1 あたしたち
「先生と僕」と、登場人物がリンクしています。もしよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです(^^)
午後の、いちばん眠たいこの時間。
あたしの、いちばん嫌いなこの先生。
国語自体は嫌いじゃないけど、先生が、もう最悪で。
頑張ろうとしたって意識は違うところに飛んでっちゃう。
”水島理奈”
……ミズシマ、リナ……うーん、しっくりくるようなこないような、何かちょこっと違和感がある気がする。
”水島日向子”
……ミズシマ、ヒナコ……うん。これはかわいい名前。あたしは好きだな。
「はぁ…」
思わずため息をつく。…と、そこでやっと隣からあせった声がするのに気づいた。
「アヤセっ、おいアヤセ!」
「なによぅ」
「なによぅじゃねーよ!前、前!」
なによぅ。
きっとこのときのあたしはワケがわかんなくて、変な顔をしてたと思う。
…だけど、前にいる谷中先生は怒りのあまり、きっと今のあたしより変な顔をしていた。
「…綾瀬さん、この時期にそんなにボケッとしてて、あなた高校にいく気あるの?……」
「…あ…」
やばっ…。
国語の谷中先生は今年赴任してきて、すでにこの学校一のお局様。
ほんっっっっとに、ねちねちうるさい。だいっ嫌い。
始まった。
ねちねちねちねち。
あー……
「はぁ…マジ、疲れるわ……」
「ね…つぐちゃん帰ってこないかなぁ…
「…」
あたしが怒られてるのを横で聞いてて、自分まで疲れちゃったらしい。
こないだまで実習に来てたつぐちゃんの名前を出すと、
隣の席の、菅谷遼太は珍しく答えなかった。
いつもだったら、相槌ぐらいは打ってくれるのに。
教育実習生のつぐちゃん(まぁ、秋名先生って呼ばなきゃいけないんだろうけど)は、国語の担当で、
すっごい明るくて、いっつも笑ってた。
秋名つぐみっていう珍しくて、かわいい名前だったから、つぐちゃん。
授業も谷中先生なんかよりわかりやすかったし、そこらの先生よりよっぽどよかった。
…あたしもそうだけど、つぐちゃんが大学に帰っちゃってからは、みんなちょっとさみしそう。
菅谷なんかは特に。こいつは男子の中でいちばんってぐらい、つぐちゃんと仲良かったしね。
あたしは、いっつもつぐちゃんのそばで笑ってた。つぐちゃんが大好きだった。
…ヒナにちょっと似てるからなのかもしれない。
綾瀬理奈。これがあたし。
神矢日向子。あたしの大親友。
家は隣同士。
誕生日、同じ。
生まれた病院、同じ。
血液型、同じ。
…名前も、ちょっと似てる。
だけど、顔も、性格も、ぜんぜん違う。だけど誰よりも仲良し。
それがあたし達。リナと、ヒナ。
あたし達は、生まれたときからいっつも一緒にいた。
…だから好きになったやつまで、同じだったのかもね。
「お前ばっかじゃねーの!?怒られてやんの」
菅谷にじゃれつきながら、あたしをバカにして笑うバカ。
水島拓己。
「うっさいな、あんただってどうせ寝てたんでしょっ」
「当たり前だろーが、あんな授業寝ねーほうがおかしい」
「…そんじゃぁ拓はアヤセのコト、バカにできねーよ」
「そーよっ!菅谷、もっと言って!」
「そーよじゃねーよ、お前がぼけっとしてっから俺だって睨まれただろーが」
「う、ごめん…」
「そーだぞ、アヤセのアホ!」
「水島は関係ないでしょっ!」
水島からつっかかってきたり、あたしからつっかかってったり。
あたし達は、いつもこんなケンカみたいな会話しかしない。
…ほんと、こんなやつのどこがいいんだろう。
自分でも、そう思う。
だけど、あたしは、小6から中3の今まで、ずっと。
バカみたいにこいつばっかり、目で追ってる。
飽きっぽいあたしなのに、3年以上も。
だからさっきも、バカみたいに、
水島の名字と自分の名前をくっつけてみたりなんか、してたのだ。
あと、あたしと同じように水島を好きだった、ヒナの名前も。
ヒナは、色が白くて、髪の毛がほんのり茶色でふわふわしてて、ほっぺがふっくらピンク色の、
ほんっとにかわいい女の子だった。
あたしは、日焼けして真っ黒で、髪の毛も真っ黒な直毛で、ほっぺもやっぱり小麦色の、
ぜんっぜんかわいくない女の子。…男みたいな女っていうのは、あたしのこと。
すぐ怒ったり、ガサツに笑ったりするあたしの横で、ヒナはいつもふんわり微笑んでた。
だけど、小学校卒業と同時に、ヒナは遠くへ引っ越してしまった。
ヒナと別れた卒業式は、今でも鮮明に思い出す。
「うぅ〜…リナぁ………」
「泣くなっ、バカヒナ!ずっと会えなくなるわけじゃないんだから!」
「リナだって泣いてんじゃん……」
「そりゃ泣くよ、バカーっ!さみしいよぉ……」
「リナぁー……」
ふたりで手を握り合って、周りなんかぜんぜん気にせず泣きじゃくるヒナとあたし。
ずっと一緒だったのに、これからもずっと一緒だと思ってたのに。
あたしは自分の半身がもぎとられるぐらい苦しかった。きっとヒナもそう。
「………つかれた……」
「…うん…つかれた……」
「神矢っ!」
ずーっと泣いて泣いて、二人でぐったりしかけた頃、水島がヒナのところに走ってきた。
「……神矢、あのさ……」
「?…うん……」
水島は、息を切らしながら、それでも、ヒナに何かを伝えようとしていた。
きっと、すごく、すごく大切な何かを。
ヒナは、赤くなってしまった目を見開いて、吸い込まれるように水島の目を見ていた。
水島の、ヒナを見る目を見たとき。
ヒナの、水島を見る目を見たとき。
ああ、あたしは、ここから離れなきゃって、…思った。
できるだけ静かに、ゆっくり背を向ける。
泣きたかった。
だけど、そんなあたしの背中の向こうで聞こえてきたのは。
「………やっぱ何でもねぇや。…元気でな」
「……うん。…ばいばい」
ヒナと、ヒナのお母さんを乗せた車が走り去ったあと。
「……水島の…バカーーーーーーーーーーっ!!!!」
「あ!?いてっ、何だよ!」
涙がぼろぼろ出てきて、何にも見えなくなって、ワケわかんなくなって。
ただ、横にいる水島のことがめちゃくちゃむかついて。
ほんっとに、すっごい、むかついて。
がむしゃらに、水島のことを殴りまくった。
だけど、水島より何よりいちばんむかついたのは。
ほっとした、自分だった。
中学に入ってもやっぱり、水島はバカだった。
いっつもふざけてて、みんなを盛り上げて。
あたしもバカだから、水島と一緒にみんなを盛り上げて。
騒いで、笑って。
だけどあいつは、走るときだけはすごく真剣だった。
朝は誰よりも早く来て、部活の後は誰よりも遅くまで残って。
あたしも水島と同じ陸上部で、ずっとがむしゃらに走りまくってたから、知ってる。
…誰よりも、あいつは努力してて。
なのに、それをあいつは周りに伝えない。
クラスのみんなは、きっとバカな水島しか知らない。
…だけど、あたしは。
怖いぐらいに真剣なあいつの目を、知ってる。
ときどき、すごく遠くの空を見つめていることを…知ってる。