第1話 姫の少女
中天の陽射しを受ける森に、風が吹く。
土と草、枝と葉、樹と樹の間を抜ける自然の息吹。
だが瑞々しい深緑の香気を薫らせる気流は、同時に陰鬱な湿度を孕み、大地の上を重く這って飛び去った。
枯れ落ちた葉が半端な高さに舞い上げられ、ざわついた枝が反動で低く垂れ下がる。
そんな風の音にある種の知らせを聞いたのか、鼻先をくすぐる草葉の匂いを深く吸い、さらわれた髪に手櫛を挿した少女がいた。
背にかかるウェーブの金髪を、幾度か手指で梳き流す。
やがて下ろされた手は逆の腕の肘を抱き、残る手で同じ対比を作ると、きつく胸に寄せ止めた。
組んだ両腕は根元にある肩を押し上げ、微かに曲げた背中と合わさり、凍えるような姿勢を映す。
辺りの気温は低くない。
陽光そのものは温かなことを考えれば、その身を寒からしめるのは、心胆の覚える冷気だろうか。
「……まだなのですか」
鈴声は弱弱しく、小さな抑揚が音色の高低を下げてしまう。
遅れて黄金の御髪の袂、前髪の下の両眼が、輝く恒星を見詰めた。
紅玉の双眸。
天の炎とは似て非なる赤が、輝きを翳らす。
「お嬢様」
呼ばれた彼女は淡雪のドレスを翻し、風にはためかせた。
声の主を認める間。
驚きによったその視線は、やがて親しみの安堵に和らぐ。
移した視界には執事服の男性が、背も真っ直ぐ立っており、逆の三角に揃えたヒゲを、白い手袋で撫でていた。
「爺」
片眼鏡つきの顔には年輪のシワが刻まれているが、しゃんとした背筋とがっしりした肩幅、被服に張る筋骨の盛り上がりは老齢と見せず、落ち着いた雰囲気をまとっている。
白髪を交えた銀髪は乱れず後頭へ揃い、シワやシミ一つない衣服と相まり、老練のキャリアを感じさせた。
やり取りからして主の少女に呼ばれた彼は、鋭く両脚を駆って御前に立つ。
踵を揃えた足の上で腰が曲がり、握る右手を心臓に置いた礼がなされた。
「人間とこちらの様子はどうでしたか?」
「はっ」
顔を上げた従者が、少女の問いに口を開く。
応じた後で早過ぎないよう間を挟み、渋味の利いた声が続けられた。
「敵軍の攻勢は思いの他激しく、既に予想を超えた被害が出ております。負傷した者から下がらせてはいますが、奴らどうやら我等を族滅……いや絶滅させるつもりですな。血気の盛んなことで。ただ逸ると同時に勢いづき、多少の被害は物ともせずに囲んで来ます。皆、頑張ってくれてはいますが…………程なく、此処まで達するものかと」
「本当に、後には退けないのですね」
「森の入り口は押さえられました。よしんば押し返せても、レーゼの町まで下がられると、後が続きませぬ。つくづくあそこを落とされたのは痛かったですな」
「っ。《召喚》の方は?」
「何分、初めての術式ですので────今しばらく、としか」
「そう……」
「なに、お嬢様が心配されるには及びません。いざとなればこの老骨、まだまだ枯れてはおらぬことを、戦場で証明してきましょう」
徐々に硬くなる主の表情に対し、シワを入れた執事の顔がやわらかく崩れた。
老人が孫に見せるような、穏やかな笑顔。
一見して晴れやかであり、だが気負いのなさ過ぎる面持ちに、ついと少女が目を送る。
「爺。あなた」
「ご安心を。せめてお嬢様の嫁入りを見届けるまで、この爺は死にはしませんとも」
見咎める主に冗談めかした笑みで返し、それから表情を改めた。
「早まってはいけまんせよ、爺。私のワガママなのはわかっています。それでも、どうか……できればあなたは無事でいて」
「はっ。主命、しかと承りました」
従僕の見せる再びの礼に、しかし彼女の顔は曇る。
縋るように見上げた空も、この世界の太陽も、求める答えは与えてくれない。
ただ陽の光が平等に注ぎ、彼女を照らすだけだった。
「……」
陽の下に映える白磁の肌。
妙なる肌理の細やかさに、乗せた若さの釉薬。
純白のドレスに金の長髪、紅の瞳に、キズ一つない嫋やかな手。
王女といわれても信じられる美と高貴が、揃って彼女の身にあった。
唯一、老執事と比して小さ過ぎる背だけが足りず、若さが幼く、美が儚さに見えてしまう。
瞳を大きく、柔和さを輪郭した顔立ちは、この世界での成人のそれに及ばなかった。
「…………もう、ダメなのかもしれませんね。私たち<魔人>は」
「お嬢様。それは」
風が吹く。重々しく、低空で荒ぶ風が。
彼女らの立つ緑の広場、森の中へ木々を掻いた気流が集い、爪を立てて千々に乱れた。
四方から雪崩れ込む強風が衝突を経て方々に散り、一際激しく吹き付ける。
「もちろん、諦める気はありません。滅びに瀕しているからこそ、叶う全力で抗いましょう。一人でも多く、少しでも長く、皆が生き残るために」
「ご立派になられましたな、お嬢様。まこと仰る通りです」
決意と感慨。
異なる情動を漏らす両者の頭からは、数秒、奇妙なモノが覗いた。
前髪を掻き揚げられた少女の額からは、薄く青い菱形の宝石。
老執事の生え際からは、コブのような2つの突起。
「私たちは。決して、<人間>には負けません」
万物の霊長を敵に回して少女は告げる。
それは彼女らの出自と、今の状況を明らかにする宣誓だった。
淡く色付いた唇を噛み、幼さの残る顔を引き締め、前に踏み出す。
風が誘う衣の端を強く握ると従者を連れ、少女は、広場の外周から中心へ向かった。
<魔族>。
それは彼女らが認識する世界────あるいは<ファンタジー・クロニクル・VR>と近似の────の大陸にある種族の一つ。
人間、亜人、妖精などで構成される人類に対し、魔族と魔物を主とする敵性勢力。
より正確には点在する魔族勢力の一つ、魔人族が彼女らの属する集団になる。
国家、ではない。
魔族は国を持たないからだ。
正しくは大陸の情勢で過半を占める人類勢力、中でも核となる人間種族がそう扱わない。
複数ある魔族の生存圏は、どれも便宜的に総称を魔族領、通常は個々の種族領と呼ばれ────────魔人のそれは、今まさに滅びに瀕していた。
少女が歩を進めた先では、円座を組んだ一団が地面に腰を落とし、一心に何かを唱えていた。
歌のような、呪詛のような複雑な音を響かせる、人型をした人外たち。
皮膚の模様、背中の翼、多数の手足に捻じれた角と、彼らの容姿もそれぞれである。
「おお。姫様」
「ティアリス様」
「グランも戻ったか」
執事と主が近付くと、幾人かは顕著な反応を見せる。
主従が円陣の縁で足を止めると、集団の中からローブの老人が進み出た。
執事と違ってシワの深さが本格的で、折れるように背を曲げており、老いが骨身に回ったことを語っている。
ティアリスと呼ばれた少女もグランという名の執事を背に、シワの中にある老人の落ちくぼんだ目に向け、申し訳なさそうな笑みを返した。
「ごめんなさい。集中しなくてはならない時に」
「ふぉっふぉ。そうお気にせず安心してくだされ。何せご覧の通り、枯れたジジイが多いですからの。姫様のおかげで華やぎますじゃ。それに孫のような姫様のためと思えば、この老骨の一本や二本、折れても苦にはなりませんで。どうせ黙っていても奴らに殺される命、最期の炎くらいはしっかり燃やして見せますじゃ」
「そんな」
杖をつく方は震える手でローブのフードを下ろし、伸び放題の白いヒゲを、呼吸で揺らして軽くいう。
少女、ティアリスの側は言葉に詰まされるが、相手の方はなお愉快げにシワを歪めた。
「まぁ、そうですな。もしも生き残れたら、姫様の産んだ子供くらいは、拝んで逝きたいところですのぅ。かっかっかっ…………長い長い。老いたら老いたで、夢の続く間は死ねませんわい」
好々爺の雰囲気でいうと一度、深く呼吸してから地に突いた杖を両手で支え、可能な限り背を伸ばして問う。
「────儀式は間もなく、完成直前までいくでしょう。本気で加わるおつもりですかの?」
「ええ」
曇りのない瞳で即答した少女は、強くうなずいて見せた。
「お嬢様。爺は今でも反対にございます」
「言いたいことはわかっています。わかっては……いますが」
主に対して否定の意志を投げる従者へ、言い淀みながらもはっきりと答える。
「私は私の責任を果たしたいのです」
言葉を切ると瞑目するようにうつむき、額の宝石に手をやって撫でる。
指先に触れるのは仄かに透明感を帯びた、不思議な青い菱形の石片。
種族特性の一つとして生まれ持ったそれは、装飾と異なり肉を裂いて身の内から現れ、魔石の中では<召喚石>に分類される代物だ。
肉体に生れ付いたものを鉱物、と評してよいかは不明だが、《召喚》技能に長けた魔人族が王────だった────前代魔王の父に連なる才能である。
「せめて亡き父に代わって。少しでも私にできることを」
彼女らが口にする危機と、醸し出す緊迫の理由。
全ての切っ掛けはたった1人、あるいは1体の魔族の死亡だった。
<魔王>。
魔族の中でも別格の力を持ち、多く魔人や不死、魔獣、巨人といった各種族の頂点に君臨している超固体。
それが最近になって一つ、欠け落ちたのだった。
言うまでもなく、彼女らの。
魔王ソーロン。
類稀な《召喚》能力で多様な特性の配下を従え、たった1人で動きながら無数の下僕を召喚し、軍勢をなす規格外。
奇襲でも防衛でも侵略でも、およそあらゆる常識を壊して暴れ回った存在だった。
過去形である。
現在、人類を代表する三大人間国家の一つ、ヴァラハール王国。
かの国との100年を超えた闘争終結の席、平和と不可侵条約を締結する交渉の場で王国側が裏切り、召喚に長けるがゆえに自身の戦闘力はそれほど高くない魔王を────無論のことそうと知って────不意打ちで滅ぼしたのだった。
以降、魔人族は戦力の多くと精神の支柱を担っていた長を失い、強力な護衛と有力者による使節団の全滅で、組織力を激減させた。
そしてその情報を掴む前に王国による急襲を受け、次々と拠点を陥落させられてきたのである。
初動で各所の町を制圧され、情報は遮断、組織はバラバラ、生き残りも吸収できていない。
惨状といっていいだろう。
魔族は生来の能力に秀でる分、生産や軍事といった面では人間に劣り、組織的な防衛には向かない。
同時に成人以上は基本的に戦闘要員に数えるため、戦力の全滅は民の絶滅、種族と国家の滅亡に等しい。
例外は幼子や老人くらいのもので、戦えない者は森の奥へ退避していた。
森を抜けても最終的に広がるのは海岸線なため、退く道がないのに変わりはないが。
距離も時間も、民も種族も後がない。
文字通りの意味の重さを、少女は理解して背負っている。
「ほっ、ほほ! 姫様はまさしく魔王様のお子ですな。昔を思い出しますわい」
「そ、そんなことは」
感心と懐古、といった態で老人が言った。
謙遜する彼女も、つられてしばし過去にひたる。
姫やお嬢様と呼ばれるティアリスだが、実際そのような身分にはない。
魔王とはあくまで突出した固体の総称であり、階級制度によるものではなく、本人や直系子孫であっても精々全体のまとめ役、というのが慣例だ。
でありながらも彼女に贈られる尊称は、既に死した前魔王、そして娘である彼女が身にそわす覚悟と高貴さが、見る者に自然な敬意を起こすためとなる。
「召喚だけに限れば、最も長けているのは姫様ですからの。難しいとは存じますが、最後の時までどうかご自愛下さりますよう」
「ありがとうございます」
配下の願いに、傅かれる側が頭を下げる。
「どうか気にして下さいますな。本来ならば子の未来には、面倒をかけぬが老人の務め。ワシらの代でやっておれば、こんなことにはなりませなんだ」
老体がシミの浮く指を握り、作った拳を口、というよりヒゲに当て、思い出したと言わんばかりの咳をする。
「さて。どうやら、そろそろですかの」
いつの間にか円陣を組んだ者達が唱え、広場を満たす呪文の連なりが止んでいた。
老人は下がると座に戻らず、先導するように円の中心へ歩き始める。
「いよいよなのですね」
目的地には、複雑な字と紋様を刻んだ魔法円が描き込まれ、複数の図が巨大な陣を敷いていた。
その中央には光り輝き、魔法的な浮力で滞空する宝石────────いや、宝玉。
少女、ティアリスの瞳に似た色の、赤い物が浮いている。
「これが」
言う前の吐息が、ほんの少し胸に詰まった。
彼女の父が王国に向けて発つ直前、民に遺した召喚石。
魔王の魔力と性質を秘めた、宝の字に劣らぬ品である。
無論、その効果においても。
「お父様の」
形状と反射によって、底知れない深みを沈み込ませた紅の玉。
彼女の瞳と、それを与えた父の色。
先代魔王が生まれ持ったものではないが、同じ物を模して作った特別品だ。
思い入れという意味でも、少女には一層。
「必要な準備は終わりました。あとは使用と制御の問題ですじゃ」
「安全に制御できるのだろうな」
流石に不安のある言葉に老執事が割り込んだが、結果は鼻を鳴らされるに終わった。
「ろくに魔法も使えん小僧は黙っとれ。この歳で初の経験に、保障なんぞできるかい。召喚そのものと召喚した固体、どちらもバクチじゃ。できるだけの安全弁をかけはしたが、絶対などとは到底いえんわ」
「ご老体……! お嬢様に何かあったらただでは済まんぞ!」
「どの道、これで駄目ならワシら魔人は自分で死ぬか、人間共に殺されるかよ。おお、召喚した魔王に、というのもあったかのぅ」
「構いません」
陣を前に少女が告げ、争う気配を醸した視線が寄せられる。
「お父様を殺され、築き上げた町を落とされ、多くの者を失い。ついには聖地に、この<魔王の森>にまで追い込まれました。私たちに、もう失うものはありません。失うものが、これ以上あってはならないのです。守りたいものを守るため、取り戻せるものを取り戻すため、私たちに退いて行く道はありません。ならば、せめて打てるだけの手は打ちましょう」
紅玉の瞳が、光を浴びて揺らめきをたたえる。
悲壮な決意で────────そして単純な話だった。
戴いていた魔王が滅び、追い詰められて戦力が足りない。
ならば追加すればよい、と。
魔王の穴を新たな魔王で埋めるという、文字通りの博打。
幸いにも死した先代の娘が必要な技能に秀でており、必須の物資も手元にある。
このまま殺されるよりは賭けるべきだし、全ては上手くいかなくていい。
魔人としては召喚された魔王に対し、首尾よく協力を得られればよし、最悪としても戦力になればそれでいい。
絶望一歩手前としては、いきなり喚ばれて暴虐に狂う魔王に対し、犠牲を出しつつ逃れて隠遁、その災厄を大陸に放って人類とぶつけ、戦渦をよそに再興の目を探るのも可能だ。
召喚した時点で逃げる間もなく皆殺し、森ごと消える可能性が高いとしても、溺れる者がで掴むワラでは太い方。
「やりましょう。魔王を、召喚します」
かくて森に宣告が響く。
この世界にまだ見ぬ魔王を招く儀式が、とうとう始められたのだった。
「必要なものは揃い、可能な限りの準備は整えております。姫様は術の展開、魔王の制御にだけ集中してくだされ。ソーロン様……お父上の召喚石で及ばぬ魔力と構築は、ワシらで補いますゆえに」
自らも円座に加わるべく退いた老人が、手順、というより最低限の確認を伝える。
首肯する姫君の後ろでは緊張を帯びた執事が控え、警戒に神経を割いていた。
「わかりました」
姫はといえば面持ちこそ固いが、動作そのものに淀みはない。
言われたまま輝く魔法円に踏み込み、そして召喚石に触れる。
「いつでも始めてくだされ」
「……いきます」
浮かんでいた宝玉にたおやかな指を添え、視線の高さへと導く。
緊張か魔石の光にか、紅潮していた唇が、ゆっくりと離れて祈りを紡いだ。
「彼方より来たれ 強大なる魔王よ」
────────胎動する。
「触れえぬ遠き地 遥けき彼方より理の狭間を越え 星辰を据えし我が下へ来たりて権能を与えよ」
掲げられた宝玉が光を失った。
絶え間なく放たれていた赤、魔力と大気が反応して起こる発光現象。
周囲の輝きが消え、代わりに不気味な鼓動が響く。
「来たれ 来たれ 来たれ 我は大魔王の御名の下 汝を喚び出だして契約をせんとする者なり」
心臓の鼓動、肺の収縮、呼吸の吐息。
生命を思わせる脈を持った律動が始まり、静かに深く、段々と速く強く増して広場を覆う。
「我は贄 我は王冠 我は軛 汝の栄誉にして同胞なり!」
地表の魔法円から内容を転写した光が飛び、魔石を包むと宙に術式が展開された。
流血の如く虚空を走り、中心を囲んで形成される非常理の版図。
此処でない何処か、遥か彼方より他者を招く召喚が始まり、暴威の具現が進行していく。
(これなら……!)
拡大する具象図に、老人も執事も、他の誰もが目を見張る。
漲る緊迫、乾く舌と枯れる喉を懸命に操る彼女は思った。
(いけます!)
予想より制御は安定している。手応えにも特に問題はない。
喚び出される者が何にせよ、条件に合致するのは確かだ。
彼女が望む相手。魔人の求めた存在。
王を欠いた魔人を守り、安全を約束する力の主であることは。
「我が祈りを耳に届けよ 我が求めを胸に秘めよ 我が願いを魂に宿せよ」
開始した時点で対象を掴めず魔力が霧散し、空振ることすら想定された。
成果は十分。
今も術式は常理に反して空間を撓め、陽炎のような視界で彼我を結びつつある。
だから決して気は緩めない。
契約も済ませぬ魔王の独自召喚など、知る者からは狂気の沙汰。
大陸の歴史に類を見ない大儀式は、依然として危険に変わりない。
「これを妨げる者を阻み これを塞ぐ者を破り これに利するを誘惑すべし」
現世と異界の狭間で触れ合う境界が圧力に軋み、崩壊する事象に大気が帯電した。
四方を裂かんと轟く稲妻。
起動の後に距離を置いた姫君の前、固定化された陣の内で膨張した、雷が迸る。
「我は汝に代償を捧ぐ」
途端に雷電から突風が生まれ、噴煙と化した土ぼこりが舞った。
吹き飛ぶように乱れる金髪。
押さえた少女は目を細めると、定めるべきをしっかりと見据え、額の魔石を輝かせる。
魔王にして敬愛する父と、色違いの召喚石。
同種の結晶が発光し、青のそれが紅に向かって干渉を強める。
「誓約の下に我 ティアリス=ミューリフォーゼが喚び招く 我の声に耳を貸すなら境界を結べ!」
重ねるように両手を突き出し、渾身の声で叫び上げた。
「三度命ずる 来たれ────────新たなる魔王よ!!」
光が爆発し、一帯を包んで収束する。
刹那の光景の最中、父の形見が砕ける様を娘は目にした。
望まれた効果の結実に、薄れゆく陣から飛び交う稲妻が解かれる。
胸に湧く想いは耳をつんざく雷轟に消され、全員が伝播する衝撃に構えた。
先んじた執事の背を盾に、白く染まる景色の中、少女は遠のく悲鳴を聞く。
「お嬢様っ、ご無事ですか!?」
「っ……ええ。爺のおかげで」
音と光と暴力の嵐が過ぎ去った時、既にそこは何もなかった。
湿度を焼かれた森の空気はすっきりと余韻だけを残し、心なしか、見上げた空が晴れた気さえする。
「他の者も、何とか無事なようですな」
「よかった。それにしても、魔王は……」
離れたところで起き上がっている仲間を見て、安堵を浮かべた姫がいう。
成功の感触は確かにあった。だが肝心の、魔王が何処にも見当たらない。
「め……さま……!」
召喚は達成したはず。だとすれば、周囲に姿が見えないのは何故か。
疑問が意識を引っ張った時、彼女はふと、呼ばれた気がして顔を上げる。
「姫様……! 上です!」
言われ、スムーズに追加した角度で天を仰ぐと、見上げる太陽に異物が紛れた。
「うおあああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
動揺を隠さず表に出した、恐怖に乱れる男性の声。
天空の蒼にシミを入れた小さな黒点、星の高みから大地へと滑空────というよりも素直に墜落────する人影が、羽ばたきの如く手足を動かす。
不恰好な鳥真似は、当然、軌道の変化も浮力も何も与えない。
(まさかあれが……!?)
「お嬢様お下がりを!」
老執事が前に出て、入れ替わりに主を後退させる。
即座の行動は従者としては立派だが、とはいえ動き回る姿が、別の視点でどう映るか。
「ちょっ、まっ……! 危ない、どいてくれええぇぇーーーっ!!」
正解は天の声。
威厳はなく、恐怖もなく。
どこか間抜けな叫びに遅れ。
彼女の望んだ魔王が────────ついに降臨を果たした。