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第18話 超常決戦






迷宮の王の間に、打ち合う剣戟の旋律が渡る。

天井に突き立つ銀色の鏃に、床を打つ振動。

無数の穴に散乱した瓦礫。

飛び交う魔法が光と轟音で辺りを支配(みた)し、視界が翳ると、再び闇中を人影が舞う。


「とりゃとりゃとりゃー!」

「ちっくしょうがぁ! キリがねえ!」


戦士クドラクの振り下ろす鉄槌が大盾に弾かれ、空いた腹にタックルをもらう。

鎧の厚みに衝撃の大半は殺され、代わりに縮めた距離を空けられた。


「この……!」

「ふん!」

「皆さん頑張ってください! もうすぐ回復を…………きゃあっ!?」


すかさず勇者メルリーウィと暗殺者タントラが切り込むが、魔王の大鎌が振るわれ、空間を薙ぎ払う攻撃に、後退を余儀なくされてしまう。

その顔や防具の覆わぬ隙間、各所の傷を癒そうとした神官のセラフィが、至近で炸裂した氷塊に悲鳴を上げた。


「まだ尽きんのか……!?」

「ああもう狙いにくいにゃあ!」


エルフのローエインが焦りの声を上げ、弓を持つアッシェは苛立たしげに尻尾を回す。


「ファーッ、ファファファファファ! どうしたどうした、私の魔力はまだまだあるぞ? ようやく温まってきたわ。もっともっと撃ってこい! 片っ端から蹴散らしてくれる!」

「《シ、ィ、ル、ドッ、スタァーーーンプ》!」


対照に、調子に乗った眷属側は攻めに攻める。

コレルがまた重戦士を弾くと飛んで来る矢や魔法を防ぎ、高笑いするデカラビアが、散弾のように雷球を撒いた。

スパークする紫電が着弾して弾け、逆立つ雷条が天井に上って周囲を照らす。


「コレル下がれ。 “骸を立てよ(ブラックブラック・)呪槍の森よ(スピアー・ウッド)

「はーい、まおーさま!」


盾役を後退させた魔王の詠唱に伴い、衝撃の伝播した床から、黒塗りの槍が次々に突き立つ。

粘液のような影を引いた刃の群。

鬱蒼と生えた長柄が生贄を求め、怒涛となって攻め寄せた。


「ちぃっ!」

「っはぁぁああ!」


床を走る槍衾、黒槍の穂先に重戦士が突っ込み、振るうハンマーで端から圧し折る。

だが巨体の豪腕も全てには届かず、板金を刺しながら抜けた刃が後衛に向かい、割り入った勇者が聖剣で断った。

瞬間に閃く白刃の軌跡。

砕けた闇の欠片と穂先が、戦場に舞って溶けていく。


「くそっ。なんて持久力だ」

「チビは硬すぎて削れない。魔法はあの球体に邪魔される上、飛び回って手が付けられん。そして魔王が物理に魔法にサポートだ。どうする?」


一旦引くも、問われた勇者に答えはない。

既に戦闘の開始から数分。

彼女の感覚では長い長い戦いの中、分断された戦場は、統一と優劣を見せていた。

力をぶつけ技を振るい、鍛えた武器を絡めて打ち合う超高純度、超戦力の人魔の闘争。

中衛をなくして魔王とコレル、勇者と戦士と暗殺者を前に、神官と魔法使いに弓兵、そしてデカラビアを後衛に分けた戦闘は、常に勇者の劣勢だ。

確認されていた眷属と魔王、どちらを先に落とすべきか。

解答を求めて一当てし、後は経験の導くままに攻防を繰り返した結果の、硬直した戦力比が今である。

勇者たちは、ただひたすらに押されていた。


「もう諦めて退いたらどうだ?」

「よくいう。させてくれないくせに」


倒される前の撤退も、試みはしたが失敗している。


「悪いが仕様でな。している装備と持ってる道具、全部渡して投降するなら帰してやるよ。ああ、これから魔人に関わらないのも条件で」

「後者はともかく、前者は冒険者には痛手だ。そういうことなら抗うとしよう!」


現れる余裕が、魔王の態度を常のものに戻している。

空間の隔離で脱出を封じる、ボス部屋仕様の<魔王の間>。

異世界ならば融通は利くかもしれないが、ハルキとしても装備くらいは奪わなければ、とても彼女らを帰せない。

迷宮における支出の問題などではなく。危険過ぎると、ただそれだけで。


「残念だ」


心底、とこぼす魔王。

合わせた手筋は既に無数、戦力は分析し終えている。

《看破》で判明した脅威、相手の平均レベルは70。

魔人の最大は執事の54であり、目の前の敵の2、3人が突撃すれば、迷宮の住人を虐殺できた。

当然、彼が背にしているティアも。

迷宮を壊したことを抜いても、ハルキとしては見逃せない。

ここで討つか、せめて装備とアイテムは剥ぎ、強烈な痛手を与えるのが必須だ。

無傷で逃がせば将来どんな災いになるか、まったく知れたものではない。


(何せ物語なら『主人公』。仮に現実だとしても、こんな若さで勇者なんて肩書きの奴、潰せるときに潰すに限る)


魔王は単体で同レベルパーティーに匹敵するが、<迷宮の魔王>の戦力は、同格の魔王より10レベル劣る。

だが現在、彼のレベルは82。計算上、今なら単騎で上回れた。


「なら仕方ない。このまま倒すとしよう」


戦端の開かれた後、あとは自身が過去の通りに動けば勝てると、彼が確信した理由だ。


「言ってくれる!」


侮辱とも取れる宣言に、勇者が咆える。


「それじゃあ行くぞ────《省略》《強化》《範囲拡大》 “魔眼の嘆き(サタニックティアー)”!」


意気に応えた魔王が手刀を切った先、唱えられた暗黒魔法が発現し、凝集した闇を裂き出た巨眼が、滂沱の涙を噴き出した。

虚空に浮かぶ血に染まった瞳。

切れるほど鋭い瞳孔から、こぼれ溢れる漆黒の汚泥。

流れた汚濁はやがて穢れの海と化し、水音を共に、聖者を呑まんと襲いかかった。


「やらせんぞ! “冥府の風よ(ニヴルヘイム)()氷針を撃て(ホーフロスト)

「“降り立つ光よ(セイクリッド)()我が手に剣を(ソードクロス)”!」

「魔王様の邪魔はさせぬわ! “空間歪曲(ヴォイド・)・逆理の天(ディストーション)”!」


迎撃の魔法にデカラビアが割り入り、凝結した氷柱(ツララ)と冷気の嵐、十字の光剣を相殺する。

詠唱に応じて捻れる空間。

四方天地を入れ替えた虚空に攻撃が突っ込み、互いに衝突、狂ったベクトルによる分裂と磨耗で拡散する。

直後に晴れた光景は変わらず、津波となった濁流のまま。

その脅威を、残る者でいかに凌ぐか。


「クドラク!」

「あいよぉ!」


削岩の波打ちで押し寄せる水流。

走りながら集って太く束ねられ、跳ねて一枚の城壁と化した黒の波濤に、前衛が向かう。

相対するは重戦士と勇者。防御に劣る暗殺者を置いた両雄が、自ら破壊の只中へ進んだ。


「《クラッシュインパクト》!」


気合を乗せた音声(おんじょう)と突撃。

全身鎧が襲い来る壁に渾身(タックル)を突き入れ、踏みしめる踵で床を砕く。

咆哮に続く肩当の沈んだ瞬間、破砕にも等しい衝撃力が面を撓め、漆黒の津波が左右に弾けた。


「おおっ……!」


役目を果たしたクドラクの背後で叫ぶのは、女勇者メルリーウィ。

盾を左に、剣を右に。

握る刃を高く掲げて豪快に踏み込み、分かれてなおも進撃を止めない汚水の壁を、真正面から迎え撃つ。


「おぉぉぉぉおおおおおおお!!」


(くく)った髪と飾り紐を激しく揺らし、麗人が一層の声を張る。

外界への力の誇示ではなく、内界のそれを汲むために。

刹那、輝きを帯びる勇者の総身。

見据える魔王に轟く気迫に呼応して、身に宿す光が励起した。


「届けよ────!」


生命の輝き(エネジー)が肌から粒子と吹き上がり、竜巻の如く渦をなすと、刀身へ伝って切先に灯る。

体躯に沿って脈動する気光。

肩から肘、肘から手、手から刃へと集合し、集約と洗練される<(オーラ)>。

魔法とは異なる体系に属し、練り上げた体技を、生命で以て繋ぐ一撃。

常に仲間の先に立つ者、道を開く勇者の技が、続く斬撃に飛翔した。


「《ノヴァスラッシュ》!」


床を踏み抜く震脚と共に、闇裂いて飛ぶ銀の剣閃。

瞬間を刹那を更に割った時の狭間、鋼の軌跡に煌きが宿る。

刃金の光が刀身を経て剣風となると、遍く開闢の一薙ぎが、細く光景の天地(あめつち)を斬った。

────────断割。

広間を照らす光耀が、波濤を上下に両断する。

縦横に裂かれた黒墨の津波が、質量を破る威力に散った。

しかし。


「ぐおおおうぅ!」

「くあぁっ!?」


肌にかかった闇の飛沫、呪を帯びた汚濁の雨が全身を焼き、苦痛を以て生者を蝕む。

被害を受けたのは、至近にいて迎撃した2人。

魔法ほどの応用は効かず、射程にも劣る、だが強力な命の一撃。

その手札までを計算した罠に、跳び込んだ獲物がまんまとかかった。


「メル!? クドラク!」

「ははは! どうだ!」

「っ、この、魔王が!!」


笑う魔王に迫った鏃がコレルに弾かれ、構えた主と従者が走る。


「こんの!」

「させないよ!」


再び刃をぶつけ合う両陣。

踊る剣閃が互いを結ぶ場所を変え、持ち手が位置を入れ替えながら、加速するリズムが床を打つ。

時折当たるスポットライトは魔法の煌き。

流れる血潮、苦痛の呻き、誇りの叫びは観劇の花。

しかし観客なき舞台で、舞踏のみが至高となる。

勝敗に向けて削りあう互いは、それぞれに必死だ。




そして────────その最中(さなか)

またも血を搾るように、勇者たちが消耗していく。




「おぁぁぁぁぁああああああ!」

「これで決める! 行くぞっ……!」


幾度目になるのか、左右に分かれた人と魔が、全力を掲げてぶつけ合う。

片方は攻め手として、残るは受け手として。

武器と防具、技と魔法、聖邪の限りを尽くして矛先を交える。


「どぉりゃあ! 《ミョルニル・ハール》ゥッ!」


巨体の威圧を高めた戦士が、規格外の鉄槌(ハンマー)を握り、渾身の膂力で投げ放った。


「《コメットアロー》!」


翔ける質量に放たれた射手の矢が追いつき、追い越して彗星(ほし)の軌跡を描く。


「《グランドクロス》ッ!」


先の《ノヴァスラッシュ》を縦横に一閃、十字となった斬撃が、倍の威力で猛追した。


「“天破轟雷ヴァイオレント・サンダーボルト”」

「“裁きの御手( ゴ ッ ド )を今ここに( ハ ン ド )


杖を胸に開眼したエルフの頭上で猛り、集約される雷撃の束。

天上に祈る神官の前に顕現する、神性の大拳。

重ねられた後衛の火力が、鏖殺のための砲撃と化す。


「────────」


暗殺者までもが無言の内に暗器を放ち、敵の退路を限定した。

今日最大、勇者側の同時攻撃、渾身の決め手。

対して玉座の前に戦線を下げ、階段の麓で陣を敷いた魔王たちは、視線をそらさず迎え撃つ。


「“堕落獄道・逆天の門(アビスゲート)”」


詠唱と鳴らされた指に、<魔王の間>の闇がより暗く翳った。

見詰め合う勇者と魔王、2人の間に突如として黒き穴が開き、生じた奈落から何かが這い出す。

それはまるで触手のような、無数に踊る黒い腕。

大気を他者を、虚空を掴んでは共に暗黒へと沈み、彼方へ落とす亡霊の群だ。


『オォオオォオォオォオオオオオ!!』


迫撃した光が空中を掻き毟る亡者に捕まり、渦の中で引き千切られ、欠片を落として減衰する。


「コレル! デカラビア!」


衝突と明滅を経た輝きは、縮みながらも突破した。

影の嘆きを蒸発させ、なおも迫る破壊の具現。

流石に魔王と1対6。

弱りはしても殺しきれない団結に、ハルキも信じる名を呼ばう。


「はーい!」

「ははあっ!」


既に命じるまでもなく。

この異世界で意志を持った眷属(なかま)たちは、主のために動いていた。


「“属性防御(ペンタグラム)()五色転相(プロテクション)”!」

「『ボクは無敵の王の盾! 破れず砕けず、守護する(しもべ)!』────────《フォートレス=アヴァタァァァアアアアル》ッッッ!!」


大盾を構えた黄金の鎧(コレル)から、綺羅と生命の目映さ(オーラ)が逆巻く。

主を護ると燃える命が熱を拡げ、金色の装備が輝くと、淡く光る守護障壁が、紡錘形に展開された。

伸びた光の束が面となって圧縮され、図の走らせる線を太く、重ねる点の光を大きく、ありったけの生命を織り込む。


主の前に立った背中に浮かぶのは、軍神と思しき鎧像。

障壁の先には投射された魔法陣が回転し、正の位置の五芒星が、魔法を遮る力を与えた。

物理と魔法を融合させた、眷属同士の大防御。

激突は一瞬で。

決着もまた同じだった。


「せぇぇぇぇええええええいやあああーーーーーっっ!!!」


轟雷と神拳が魔法陣に激突して雷撃を走らせ、神性の打撃が反発し、相殺して消え去る。

続く連撃に突貫したコレルが彗星の射撃を斜面で弾き、十字の斬光を防壁の先で貫いて散らすと、超重の打撃と競り合って押し退け、針や短刀の群を薙いだ。

迫る殺意の尽くが防がれ、飛び去った攻撃の一部が、彼方で轟音を鳴らす。


「これでも通らんかっ……!」

「そう嘆くなよ。まだ反撃を済ませてないぞ?」


必殺の乱打を凌ぎ切られ、絶望に負けじと咆える勇者へ、コレルの後ろのハルキがいう。

同時。

手にした大鎌が三日月の弧に陽炎を纏い、闇の燐光が断頭の刃から浮かび上がると、魔王のオーラが牙を剥いた。


死鎌(サイズ)技能。《ギロチンカット・ダークネス》」


全力の攻防を撃ち終えた直後、大技など出せない硬直に、魔王1人が身を舞わせる。

同時多種行動強化(マルチアクション)》。

一度捕捉されれば単独で多数を相手取る<魔王>、その立場ゆえ許された、物理と魔法を同時展開する力。

いい加減に見極めたと。

様子見を終えた魔王が札を切り、影色の斬撃が間合いを刈ると、横一文字に進路を薙ぐ。


「ド畜生が!」


呼吸を合わせる攻撃のため、直線に並んだのが災いだ。

回避に劣る後衛の存在。

盾役の戦士が前に出て我が身で一撃を受け、盾を掲げた勇者が走り、脇を固めて余波を弾く。

数秒、両者が拮抗すると、やがて細まった魔刃が爆ぜた。


「く、そ」


思わず膝をつく2人。 肩の上下する呼吸は荒く、消耗も酷い。

クドラクの顔は兜の内で汗だくで、メルリーウィの頬も傷だらけだ。

赤髪は粉塵と爆風に傷み、蒼穹の鎧も煤けている。

損耗のほどは他者も同じく。

目立つ負傷こそないものの、今やどれだけ余力があるか。

だが。

闘志を漲らせて立ち上がった勇者は、苦境を現す集団の中、ただ1人だけハルキを睨んだ。


「ならっ……!」


渡る音声が広間を打ち据え、自らの体を叱咤する。

晒される素顔で双眸が意志に引き絞られ、燃え上がる闘気が熱を放った。

裂帛の気合で刃が舞い、真なる必殺に構えられる。


「これでどうだぁぁああああ!」


噛んだ唇から引き出される咆号(ほうごう)

焦燥と遥かな気勢を滲ませ、危険を承知で静止した勇者が、隙だらけで《溜め》の体勢に入る。

剣に彫られた竜が開眼し、輝く竜殺しの紋様。

巨大な心臓を思わせる高鳴りが、強く、刀身から生じて周囲を圧した。


「させるかっ!」

「追撃します!」


過去の経験から続く光景を予想したハルキが、瞬時の判断で妨害にかかる。


「こちらの台詞だ」


しかし言った暗殺者が、切り込む魔王と援護にかかるデカラビアに、短刀を《投擲》。


「邪魔だ!」

「“風撃砲(サイクロンブラスト)”!」


雨あられと放たれた刃は、薙ぎ払いと魔法で散らされ────────爆発。

中空に紅蓮の花が咲く。

衝撃反応式、威力の代わり高額の装備が連鎖的に誘爆し、火炎と煙で辺りを覆った。


「けほっけほっ!」

「魔王様!?」

「無駄だ!」


突出していた主を見失う眷族たち。

《省略》した衝撃波で姿を現す魔王だが、床から引いていく黒煙が、鉄靴の爪先を覗かせた時。

上には剣を振りかぶり、溢れる輝光を刃に溜めた勇者がいた。

両手を添えた上段の構え。盾を消しての渾身は、反動必至の威力の証。


「食らうがいい。魔王よ」


放たれるは必殺、否、必滅の殺意(・・・・・)

勇者の壮絶な笑みの上、握る長剣に刻まれた紋様が胎動し、赤熱し、閃光を吹きこぼして鳴動する。

呼応して振動する聖剣の柄。

鍔の黄金竜が鎌首をもたげて刃を食み、火炎のように灼熱を送り込んでいた。


溢れ出す波動の高まりに空間が鼓動し、熱風が頬を撫で上げる。

大気を焼きながら伝播する熱に肌が粟立ち、珠の汗が滲み出す。

勇者の炎髪が燃え立つ内気に赤く浮き、刀身が紅蓮の火柱を生んだ。

包まれた刃金の遙か先まで火炎が渦巻き、火の粉を散らして踊らせる。


「これで終わりだ」


掲げられる極大の松明。光熱の嵐と焔の狂宴。

やがて迫る破壊の予兆が、広く<魔王の間>に具現した。

まるで迷宮の闇から、最も遠くにある太陽(ひかり)

恒星の輝きを頬に浴び、勇者が両の目を見開く。


「唸れ聖剣! <グラム・ノートゥング・バルムンク>ッ!」


斬り下ろしが闇を焼き払う。

剣閃と共に放たれた劫火が、距離も大気も滅ぼして駆けた。


<グラム・ノートゥング・バルムンク>。

<ファンタジー・クロニクル・VR>では三種の魔剣を合成した、ハルキもよく知る80レベル(・・・・・)近接武装。

災厄に等しい超火力が、破滅の色で一帯を染めた。


「まおーさま!?」

「下がってろ」


大火の一閃が直線上を焼き尽くし、続く熱波で蹂躙する。

放熱の基点から沸騰し、瞬時に融解する赤熱した足場。

揺らめく浄火の通った軌跡(あと)、天壌が遍く焦土と化した。


「消え去れえええぇぇ!」


視界(せかい)が燃焼する。空間が太刀筋から燃え落ちる。

焦熱を秘めた斬撃は、飛び立つ後から夜明けをもたらし、広間に存在する何もかも、篝火の炎すら呑み込んで溶かした。

およそ物質の域まで高まった、波の如き熱射の瀑布。

音さえ燃えた輝きの中、超々高熱の接近が目を焼く。


「────」


眷属の防御は解けている。どう避けようと逃げ場はない。

斬撃単体が外れたところで続く炎熱が炸裂し、一帯を覆い尽くすだろう。

一部の高位武器に搭載された、限定解放の超攻撃。文字そのままの一撃必殺。

単発にして究極のそれは、直撃すれば彼でも危ない。

だからこそ。受けるハルキも返礼を決めた。


「よっと」


刹那。

手にした大鎌の描く軌跡が、存在する全て(・・・・・・)を断ち切った(・・・・・・)


「<クロノス・クロノス・デスサイズ>」


節くれ立った黄金の柄と、断頭の三日月を長く砥いだ大刃の武装。

その近似から混同されることになった時の神クロノスと農耕神クロノス、後者の持つ『アダマスの大鎌』をベースに能力を付与した混合神器は、形状が示す《刈り取り》や、《収穫》の効果を機能に持つ。

刈り取るのは敵の命であり、収穫するのはオーラと魔力。

戦いながら力を奪って回復し、魔王の特性で眷族にも振る超武装。

その側面、時の神の権能が、絶対の神威を発揮する。


「時の彼方に消えるといい」


虚空を裂いた斬撃の跡に亀裂が広がり、存在と事象が崩壊を喫した。

音を立てて欠片を落とす、世界の条理。

現れたのは光なく、闇もまたない虚無の狭間。

無色であり無窮であり無上であり、目に見えながら『何もない』、消失のみが広がっている。


「『さあ、始まりウロボロス・メビウス・なき始まりへ(オーラム・アツィルト)』」


無限すら届かぬその窮極に炎熱が触れ、接した端から幻と消える。

万象を裂いた一撃が神の理を現し、光も熱も何もかも────────全てを、生まれる前の始まりに帰した。

相手の必殺を引き金にした無効化能力カウンター・キャンセル

本来複数を迎える札を一手で切り、ハルキが無傷で構えを直す。


「…………馬鹿、な」


しん、と。

残響すら許さない、死にきった余韻に勇者が呻いた。

必殺を確信した絶対の一撃。

起死回生の一打を造作もなく掻き消され、仲間と共に絶句する。

視線の先では、余波で溶けた箇所すら熱を奪われ、既に凝固を終えている。

力量に加え、見せ付けられた装備の差が、敗北を痛感する決め手だった。


「本気の魔王ってのはここまでかよ。滅茶苦茶じゃねーか。ちくしょう」

「万策尽きた、か」


彼女らが知ることではないが。

90レベルの鎌やその他を装備する<魔王>に、最高の強化を施された<眷族>。

コレルですらも80レベルの(ハード)アダマンタイト装備を身に着け、装備不能のデカラビアは、それだけスキルとステータス特化だ。

単純に、眷属一体が勇者サイドの1人分以上。そこに魔王が加わった戦力。


「そんな」

「これはちょっと、流石に厳しいかにゃあ」


この異世界の現実を、命を懸けた殺し合いを、生き抜いてきた彼女らの自負。

劣勢を耐えた心に亀裂が生まれるのも、仕方のないことだと言えた。

深刻なのは、必殺を放った勇者自身か。

魔王の居城に一方的に攻め入った以上、勝てないからには死ぬしかない。

自分一人でなく仲間ごと。

パーティーリーダーの選択の結果で、責任も取れずに殺されてしまう。


「…………はは。いや、参ったな。ははは、何て化け物(デタラメ)だ。正面から戦った魔王がどれだけ強いか、確かに知りたかったが。ああ、まさかここまでだとは!」


半ば放心した勇者の声に、ハルキは思う。


(脆い、というと失礼か)


先代の魔王は、無防備なところを討たれたのだったか。

彼がただの<魔王>であったか、ハルキは知らない。

ティアや魔人に、語らせようとも思わない。

ただ、もしも。

彼より強さの劣る魔王、それも不意打ちで倒した相手が基準なら、最初から勝ち目などなかった。


迷宮を攻略する侵入者を、逆に攻略する(・・・・・・)魔王。

それが<迷宮の魔王>だ。

その肩書きはハルキにとって、プログムでない重さがある。

己の望むありようを掲げ、押し寄せる敵と戦って戦って戦って、なおも立つからこその<魔王>だ。




「このままでは勝てない、か」




そんな迷宮の主を前に、長い吐息と、続く独白。

ふと胡乱げに、勇者が呟く。


「おい、メル」

「ああ。大丈夫だ」


仲間からの声に、憔悴した顔が上がる。

魔王が思考する間、勇者も考えを止めていない。

強敵の可能性はあったし、できる範囲で対策も練った。


ただ、相見えてからも彼女らの有する感知能力、相手の魔力や生命力から存在の規模を推し量る眼力、その波長から属性を見取る経験則を、全て遮断した隠蔽。

完全に秘匿される実態に、上に見積もった予想が、実際は下だったという話。

それすら彼の装備効果だが、詳細を知る術はない。


<ファンタジー・クロニクル・VR>においてさえ、プレイヤーが一見して分かるのはキャラクターや装備の名前、レベル、性別や種族といった情報だった。

専用のスキルを鍛えなければ、仔細はまた別。

まして現実に存在する異世界、そこに生きる者の視点に、システムはそのまま当てはまらない。


「…………できれば。これは試したくなかったのだが」


だからこそ。

不意に彼女が取り出したモノの来歴を、ハルキもまた看破できなかった。

勇者が虚空に突き入れ、そして引き抜いた手。

反射で結んだ焦点では、紅の宝石が濡れ光る。

煌かしい金の台座に、模様つきで取り付けられた装飾品────────否、装備品(・・・)


「また切り札か?」

「そうさ。もっとも博打の類だがな」


艶のある色彩に、まるでティアの瞳の色と。

ハルキの浮かべた感想が、続く言葉に塗りつぶされる。


「召喚石だよ。前魔王ソーロンの、な」

「!」


戦利品を管理するための《鑑定》技能が、それが何かを教えてはくれた。

ただし専用のスキルであろうと、個々の由来は把握できない。


<召喚石>。

ティアによれば魔人に産まれ付く魔石の一種で、ゲーム中にも存在したアイテム。

《召喚》の能力を補助、増幅、または非技能者にも簡易の行使を可能としてくれる品であり、彼女やその父が、額に帯びると聞いていた。

素材として人に奪われることや、そのための『乱獲』すら大陸の歴史にはある、とも。


「無論、お前の先代から剥ぎ取った。証拠として必要だったしな。これは王に献上した後、加工されて下賜されたものだ。本当はきちんと調べて、問題なければ魔力の増幅器にするつもりだったが────────」

「待てっ、メリィそれは!」


予想を肯定する言葉を送り、口上の間、見せ付けるように掲げる勇者。

全員の注目と視線を集めた彼女は直後、何かに気付いた仲間の制止を聞き、その上で魔性の、魔王の輝きをたたえた石を、台座から外して握り込んだ。


「この状況では仕方ない! 言われた通り(・・・・・・)、本来の用途でいくとしようか!」


仲間が止め切るより早く、魔王と眷属が攻撃を加えるより速く。

粉砕と閃光。

床を叩いた魔石が砕け、闇を裂いた禍々しい光が、迷宮の天地を嘗め尽くした。






次回「第19話 ■■■■■■■」(都合によりタイトル秘匿)は12月26日(木)18時更新予定。

実質的な最終話。その次がエピローグ的な話になります。

クリスマスがスタートになりましたが、ラストまで三日間連続更新。頑張って加筆します。


最後まで、どうかお付き合い下さい。

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