3 スパイクと蝶
ずっとずっと昔、ヒナとこんな会話をした覚えがある。
『…ヒナってさぁ、色で言ったら黄色って感じがするね』
『え?何、いきなり』
『だってさ、ヒナがいると周りがぱぁーって明るくなるじゃん、そういう雰囲気うらやましい』
『えー?そんなことないよぉ。そういうんだったら、リナは白だね』
『白!?あたしが?』
『うん。白って、どんな色にも似合うじゃん。誰とでも仲良くなれるリナにぴったり』
『えー?えへへ、そうかなぁ』
『うん、そーだよぉ』
このときから、それまでは味気ないとしか思っていなかった『白』が、大好きになった。
だって、絵の天才のヒナから言われたんだから。
ヒナは、ちっちゃいころから絵を習ってて、いろんな賞をもらったりもしてた。
引っ越してもヒナは絵を続けていて、部活もやっぱり美術部だった。
「絵、好きだね」って、言ったら、
「うん。…あたし、話すのも苦手だし、絵でしかいろいろ伝えられないんだ」って、言ってた。
きれい、とかじゃない。
ヒナの絵は、…美しい。
美術のコトなんかぜんぜんわかんないあたしでも、ヒナの絵を見ると、
胸がぎゅうってなったり、全身が絵の中に吸い込まれたみたいになったり、する。
それに対してあたしは、何でもやりたがるくせに、すぐ飽きる。
熱しやすく冷めやすいっていうのは、あたしのことだ。
だから、ヒナみたいに打ち込めるものがあることに、あたしは憧れてた。
今日は金曜日。
ヒナが着くのは明日なのに、あたしは学校からとんで帰ってきて、片付けた部屋の最終チェックなんかをしていた。
「リナ、見て見て!ヒナちゃんの絵が絵ハガキになってるよ」
部活から帰ってくるなりそう言いながら、弟の信治が一枚の絵ハガキをあたしに持ってきた。
「まじで!?超すごいじゃん!見せて見せて」
「えー…ただじゃ見せらんねー」
信治…シンって呼んでるんだけど、シンは手を出したあたしの目の前でさっと絵ハガキを隠した。
中1のくせして美術部に彼女がいるシンは、なんかのコンクールとかで賞をとり、
さらに絵ハガキにまでなったヒナの絵を、その子に頼み込んでもらってきたらしい。
「1000円で見せてやるよ」
「ちょっと、バカじゃないの!?そんなコト言ってないで早く見せなさいよっ」
意味もなくもったいぶるシンからハガキを奪い取り、目を通した瞬間、
あたしは言葉を失った。
小さな絵ハガキになっても、すぐわかってしまう細やかなタッチ。
ヒナの性格がよく現れているタッチで、描かれていたものは。
きれいな夕焼けの下に、色とりどりの花畑。
その中に無造作に置かれた、ボロボロの陸上用スパイク。
その周りを飛び交う、二匹の蝶。
一匹は黄色、そしてもう一匹は白。
あたしにはこの絵が何を表しているか、すぐわかった。
3年生が部活を引退したとき、水島のスパイクは誰のものよりもボロボロだった。
あんなボロボロのでよく走れたねって言ったら、なんだか照れくさそうに笑ってた。
ずっと前電話でヒナと話したときに、何とはなしに水島のその話をしたら、
『へぇー。そうそう、水島って、意外とまじめなところもあるんだよね』
って言ってた。
あのときのヒナは、きっと、すごく穏やかに微笑んでいたんだろう。って、思う。
…ヒナ、気づいてたんだ。
あたしがヒナの気持ちに気づいてたように、ヒナもあたしの気持ちに。
…明日は土曜日。ヒナが家にやってくる。