7 ふたりの帰り道
一日が過ぎるのは、とても早い。
だけど、一日分の疲労って、ものすごいおっきい。
あたしは帰りの電車に乗ったとたん、眠りに落ちてしまった。
だから水島が、ヒナが、どんな話をしていたのか知らない。
菅谷が、斐川が、のんちゃんが、どんな話をしていたのか知らない。
「…リナ、着いたよ」
「……ん……うーん…」
ヒナがそっと起こしてくれて、だけどまだ眠くて、でもあわてて起きて、発車時間ぎりぎりで電車から降りた。
「じゃあね。ばいばい!」
「うん、またねー!」
短く挨拶を交わして、あたし達は別れた。
あたしつい、はずみで言っちゃったけど、ヒナは、自分から話さなかった。
フランスに引っ越すことになったこと。
みんなに会うの、難しくなること。
昨日の夜中、あたしに話したヒナの声は、消えそうなぐらい小さくて、震えていた。
けど今日、ヒナはみんなに、
「またね」と笑って手を振った。
まるで、また明日会えるかのように。
ヒナはしんみり
「元気でね」とか、
「あっちでも頑張ってね」とか、
言って欲しくなかったんだと思う。
そして菅谷も、のんちゃんも、斐川も、水島も、
それをわかっていたんだと思う。
せっかく遊ぶんだから、最後まで楽しく、明るく。
周りの雰囲気を明るくする力のあるヒナらしい考え方だと思う。
駅から家までの帰り道、ヒナと二人でゆっくり歩く。
………。
なんか、なんでだろう。言葉が見つからない。
先に口を開いたのは、あたしじゃなくてヒナのほうだった。
「…リナ」
「ん?」
「…ありがと」
「うん。…ちゃんと付き合うことにした?」
「あ、うーん…そういうことにはならないと思う」
「へ!?」
予想外すぎる答えに、あたしは大声を出してしまった。
目をひんむいてヒナを見ると、ヒナはちょっと困ったように首をかしげて言った。
「だって、そういう話にはならなかったし…」
………。
ワケがわからない。
「え、よくわかんない」
あたしから出てきたのは予想外に低い声だった。
「好き同士なのに付き合わないの?」
ヒナはあたしの顔をちょっとの間見て、
あのね、と言ってから観覧車の中での出来事を話してくれた。
なんか、小学校のときから好きだったみたいな話になって、
そっかぁ両思いだったんだねみたいな話をして、そこから先は、ずっとリナの話ばっかりだったよ。
水島、一日中ずーっとリナのこと心配してたみたいだよ。
なんか、「あいつバカなくせに気だけは使いまくるんだよなー」とかって。
だから何かね、水島ってリナのことほんとに好きなんだなーって思ったんだぁ。
あとね、好きだけど、なんかうちら二人だけ付き合うとか、そういうの違う気がするの。
なんか、リナと、水島と、あたしの3人で、
本当の親友みたいになれたらすごくいいだろうなって話してたの。
…ってことを、ヒナは
「うまく言えないんだけど…」とか言いながらあたしに話してくれた。
なんか、よくわかんない。
あたしがめそめそ泣いてる間、ヒナたちはあたしの話で盛り上がってたってコト?
「じゃさ、観覧車の頂上あたりではどんなこと話してたの?」
「え、頂上?」
ヒナはちょっとびっくりした顔をして、しばらく考え込んで、ああ、と声を上げた。
「あたしが、『あたしがリナの立場でも今日のリナとおんなじことすると思う』って言ったら、
水島が『そーだな、そーだろーなー』みたいなこと言って笑ってた時だと思う」
…ああ。
あたしは、ずっと水島とヒナのふたりが、
ふたりが付き合うことになればいいって思ってたけど。
そのためなら、自分が辛くなったりしても、別にかまわないって思ってたけど。
だから、自分の気持ちを押し殺してもみたけれど。
結局は、そんなことは、意味がなかったのかもしれない。
あたしが、ヒナのことをすごく大切だと思ってたように。
あたしが、水島のことをすごく大切だと思ってたように。
もしかしたら二人も、あたしが思ってるよりずっと、あたしのことを大切だと思ってくれてたのかもしれない。
「親友かぁ。…なれるかな?」
「うーん。リナ次第かな」
「あたし?」
…あたし、次第。
ヒナの言いたいことがわかるような、わかんないようなもやもやした感じ。
多分、よくわかんないんだと思う。
あたしがずっと黙ってると、ヒナがふんわり微笑んで、言った。
「…あたし、多分水島よりもリナの方が好きなんだろうね。
うちらの関係だけ見ればリナのおかげで水島とあたしが両想いみたいになれたけど、
だからってそれでリナが少しでも辛くなるならあたしは水島の彼女っていうポジションはいらない」
ヒナの横顔は本当に晴れやかで。
あたしに対する同情とか、そんなんじゃなくて本心でしゃべってくれてる。
「3人で親友になれたら、本当に嬉しいけど、そうじゃなくて、水島の気持ちが変わったりとか、リナが頑張ったりとかして水島と付き合うことになっても、あたしすごく嬉しいと思う」