6 涙
ここの観覧車は、めちゃくちゃでっかい。
そして、そのでっかさはここの遊園地を有名にしてる。
最後に乗るのは、やっぱ観覧車っしょ。
…と思ってたんだけど、かなり並んでる…。
みんなジェットコースターとかに行きなよ!!
とかって怒ったってムダで。
やっぱ考えることは、みんな同じなのかなぁ。
「4人乗りですので、申し訳ありませんが分かれていただけますか?」
案の定、係員さんにはそう言われてしまって。
「んじゃあ二人組でじゃんけんして、勝ち負けで分かれよーぜぇ」
のんきな斐川の提案にみんなで賛成して。
じゃんけんの結果。
水島、ヒナ、あたしの三人。
菅谷、のんちゃん、斐川の三人。
で、分かれることになった。
「うー…おれ観覧車あんま好きじゃねーんだよな」
「あは、菅谷高いとこ怖いもんね」
なんだか冴えない顔色で誰にともなくつぶやいた、菅谷の言葉にのんちゃんが笑いながら茶々を入れると、菅谷はぎろっとのんちゃんを睨んだ。
「怖いんじゃねーよ、嫌いなの!なんかあの、ジリジリ高くなってくとこがヤダ」
「やっぱり怖いんじゃーん」
「うるせっ!」
ちょっとだけ赤くなってぷいっとそっぽを向いてしまった菅谷。
もう、ガキんちょなんだから。
「そんなんだからりょーたは振られるんだよ」
「えっ!?」
ぺろっと口に出した、何気ない水島の一言にあたしとヒナとのんちゃんは同時に反応した。
「何?菅谷誰かに告ったの?」
「うん、しかもヘタレだったから俺らがけしかけた」
「…!アツ〜!!」
「うげっ……くるしー、くるしー…りょーた、くるしー」
またもやぺろっと簡単に菅谷のプライバシーを暴露する斐川を、菅谷が押さえつける。
うわ、顔ちょー真っ赤。
でもいくら菅谷の顔が真っ赤になったからって、聞かないでおいてあげる…なんてことはしない。する、わけがない。
「誰?誰?ねえ、誰?」
「うるせー!知らねーよ!」
真っ赤なままごまかそうとする菅谷。
…でも、菅谷に味方はいない。水島と斐川もにやにやしながら菅谷を見てる。
「ま、でも仕方ねーよ。大人の女はヘタレの中坊なんか相手にしねー」
「拓っ!!おまっ、ふざけんなよ!!」
斐川の頭を押さえながら今度は水島に向かって吠える忙しい菅谷。
それに対して
「何だよ、もう時効じゃん」かなんか言いながら涼しい顔の水島。
その横で、のんちゃんがぽそっと呟いた。
「大人…?年上かぁ…つぐちゃんだったりしてね」
「つぐちゃん??」
きょとん、っていう顔でヒナがのんちゃんを見る。
「そーだ、神矢はわかんねーよな。実習生の先生だよ、秋名つぐみってゆーんだ。こないだまでいた」
斐川がヒナにつぐちゃんの説明をしてあげると、ヒナは思いっきりびっくりして、大声を出した。
「えっ、菅谷ってば先生のこと好きになっちゃったの!?」
「…………」
ヒナの一言がトドメになったのか、菅谷は真っ赤になって固まってしまった。
「…りょーた、耳赤ぇなー」
「ほんっと、りょーたって、イジられキャラだよなー」
のんきな水島と斐川の言葉を背景に、のんちゃんとあたしの攻撃は続いた。
「…マジで?マジで!?つぐちゃんなワケ!?だからつぐちゃんがいなくなってからあんな元気なかったの?ねぇっ、菅谷!!」
「いつ言ったの?どこで言ったの?何て言ったの?何て言われたの?ねぇねぇ、菅谷っ!!」
「…うるせーーー!!」
そんなことをしゃべって笑ってる間にも、どんどん順番が回ってきた。観覧車は意外と回転率がいいみたい。
「さっ、どうぞ!」
係員さんがドアを開けてくれる。
水島が長い足を伸ばして乗ったのが見えた。
ヒナが乗って、あたしのためにスペースを空けてくれてるのが見えた。
…………
「あっ、いいです閉めてください!」
「はーい」
ドアを閉める係員さん。
えっ?って顔をする水島と、ヒナが見えた。
…あれっ?
気づいたら、あたしは誰もいないゴンドラの中にいた。
「アヤセ、どした?」
「リナ?」
斐川が乗って、のんちゃんが乗って、菅谷が乗ってきた。
向こうのゴンドラには水島とヒナが二人きり。
こっちのゴンドラにはその他4人。
ここの観覧車は乗ってから降りるまでの時間がかなり長い。
…あ、「閉めてください!」って言ったのはあたしだ。
で、次のやつに勝手に乗り込んじゃったんだ。
あたしは二人に、本当に二人っきりになれる時間をあげたんだ。
ここまで考えて、やっと自分が何をしたのかが理解できた。
そして、立ったままだっていうことに気づいた。
「危ないからとりあえず座れよ」
菅谷があたしの背中に手を置いて、座るように促してくれた。
すとん、と座ると、一気に体の力が抜けた。
みんなが心配そうな目であたしの事を見てる。
…あたし、心配されてる。
あたしなんかのこと、みんな心配してくれてる。
話せる。
素直に、そう思えた。
「あのね…あたし、ずっと水島のこと好きで…
水島はずっとヒナが好きで…ヒナもずっと水島のこと好きで…
だから、あたし、水島もヒナもお互い言えずにいたの知ってて…」
あ、あ、しゃべりすぎ、あたし。
何言ってんだろ。
「でも、今度ヒナ引っ越すから…今度、フランスだから…
なかなか会えなくなるから…だから……」
「…そっかぁ…だから今日のお前なんかつらそーだったんだな」
「うん、ね。みんなで話してたんだよね。リナ、なんか変じゃない?って」
斐川とのんちゃんがあたしを見る。
…気づかれるもんかとか思ってたけど、ぜんぜんお見通しだったみたい。
それなのに、何も言わないでみんなを楽しくしてくれてありがとう。
「でも、アヤセはいいのか?」
隣で菅谷が小さい声で、言いにくそうに口を開く。
…菅谷、今日一日ずっと協力してもらっちゃった。
せっかくの遊園地なのに、余計なこと考えさせちゃってごめん。
何も言ってないのに、あたしの考えてることわかってくれてありがとう。
もうすぐ頂上。
外は、ため息が出るぐらい、優しい金色。
ずっと遠くで、太陽と雲とが混ざり合っている。
ふと見ると、向こうのゴンドラに、
ヒナの、少しうつむいた後姿と、
照れながら、それでも、すごくうれしそうに笑う、水島が見えた。
「…うん。いいの」
なんか、抜けてた力がさらに抜けた感じがして。
視界がぼやけて、一気に涙があふれだした。
「…あ、ごめん」
「…リナぁ…」
あわてて涙を拭こうとすると、のんちゃんがぎゅーってしてくれた。
「お前、バカだなぁ。バカはいろいろと損するんだぞ」
斐川が、ぜんぜんバカにしてないってすぐわかる声で、ティッシュを渡してくれた。
「…よくがんばったな」
菅谷が、今までで聞いたこともないようなやさしい声で、頭をくしゃって、してくれた。
…みんな…。
なんかもう悲しいんだかうれしいんだかわけわかんなくなって、だけどとにかく涙は流れ続けた。
そういえば、ずっとあたし、
泣きたかった気がする。
のんちゃんの肩があたしの涙でどんどん濡れてくのに、
それでも力を緩めずに抱きしめてくれてるのんちゃんがすごくあったかくて。
なんかどんどん涙が流れるからティッシュじゃ全然足りなくて、
すぐに自分のタオルを出して貸してくれた斐川がすごくあったかくて。
泣きすぎてうまく息とかできなくなってるあたしを落ち着かせようとして、
おっきな手で頭とか、背中とか、ずっとなでてくれる菅谷がすごくあったかくて。
ゴンドラから見える風景はあんまり見てなかったけど、
きっと、涙が出るくらいきれいだったんだと思う。
ふと、ヒナの絵を思い出した。
ぼろぼろのスパイクの周りを飛び交う、黄色い蝶と白い蝶。
そういえばあの絵に描かれていた空も、こんな感じの優しい夕焼けだった。
…黄色い蝶は、スパイクにとまれたかなぁ?