウディアは答えずに、黙って紅茶を差し出した。何となく、彼女が言いたいことはわかる。100年近くこの城に君臨するアウラは、この城において賢者にも等しい。解決できないことなどないというだろう。
実際はそんなことは無いのに。アウラに関しては伝説が独り歩きしている気がする。
アウラはクラウディアを見る。さすがに辺境伯なだけあって、場をまとめるのには得意だ。しかし、彼女はいずれいなくなる。赤の帝国の選帝侯を兼ねるクラウゼヴィッツ辺境伯。だから、彼女は赤の帝国に帰っていくだろう。新しい皇帝を選ぶために。
難しい。現在、魔術師部隊の事実上の指揮官であるメアリも、白の王国オリヴィエ公爵の跡取りだ。継母と折り合いが悪いという話だが、彼女が爵位を継いでしまえばそんな問題はなくなる。普通、爵位を継いだ子どもと親は同居しないからだ。何を言いたいかというと、メアリもそのうち出ていくだろうということ。
ラウルス城には、絶対に出ていかない、と言える人がいない。みんな、いつかこの城を出ていくかもしれない可能性を秘めている。
「……後継者を、養成すべきでしょうか……」
「は? 後継者?」
思わず口に出た。クラウディアが怪訝な表情になる。アウラは苦笑気味に言った。
「もし、私がこの城からいなくなったら、だれが管理するのかと思ったのですよ」
「あー。確かに」
クラウディアも問題に気づいたらしく、うなずいた。彼女も上に立つ立場なので、どこか共感するところがあったのかもしれない。各国からの報告書をまとめながら彼女は言う。
「『評議会』議員はどう? カールさんとか」
「カールでは役不足でしょう。なんと言いますか、将軍は務まるけど、王にはなれない……意味が分かります?」
「何となくわかるわ。一部の人を率いることはできるけど、大勢をまとめることはできないってことよね」
クラウディアのたとえも正直微妙だと思ったが、ほかにうまい言い方も見つからなかったので、アウラはうなずいた。
アウラに大勢の人間をまとめるカリスマのようなものがあるかといわれればうなずけないが、少なくとも、彼女の年の功が物を言っている。だから、彼女がいる間はラウルス城は安泰だ。
「確かに、アウラにいつまでも頼ってるわけには行かないものね。って言っても、私はそう遠くないうちに『黒の王国』を出ていくことになるんでしょうけど……」
そう言ってクラウディアは首をかしげた。皇帝が変わるとき、彼女はこの城を出ていくだろう。すでに老齢に差し掛かっている赤の帝国の皇帝は、おそらく、20年以内には亡くなってしまうだろう。人間の一生は短いから。
「……うん。私も思いつかないわ。リアムくらいかな」
どうやら、クラウディアもアウラと同じ結論に至ったらしい。アウラも、リアムになら任せられるかな、と思った。まあ、それでも補佐的な役割の人は必要になるだろう。アウラが悩むことではないと言えばそこまでだが、気になるものは仕方がない。それくらい、アウラはラウルス城に愛着があるということだ。
「……やはり、誰かを教育するしかなさそうですね……」
アウラがため息をついたとき、ノックがあった。
「すみません。キリルです。入っていい?」
「どうぞ」
アウラがうなずくと、クラウディアが扉に向かってそう言った。「失礼します」と丁寧なあいさつをしながらキリルが入ってきた。何かあったのだろうか。いつも穏やかな表情の彼が、少し困ったような様子を見せる。
「どうしたのですか?」
「うーん……」
アウラが尋ねると、キリルは複雑そうな表情になった。
「……実は、メアリが湖に落ちて」
「は?」
アウラとクラウディアが同時に口を開けた。そして、二人で眼を見合わせる。
ラウルス城の門前には、巨大な湖がある。3月も後半のこの時期になると、凍っていた湖もだいぶ溶けてくるから、湖に落ちた、というのは不自然ではない。そう。落ちたのがメアリでなければ。
「どういう状況でメアリが湖に落ちるの?」
クラウディアが不思議そうに尋ねると、キリルは「俺も最初から見てたわけじゃないんだけど」と前置きして話しはじめた。
いわく、メアリが湖の近くで口論する少女たちを見つけたらしい。明らかに言いがかりをつけられていた一方の少女を、メアリがかばった。そこから言いがかりをつけた少女とメアリが口論になり、最終的にメアリが湖に突き落とされた。
「……まあ、メアリは『オーダー』の騎士だから、むやみに住人に手を出せないけど……」
クラウディアが少し顔をしかめて言った。『オーダー』の規範に、騎士は意味もなく住人を傷つけてはならない、というものがある。この規範は解釈の範囲が広く、メアリが言いがかりをつけた少女を拘束するなりすれば、この規範に抵触する恐れがある。そのため、メアリは抵抗せずに湖に落ちたのだろう。
「……その少女から事情を聞きます。その子はだれかわかりますか?」
「あ、名前はわからないんだけど、ダニエルが捕まえてくれてるから」
「わかりました。ディア。しばらくここを預けていいですか? すぐに戻ってきます」
「わかったわ。大丈夫よ」
クラウディアがうなずいたのを見てから、アウラは立ち上がってキリルに続いて執務室を出た。今日も、ラウルス城の中は混とんとしている。
「そう言えば、大丈夫だと思いますが、メアリは大丈夫ですか?」
思い出したように尋ねると、キリルは「今更だね」と苦笑する。
「大丈夫だよ。水が冷たかったけど、メアリも大概丈夫だからね。シャンランたちが保護して一緒にいるはず」
「それなら大丈夫ですね」
誰かと一緒にいるなら、もし何かあっても、その人が知らせてくれるだろう。しっかり者のシャンランなら問題ない。とりあえずメアリのことは忘れることにして、アウラはメアリを突き飛ばしたという少女の元に急いだ。
「ああ、アウラ」
ちょうどその少女がいるという部屋の中から、天使の美貌のグレイスが現れた。家族のことが関わらなければ、大概のことは笑って受け流せるグレイスが、珍しく困惑した表情だ。
「グレイス。中の少女はどんな様子ですか?」
「話が通じない」
グレイスはただ一言、しかし、重要なことだけを言ってのけた。話が通じない……厄介な相手になりそうだ。
「わかりました。こちらはわたくしが何とかするので、グレイスはローレルたちの所に戻っていいですよ」
「ごめん。ありがと」
ほっとした様子のグレイスを、子どもたちの元に戻す。子どもは母親の愛情を知って育つべきだ。10代前半で両親を亡くしたグレイスは、アウラのこの意見に全面的に賛成している。
グレイスを見送ったあと、城の住人に言いがかりをつけ、メアリを湖に突き落とし、グレイスに話が通じないと言わしめた少女に対面する。
そこは談話室として使われている部屋のひとつだった。魔法の火の入った暖炉の前のソファに、少女が腰かけている。向かい側にはダニエルが、やはり困惑した様子で座っていた。そして、彼もアウラを見てほっとした表情になる。
「ああ、アウラ。どうぞ」
にっこり笑って自分が座っていた少女の向かい側の席を勧めてくるダニエルは、十分腹黒い。アウラは彼が生まれた時から見ているが、どうしてこんな子に育ってしまったのだろうか。いや、強かな分には構わないのだが。
アウラが素直にソファに座ると、ダニエルとキリルは並んで少し離れたソファに座ってこちらを眺めた。アウラは少女を見る。
きれいな栗毛を肩にたらし、猫目は明るい紫。ほっそりとした輪郭で、なかなか顔立ちが整っている。貴族ではないかもしれないが、金持ちの家に育ったのだと思う。なぜなら彼女からは『お嬢様』という雰囲気が醸し出されていた。
「こんにちは。わたくしはアウラ・サフィラス。『評議会』議員です。あなたのお名前をお聞きしてもよろしいかしら?」
「……マーユよ」
マーユ。空の公国レギンレイヴ系の名前だ。彼の国から逃げてきたのだろうか。空の公国は翠の王国と接しているから、ありえなくはない。ちなみに、空の公国の方が北にある。
「では、マーユ。どうしてこの城の住人である少女と言い争いになったのか教えていただけますか?」
できるだけ穏やかに話しかけたが、マーユはむっとした表情になった。
「あたしだってこの城の住人だわ」
…………………。思わず、アウラは沈黙した。しょっぱなから話が通じていない?
「ええ。わかっています。わたくしはこの城の住人に対して責任があるのです。問題があったのなら、速やかに対処しなければなりません」
とは言ってみたものの、アウラがこれくらいのいさかいで出動することはめったにない。たいてい、笑って受け流せるグレイスや、仲裁がうまいリアム、厳正なる判断ができるクラウディアたちに任せている。キリルもこういった問題の対処にはなれているから、彼がアウラを呼びに行く、という判断をしたということは、このマーユがよっぽど話が通じないということになる。
アウラの言葉に、マーユはむっとした表情になった。
「問題なら大ありよ! ここの教育、どうなってんの!? あたしのビリエルを籠絡しようとするなんて!」
「……はい?」
アウラは思わず素で言ってしまった。マーユは不機嫌そうな顔でアウラを睨む。
「あの女! あたしの恋人をたぶらかそうとしたの! だから文句を言ってやったら、女魔術師が割り込んできたのよ!」
見かねて、女魔術師が仲裁に入ったのだろう。メアリも仲裁は割と得意な方だが、今回は相手が悪かった。後で、メアリからも事情聴収をしよう。
とりあえず、目先の問題としてマーユだ。おそらく、彼女の中で恋人がたぶらかされたというのは決定事項となっているだろう。それを無理やり説得するのではなく、穏便に片づけたい。アウラは少し考えると、口を開いた。
「でも、未遂だったのでしょう。あなたの恋人は誘惑されませんでした。途中から入ってきたメアリは、どちらが悪いかなんてわからなかったでしょう」
遠回しに、誘惑されたとしても、マーユの恋人はそれになびかないくらいマーユを愛している。途中からやってきたメアリは、どちらがどんな立場かなんてわからなかったから、相手の少女の方をかばってしまったのだ、と言った。しかし、マーユは納得しない。
「当然でしょ! あたしのビリエルなんだから、あたし以外に目を向けるはずがないのよ! 問題はまたこんなことが起きないかっていことよ!」
さっきから言っていた教育云々という話はこれか。むしろ、マーユがおとなしくしていれば問題ない気がするのだが。
「それに関しては、ここには多くの人間がいますので、教育を徹底することは難しいですわね」
「何よ! あんたたち、あたしらを保護するためにいるんじゃないの!? じゃあ、あたしを護りなさいよ」
何から? とあえて聞かない。アウラは憤然と立ち上がったマーユを見上げ、あくまでも穏やかに言った。
「わたくしたちは皆、世間からはじき出されたものです。ここではだれもがお互いを尊重し、助け合いながら生きていく場なのです。『オーダー』が住人を保護しているわけでも、教育しているわけでもありません」
『オーダー』はあくまでも軍事組織。ラウルス城はその『オーダー』の本部であり、集まってきた住人は、それぞれ役割分担を決め、周囲の人と助け合いながら生きている。マーユのように保護されて当たり前、という考えの人はいない。この城に住むことになった時に、『評議会』議員の誰かがそう説明するからだ。
マーユは顔を赤くして震えた。
「何よ……っ。そんなの、依怙贔屓だわ!」
だから、理由を説明してほしい。主語がない、主語が。さしものアウラも、相手をするのが疲れてきた。少し離れたところにいるダニエルとキリルからの冷たい視線に、彼女は気づかないのだろうか。
「ひいきなどしておりませんよ。……ああ。もしも優遇してほしいのでしたら、『オーダー』に所属することをお勧めします」
アウラにしては珍しく、嫌味のようなことを言う。マーユは顔を真っ赤にして「無理に決まってるでしょ!」と叫んだ。そこらへんの身はわきまえているようだ。
ぷっと背後で噴き出す声が聞こえた。おそらく、ダニエルだろう。笑われたマーユはぷいっと顔をそむけ、それ以上話をしようとしなかった。アウラは早々に事情聴収を終えることにする。マーユの相手に疲れてきたのもある。
「では、これで終わりますね。まだ何か話したいことがあれば、わたくしの執務室に来て下さい。たいてい、そこにいますから。それと、また何か騒動を起こすようなことがあれば、処遇を考えさせていただきます。――――ええ。あなたがこの城のただの住人で、あなたが被害者であっても、です。よろしいですね?」
非難がましくアウラを睨んできたマーユにそう言い置き、アウラは立ち上がって有無を言わせぬ口調でそう言った。
「しばらくこの部屋にいても構いませんが、もう聞きたいことは聞きましたので、自分の部屋に戻っていただいても結構ですよ」
アウラは、自分の笑みが引きつっているだろうなと感じでいた。
――*+○+*――
「ふぇっくしっ!」
鼻がムズムズして、メアリは抑えたくしゃみをした。それを見て、10代後半ほどに見える少女が心配そうに言う。
「大丈夫ですか? 寒いですか?」
「んーいや。鼻がムズムズしただけ」
そう言うと、少女はほっとしたような表情を浮かべた。その様子を見ていたシャンランが苦笑する。
「大丈夫ですよ、カリーヌ。メアリはそんなに柔じゃありませんから」
「でも、あたしのせいだし……」
しょんぼりした少女の肩をシャンランがたたいた時、部屋にノックがあった。メアリが「どうぞー」と少々間延びした調子で言う。
「失礼しますね。少し話を聞かせてください。メアリ、湖に落ちたそうですが、大丈夫ですか?」
「平気」
アウラは「それはよかったわ」とほほ笑む。彼女の後ろにはダニエルとキリルがくっついてきていた。
「こんな格好で悪いわね。念のためなんだけど」
と、タオルにくるまった形のメアリ。服は着替えたし、髪もできるだけ乾かしたのだが、心配したカリーヌがせめてこれだけでも! と差し出されたタオルだ。断るのも悪い気がして受け取ったメアリは、十分お人よしである。
「先ほど、マーユから話を聞いてきました」
「ああ……話通じた?」
「いいえ」
向かい側に腰かけたアウラに尋ねると、案の定、首を左右に振られた。予想通り過ぎてもうため息も出ない。
「以前から素行が悪いなー、と思って、ちょっと見てたのよ。そしたら、いきなりカリーヌに突っかかるしさぁ」
と、メアリはカリーヌを掌で示す。注目を浴びたカリーヌは少し頬を染めた。
青の王国出身の彼女は、癖のある栗毛に鮮やかな青い瞳の少女だ。赤みがかった栗毛は彼女のコンプレックスらしいが、薄く残るそばかすも含めて、彼女の魅力だと思う。
「そうなのですか……マーユはカリーヌが自分の恋人を誘惑した、と言っていましたが」
アウラがカリーヌの方を見る。カリーヌは頬を赤らめて、とつとつと話しはじめた。
「あの、ビリエル……あ、マーユの恋人ですけど、マーユと外に散歩に出てたみたいなんですけど、マーユと途中ではぐれてしまったみたいで。ちょうど子供たちを連れて外に出てきたあたしに、『マーユを知らないか』って訪ねてきて。そこに、タイミングよく……ないけど、マーユが戻ってきたんです」
「で、『恋人を誘惑』につながるわけですね……」
アウラがさすがにうんざりしたように言った。カリーヌの言葉を信じるなら、完全にマーユの早とちりだ。というか彼女、思い込みが激しすぎるんじゃないか?
「んで。子どもを連れていたカリーヌの方が被害者だと私は判断したわけ。実際、マーユとカリーヌだったら、どう考えてもマーユの方が加害者でしょ。カリーヌ、ちょっと引っ込み思案だし」
あけすけなメアリの言葉に、カリーヌはもじもじとして顔を伏せた。悪意がないのがわかるからか、だれにもツッコミを入れられなかった。
「それで、メアリはどうして外に出たんですか?」
「ふと見たら、ビリエルとカリーヌが話しをしてたもの。これはやばいと思ったわね。マーユはビリエルが自分以外の女と話すのが気に食わないみたいだから」
女の嫉妬は怖いねぇ、とメアリはうそぶく。途中で遭遇したシャンランを連れ、仲裁に入った。
「それで仲裁に入ったはいいんだけど、話しが通じなくてさー。『あんたもあたしのビリエルをたぶらかそうとしているのね!?』とか言われて湖に突き落とされちゃったというわけよ」
「そこに、森の見回りから帰ってきたダニエルとキリルがやってきて、メアリを引き上げてくれたんです」
シャンランが簡単に補足する。さすがに、冬の終わりとはいえ湖の水は冷たかった。大金を積まれてももうやりたいとは思わない。
「抵抗しなかったのですか? あなたなら落ちずともすんだでしょう」
アウラが鋭いツッコミを入れた。メアリは「んー」と苦笑する。
「だって、あそこで私が湖に落ちなかったら、マーユの溜飲が下がらなくてもっとややこしいことになっていたと思うわ。それこそ、収拾がつかなくなっていたかも。それに、仮に抵抗してマーユに怪我をさせたら、『規範』に抵触する可能性もあったから、なら、落ちたほうがいいかなーって。……もうやりたくないけどね」
マーユはいらだちまぎれにメアリを湖に突き落とした。湖のほとりで話をしていたメアリたちも悪いと思うが、あそこで突き飛ばされるとは思わなかったのだ。
メアリは魔術師だ。とっさに自分の身をかばって湖に落ちない方法もあった。しかし、それではマーユが余計に逆上しただろう。それはよくないと思った。マーユはこの城のトラブルメーカー、グレイスを絶句させるほど話が通じないのだから。恋は盲目とはちょっと違う気がする。恋の盲目はヴィルヘルムのようなものを指すのだ。
とっさにしては冷静な判断を下したメアリに、アウラの心からの笑みを向けられる。
「かなりベストに近い判断です。あなたたちに非はありません。湖のほとりで話をしていたことくらいでしょうかね」
うん。それは反省しています。
「そう言えば、子どもたちはどうしましたか?」
アウラが思い出したように尋ねた。ああ、とシャンランがうなずく。
「騒ぎを聞きつけてきたエーリカとグレイスに預けました」
「なら大丈夫ですね」
いつの間にか子供たちが消えていたのはそう言う仕組みだったのか、とメアリはここにきてやっと納得した。
「カリーヌには申し訳ないのですが、マーユはこの城のただの住人ですから、処罰は加えられません。せいぜい保護観察ですね」
「そんなっ。処罰なんて、もう終わったことなので言いです。メアリも無事だったしっ」
ああ、いい子だなぁ。メアリはアウラの言葉にあわてるカリーヌを見てジーンとした。ラウルス城にはあまりいないタイプだ。青の王国で続く内乱で国を出ざるを得なかっただろう彼女は、初心を忘れずに暮らしているらしい。マーユとは大違いだ。
「と、言っても、マーユはこれまでも監視してたけど、行動が改まる気配がないのよね」
メアリはしみじみといったふうに言った。「え」とシャンラン。
「ほかにも迷惑行動起こしてるの?」
「そうよ。『オーダー』の騎士にはあんまり突っかからないからね」
「おおっ。確信犯だよ!」
これはダニエルだ。
「前、ダニエルを熱い視線で見つめてたよ」
と教えてやれば、ダニエルは何とも言えない表情で黙り込んだ。気持ちはわかる。恋人じゃないものを誘惑して言うのはビリエルではなくマーユの方である。ビリエルはマーユの尻に敷かれている感じで、直球に言えば『ヘタレ』である。
アウラがマーユの問題行動を知って嘆息した。彼女の気苦労が増えるから、気づいたものたちだけで何とかしようと思ったのだが、思いがけず騒ぎが大きく成ってしまった。
「……仕方がありませんね。これ以上、何か問題を起こすようでしたら、城から追放するか、エリーザに精神矯正魔法をかけてもらいましょう」
ラウルス城追放は、めったにない厳罰だ。これまで、なかったわけではないが、ほとんどない。よっぽど問題を起こさない限りは追放しない。ラウルス城は世界に生きる者にとって最後の避難所だからだ。そこでもなじめなかったものが追放されることになる。
「むしろ、修道院とかに入れたほうがいいのでは? というか、精神矯正魔法とは?」
シャンランが尋ねた。魔術師のメアリがその疑問に答える。
「修道院があの子を受け取ってくれるか疑問だわ。むしろ、この城になじめなかったら、修道女になれないでしょうね」
「ああ……そうかもしれませんね。それで、精神矯正魔法って?」
「エリーザの精神感応魔法のバリエーションの一つよ」
問題は、彼の魔法が効きすぎると廃人になることだ。彼女はこの力を嫌っているから、あまりつっこまないで上げてほしい。
かくして―――『マーユ・ショック』は終わりを告げた。マーユは相変わらず言いがかりをつけるなど、思い込みが激しかったが、城を追放されることは無かった。みんな「はいはい」と受け流す高度スキルを手に入れたからだ。
とりあえず、精神矯正魔法が日の目を見ることは無かったということだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
話が通じないっていうか、思い込みが激しいって感じでしたね……。こういった日常ほのぼの系は書きやすくていいです。
キャラの名前を付けるときは、ちゃんとヨーロッパ系の名前は調べてつけています。名前に漢字が入っていると、かなり適当になります。名前だけでてきたリャン・ライシュンは漢字で梁来順と書きます。
アウラの名前はラテン語からとられてるんですけどね。不自然じゃない響きを選んだつもりです。アウラって名前の人、実際にいるんでしょうか。




