表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

第3話 眷属召喚




振り返る魔王と少女と執事と、魔人の視線が一カ所に集う。


「ま、待てい……!」


いつの間にか異常の解けた体を恐怖で縛っていた者達が、逃げ行く獲物に声を上げた。


「に、逃がさんぞ魔族どもめ! 穴倉にこもろうとする(けだもの)がっ、我ら王国の剣を侮辱するか!!」


感情を荒げて喚き散らすのは、最初に口上を述べた指揮官。

落とした剣を拾って握り締め、振り回しながらがなり立てる。


「どうしたお前たち! 我が麾下の兵は腰の抜けた弱卒ばかりか!? 王国に仕える、栄えある騎士の矜持はどうした!」


自分自身がほど遠い姿でありながら、一方で恐怖に硬直した空気を破るには、視覚の変化を伴う言動は有効だった。

上官に従順であることを教育された兵は、一度は感情を揺さぶられたからこそ、思考停止のチャンスに飛びつく。


「あの魔王……なる者と前魔王の娘、それに<壊拳>の執事を討ち取った者には、名誉と褒賞を約束しよう! 他も首一つで手柄とする! 各員、大いに武勲を打ちたてよ────────行けぃっっ!!」


握られる武器と、仲間との同調。

更には欲望を刺激されて目が眩み、失った戦意が呼び戻される。

指揮官も必死だ。

もし100人もの兵がいて、敵が強くて戦いにならないため追わなかった、ではお話にならない。

他の隊からの証言も傍証もないとあっては、論功の場で責められたとき、自身と部下を庇えないからだ。

敵わないなら敵わないで、後続の部隊に敵の脅威を伝える意味でも、せめて一当てする必要があった。

そこから実際に兵を動かした手腕を思えば、この規模の統率者としては十分といえる。


「「「うぉぉおおーーー!」」」

「まだやるのか!?」


よって、敵の判断は決して間違ってはおらず。

強いていうなら、ただただ相手が悪かった。


「矢を射かけよ! 魔法を撃てっ! 槍を突けぇいっ!」


突撃を始めた先鋒から離れた後衛も杖を構え、弓の弦を引き絞る。


(どうする)


思考する魔王。

もう一度《魔眼》をかけるか、それでは慣れた相手の復帰がより早くなり、より苛烈にならないか。

瞬時に検討した内容に、抱えていた兜をかぶり直して決断する。


「仕方ない」


存在の強さ(レベル)で敵を見た現在、己の安全は確保できる。

だが攻め寄せる集団に焦らないわけでもなく、自身が冷静に加減できるかも疑問だ。

流れ矢を警戒し、彼の迷宮に入ろうとしている者達から離れる訳にもいかない。

そこで。


「我が血に服う僕たちよ 彼方より来たりて力を示せ “眷属召喚(サモン・ファミリア)”!」


魔王は極めてRPGのボスらしく、自分以外(・・・・)の手数(・・・)を増やした。


「デカラビア! コレルッ!」


名を呼ぶ。

詠唱(キャスト)化した発声入力が虚空に魔法円を描き、告げられた識別名(コード)が、彼方の存在を招いた。

<ファンタジー・クロニクル・VR>の特異言語が外円で回り、内に大小無数の記号、中心に紋様と紋章を輝かせる三重法円。

集束されたそれが亀裂を生み、破砕されると、光を放つ欠片が舞い散る。

煌きの残滓が溶けて消えた時、召喚の跡には、燐光を纏った者たちが揃って顕現していた。


「デカラビア、参りました」

「コレル=コーレル、きたよっ!」


現れた二者を、呼び出したハルキはよく知っている。

片やサッカーボール大の内部に複雑な図形を入れた、空中に浮かぶクリアな球体。

片や全身を金色の鎧に包み、身の丈を越える大盾を、両手に構えた小柄な少女。

羽根飾りをつけた兜からはわずかに栗色(マルーン)の毛が後ろへ伸び、顔面部(フェイス)からは快活な笑顔が露出している。

魔王としての特性で所持を許された、忠実にして強力な従者。

パーティーを組めない魔王職の唯一のお供、頼れる<眷属>の参上だった。

しかし。


「本日はどのようなご用命でしょうか! もっとも? 魔王様が我らを頼りとすることの意味と状況、このデカラァァビアア! が心得ていないとは申しませんが!」

「まおーさま久しぶりだね! こんにちは、おはようございます! 今日は誰をぶちのめせばいいの?」


非常にキザったらしい抑揚(アクセント)で話す口のないボールと、頭の悪いセリフを物騒に言う全身鎧。

開幕から個性をべったりつけた下僕を前に、ハルキに戦慄が走った。


(しゃべったあああぁぁぁぁぁぁぁ!?)


この瞬間が、彼の最も混乱した時であったかもしれない。

過去の迷宮で時に侵入者の撃退に走らせ、時に共に戦った配下。

人格プログラムも会話のルーチンも組んでいない、装備とレベル、スキルだけを鍛え続けてきた眷属が、口を開いて会話をしている。


(どういうことだ!?)


ゲーム中であれば、眷属や使い魔は人格を持たない。

学習プログラムで反応を変える程度ならともかく、舞台上必須のNPCを除けば、そんな手間とリソースは無意味。

ハルキが自身でプログラムを組んだ憶えもなく、そんな技能もないため、召喚した彼らが喋り出すなど、あり得ないはずだった。


「まおーさま?」

「魔王様、いかがなされました? ……はっ!? これはまさかこのデカラビアに対しての、『我が誇るお前への信頼を口に出すまでもない。我が望みはお前が最もよく知っているであろう。さあ、我に逆らう愚か者どもを疾く撃滅して見せよ』という、沈黙のメッッッスエェェェィジ! なのではっ!?」


なのに喋っている。

口のないスケルトンカラーのボールまでが一風変わったベクトルで話し、鎧少女は低い背丈で子犬のごとくまとわりつくと腕をつかみ、ペットに構えといわんばかりに、ぶんぶんと振る。

ハルキはそこまで筋力値が高いキャラではないので、後者はぶっちゃけ重かった。


「あー。とりあえず、アイツらを殺────倒してくれ。それから後退して迷宮の警戒」


まさか異世界よろしく、知性を持って実体化したとか。

あまりの事態に思考を止めて棚上げし、広がった王国兵を示す。

その動作に、様子を見ていた兵士たちが反応した。


「…………ほぉう?」

「よおーしぃっ!」


命じられた方は、球体が図形の移動で首を向けたことを示し、重量犬が盾を打ち鳴らして気合を入れる。


「コレルよ、競争だな。1分だ! 私は1分で倒す! どちらが魔王様のお役に立てるか、このデカラビアこそ一の従者と証明してくれよう!」

「あっ! それならデカラビアには負けないんだもんね! ボクの方がつよいぞー、かっこいいぞーってまおーさまにほめてもらうんだから!」


勝手に燃え上がる従者の戦意と、言葉の端に出る忠誠度。

とんと憶えのないやり取り(ルーチン)にドン引きする主を前に、デカラビアが空高く舞い上がると、コレルは右足を引き、短距離走の姿勢を取る。

薄く輝く球体がすぐに小さくなり、鎧の接ぎ目が加重によってギリギリと鳴った。


「それじゃあ。ジャーン、ケーン……突撃(ポン)ッ!」

「遅いわぁ! 《省略》《倍加》《最大化》っ、“氷の五月雨(アイシクルレイン)”!」


瞬間、戦端が開かれ、もとい強引に千切られた。

全身を包む重装鎧、移動を犠牲にした防御を見せている少女の、目立つ姿が掻き消える。

その残像と疾駆の軌跡、舞い散る草と地の陥没を追えたのは、ハルキの他にたった2人、残る眷族と老執事。

空いていた距離を一息に踏破し、始点と終点に深い跡を刻んだ鎧は、映像(コマ)を飛ばしたかの如く、兵士の前に現れた。


「ばぁ!」

「えっ? うわ!?」


反応が遅れて硬直した体に、少女の引き連れた突風が当たる。

ぎょっとする敵の前、兜越しに浮かぶ笑み。

邪気もなく、悪意もなく。

手品のように現れた顔に、兵士が頬を引き攣らせた瞬間、彼女の腕がうなりを上げた。


「じゃあねぇ……えへへっ♪ どっかーん☆」

「ごはぁっ!?」


はにかむようにして両盾を左右から合わせ、巨大な面にしてぶちかます。

突進は武装ごと相手の骨をいくつか砕き、雑兵を軽く空へ放った。

内臓を潰された吐血と鼻血が舞い上がり、天に昇って落ちてくる。

赤い雨は、冷たい氷を伴っていた。


「なっ……!」

「そ、空がっ!?」

「た、盾をよこせ! アレは────ぎゃああ!?」


どよめく王国の兵たちに、無数の雹が降り注ぐ。

滞空していたデカラビアの更に上、晴れた空に、白く浮かんだ塊が敷き詰められていた。

日光を受けてキラキラと輝く氷塊の群、硬く重い暴力の雨。


「ハーッハッハッ! 食らえい!」


魔法によって作り出した水分を凍らせ、圧縮をした範囲魔法が放たれる。

射線を描いた氷石群が落下の加速で爆撃となり、煙の代わりに血反吐と悲鳴を上げさせた。


「うわあああ!」

「いったぁ!? ちょ、デカラビアっ!」

「敵に一人で突っ込んでる方が悪いのだよ! 当たる場所にいなければいい! 嫌なら黙って見てるんだな…………かかったなアホめ!!」


一定範囲を面制圧する攻撃は、無論のこと無差別。

兜越しに頭にもらった仲間がにらむも、抗議は煽られるだけに終わった。


「むっきー!」

「ファファファファファ! くやしければここまで上がってくるがいい! 鎧を着たチビには無理だろうがなっ! これが頭脳戦というものよ!」


それでも周囲が行動不能になっていく中、大したダメージを受けないのか。

地上戦力は再び突撃を敢行し、反撃を弾いて蹂躙を始める。

その在りようは戦車さながら。

地表に線が引かれるたびに敵陣は吹き飛び崩壊し、少女の描く図形の隙間は、氷の飛礫が埋めていく。


「さあ。今のうちだ」

「は、はい」


阿鼻叫喚の地獄絵図を尻目に流し、魔王が少女を先へ促す。

執事と連れ立ったその姿は、迷宮の闇に消えていった。

見送りった魔王も猛威を振るう従者を背に、案内をすべく続いていく。


(それにしても)


心中で深く嘆息した。背後で増える鮮血の量に頬を掻く。


「とんでもないことになったなぁ」


独白の調子はひどく重い。

目にした王国兵の出血。味方の無双状態より、そちらの方が問題だった。

『とある国』では標準の倫理規定により、事前の表記と合意、自分からの選択がなければ、『人間』の流血に規制がかかる。

どれだけ技術が発達しようと誰かが唱えるエゴであり、だからこそ創作物の歴史は、人と似て非なる人外の姿を洗練させた。

当然、この世界が<ファンタジー・クロニクル・VR>のゲーム内である限り、人間キャラクターの出血は、自動で存在しないはずである。

で、あれば。


(これが異世界召喚か。夢が叶ったのは嬉しいけど)


ようやくにしてそうとしか考えられないのが、彼の思考の帰結だった。

ここまで積み重ねた考察と情報が、結論を肯定してしまう。

そのために。


「さてさて。どうやってこの先生きのこったものやら」


憂鬱そうに溜息(スラング)を吐いて。

この世界で本物の<魔王>となった彼は、自らの造った、現実のダンジョンに引き上げたのだった。






続きは明日(12月1日)中の投稿を予定。

第4話「ダンジョン、対話」は06時、第5話「小さな悪魔とウサ耳バニー」は18時の予約掲載となります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ