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第7話 その日の終わりに






─────その後。

時間を置いて顔を合わせた魔王と魔人の間では、協議が開かれる運びとなった。


「それじゃ、会議を始めようか」


立場的に音頭を取るこハルキの向かいには、魔人の代表としてティアが座っている。

額の召喚石は変わらず金髪に煌きを添え、幼くも美しい小顔の下、ドレスの覆う太腿に手をのせていた。

部屋の照明を浴びる表情は、いくらか暗い。


視線を交わす両者の間には、厚みも豊かな長テーブルが置かれ、側面は丸みを帯びて張り出し、濃い茶色の上には、滑りそうな艶の甲板が広がっていた。

素材は木製で、淡い光沢も冷ややかな断面には、木目と共に各自の顔がぼんやりと映る。

ただ、置かれた調度の上と異なり、ティアの方は多くの魔人を背にしていた。

細工を吊したシャンデリアの照らす室内は広く、壁に貼られた吸音性の素材により、声も強くは響かない。

この部屋の機能と造りもまた、<迷宮の魔王>の能力だった。


「よろしくお願いします」


頭を下げる姫を前に、容姿も年齢も様々な魔人が緊張を飲む。


「先ずは魔人(わたしたち)の住まわせていただいているスペースに関してですが……」


迷宮の創造された今日、魔王側は既にティアから聴取を済ませ、王国を迎撃し、<邪悪の樹(クリフォト)>と<小悪魔の部屋>で態勢を整えた。

そのため、<魔王の森>の後方に待避していた魔人の合流も終わった今、今度は迷宮の管理者が都合を合わせるべく場を設け、膨れ上がった居住者からの陳情の受け付け、状況の改善を始めている。


(それにしても奇妙なもんだな)


眷属を迷宮の警戒に出している現在、魔王側唯一の出席者である当人への視線に、何となく思うハルキ。

地上で王国兵に向けられた敵意こそないものの、今や彼に向けられる瞳は様々だ。

たとえば見た目がっしりした体格で、かすかに震えながらも毅然として槍を立てている、鎧を着た青年。

曲げた背を杖に預けつつ、こちらをじっと窺う老人。

中年だが恰幅もよく、豪快に笑いそうな女性は前掛けの横に手を置いてどっしり構え、姫に仕える執事は、油断なく魔王を見据えている。


おそらくは各自が何らかの分野の代表で、居並ぶ十数人が発言権こそティアに委ねているが、本来ならば相応の力を持つはず。

それが及ばない魔王を前にして直接の契約者を立てているが、会議が終われば結果を担当する分野へ持ち帰り、説明して納得させる役目があるのだろう。

場合によっては憎まれ役も買うかもしれない。


敗残の色が濃いとはいえ、今ハルキの下にいるだけでも数百を超えると報告された魔ヒトの集団。

長のようなまとめ役から戦力の代表、生産者のトップや職能集団の頭領など、様々な立場と序列があるのも当然といえた。

この世界で────────つまりは彼にとっての異世界で、しかし確かに現実の存在として生き、そして無残にも人間に追われた種族たち。

王国兵が現れた時の魔人の亡骸は目にしたので、その心中や立場はハルキにも察せられる。

自らに寄せられる期待も、また。


(にぎやかだなぁ)


そういった現状をして、魔王本人には奇妙な感想が浮かぶのだった。

過去にこれだけの人数が、それも味方や中立の立場として彼の迷宮に入り、魔王と直接相対したことは一度もない。

迷宮に押し寄せるのは決まって敵の群で、そのほとんどは<魔王の間>まで辿り着けず、到達しても悠長に話す機会はなかった。


己以外に意思を持った生命はなく、相談する他者も、仲間も誰もいないダンジョン。

広大な闇、地下の奥底にたった一人。それが<迷宮の魔王>本来の在り方。

そんな仮想が現実となって一番の変化が、生きている他者とのこの触れ合いや会話かもしれない。


(ん。悪くない)


心中で呟き、久々の時間を堪能する。

緩んだ意識のおかげで威圧感が減ったのは、嘆願する立場の魔人からは幸運だ。


「魔王様にはこちらを」


そこで呼ばれて思考を切り、テーブルの上、ティアの差し出した紙片に目をやる。

羊皮紙のスクロール、ではなく、白紙に何かを書き付けた一枚。

見るとハルキも知るグローリア大陸、<ファンタジー・クロニクル・VR>の共通言語で細かな数字と単位、それらを分かりやすく図示した内容が書かれており、目を通すと現在迷宮にいる魔人たちの家族の数や、従事している作業別のまとめであることが理解できた。


「これは?」


先ず魔人たち全体の数、次に戸数が書かれ、次に農業、商業、手工業など、各家庭もしくは働き手の属する分野が書き出された内容が、裏面に至るまで続いている。

手にとって読み込み、離して眺め、最後に摘み上げてからアゴに手を当てた魔王の、第一声がそれだった。

兜を脱いでいるため表情が読めるのは、魔人たちには幸か不幸か。


「ご覧の通りです」


初の要求を通すティアの声は硬く、後ろの者たちも固唾(かたず)を飲んで見守っている。

少女の顔は引き締められ、揺れそうになる視線を懸命に捧げていた。


「……その」


ただし紡がれた声は小さく、頼りに欠ける弱弱しさ。


「魔王様が皆さんに用意して下さった部屋は、十分に広かったのですが。やはり助けていただいた者も、合流した者も今日まで人間に追われて戦ったり逃げたりが続いていて…………何といったらいいのでしょうか。ひどく、疲れたり苛立ったりしているんです。恥をさらすようですけれど、全員が仕切りもなく一ヶ所に集まっているとトラブルが今も起きそうで……」

「へ?」


間抜けな声をもらす魔王に、少女が続ける。


「それに、それなりの間を魔王様の庇護下で過ごすとなると、炊事をはじめ色々な作業もしなければなりません。その場所や適した人員もできるだけまとめて、家族は家族同士で仲のいい家は近くに、そうでない家は遠ざけておかないと、最悪乱闘騒ぎになります。既にお守りいただいている魔王様には申し訳のない、厚かましいお願いになるのは承知していますが…………」


段々と声をこもらせて俯きがちになった顔は、そこで区切ると意を決し、ぱっと上向いて彼に告げた。


「お願いします、魔王様! どうか迷宮の一部を開放していただけないでしょうか? 御所を、<魔王の間>をとはいいません! ですが少しでも残っている部屋や余っているスペースがあるなら、皆さんに与えてもらえないでしょうか? 私でよければ、私にできることなら何でもしますから!」

「お嬢様!」


交渉のペースとしては焦りすぎの姫と、言われる前から差し出す代価に従者が割り込む。

だが振り向いた主が視線でやんわり抑えると、出しかけた足をゆっくりと置いた。

次いで顔を戻すティアに伴い、全員の視線が魔王を刺す。

迷宮の主は傾げたくなる首を堪え、予想になかった展開に、彼なりの思考を巡らせた。


(えーっと)


現在の魔人たちの状況は、災害で家を焼け出された避難民に等しい。

王国によって国家レベルの侵略を受けて敗戦を重ね、された説明を信じるなら、己を《召喚》するまでは滅びるかの瀬戸際だったはず。

そこで迷宮という拠点を確保できたはいいが、ふと思い出してみると彼女らに与えた避難スペースは、ぱっと作った大雑把極まる大部屋だ。

居住区とはしているが、少人数だった最初ならまだしも、後方に避難していた負傷者と非戦闘員を加えた現在、まともに機能するかといえば疑問である。


(リアルでいうなら戦争で追われた避難民……そのまま難民と同じか。それが仕切りなし、風呂トイレなし、広いだけの場所で雑魚寝やすし詰め)


面積は後者も考慮して作ったが、大人数を一部屋に無理にまとめるだけでも、かなり快適さは落ちる。

戦火に追われてきたなら心は荒んでいるし、そんな存在を一ヶ所に詰めれば、状況的にはスラム街そのもの。

モラルという意味ではまだ別だが、行く先のないストレスや、不安に関しては相当だ。


(本物の異世界なら、汚れなんかも自動では処理されないだろうし)


大多数の魔人にとってはハルキに救われ、彼に従うという大方針以外、自分たちがどうなるか、これからどうするのかも闇の中。

そんな状況でタコ部屋のような環境に置き、男も女も老人も子供も、苛立っている者も泣き出す者もまとめていれば乱闘騒ぎ、ひいては暴動の種になる。

先の紙に書かれた内容は、希望する住まいの割り振りとそのために必要なスペースの確保に関しての請求であり、ハルキとしては魔人の守護を請け負ったまま、何も考えていなかったことの証明、といえた。


「………おおう」


一気に顔面が青くなる魔王。

もしかするとこの異世界、歴史上初の<魔王>の姿かもしれない。


(ま、マズい)


一応、言い訳はできる。

なにせ魔王ハルキはあくまでも迷宮という防御施設の主であって、行政的な能力に関する経験は別だ。

この異世界が、彼のいた仮想とあまり変わらないのも大きい。

過去の延長にあるゲーム感覚が抜け切らない現在、生身の誰かが暮らす上での発想がないのは当然だ。

しかし迷宮を誇るハルキにとって、その内部の不備は許せない。

何故なら彼は<迷宮の魔王>。

かつて電脳にあった頃より、常により良く、より完全な迷宮を目指す存在だった。


(い、急いでトイレとか作らないと……! 魔人もウ○コとかするはずだし、ってそういえばオレの場合はどうなってるんだ? くっそ、あっちじゃトイレなんて<黄金の便座>とか用の完全なネタ設備だったのに!)


木造りの枠によるイスの背もたれを軋ませ、溜息を吐いて脱力するハルキ。

が、途中で閉じた目を開け、不興を買ったかとビクつくティアと、それ以上に怯えた瞳の魔人たちに、居住まいを正して頭を下げた。


「いや、すまない。それに関してはこっちが気付かなかった。そうだよな。考えてみれば一カ所にすし詰めはつらいもんな。OK、そっちは居住区の増設で対応しよう」

「できるのですか!?」


返った反応の大きさには、むしろ彼が驚かされた。

元より魔人からすれば、巨大な迷宮の建造だけでも想像の埒外。

更には気軽に拡張するなど想定外もいいところだったが、彼にとっては極めて自然な発想である。


「い、いや、できるよ? 魔力は魔物を作るのに使ったけど多少は回復したし、ちょっと部屋を増やすくらいなら……。ええと、よっぽど多くでなければ」


ハルキの認識するゲーム内の<迷宮>とは、あくまで数ある建物の一つ。

ならば改築改装、改造増設が不可能である道理はない。

システム的に可能な以上、魔力(リソース)さえあれば異世界(こちら)でも同じ理屈は通る。

ただしあまりの食いつかれ方に、一応弱気な補足がされた。


「よかった……」


一方、ティアからは目に見えて緊張が抜ける。

座ってから一度も放さなかった両手が、純白のドレスから解かれた。

きっと魔王と別れた後で見た状況が、予想より酷かったのだろう。

それだけ彼女らの環境と、人間の攻め方が苛烈だったのだといえる。

散々に追われて逃げ惑い、傷付き、そして疲れ果てた仲間。

存亡の淵に追い込まれた魔人という一族、その全てを背負う少女の重荷が、束の間、彼の手で消えたようだった。


(────)


まだ伸びきったかも分からない手足。

幼く弱弱しい身で誰より重責を背負い、己の《召喚》に至るまで歩んできた姫君。

そんな彼女の見せた一片の隙に、裏にある苦労と心境を想像した魔王が、無言で目を細めた。


「勿論、部屋だけじゃなくてトイレや風呂もつける。入浴に関しては、個室よりも浴場なんかがメインになるかもしれないけれど、それでいいかな?」

「はい! 是非お願いします!」

「わかった」


言われて瞳を輝かせ、身を乗り出して応えるティアの近付いた顔に、赤面したハルキが身を引いてうなずく。


「おお。何とかしていただけるのか」

「これでやっていけるのぅ」

「ティア姫様……」

「ありがたやありがたや」


最初の要求を通した代表にどよめきが生まれ、ざわつきの中に各自の感想が混じって広がる。

喧騒というには小さな呟きは、それでも迷宮に住まう他者の、紛れもない生の声だった。


(現実の異世界か。電脳みたいな…………なのにアバターじゃなく、生身でいるニンゲン。こりゃ思ったより学ぶことが多そうだ。工夫のし甲斐がある)


自身の迷宮に自分以外の誰かが住まう、奇妙な感覚。

不謹慎を覚悟でいうなら、魔王の胸に湧く感情は、熱中するゲームがバージョンアップで拡張された興奮と、その内容をどう活かすかのシミュレーションだ。


「異文化交流、いや意識の違い(カルチャーショック)っていうのかな? これも」

「どうかされましたか?」


含み笑う魔王に疑問を浮かべるティアに、彼は手を振って誤魔化した。


「なんでもない。それより思った以上に問題があるのも分かったし、さっさと次にいこう」

「はい!」




そうして。

最も困難な最初のすり合わせを終えた会議は、以降、(とど)まることなく進んでいく。




「居住区に関しては後で具体的な数とか望ましい部屋割り、間取りなんかも教えてくれ。少しは希望に添えると思う」

「ありがとうございます。次は、食糧の問題なのですが……」

「うん。住まいの次はそれだよな。問題ってのは?」

「はい。その、私たちもできるだけは王国に追われる前に持ち出したのですが、どうしても運べる量に限界があって。今のままだと数日、切り詰めても10日くらいでなくなってしまいます。ですから<魔王の森>で狩りや採集をしたいのと、魔王様には王国の兵士のことも含めてご協力を願えないかと────」

「ん? 待った。食糧なら迷宮で作れるけど?」

「本当ですか!」


食は人間の最大の娯楽だ。

宝箱に入れるステータスアップ系の食材も含み、侵入者さえいれば完結する迷宮のサイクルにおいて、一人玉座で過ごす魔王へのストレス対策のため、その辺りの生産システムは充実している。

運営やゲームの都合上、迷宮では迎撃設備こそが主要なために部屋の作製や食べ物など、趣味と娯楽に属する部分はあまり魔力を食わないのも大きい。

大体の方法は魔物を生み出すのと同じだ。


そして魔物と違って戦闘に関さず、迷宮の内部で消費されてプレイヤーの市場に影響もしなければ、優遇やチートの批判も出ない。

元より数ある<魔王>職、中でも<迷宮の魔王>の私生活を知るプレイヤー自体が少数派だった。


「そのために<食糧>の小悪魔がいるんだが……。ああでも基本はオレ一人用だったし、アイツだけにやらせると人手が足りないか。農業用のフィールドも作らないとな。これが現実なら不足に関しては多分────えっと、じゃあ何人か、場合によっては何十人かは手伝いに出してもらうけど、いいか?」

「だ、大丈夫です。で、でも私たち全員分を、でしょうか?」

「手持ちだけで数日持つなら問題ないよ。二日も余裕があるならカブから始めて……それから家畜も揃えないとな。また<道具屋>の世話になるか、よし。迷宮の外に出られると安全は約束できないし、オレとしてはできればそっちがいいけど、どう?」

「お、お願いします」


悲しいかな、両者の立ち位置と持ちうるスケールの違いのため、テーブルの上には認識の壁が立っていく。

主に片方(カレ)には見えない形で。


「スペースに問題がなければ、子供たちに少しでもいいので遊べる場所をいただけないでしょうか?」

「子供の遊び場? 問題ないけど<川>や<森>……は危ないし、<野原>辺りを作ればいいか。暇潰し用の施設を置いてもいいけど、ダーツやビリヤードは早いだろうし」

「…………あの、魔王様。もしかして作れる、のでしょうか? 土地を……?」

「もちろん」


<ファンタジー・クロニクル・VR>の高レベルプレイヤーにとって、土地や部屋、空間の拡張とは購入や工事をするものではなく、既存のそれに付け足すものだ。

最初の建造を終えて『場』と『空間』を固定すれば、後は魔法的な手段で引き伸ばしたり、繋げたりして加工を終えるだけで済む。


多くの者が60レベルに達さなかったゲーム中期、高位者の家に空き巣へ入った<盗賊>が、延々と伸びる無限回廊や階段に迷った話がある。

ログアウトしても同地点からの再開になるため三日も動けず、懲らしめて満足した持ち主が現れた時には泣いて謝った、というのは有名なエピソードだ。

必要な技能や設備はあるが、それを前提にした魔法の罠(マジック・トラップ)や解除技能も存在していた。


「で、ではお願いします」

「了解」


他のプレイヤーは土地や拠点の拡張として、<迷宮の魔王>はダンジョンの強化と増設として。

そんな技術を扱える者や設備の数こそ、彼の知識とこの異世界の違いであるが、残念ながら、未だ彼はそのことを知らない。

よって頭を下げるティアに対し、ハルキは満足げにうなずく。


彼としても自身の迷宮をこんな風に活用するのは初めてで、実に楽しく、頭のひねり甲斐がある。

現状、防備に関してはレベルと彼の迷宮に慣れない相手のおかげで 魔物の数はほぼ元のまま。

そちらに回す魔力を振れば、十分に運用可能だった。


「それから、厚かましいようですが何分、逃げる時に家財がほとんど持ち出せなかったので…………もし夜に暖を取れる手段や、そのための場所があれば」

「部屋を作る時には家具もセットだから、それを使えばいいんじゃないか? 布団とか毛布とか。どうしても欲しいものがあれば、個別に指定して────」

「い、いえっ、そこまでしていただかなくても大丈夫です!」


大急ぎで断りを入れるティア。

魔人の姫にして恐縮で叫ぶという、斬新な声の上げ方だった。


「オレは構わないけど。いいのか?」

「だ、だいじょうぶです」


うなだれるように肯定する姫君。

問題の解決は喜ばしいが、背後の魔人たちにも脱力した空気が流れ出し、緊張こそ抜けきらないものの、最初にあった恐怖や不安は薄らいでいた。


「負傷者に関しては、<錬金術>の<霊薬(ポーション)>が出来たら順次回そう。悪いけど、回復魔法はほとんど使えなくてさ」

「いえ、そんな。それに<霊薬>となるとお金が……」

「いいっていいって。流石に怪我人の放置は問題だし」

「ですが」

「よし、じゃあこうしよう。お代は適正価格、分割払いでってことで。回数と時期は────」


提案と質問を重ね、受け答えを通じて問題を埋めていく2人。

提示される内容は、いずれも障害にならず。

魔王がその力で即座に解決する作業が進み、迷宮で魔人の暮らす環境が、着々と整れられていく。


「わかった。なら働ける年齢で、手が余った分はこっちに回してくれ。農地を作り終えたら野菜の生産、家畜の世話なんかをやってもらう。それとこもりっきりじゃキツいだろうから、<森>と<川>も一つずつ置いて開放しようか。大人が一緒なら危険も少ないだろうし、《釣り》なんかで獲れたのは、そっちで好きにしてくれていい」

「ありがとうございます。でしたら交代で休んだり遊んだりできるよう、こちらで皆さんと相談しておきますね」

「────魔人の一家族って何人くらいだ?」

「大体五人から七人くらいでしょうか? あっ、でもグスタフさんのお家みたいに二十人くらいのところもいくつか」

「多いな魔人!? 大家族だなぁ。だったらちょっとは大部屋も要るか」

「お願いできると、その…………助かります」


それからも食糧の配給や種類、増設する居住区の構造などが討議されたが、大まかな要望を口にすれば通るので、最終的には魔人の誰もがハルキに感謝しきりになり、そこも通り越すと度量というかあまりに大きな力の違いに、過去の常識を色々と投げる結果になった。


そして、長いようで短い会議の終わりに。


「ありがとうございます。魔王様」


立ち上がった少女が雪白のドレスを摘み上げ、(こうべ)を垂れて感謝を捧げる。

不意の起立と体勢に、流れた金髪が輝いた。


「私、ティアリス=ミューリフォーゼが魔なる大樹の枝の一つ、智と混沌を受け継ぐ魔人の一族を代表して、魔王様に心からの感謝を捧げます。御身の加護とご慈悲に、我らは世に影と闇の絶えぬ限りの報恩と忠誠を誓いましょう。御心が夜の静寂の如くに乱れることなきよう、また御身が深き闇の恩寵をたたえますよう、ここに祈ります」

「ティア?」


驚く彼の前で言い切り、そっと目を閉じて手を組むと、床へ向けて腰を落とす。

絡み合う指は固くお互いの手の甲を結び、膝を折って上向いたその姿は、皮肉にも、現実の人間が神に祈る所作に似ていた。

彼女らの境遇を思えば、神聖というべきかも分からない宣誓。

まとう空気に弛みはなく、それでいて発する雰囲気は、どこか月光のように澄んでいて優しい。


降り注ぐ光を受けるその顔、頬や睫、合わされた唇が、まるで輝くかの如く。

見詰める魔王も彼女の立場は聞いているが、姫という身の高貴さと覚悟に、改めて納得する。

それは仮の演技(ロールプレイ)でも彼には真似できない、魂からの想いが結ぶ美しさだった。


「やめてくれ。そこまでされるほどのことじゃないから」


魔王としてのハルキには、気後れと苦笑をするしかない。

話を聞いてこの世界、グローリア大陸の魔族、魔人が苛酷な目に遭ったのは知っている。

種族の特徴や差別、意識差からくる壁については、ゲーム中でも言及されていた。

もしもそれが、仮想の範囲を離れて現実化すれば。


被差別種族の境遇は、元の世界の歴史に照らし、おそらく明るくないだろう。

窮状を助けた彼への感謝も道理だが、まだ<ファンタジー・クロニクル・VR>の<魔王>としての意識の範疇にいる彼には、一日目から感覚を共有することはできない。

あくまで大部分は、だとしても。

異世界へいきなり召喚された人間としては、まだ上等な方だろう。


「ですが」

「いいからいいから」


それだけ自覚して、テーブル越しに手を差し出す。

どちらにしても、この世界がゲームの延長や何かのトラブルであるならよし、そうでなければ一つの『現実』である以上、身の振り方を決めなくてはならない。

であれば友好的、協力的な相手を抱え込むのは戦略的に間違いではないし、やることは過去と同じように彼の愛する迷宮を造り、大きくしていくことだけだ。

そこに他者との触れ合いや感謝まで得られるのであれば、<ファンタジー・クロニクル・VR>という一つのゲーム、一人の<魔王>に心血を注いだハルキとしては、申し分ない。


「オレとしては迷宮を運営するだけで、これまでと何も変わらないしさ。ただ、迷宮に誰かを入れて生活させるなんてのは初めてだから、さっきみたいに考えの足りないところがあれば、できれば遠慮なくいって欲しい。元が広い場所に一人暮らし…………眷族や小悪魔はいるけど、ここまでにぎやかなのは無縁なんだ。それでも出来れば、住んでるヤツが笑っていられる迷宮にしたい」

「────魔王様」


感極まったように瞳を潤ませ、ハルキの手をとって立ち上がるティア。


「とりあえず。これからよろしく頼むよ、ティア」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


触れた手をそのまま握り、微笑み合う2人。


「これで一安心じゃな」

「明日から忙しくなりそうだけどねえ。ま、人間どもに追われるよりかはずっといいさ」

「ああ。ようやく子供たちを安心して寝かせてやれそうだ」

「お嬢様。お疲れ様にございます」


代表者の友好に後ろの魔人たちも安堵し、口々に希望の感想をこぼした。


「どうか末永く、私たちを導いてくださいね? 魔王様」

「一度請け負ったんだし、愛想を尽かされない程度にね」


緊張からの反動か感動か、薄く頬を染めて素の雰囲気に近づけたティアに、ハルキも力を抜いて応じる。


(相手のレベルを見る限り、最悪でも逃げるくらいはできそうだし。出来るだけは頑張るとして、全員は無理でも、いざとなればティアの他に何人かくらいは連れ出せるだろ)


数値(データ)という現実を見ながら、万一の場合も考えておく。

今のところ想定される強さなら、王国の兵士がどれだけ攻めても、迷宮は決して落とせない。

高レベル魔王の支配地は敵の地獄に等しく、やろうと思えば、相手の陣地はハルキ単騎で灰燼に帰す。


(守るくらいはしてみせるさ)


魔王と姫。あるいは野獣とはいかないが、男と美少女。

頼られて悪い気はしないし、王国に敵対判定を受けた以上、残る道は守るか攻めるか、逃げ出すか。

過失もないのに<魔王>というだけで逃げ回るのはゴメンだし、攻めて来るのは相手の都合でしかない。

まして領土に侵攻をかける王国側の言い分は、現状ただの侵略だろう。

事情を知って関わる今、尻尾を巻いた選択も、ティアを置いて去るのも気が引ける。


事は二つの国家をまたぐ、二つの種族間戦争。

今日一日、『魔王ハルキ』にとっては長く話した彼女を見捨て、その結果として彼女が地上で見せられた、あの死体と同じになったら。

それは彼にとって、歓迎できない想像だ。

よって。


(だから。やれるとこまでは)


迷宮の運営に相手の都合を入れてもいいし、少しくらい格好をつけてみてもいい。

この現実らしい異世界で、彼を求め、最初に出会った彼女のために。

ティアリス=ミューリフォーゼ。気高くも幼い魔人の姫。


(本当、ドラマや小説だよな)


その出会いも、間柄も。

まるで運命の少女(ヒロイン)のような、なんて。非現実に過ぎない願望。

そんな夢が叶う立場にいることを、まだ彼だけが気付けなかった。
















時は会談の終わった後。場所は迷宮地下六階。


「皆さん。静かに」


上に照明を埋め、左右に扉をはめた、白い直線の続く通路。

背後のざわめきに振り向いたティアが、自身も落ち着けるためゆっくりといった。


「今は、魔王様を信じて待ちましょう」


微笑を添えた呼びかけに応える声はないが、それで満ちていた喧騒が静まる。

今日から魔王ハルキの迷宮に加わり、これから暮らしていく仲間たち。

彼女にとっての同胞で家族。

その変化した様子を見、顔を戻した彼女の前には────────どのように判断したものか、何もなかった(・・・・・・)


「…………」


壁である。

のっぺりした平面、行く道の妨げ、単なる通路の突き当たり。

形容の仕方はいくつかあれど、移動するでもなく立ち止まっている彼女の前には、ただ行き止まりが存在していた。

行く手というにはティアとの間に距離がなく、横の幅も然程ない。

置物や装飾、扉は勿論のこと特に仕掛けも見当たらず、ひたすら終点として塞がれている。

仮にそのまま進んだとして、若干鈍めの音を立て、顔をぶつけた彼女が涙目になるだけだろう。

今のままなら。


(魔王様なら。きっと叶えてくれるはずです)


彼女にとっては過去最高にお腹の痛くなる話を終え、陳情を受けた魔王ハルキは玉座へ消えた。

迷宮の中枢<魔王の間>、そこから内部を拡張するとのことであり、すぐに済むから現場で待機して欲しい、というのが言である。

ティアとしても二つ返事で次々と通る嘆願を思い出し、幻に思えなくもないので不安視を継続する魔人、仲間の気を分からないでもなかったが、ここは抑えるタイミングだった。

下手に騒ぎ、魔王からの心象を悪化させるのはよくない。


彼女個人にとっては《召喚》に応じてもらってからというもの、魔人族に由来しない魔王としては予想以上に理性的かつ紳士的で、好意的な譲歩を見せてくれる相手。

内心では大丈夫だろうと思うが、そういう相手にこそ、無礼は働かないでおきたい。


彼が迷宮内部のことを、あるていど好きに見聞きできるのは判明している。

会談の前に上奏する案をまとめ終わり、はたと合流の方法や場所を定めていないことに気付いてどうしたものか悩みだした時、ティアの眼前に数歩の距離で現れた彼は、ごく普通に『迎えに来たよ』といったのだった。

全くの同時に。

偶然ということはないだろう。


(あの方なら。嘘はいわないはずです)


肩書きの印象に反してティアたち魔人にも、そして刃を向けてきた人間にすらも、特に害意を見せない彼────────ハルキ。

まだハッキリ掴めない人物像は、それでもティアには頼もしかった。


(私たちの魔王様なら)


ティアの知る事情(ところ)ではないにせよ、その振る舞いや気遣いは、言わば初心者に対するベテランの優しさ。

ゲームのシステムを知らない者に案内し、説明し、新たなものに親しみ、楽しめるよう教えていく。

特にMMORPGの誕生からは有名な、新規の参加者にも気軽にゲームを楽しんで欲しい、そうして自分と同じ世界に参加し、形作って行って欲しいという、いつも語られる先達の姿だ。


現状命の危険もなく、敵の弱さからくる余裕が実感を薄れさせ、現実の異世界という『夢』や、そこに暮らす他者への興味を優先させる。

<魔王>となってからは久しく交流の機会がなく、よって本人も意識はしない言動が、構図を知らない者の目には、純粋な厚意と徳に映った。

他ならぬ彼女がそうあるように。

初心者と見た途端に見下し、強盗殺人(PK)をしかけてくるプレイヤーもいるにはいるので、決して間違った感想ではない。


(他でもない、あの方なら)


受けた侵攻と一族の衰退。

追い詰められた魔人の姫からすれば、襲い来る王国の兵から守られたことも、迷宮の存在によって助けられたことも、その上で恩に着せることすらなく対等な交渉をしてくれるのも、全てが彼女の『姫』ではなく、自身が失い、そして本来担うべき『王』の、力と人格に思えるのだった。


憧れといってもいいかもしれない。

今はまだ。

危機に駆けつけた王子様へ惹かれるような、男女としての想いではなく。

彼女は彼に願い、魔王は姫に応える。

だから。




『それじゃあ────────とくとご覧あれ!』




迷宮を作り、魔物を生み、深淵で笑う魔王が、高く咆えた瞬間。

変化は、すぐに訪れた。


「うわ!」

「なんだ!?」

「揺れてる……!?」


立ちはだかる通路の行き止まり、一点に合わされていた全員の視線が、一斉にぶれる。

右に左に振られる瞳と、続く体。

創造の時に続き、本日二度目の迷宮の揺れ。

かすかな間を置いて爆発した悲鳴、混乱、緊張を置き去りに通路が振動を始め、全員の足元をグラつかせた。

逃げるべく背後を振り向いた魔人の目には、直線の向こうがうねって見え、酩酊と同時に言いようもない不安に襲われ、視線を戻して驚愕する。


「壁がっ……!」

「遠くに……? いや、伸びているのか?」


ティアの前で沈黙を保っていた行き止まりの壁が、いつの間にか、彼女から数メートルも離れていた。

魔人たちが後ろに下がったのではない。

揺れは続いているが前後の動きは伴わないし、腰を落としてうずくまり、あるいは足を踏みしめていても、他の作用は感じない。

行き止まりはどんどん遠ざかり、壁も彼女らもお互いから離れることはせぬまま、なのに両者の距離だけが加算されていく。


ティアが遠近の確認にかざした手の平の先、既に数十メートルの間隔で小さくなった突き当りは更なる加速を見せ、先ほどまでなかった部屋の扉とドアノブが、新たにその間へ並んでいた。

間違いなく、通常の工事や法則によるものではない。

魔王がいっていた拡張の作業、空間や土地を、新しく作製してしまう行為。

ほとんど伝説でしかない光景が、彼女らの瞳に飛び込んだ。


「────────」

「……?」

「止んだ、か?」

「っ、ああ。大丈夫だ。揺れは止まってる。みんな、立てるぞ!」

「ふう。し、心臓に悪いわい」


いつの間にか、辺りの振動は終わっている。

恐慌へのなりかけから一転し、立ち上がってざわめきを生む住民たち。


「すっげー! へやができてる!」

「えっ! なになに?」

「ちょっと! 待ちなさい坊やたち!」


大人が固まる中で子供たちが駆け出し、恐いもの知らずで目の前の不思議に走っていくと、思い思いにドアを開け、続いいた親たちも内部を目にした。


「おおっ!?」


目に入るのは電灯の光。

はめこみのカバーで弱められ、優しくなった白い明かりが室内を映す。

踏み入れた者にはカーペット地の床が迎え、長く柔らかな繊毛の集いが、躓かない程度に足の裏を受け止めてくれた。


「わーい!」


おっかなびっくり、またははしゃいだ子供たちが奥に進めば、シーツを張られた二組のベッドや、片方をソファーにしたセット。

壁では額入りの絵画やクローゼットが佇み、まるでホテルの一室、といった空気を演出している。

入って右か左には、幼子では届かない簡易なキッチン。

角には冷蔵庫が置かれていて稼動音が鳴り、怪しんで開けた子供が、ジュースやビン入り牛乳に騒いでいた。

ただ電化製品からはプラグのコードが伸びておらず、壁のどこにもコンセントやスイッチ類はない。


「つめたーい!」


そして内装は一種に終わらず。

他には木目を見せる板張りの床に漆喰の壁、ちょっとした炊事場に燭台や水がめ、調理器具の置かれた部屋に、イグサを編んだ畳の上に卓袱台が置かれ、厚い湯飲みがそろえられた一室など。

中世以前が主となるファンタジーの中、魔法的な要素を入れつつ現代やレトロの生活も叶える提供空間、そのいくつかを再現された内部へ魔人が次々に入り、ある者は驚きの、またある者は感嘆の吐息を深く漏らす。


「ねえねえ、なに! これなにかな!」

「ま、待って待ってっ、勝手に触っちゃいけません!」


内容内装に個々でかなりの違いはあるが、魔王が最初に用意した、ただ本当に広いだけの空間とは、まるで快適度が別だ。

失礼ながら一目で分かる。

また、家具も物によっては単なる木材の断面、木板の繋ぎ合わせだったり、洋風の寝台でも厚みがなくぺったりした下、隙間風の通る四足の間が露出していたり、使い込まれた感のある暖炉が置かれていたり。


寝起きする場所ということも考えて短期的過ごしやすさ(アメニティー)だけでなく、あえて技術レベルや富裕度を下げ、元の暮らしに近づける配慮もされていた。

当然、逆もあったが。

人間の基準が当てはまるかはハルキとしても不明だが、最悪、地下で風雨の影響がない分、僻地の貧農よりマシである。


「すごーい! ひろーーーい!」

「こ、これは一体」

「陽射し……? 地上に繋がっているのか?」


中には部屋ではなくちょっとした広場や並んだ調理台、イスやベンチを置いた集会所、もはや原理すら不明だが輝く太陽の下にある野原に繋がる扉もあり、しかも定期的に配置されていた。

連なる扉の間隔は1メートルとないのに、内部は最低でも縦横が数メートルは置かれ、側面にまた別のノブが取り付けられている部屋もあり、トイレなどの必要なスペースに続いている。


そんな新居への入り口が、左右にざっと数十ずつ。

それも数えて終わりではなく、信じられないほど遠ざかった突き当りまで、もはや見えないほど並ぶ。

通路と各部屋の内部、空間に対する二重加工。

まさに他の誰でもなく、<魔王>のみが行使できる権能であった。


「魔王様。アナタは、本当に」


所々から聞こえてくる歓声に、ティアは不意の感傷に襲われ、胸に当てた手を握った。

一つ一つ部屋に入って確認していき、先にいた魔人たちに声をかけ、彼らの喜びに満ちた表情を見る。

子を抱いて眠れるベッドに毛布。囲める食卓に憩いの場。

決して同じではないが、それでも人間に追われて彼女たちの失ったものが、手の届く形でそこにあった。

清潔で温かで、みんなと家族と、共に過ごせる安全な空間。守られた場所。

まるで焼け出され、涙を飲んで捨てざるを得なかった故郷のように。

魔人たちは失ったものを取り戻し、そしてまた一つ、彼らの奉じる新たな王より与えられた。


「一安心ですな、お嬢様。ここまでしてくださるのなら、当面の心配は要らぬでしょう」


最もティアの近くで控えていた執事にして従者、グランも希望を許した発言をする。

魔王を《召喚》してさえ一度も警戒を解かなかった彼の気配が、主に応じて弛んだのを感じた。

普段の厳しい雰囲気からは想像もつかない、他の者には見せないシワの崩れた笑みを浮かべ、執事がそっと主の肩に手を添える。


「ええ。ええっ!」


周囲の部屋部屋から、どっと沸き起こっては満ち満ちていく歓喜の声。

人の手に追われた一つの集団、戦火に焼かれた一つの種族はようやく今日を安らかに終え、明日を生きる寄る辺を得た。

身寄りもろくにない老人や、子供を抱えた親からすれば、それはどれほどの安息だろうか。

この世界に、魔族の祈る神はいない。

神と人と、そして彼らの間にあるのは、常に迫害の歴史だけ。

だからこそ人ならぬ民を導くのは、彼らの戴く王の役目で偉業だった。


「ありがとうございます、魔王様!」


魔族は神に祈らない。

顔を上げた先、ティアが感謝を捧げるのは、新たな魔王ただ一人。

魔王ハルキ。

彼の存在は、早くも彼女と彼女たちの意識の中で、大きなものへとなりつつあった。











そんな魔人たちの様子を、<魔王の間>からハルキは遠隔で見守っている。


「大げさだなあ」


苦笑気味で、悪くはないといった風に。

魔王らしく王座の肘掛に腕を置き、頬杖をついた姿は気軽だ。

彼がまた一つ魔人たちへもたらした────本人だけが認識していない────奇跡。


魔力を固めて魔石にするのすら、専門の設備と人員を要する。

魔力で人工的に魔物を作れるなら、そこから歴史が変わるだろう。

魔力から自由に物質へ変換できるなら、それは神話の領域だ。


通常のプレイヤーには決して真似できない、一つの領域の創造主(ダンジョンマスター)のみが持ち得る能力と権限。

かつて人々の夢を叶えた仮想世界で、ダンジョンという、幻想の一個を司るのは伊達ではない。

彼の親しんだ<ファンタジー・クロニクル・VR>に近く、しかし似て非なる歴史と、技術とを持つグローリア大陸。

この地に降り立ったばかりの魔王が、世界の実態や自分の力、本当の意味での魔人たちの状況や立場を理解して動くのは────────果たして、いつになるだろうか。
















暗闇の中で、炎に(あぶ)られた言の葉が舞った。


「最深部まで辿り着けた隊はなしか」

「ああ」

「情けないことだ」

「仕方あるまい。我ら軍は、あくまで王国の剣にして盾。元より遺跡のような屋内、それも地下にまで広がる場所には向いておらん」

「そんなことはわかっている! その王国の剣が、魔族にコケにされたままでいるのが問題なのだ!」

「騒ぐな騒ぐな。魔族といっても新たな魔王が《召喚》されたという話、本当であれば手こずることも已むを得ん」

「魔王ソーロンを殺したばかりだというのに…………通常なら、次代の魔王はまだずっと先ではなかったのか?」

「例外と見るしかあるまいよ。報告によれば魔王らしき固体と交戦する前に、大規模な魔法の行使が確認されている。残留した魔力の特徴からは、まず召喚魔法の使用痕と見ていいようだ」


照らされる天幕、王国の陣地に置かれた指揮所で声が飛ぶ。


「はっ! 言うに事欠いて『交戦』か! 聞けば恐怖で動けずにいた挙句、あやうく取り逃しそうになって仕掛けたら大敗を喫したそうではないか? どんな武名も錆び朽ちる情けなさ、我が軍の名折れにもほどがあるわ。我が隊であればたとえ死せども魔王に一太刀を浴びせ、その血を刃に塗ったというに」

「侮辱や論功もどきはやめておけ。味方をなじるなら、勝って必要がなくなってからだ」

「だが実際、今の戦力で勝てるのか? 魔王に」

「真に魔王が召喚されているのであれば、まず分の悪い賭けになるな」

「それすら迷宮といきなり湧いた魔物ども、それに魔族の生き残りを突破してからの話よ。報告を見るに、そこに行くまでどれだけ兵力を減らすことか」

「迷宮を造る魔王か……聞いたことはないが、国土の防衛を思えば絶対に生かしておけないな。要塞や拠点を一夜で築かれるようなものだ。単身で軍勢を引き連れたソーロンでもあるまいが、戦略も何も立たなくなるぞ? あの巨大な門を次から次に造られるだけでも、前線の兵が落ち着かなくなる」

「その通りだ。故に王国のためを思えばこそ、その魔王は確実にここで仕留めねばならん」

「とはいえ先にも述べたが戦力が足りんぞ。そこはどうする。何か考えでもあるのか?」

「呼べばよい」


数瞬、燃え尽きたような沈黙が彼らを覆った。


「何?」

「だから、呼べばよいといっている。足りぬなら追加すればいいのだ」

「馬鹿をいうな。国内の治安維持だけならともかく、帝国がいつ襲ってくるかも分からん状況で、他の騎士団は動かせん。有力な騎士や将軍も同じだ」

「まあ聞け。何も軍団の単位でなくともよい。奇しくも王国にはいるではないか? 単騎少数で戦場を席巻し、迷宮や遺跡の探索も得手とする、魔王すら倒せる存在が」

「……おお」

「そうか。あの方(・・・)か」

「うむ。同じことは、報せが届けば王もお考えになろう。そうとあれば一刻も早く馬を出し、到着を待つのが望ましい」

「すぐに手配しよう」

「決まりだな」

「ああ。それでは」


顔を寄せた影たちは、口々にいった。


「ヴァラハール王国に輝かしい勝利を」

「繁栄を」

「栄光を」

「そして」

「「「「「薄汚い魔族どもに死を!」」」」」」


かくて迷宮初日の夜が更ける。

明けた朝の眩しさは、一体どちらに吉と出るか。

魔王の降りた異世界は、こうして新たな一日を迎えた。






本日12月4日に確認したところ、光栄なことに日間ランキング1位をいただきました。

よって前倒しながら投稿。本当にありがとうございます。皆様のおかげです。

本文は書き終わっている本作ですが、ご期待に添えるよう、調整で更なるブラッシュアップを行ってまいります。

ただ思ったより消化が早く、最終調整が追いつかなくなったので予定外のはこれっきりになるかと存じますOTZ


ご指摘を受けて少々本文に加筆してからの投稿。

殺人を忌避する倫理観はまだありますが、表に出ないだけで意外に頭のおかしい主人公です。

まだまだ余裕があるのも大きいですが。

軽く触れるのは後になります。描写力不足ですみません。

また初期よりルビを減らす編集作業を進行しております。現在投稿分は完了。

繰り返しをお願いするほどのものではありませんが、多少はお読みになりやすくなっているかもしれません。


次回「第8話 魔王の力 その一端」は繰り上げ滑り込みで12月5日(木)18時に更新。

予約掲載済み。

ちょこっと主人公のバトル回です。あと「あの方」の出番はまだ遠いです。申し訳ない。

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