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外伝の1 その後の迷宮 後編


※今回、拙作上の世界観ではあり得ますがそこそこダークな話ですので、グロや黒い話が苦手な方は避け、外伝の2をお待ちいただくことを、作者として強くお勧めします。

 あまり後味はよくない話だと思うので、ダーティな敵も許せる方のみお読み下さい。

















<迷宮>の第二階層、地下7階の通路で、闇に潜む人影が舞った。


「ふむふむ」


朽ち割れた石材の壁を、びっしりと緑が覆った小道。

垂れた蔓が視界を妨げ、落ちた木の葉が足を取り、木々の凹凸が歩調を乱して苔が滑る、自然と人工が合わさった悪路。

広さと深さを加味して見れば、あるはずのない地下の光景、異界染みたダンジョンの中を、身軽な誰かが危なげなく渡る。


「どうにもしつこいでござるなぁ。忍々(にんにん)


呼気と声の残響を置き去り、足早に駆ける疾風(はやて)の存在。

稀に光る木の根の鼓動、樹木の張ったパイプラインが栄養を運ぶ照明に加え、灯火代わりの<月光花>、床に散り咲く光源の弱めた薄闇を、夜鳥の如く無音で跳ぶ。

高速で駆られる脚部がかすれて朧となり、滑るように闇路を進んだ。

奇妙な疾走は迷宮の隘路を順調に踏破し、時折緩むと方向を変え、また走るのを繰り返す。

やがて移動する影の端が、たまたま花の群生地にかかると、足元から注ぐ光の雨が、数秒その姿を解いた。


「これはもしかすると追い込まれている…………否、姿を見られて(・・・・・・)ござるか?」


照らし出された人影は、幾つか、<人間>と異なる軌跡を引く。


「面倒な手合い。いやいや、精進精進。死線を潜るは忍びの(ほまれ)。働かずに食う飯も美味いが、食べる物は腐りかけ、食べる時は飢え死に手前が最も良し」


頭部において三つ角をなす獣の耳。こんがりとしたお揚げ(キツネ)の色が髪を分けてぴんと立ち、個別に動いて警戒を敷く。

思案に沈んで開かれた眼は碧玉の色、髪を結んだ下では真白いうなじが伸び、肌を隠すも胸の突き出た装束が、彼女の性を語っていた。


「死地を脱した瞬間こそが恋もアソコもビンビンなれば、この程度の危機、見事乗り越えるでござる!」


首元から足先まで覆うのは、手甲や脚甲を取り付けられた忍び装束。

覆面こそないが余裕を持たせた被服の布地は、衣擦れ一つ鳴らさない。


「うむ。してみると、これもまた垂涎の『しちゅえーしょん』、何やらときめいてくるでござるな。まるで里を抜けた時の如し」


だが。彼女が零した忍者や忍び、間諜、間者、乱破(らっぱ)のそれ。

装いとして適格の衣は、幾つかの要素でその隠密を台無しにしていた。


「おお、心なしか燃えるでござる。テンション上がってきたでござるな!」


およそ忍びらしくもない、赤く染められた衣。

闇に燃え立つ色合いは強く見る者の目を引き、懐に引いて左右から重ねた布地には、金色で縫われた手裏剣の刺繍が各所にある。

袖は肩口で千切ったように切り落とされ、肘の手甲まで覗く肌には、何故かサラシが巻かれていた。


「そのためにも。先ずはここを凌がねば」


加えて背中に書き入れられた、楷書体の『和』の一文字。

腰の裏では注連縄(しめなわ)染みた綱が結ばれ、その上に尻の位置から生えた、金色の尾が丸まっていた。


「むっふっふ」


ふさふさとした狐尾(きつねび)を振る笑顔は年頃、揺れる緋色の長髪から、結い上げて挿した(かんざし)の、べっ甲の細工が覗いている。

かつて大陸に外から入った東方民族、小国にして傭兵国家、<和国スメラギ>の技術と職を修めた少女は、<獣人>の証たる耳を立て、五感で周囲の様子を探る。

両腕を伸ばして後方へ流し、前傾の姿勢で先へ駆ける特殊な走法。

右腕に直刃の忍者刀、左腕に黒のクナイを逆手に構え、呼気を吐いて更なる加速を弾き出すと、やがて感覚が異常を捉えた。


「罠でござるか。しかし拙者には無駄なこと」


太古と緑の属性による迷宮第二の階層(ブロック)で、進路に満ちた生命の覆いの、不自然な欠損を目に映す。

極一部だけ生えた苔が薄い場所や、不自然に木の根が避けた地点、垂れた蔓に鋭い切れ込みが入った箇所や、その下にある削られた痕。

ほんの一瞬、鋭くなった瞳が通路の天地を跳ね、《感知》した罠を《看破》した。


「御免!」


声と同時、足袋(たび)草履(ぞうり)を合わせた足が踏み込みを打ち、柔らかな体躯が跳躍する。

滞空の最中で先ずはクナイが投擲され、懐から抜き出された針が、続いて目標を正確に射抜いた。

一部の窪みや石材の段差、緑に紛れたでっぱり等、仕掛けられた装置に突き立ち、破壊に無効化、誘発させる暗器の群。

作動の基点を穿って壊し、弾いて動かし、あるいは隙間に刺して引っ掛け、発動を端から防いでいく。

踏むと開く落とし穴や飛び出す槍、スライドした射出口から撃たれる毒矢の雨が、瞬きの差で沈黙した。


「────」


野生の勘すら備えた獣人の女忍者(くの一)は、安全を確保してなおも(はし)る。

流す両手の前後に仲間の姿はなく、ただその鼻や耳の良さが、先に迫る気配を覚えた。


「どうにも、詰まされてござるなぁ」


<ファンタジー・クロニクル・VR>でも有名だった、忍者ならぬ<ニンジャ>(クラス)

海外的なそれに加えて種族適正の鋭敏な目鼻を有する者が、不穏な匂いに口元を歪める。

背中を預ける仲間もなく、他者との交流や互助も持たず、<迷宮の魔王>のダンジョンへ、単身挑んだ冒険者。

極めて稀な侵入者にして生存者が、ふと呟いて方向を変えた。


「ふむふむ」


全体でも上位の敏捷性を誇り、急所を突くことで【死亡】や出血ダメージを与えるスキルに秀でた、万能職<ニンジャ>。

彼らは刀やクナイ、手裏剣、《術》など多彩な攻撃と広範な索敵・探索能力、少数ながらも<丸薬>などの道具を作る補助技能に、単独においても発揮される生存力を特徴とする。

近接戦闘の耐久は紙、遠距離戦での攻撃も微妙で持続に劣るが、保持するスキルと選択肢の幅から前中後衛の役割が出来、戦闘に採取に生産にと、玄人好みの応用性を複合していた。


ハルキの知る実態としては、圧倒的な日本かぶれに極少数の忍者マニアと、目に見える形で差別化された職でもある。

空手や侍の真似事をする者もいる一方、採取、生産、索敵、罠張り、誘い出しまで一人でこなし、黙々とした影働きで集団への滅私奉公に殉じる、苦行のようなスタイルのプレイヤーもいた。


「こっちでござるか」


そんな高名職に血肉を通わせた彼女の姿が、狐耳の反応に続き、直線の通路から横道に消える。

迷路と化して曲がって入り組み、直進はできても十字路や二又三又の岐路で、一本道になることがない<迷宮>の造り。

行く先の角から微かに聞こえた唸りと獣臭、徘徊する魔物の存在感に刹那で身を切り、一切の音なく方向を変えた。

樹緑の舗装を踏んでも葉擦れを立てない歩法、独自の足運びに《猫足》を加えた体捌きで、風だけを巻いて転進を行う。


「おろ? また魔物」


ほんの一瞬での判断は、生死のたゆたう戦場は勿論、ダンジョンにおける原則といえた。

延々と続く緑で方向や距離感を狂わせ、大差ない光景に意識を麻痺させ、目印をつけようにも困難な地形で、侵入者を惑わす第二階層。

頼みの地図すらこの迷宮では時間の経過で紙切れとなるため、心理的な負荷は大きい。


道に迷い、判断に迷い、命をチップに進むべきか退くべきかも分からず、やがて迷うことにすら迷うようになり、最終的に自滅する。

魔物に追われでもしない限り、迷う時間だけは長く、迷えるリミットはそうでもないのが、現実的なダンジョンだった。


「これはやはり、監視されているござるな。そんなことも可能とは、《術》か魔法か魔王の力か。拙者一人に、随分熱烈な『あぷろーち』でござる」


しかしながら。

本来無数の選択肢で惑わす迷宮において、彼女は今、その枝葉が次々と潰され、たった一つに絞られていくことに、わずかな戸惑いを覚えていた。

両目を閉ざして耳を澄まし、アゴを上げてすんすんと小さな鼻を鳴らすと、再び漂ってくる臭い、目立つ足音に開眼する。


「されど殿方の方から(ふみ)も姿も欠くは失礼、女性(にょしょう)であれば同性愛は趣味にござらん。ここはしめやかに戦略的撤退、書置きでもして夜這いに出てくるのを待つのが、ニンジャ的奥ゆかしさにござるな。くの一の正しい暗殺法に相違なし」


言い終わって物騒に破顔し、忍者刀を鞘に納め、背中に負って加速した。

<ニンジャ>たる彼女がこの迷宮、今や大陸で最も有名なダンジョンに潜り出し、既に2日目。

昨日の時にはなかった動き、探索の途中で何故か自分に次々と迫り、進路上に展開しつつ逃げ道を潰していく魔物に、尻尾の先を尖らせる。


「…………それにしても、とても一人で正面からは挑めんでござる。面妖奇っ怪、摩訶不思議。あな恐ろしや。げに奇矯なダンジョンでござるな」


敵の群は明確な悪意で彼女を追い込み、地下8階への階段の手前、7階の最奥から壁沿いに四隅を半周し、直線を曲折の段々に変え、中央へと誘う配置で置かれた。

鋭敏な感覚の持ち主だから気付けているが、通常の職や集団であればとうに捕まり、無数に湧いてくる魔物に圧殺されている。

個として抜きん出た索敵力と、生存能力。

その特徴のために追い詰められたことを────────本人だけが、まだ気付かない。


「む」


やがて。

とうとう視線の先に魔物が現れるまでになり、反応した彼女は掌に落としたクナイを手に、潜めた殺気で双眸を砥いだ。


「キィィィイ!」


突如として脇道から躍り出た、緑樹の異形。

足の如くうねる根から天井近くまで伸び、巨大な(さや)を幾つも抱えた、<豆の木の怪物(ジャックトレント)>。

第二階層主力の魔物が出所も不明な咆哮を放ち、エンドウであれば食用にされる薄い果皮、種子を守る緑の封を、一斉に裂いた。


「ジャアッ!」


メリメリと耳障りな音を立て、直後に撃ち出される弾丸の嵐。

割れた莢からあふれる黄色い液を引き、魔力を乗せて硬質化した種が飛ぶ。

本体のサイズで一つ一つが拳大、石の雨に等しい豆の弾幕が、通路で炸裂し蹂躙を撒いた。


「!」


緑の弾雨が迷宮の上下左右を浚い、爆撃の如く衝撃を振り撒く。

空間に対して放たれた散弾、遠距離攻撃と切り替えて誘い、距離を詰めた前衛中衛を薙ぎ払う、全砲弾での一斉射撃。

苔は吹き飛び、蔓は千切られ、木の根は砕かれ。

直前にあった樹緑を塵や木屑に変え、彼我の境を破壊が襲った。


「ふ」


そこで漏らされた吐息は軽く。

端を上げた唇を開き、腕を振ったニンジャが咆える。


「この程度────────《術》を使うまでもなし!」


右手を回して背中の忍者刀を抜き打ち、返した手首で刃を逆手に、左のクナイを柄に添える。

顎の高さに両手を置き、通した視界に眼光鋭く刺された視線が、襲い来る脅威を捕捉した。


「ちぇりゃあ!」


瞬間、裂帛の気合を更に裂いて飛ぶ剣閃。

伸ばした背中に天地を通し、両足を構えた彼女の眼前、左右に備えた双刃が霞み、斬撃の壁が弾雨を捌いた。


「はあぁあぁあぁあぁあぁ!」


上下左右、縦横斜、袈裟逆袈裟に閃く刃が攻撃を断ち、入る刀身が半ばから割って切り払う。

迅雷と化して虚空に踊る長短の刃、あえて目立つ白刃と、その隙を縫う黒の忍具が二色の剣閃を集中させ、断裂を巡らす結界となった。

かすかな体の動きだけが振動のように装束に現れ、風斬りの音が連続して響く。

刃の奏でる調べは短く、数瞬の交差で砲撃を突破したニンジャは、そのまま前進して制圧にかかった。


「他愛なし。単体ならこんなものでござるか。少し惜しいが……」


言うが早いか。

姿勢を低く、倒れるように下がった全身が蹴り足から滑り、異常なコマ落ちで接敵する。


「キギィ!?」

「時間がない故、手早く片付けるとしよう」


反応も許さぬ速度で樹木の怪異に迫り、懐から一枚、紙片を取り出す。


「臨、兵、闘、者 皆、陣、列、在、前」


二指を立てた刀印で虚空を切ること九度、交錯の軌跡で早九字をなし、光を放った<符>を貼り付け、手にしたクナイを《投擲》した。


「ギッ……!?」

「<天符・雷切>」


飛燕となった黒塗りの刃、即席にして使い捨ての魔法武器エンチャント・ウェポンが魔物の莢、豆を欠いて薄くなった、緑の皮に突き刺さる。


調伏(ちょうぶく)!」


接触の寸前、攻撃を受けた敵の硬直に彼女が叫ぶと、迸る雷火の轟きが爆ぜた。


「ギャァアアアア!?」


光の薄弱な迷宮の通路を、途端に炸裂して照らし出す雷。

弾けた<符>から漏れた紫電が薄闇を押し退け、雷撃の花弁を咲き誇らせる。

クナイを通じて<ジャックトレント>の体を光の束がのたくり、絡んで縛り、電熱と焼滅で暴れ回った。


「これでよし、と。すぐに他の魔物も来るし、後はスタコラサッサでござるな」


白煙を上げて沈黙し、やがて崩れ去る黒焦げの残骸。

緑を失って炭化した魔物の姿を背に、ニンジャはなおも逃走にくれる。

そうする間にも知覚は更なる敵を教え、後方に新たな鳴き声が群と重なってくると、残る活路を目指して駆けた。


「相応に稼ぎ終わったし、生きて帰れば丸儲け。何とか突破するでござる」


今なお勢力を拡大する、魔王ハルキが支配するダンジョン。

その構造は極一部を除いて初期と異なり、階の深さ適正の魔物が、バラバラの数で置かれている。

第一階層、地下1~5階で20レベルから30レベル。

第二階層の地下6、7階で30レベル~40レベル。

冒険者として熟練でなければ6階も抜けない構成に加え、8階は当初の強力な魔物の生き残りがおり、一度は潜った彼女も避け、魔王にとっての戦力の保管庫になっていた。


「…………それにしても。特になにもしておらんのに、拙者、何故(なにゆえ)かくも執拗に追われてるのでござろう?」


そこにきて今、彼女のレベルは魔物を()るハルキが確認したところ、過去の<勇者>パーティーに次ぐ51。

かなりの格差ではあるが、一応は区分での上位、努力か才能のみに頼る壁を越えた、真なる強者の領域だ。


「ま、別にいいでござる。先ずはこの地を脱出してから考えるべし。しからば善は急げでござるな!」


しかし当の本人は、暢気に狐耳を揺らし、思考を切って加速するのみ。

迫る<迷宮>の悪意と追跡、次第に狭まる囲みを破り、またすり抜けて、地上の光に辿り着くべく。

闇から伸ばされる<魔王>の手に、彼女は全力の抵抗を挑んだ。




果たしてそれが通るかは────────惜しくも、別の問題として。
















「…………あちゃあ」


歩みを止めた忍ばずの<ニンジャ>が、眼前の扉に嘆息した。


「結局ここに着いたでござるか」


<迷宮>の各所で魔物に追われ、緑の迷路をひた走ったレースの先。

結論をいえば撤退が叶うことはなく、他の場所とは明らかに空気の隔絶した、両開きの押し戸を前に唸る。


「うむむむむ」


緑の茂る階層において一部だけ樹木を除けられた、闇のかかる石造りの厚板。

合わさった2枚の灰色が重く内外を隔て、先の見えない光景に、不安な想像を招く。

右に盾持ちの戦士、左に剣奴らしき風体の男を描いた遮蔽はぴったりと合わさり、彼女の五感を以てしても、音や匂いは通ってこない。


「誘導されたでござるなぁ」


豆の木の怪物(ジャックトレント)>と交戦した後、じりじりと幅を縮める包囲網に絞められ、詰めた吐息で何とか逃れて延びた終着。

敵の筋書きに沿ったルートで置かれた区切りに、彼女は腕組みで壁を見詰めた。


「事ここに至っては已む無し。鬼が出るか蛇が出るか、行くしかないでござるか」


逡巡を経るも、口にする間に背後から迫ってくる気配、数多の魔物の存在に押され、頬を掻いて歩を進める。

扉の表面に手をかけると、材質は粗く、ざらついた手応えにわずかな冷気が伝わり、その境界が開かれた。


「────────」


内部に向けて進んでいくと、背後で閉まる石材の扉。

背にした重厚さが後続を断つのを期待して、彼女は敢えて閉じるに任せる。

幸い自動で鍵がかけられることもなく、室内に響く音を立て、意思なき門扉は左右を合わせた。


「ふむ」


頷いて天を見上げれば、半球状に構造を刳り貫いた曲線が、滑らかに集って中央に光をはめている。

天井を高く、上層とこちらを隔てている、天球を割ったかのような凹み。

光源の質は道中のそれより人工的で、そして明るい。

魔王の作り与えた照明、降り注ぐ陽射しは場を過不足なく平等に照らし、逃げ場のないことを教えてくれる。


「闘技場。否、これは決闘場(・・・)にござるか」


頭上に仰ぐ半球と異なり、地上にあるのはそれを切った断面図、二次元的な円形だ。

彼女の立っている此岸と彼岸、同じ扉から中心に向けて真っ直ぐに伸び、交差の前に膨張し、円を結ぶ2つの通路。

さながら上下に刃を刺した盾の形で、四辺が囲む密室で他の床は落ち、寒々しい高さと空白の下、闇の底で敗者の運命を語っている。


部屋の半分にも満ちるかどうかの舞台と通路、頼りない足場を外した先には重力による加速を活かす、深淵との落差が広がっていた。

一度落ちれば減速のない降下の着地点を埋める、敷き詰められた矛に剣、斧に鏃と、地の深みから天を突き、迎えた弱者を刃で包む凄絶な地獄。

命を賭した決戦場、勝敗を強いる二択の道が、彼女の先に続いている。

同時に、二者が争い合うこの場で、相手の置いた足の下にも。


「<魔王>…………には見えんでござるな。お主が遣いの者でござるか?」

「そーだよ! ボク、コレル=コーレル! よろしくねおねーさんっ!!」


黄金の鎧が軋りを上げる。

迷宮の深き静寂を裂き、快活な声が響き渡る。

決闘の場で両端を繋ぐ通路の片側、そこから広がる円形の前で待っていた少女が、兜の下で笑みを咲かせた。

栗色の髪をわずかに覗かせ、板金も厚い鎧で進んでくる敵手に、対する<ニンジャ>は視線を砥ぐ。

既に退路は魔物に塞がれ、活路は逆の扉にしかない。

行く道を前に定める限り、場の状況と意図した造りは、つまり『そういうこと』になる。


今この時、この瞬間だけこの場に置かれた、幼い少女。

彼女の知らぬ魔王直属、最精鋭の<眷属>の片割れ、コレル=コーレル。

両手に構えた大盾の艶が照明を弾き、その隙間から見上げる瞳で、これから倒す相手を見詰めた。


「これは丁寧に。拙者はイズモと申す者。故あって生来の名は捨てた次第、仮の名乗りで許されよ。世間においてはこちらで通しているでござる。ところで…………もしや拙者と戦う心算にござるか?」

「うん!」


名乗られたニンジャ、イズモも姿勢を改めて名乗り返し、お辞儀によって胸を揺らす。

彼女が出奔した<和国スメラギ>の作法、ハルキのそれにも通じる東方の文化にコレルが瞬き、元気も一杯に返した後、不意に視線を落とした。


「ボク知ってるよ。おねーさん、悪いことしちゃったんだよね? だからたおさなくちゃいけないんだ」

「魔王の遣いなら当然にござるな。しかし悪事となると、はて?」


イズモの方からも距離を詰め、舞台の中心へと寄っていく両者。

片や軽妙にして無音、片や装備を鳴らして重く。

互いに進める会話の間に疑問を挟み、くの一が首を傾げてみせる。


「ニンジャの戦い方のことなら、卑怯千万、卑劣に闇討ちこそ正道。あいにく正面同士の斬り合いは不得手な存在にござる。迷宮の中を逃げ回るのが気に障ったというのなら────────」

「ちがうよ」

「おろ?」


段々と近付いていく間合い。

その緊張を軽口と脱力で流し、悪びるでもない様子の弁明、彼女からは一応程度の理屈を操ろうとしたイズモを、盾の眷属が遮る。

交わされた視線に、軽く場の温度が下がった。

既に戦闘自体は不可避、口上に織り込む戦意の高まりを胸に、その時へ向けて好機を読み合う。


「ならば宝の取り過ぎでござろうか? 噂に聞く魔王にしては随分と小さい話でござるが…………」

「むぅ。まおーさまはケチなんかじゃないもん!」

「然様にござるか。これは失礼仕った」


そこで予想になかった怒気に、イズモの方が面食らった。

忠誠の表れか琴線に触れたか、魔王の使者を語った相手、外見そのままの精神とは思ってなかった敵に、演技を疑いつつ印象を変える。


「それもちがうよ。まおーさまは、そんなことで怒ったりなんかしないもん」

「ふーむ。しかしそうなると、拙者、ますます分からんでござるな。どうやら魔王殿の怒りを買ったようでござるが。原因の方が、とんと思い付かんでござる」


そしてお互いが近接の間合いの手前で止まり、相手に隠した尻尾を丸め、狐の耳を別個に立てて動かすニンジャ。

嗅覚、聴覚、その他の《感知》で場の存在の数を確かめ、己と相手の2人きりと判ってからは、そこに全力の注意を向ける。


「かんたんだよ」


そこで。

盾を持つ両手を低く落とし、己より高い背のくの一、言わば大人に属する者を、どこか哀れむように見上げ。

沈痛な面持ちでコレルはいった。






「おねーさん、人を殺したでしょ(・・・・・・・・)






満ちた闘気の散った数瞬、虚をつくべき好機の沈黙を、くの一は混乱によって失した。


「────────はあ」


胸より()かれた呼気は緩く。

むしろ嘆息の如く切って、目の前にした眷族を見下ろす。


それがどうかし(・・・・・・・)たのでござるか(・・・・・・・)?」


あらゆる計算と心構えの果てになお、その行為が罪となることを、考えていなかったかのように。


「そっか。…………まおーさまもいってたけど、やっぱりそういう人なんだ」


持ち前の素直さ。

彼女がこの異世界で手にした意思のそのままに、コレルは小さく呟いた。

説得を試みるのではなく。

己と異なる価値観に対し、反発を覚えて叫ぶのでもなく。

どこか無邪気に似た純粋、子供が故の超然さで、ただただ相手の在り様を呑む。

その裏に己が主への、忠義と親愛だけを秘め。


「いや、その、できればこうして挑まれる以上、理由に関する説明は欲しいのでござるが」


異世界であろうと電脳のある世界であろうと、そこに<人>のいる限り、自然と生まれ、知らぬことはないはずの価値観。

ある種の倫理を『理解できていない』とすら判らず、ニンジャが破綻した疑問を投げる。


「まおーさまがいってたよ。他の人のせいかを横からきてとったり、ワナにはめて、うばうのはゆるしちゃいけないって。めいきゅうに宝があるのに、魔物がいるのに、それより他人をおそって楽しむヤツを、ぜったいにゆるしておけないって」


答えるコレルの瞳に熱はなく、最初の反応にあった活気、言葉と礼儀の通じる相手に期待した分の冷え込みを、無感動に映していた。

冷却を経て固められた決意だけを底に、眼前の相手に決定を告げる。

それは敬愛する彼の、誇れる<眷属>たるために。


「だからボク、おねーさんをたおすよ」


<獣人>の女<ニンジャ>、イズモ。

彼女が<迷宮>においてたった一人、追われた理由。

それは彼女のダンジョンに対する活動方針、主のハルキからすれば、言うもおぞましいプレイスタイルによった。

索敵と生存、個人の探索と多様なスキルに秀でた<ニンジャ>は厄介だが、迷宮で活動するのはいい。


運営者たる魔王からすれば、冒険者たちの挑み方は様々でよく、それが『攻略者』の範囲を逸脱しない限り、嫌がりはしても否定はしない。

そういった手合いを逆に攻略するのが<迷宮の魔王>の在り方で、ダンジョンという場を提供する、マスターとしての義務だからだ。

だがしかし。


「まおーさま。悲しそうだった」


彼女。イズモだけはハルキの見込む『攻略』と『冒険』、その両方から(・・・・・・)外れ過ぎた(・・・・・)

異世界においては高いレベルとソロプレイに、彼が目をつけてから2日目。

地下8階を避けるだけならまだよかったが、《気配探知》や<鳴子>などで徹底的に魔物をかわし、宝箱だけ回収し、罠を潜ってあるいは壊す。

交戦を避けてのソロ攻略も過去の迷宮でない訳ではなく、しかし積極的とも言えない内容に、一旦ハルキが興味を失い、他の相手や魔人に関する仕事に監視を切ったのが最後。


彼女は地形を把握すると持ち前の《感知》と隠密を駆使して各所に潜み、他の冒険者を襲い(・・・・・・・・)、起動させた罠にはめ、己で仕掛けた死地に誘い、彼らの得てきた成果の全てを横取りにかかった。


ハルキも全ては知らぬ罪状、悪逆の数々。

己より多い相手に対して誘引(トレイン)した魔物をぶつけて弱らせ、時には友好的に近付き、【毒】や【麻痺】毒を入れた水、食糧を与え、一網打尽にするのすら前座。

己と変わらぬ同業者、人類である<人間>、<獣人>、<エルフ>、<ドワーフ>、<妖精>といった種族たち。

その全てから装備を剥ぎ取り、殺すことで僅かな(・・・・・・・・)アイテムすら奪う(・・・・・・・・)


「前だって、いつだって。まおーさまはやさしいから」


かつての迷宮でも稀にいた、難関を正面から攻略せず、その正道に邁進する者を背後から襲って利益を貪る、プレイヤーキラーやダンジョン荒らし。

<魔王>ハルキの逆鱗となる非道な行為、それも現実の惨劇を、そこにいる彼女は巻き起こしていた。


ある意味では最も効率がいい同業・同族殺し(プレイヤーキラー)

<抜け忍イズモ>、<遺跡住まい>。

冒険者の間では有名で、ゆえにハルキもティアも知らない、闇の存在の一人だった。

かつて<和国スメラギ>に入って<ニンジャ>を学び、そして修めたと見るや、里に火付けて出奔をした大罪人。

戦闘に生きる者の中でも裏と闇に属する人材、賞金稼ぎの賞金首。

逃亡のためにダンジョンの類と仮の拠点を転々とし、新たな<迷宮>の噂を聞いてやってきた、語るに及ばぬ人畜外道だ。


「おねーさんが…………お前みたいなヤツが! まおーさまもボクもっ! 一番許せないんだ!!」


卑怯卑劣に同業を襲って殺戮し、『命が惜しければ』と<流浪の(くら)>からアイテムを出させ、然る後に始末する。

レベルの高い<妖精>や<エルフ>の死体から、値の付く部位、翅や耳、内臓の採取すら行い、頬ずりしながら瓶詰めし、発覚の防止にわずかな遺品も処分する徹底。

ハルキに犯行の現場を発見されるまで、そして見付かってからの短時間で行った、凶状と証拠からの類推。

犠牲となったパーティーは複数、短期間にして1ケタで足りない死者の数は、あまりに恐ろしいといえた。


死亡(ロスト)しても消えずに残る肉の体、温度の残る生きた誰かを解体し、その価値だけに歓喜する。

自身の管理する迷宮で、それをされた一人の<魔王>の心情たるや、想像を絶して余るだろう。

異世界転生、召喚転移、トリップ、クロス。

デスゲームとして妄想をしたこともある、そして精々その程度の、己の見ていた誰かの終わり。

戦争のような大義名分も理由もなく、実在の世界で生きている他人に、自分の手でそこまでやるのかと。

ハルキ自身の意図ではなく、命じてやらせたのでもなく、個人の決意や覚悟と離れて行われた、他人の手による不意打ちの悪意だ。


一つの異世界(げんじつ)だからこそ存在する悪魔、人間(プレイヤー)でもない殺人鬼。

国家ではなく私欲に生きて災厄を振り撒き、殺すしかない絶対悪。

魔王本人は、今日も誰かが訪れる限り、迷宮を稼動させねばらない。

本来ならば一度でも位置を捕捉した以上、配下の強力な魔物を束でぶつければいい。

それでも己の手でやると、言った魔王に<眷属>が合わせて申し出を行い、最終的にコレルの方が、その役目を自ら負ったのだった。

かつて魔人の姫たるティアが見せ、そして秘めながらにして行動した、魔王と彼の優しさを、想うが故に宿した覚悟。




「はっはっは!」




それを、畜生が一笑に付す。


「魔王やその遣いともあろう者が、これは異なことを言うでござるな!」

「……」


腹を抱えて背を曲げたくの一、<迷宮>にいる全ての怨敵。

もはや噛んだ歯だけを軋らせ、コレルはただただ瞳を燃やす。


「拙者も詳細は知らんでござるが、王国や<勇者>と戦争をしておいて、それはちょっとないでござるよ。この迷宮が冒険者を殺さないにせよ、何か目的があって装備は奪っているのでござろう? 中にはそれで路頭に迷う者もいるはず。帰り道で魔物に襲われ、武器がなくて死ぬ者などはどうでござるか? 拙者だけが責められるとはげに愉快。理不尽でござるなぁ」


くつくつと笑い、何がそこまで可笑しいのか、殺した者には流さなかった涙を浮かべ、震えながら目元を拭う。


「そもそも冒険稼業は明日をも知れぬ博打の道。生きるか死ぬかで、死ねば屍拾う者なし。冒険者とは死ぬことと見つけたり、でござるよ。死後の辱めは無意味。そして死ぬのは、弱いのが悪いのでござる」


口上は止まらず滑らかに流れ、そのために無理も誇張もない、本心であることを保証していた。


「卑怯卑劣にそこを衝くのが戦いの常。どうも冒険者には勘違いしている御仁が多いが、命を賭けた丁半博打で、できることをしない方が悪いでござる。死ぬのが嫌で勝ちたいのなら、先ずは己の心を下に、刃で刺して殺すべし。それで初めて勝てる道が開けるでござる。すなわち『忍道』、拙者が学んだ、基本にして奥義の構えにござるよ。もっとも、命より心が大事というなら、それも否定はしないでござるが」


嘲笑はすると、態度や全身で語っていた。


「────────やっぱり、お前みたいなのは、まおーさまのめいきゅうにはいらない。いちゃいけない」

「おや?」


対して、轟く響きは重く。

空間を揺らす振動を生み、大盾を合わせて打ち鳴らした少女が、兜の下で唇を噛んだ。

突風すら巻いた両腕の交差と、床を罅割った赫怒の踏み込み。

左右に開けた防御の隙、盾の間に劫火で熱した双眸を浮かべ、仕える主と彼の心、そして<迷宮>を守る従者が、自ら担う守護に立つ。


「まおーさま。悲しそうだった」


かつて電脳の頃より生まれ来る想い。

彼女の肉体、この異世界で実体化した胸に根付く、一握の記憶(メモリー)


「まおーさまは、悲しそうだったんだ」


そこに此処に来る前に見た、蒼白になった魔王の顔、怒りと屈辱を胸に、尽きない後悔を瞳にした彼の姿を重ね、コレルは軋む感情を覚える。

情報の海から自身を拾って育て上げ、共に立てるまで鍛えてくれた、主に対する敬愛の忠義。


「だから……! ぜったいにぜったいにぜったいに! ボクはお前をゆるさないぞっ!」


心も体も迷宮も、<魔王(あるじ)>のものを傷付ける敵への、反撃の守護者カウンターガーディアン

乙女の身にして盾なる<眷属>。


「『ボクは無敵の王の盾! 破れず砕けず、守護する(しもべ)!』」


確かな己の正義を掲げ、少女は高く天に叫ぶ。

もしかしたら。

今も自分を見ている主に、少しでもその想いが届き、彼の不安を払えるように。


「ボクはコレル=コーレル! まおーさまのじゅうしゃだ! まおーさまのてきは、ボクがたおす!」


過去、デカラビアと違って原型を持たない(オリジナルの)彼女に対し、ハルキが戯れに考え出し、没にしたはずの必殺詠唱。

<勇者>戦の時と同じ、絶対の宣誓文を唱え、コレルが勢い良く咆える。


「王国も恐れる悪魔にしては、随分と甘いでござるなぁ」


その姿を目に、どこまでも冷えた感想を零し、寄る辺を持たない<ニンジャ>イズモが構えを取る。

右手に抜いた忍者刀、左手に挟んだ飛針の群。

暗器と刃に<符>を貼り付け、早九字を切って対抗する。


「しかしその甘さ、拙者に利する限りは嫌いじゃないでござるよ。ようやく見つけた勝機なれば、精々突かせてもらうでござる!」


正面からは敗北必死、感覚すらできない力量差を前に、くの一が生くる術を探った。

弾ける闘気と砥がれる殺意、燃える戦意とあふれる殺気が円形の決闘場に満ち、同時に一歩を下がった2人が、倍の速度で床を蹴る。


「とおりゃぁあーーーっ!」

「はああぁぁぁ!」


撃ち出す加速に爆ぜた足場、石材の欠片が舞台の端から、刃の地獄に落ちるまで。

唇を裂いた凶相と、兜の内で見開いた瞳。

一路疾走する装束と、立ちはだかる厚き黄金の鎧。

翔ける刀と押し潰す盾、生存と打倒、女と少女の衝突が、<迷宮>の大気を2つに割った。















それから、時は流れて(のち)のこと。

魔人の領土における聖地、陽射しの注ぐ<魔王の森>の開けた広場、天に伸びる<迷宮>の口たる門前には、2つの物が置かれるようになっていた。

一つは四肢を潰されて透明な棺に納まり、<食料>用の防腐アイテムで処置された、女の『死体』。

もう一つはその隣に刺された、死者の罪状や処断の経緯を克明に記した、警告の立て札。


前者はやがて撤去されたが、それを殺したのが誰だったのか、ついに語られることはなく。

迷宮に挑む冒険者たちは各自の記憶や手配書と比べ、悪名高き<ニンジャ>イズモの死に安堵し、闇の存在もまたダンジョンを目指すことに、表の者として警戒を抱いた。

そして後者には、<魔王>の名による彼女の働いた凶行の説明に、それを防げなかった侘び、以後の対策と注意の喚起、同様の者を絶対に許さない覚悟が、驚くべき誠意で書き添えられる。


およそ割に合わない危険と労力に満たされ、『治安』の文字とはほど遠いはずの、ダンジョンの深淵。

大陸におけるその唯一にして絶対の支配者、<迷宮の魔王>の見せた統治と管理の姿勢は、後の大陸の歴史において、多様な反応を生んだ。

多くの者が知らない魔王ハルキの苦汁、一つの経験を教訓に、迷宮は今日も拡大を続ける。

数多の者の夢を呑み、一握りの誰かの願いを叶え、個人の希望と国家の絶望、魔人という種族の救済を合わせて。


「むっふふー! まおーさまー! ボクおしごとしたから、ほめてほめてーっ!」

「ちょっうわ!? こら、離れろコレル! 抱きつくな擦るな顔を埋めるな! そこは止めぎゃああああ!?」


そこにはあくまで無邪気な風のコレルを始め、彼の<眷属>や部下の<小悪魔>、協力する魔人にその姫と、多くの関わりや支えもあったが。


「魔王様のお心を傷ませてしまうとは、このデカラビア一生の不覚……! 以後は如何なるご命令にも更なる精進で応えて見せます! なぁにたかだか冒険者程度、魔王様の下に届く前に、このデカラビアが薙ぎ払って────」

「いや、お前が薙ぎ払っちゃダメだから。大部分はそれなりの魔物で適当に倒して、適当に生かして返さないと意味がないだろ。お前とコレルは気軽に投入できないぞ」

「そ、そんな!?」


かつて夢とした異世界で、己の愛する<迷宮>を、ハルキは変わらず運営していた。


「それより魔王さま、ワタシら小悪魔一同としては、そろそろ職場環境と労働条件の改善をですね」

「あ、ああ」

「ワタシもう腕がぱんぱんです~」

「素材は賄えているが、この調子で冒険者と抱える魔人が増えた場合、将来的には手が足りなく恐れがある。単純労働の部分に関しては、魔人を徒弟や労働力に置くのも手かもしれないぞ? 魔王さま」

「<畑>の方なんかは順調なんですけどねー。みんなモリモリ食べてバリバリ働いてたっぷり○してくれるので、体も土も富栄養化が捗りますよ!」

「他の皆ばっかり急がしそうで妬ましい。ぷんぷん。これが悪魔の格差社会……? 誰か、この紫の<交換屋>にも愛の手を。清き一票と募金が足りない」

「魔人の受け容れは流石に落ち着くと思うから、悪いがもうしばらく踏ん張ってくれ。どうしてもっていうなら<他人の不幸(キャンディー)>の追加と、そうだな、<ルシファーガム・裏切りの味☆ユダ印>もこの際出すから─────」

「「「「「はい喜んで!」」」」」

「相変わらず現金だよな、お前ら」


そこに電脳とリアルの違いがあり、仮想と現実の変化が生まれ、ダンジョンを取り巻く様々な状況、思惑の推移と関与もあるが。


「ハルキ様…………その、大丈夫ですか?」

「うん? オレの方は問題ないよ。王国の動きなんかもあるし、まだどうなるかは分からないけど、油断しなきゃ何とかなるさ。ティアこそ魔人のみんなが増えて大変だろうし、何かあったら言ってくれ。グランの方も、物資は出すけど護衛までは万全じゃないから、レーゼの町の復興作業、気を付けて」

「はい」

「はっ!」


彼は変わらず、<迷宮の魔王(ダンジョンマスター)>として在り続ける。

それが単なる現実を超え、全ての者が知って恐れる事実となり、このグローリア大陸の、歴史の真実に至るまで。

新たなる、そして最高の<魔王>ハルキは、深く、迷宮の玉座に腰掛けるのだった────────。







以上、外伝の1、迷宮のその後や異世界的な機能の特徴、攻略側にとってのメリット他のお話でした。

今回は色々と更新がごたつき、申し訳ありません。


次回『外伝の2 魔人たちの送る日々』は同じ轍を踏まないよう、余裕を見て時間をいただき、2月10日までの更新とさせていただければ、と存じます。

こちらはメインキャラ以外の視点を通したほのぼの回。

ダンジョン生活部における個人の暮らし、魔王様とティアの統治やシステム描写になります。

出来るだけしっかりと纏めて一本化し、1話で内容を完結させる予定でおりますので、お付き合いのほどをいただけましたら。





外伝1は、迷宮を巡る主人公と部外者の視点や都合を織り交ぜて描写してみました。

拙作の主人公は設定で書きました通り思想・信条の不殺キャラではありませんが、状況と倫理のステップ上、段階は要る感じになります。

作者的に下種外道はこれくらいから。

イズモの相手はデカラビア版も少しだけ書いたのですが、作者的に思うところがあり、あえてコレルに頼みました。


それでは、グダグダな作者にお付き合いいただき、今回もありがとうございました!

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