第17話 魔王と勇者
戦いの先手は魔王が取った。
「先ずは小手調べだ!」
虹の眼光が解き放たれ、《魔眼》の効果が全員に等しく圧し掛かる。
「無駄だ、既に対策している!」
だが敏捷の低下や【呪縛】、果ては【石化】まで与える邪視は即座に無効化され、輝きはただ虚しく散った。
どんな能力であろうと、知識と時間があれば対策される。
装飾類に個々の能力と耐性で弾いた戦士たちは、視線を振り切って魔王へと駆けた。
「一つも通らないか。運がいい!」
突撃の形は縦三人、横二人ずつの二列縦隊。
前衛、中衛、後衛の陣は、接触までいかに戦士系の勢いを減らすか、後衛を削れるかが勝負だ。
肉体に劣り魔法に優る後衛は、強力な砲と支援役になる。
「ならばこれでもたっぷり食らえ! 《多重展開》《省略》《倍加》《最大化》っ、《拡張》《合成》…………!」
それは魔王側も同じく。
《魔眼》の光に紛れ、高空に浮いたデカラビア。
後衛特化の僕がその身を輝かせ、内部の魔法図から投射された五芒星が、虚空で無数に煌めいた。
同時に並列行使される、支援補助の技能群。
消費と狙いの精度を犠牲に詠唱を捨て、術式の派生と複製を足して手数を増やし、重複箇所を纏め上げる。
魔法使いに特有特化の制圧技術、流れる動力を迸らせた樹形図が、数多の機能を紡ぎ出した。
「させない!」
対する敵陣からは弦引きの音。
疾走の中で尻尾を振り、体勢を御した少女の矢が、音声を穿って放たれた。
「効かんわぁ!」
「ちぇっ!」
飛翔した鏃は、届く前に失速する。
見た目のままに物理防御に劣る彼。
その脆弱に備えて纏う、対遠距離の《防御力場》。
《溜め》を加えたわけではない、だが十分に高速の矢が斥力の網に絡め取られ、威力を失って落下していく。
「お返しだ! “森羅の矢・驟雨”ッ!」
詠唱と共に空間へ数多の色彩が灯り、落ち行く鏃の銀光を染める。
完成された反撃の魔法。
中空を埋めた魔法陣から無数の光の矢が引き出され、切先を揃えて滞空する。
火、水、土、風の四属性を並列化して倍化させ、接触によって解き放つ、合成強化の混合爆撃。
術者を即座に覆い隠すその数は、雨というよりもはや滝だ。
満ちる魔力の発光が、星となって目映く煌く。
「当たって消し飛べ!」
最大レベル三ケタの矢は天井一帯を埋め尽くし、標的目掛けて降り注いだ。
「させん! 《短略》────荒べ風よ 嵐の壁よ “烈風の城壁”!」
物質の射撃と異なり、直線で突き立つ鏃の群。
襲い来る弾幕に対し、瞑目するエルフが杖をかざす。
唱えた突風の兆しは瞬きの間に膨張し、横薙ぎの暴風が具現した。
吹き荒ぶ乱気流の網。
嵐の防壁は放たれた矢と接触すると輝きを呑み込み、吹き散らし、端から圧し折って無効化していく。
荒れ狂う風の中で幾多の煌きが壊され、逸らされ、あるいは互いに衝突し、爆炎の花を咲き狂わせた。
「今だ、抜けるぞ!」
現された防御の下、魔法の効果を確認もせずに仲間たちが走り抜け、エルフが苦笑して速度を上げる。
信頼と連携、築き上げた自信の厚み。
その敵陣の練度を認め、魔王ハルキが手を掲げた。
「いざや狂気の闇を覗け」
開幕と同時、《魔眼》に合わせて準備していた暗黒魔法。
詠唱を終えた一撃が、暗く必殺の像を結ぶ。
「“星の終焉、闇の産声”」
世界の砕ける音が響く。
夥しい負の魔力が空間に黒く穴を穿ち、歪み捻れ、中心から闇が溢れ出た。
滲んだ黒点は瞬時に帳を広げて離れ、魔王の頭上を暗黒に覆う。
「くっ……!」
立ち止まる勇者たちの足が、意に反して強く引き寄せられた。
歪む輪郭を波立たせ、周囲の光を吸い寄せる球体、開かれた奈落。
果てなく底知れない闇の虚が、魔なる王の呼び声に応え、空間を喰らって増大する。
さながら星なき無明の夜空。
属性魔法の位階のⅤ、暗黒天体が具象した。
「く、ら、え」
渦巻く闇に大気の振動さえ削られ、魔王の言葉が不可避と落ちる。
凝縮した重力を放ち、衝撃で敵を呑み必殺が、流れる黒の彗星と化した。
「皆さん伏せてっ! 《短略》《高速化》《反動起動》! その指の彼方に導きを 光差せ 光あれ 天の道を我等に────────」
自らに堕落する影星に、敵手は閃光で迎撃を図る。
「“七天の光”!」
王国の陣地で姿がなく、セラフィ、と呼ばれた女神官。
彼女の祈りに組まれた手、握る十字から神力の光輝が満ち溢れ、魔を断つ剣が現れる。
奇跡の白光と破邪の顕現。負荷を受けての魔法強化。
一瞬、白熱の空白があって。
闇の黒と聖なる光が、真っ正面から激突した。
「くっ────!」
「うっおぉぉぉ!?」
相対する漆黒と純白、反する属性が相克し相殺し、炸裂を経て衝撃を振り撒く。
生じて弾ける混沌に、轟音が全てを薙ぎ払った。
「きっつぅ!」
「きゃあ!?」
苦鳴を上げる勇者たち。
衝突の末に弾けた余波は光へ流れ、激突は魔王の優位に終わる。
(よし!)
掌に確かな手応えを握り、ハルキは心を奮わせる。
(思ったより大丈夫だ。これならいける)
異世界で初となる、高レベルパーティーとの戦闘。
不安がなかったわけではない。
だがそれでも。
実際の戦場と本物の殺気、実戦の攻防を経てなおも、己の体は動いてくれた。
(動ける。戦える)
緊張しても意識は働く。ぎこちなくても体は動く。
三次元的な戦いなら、何千回とやってきた。
実戦を再現した電脳も、電脳と酷似した実戦も、何一つとして変わらない。
こと迷宮での戦闘なら、どんな痛みも経験済みだ。
敵を迎える<魔王>として。
かつての自身の望みとして。
「ははっ!」
なら勝てる。そう思って力を振るう。
幾らなんでも殺されてやるつもりはないし、後ろのティアも殺させない。
彼女に誓った安心と安全、魔人を守るための戦い。
過去から続く<迷宮の魔王>の本分に、自分ではない誰かを加え、魔王は熱く拳を握る。
「まおーさまのじゅうしゃっ、コレル=コーレル! いぃぃぃいいいいっっっくよおおおおおおお!!!」
主の高まる戦意を受け、金色の鎧が突っ込んだ。
超重量の武装を纏った彼の眷属、前衛と防御の頼みにされる、鉄壁の従者。
通路に数段の高さを置いた玉座の前から、落下の加速で敵陣に跳ぶ。
「俺が止める! やれっ……!」
対して撃ち負けた結果に足を止め、遅れた敵から重戦士が出た。
奇しくも互いに似た防具。
男は担いだ重量戦槌を腰の捻りで加速させ、スイングの軌道で粉砕にかかる。
「《シールド・ヘヴィーインパクト》ぉーっ!」
交わされる超重量、腕力特化の物理攻撃。
振りかぶる盾とハンマーの先端、攻防の武装が接触の果てにお互いを否定し、雷轟に勝る大音響が広間を満たす。
肌を打つ空気の波すら伴い、衝撃が2人を弾き飛ばした。
反動に襲われたコレルの体が、中空に舞う。
戦士は踵で制動をかけたが、跳躍による恩恵より、空中にいたのが災いした。
「いったぞ!」
「のわ!?」
その左右に人影が走る。
結果を見越して疾走していたメルリーウィと、ダークエルフの暗殺者が、殺意を込めて刃を振るった。
「てぇいやーっ!」
「ぬ」
「なに!?」
叫んだコレルが両手の盾を左右へ合わせ、かすかに膨らむ表面で受ける。
甲高い音を鳴り響かせ、引き切りながら、火花を散らして落ちる刃。
速さも重さも異なる二者の剣閃を見切り、手首の返しと腕の引きで刹那に斬撃を逸らし終え、コレルが綺麗に着地を決めた。
「むっふー!」
自慢げに胸を張る彼女に、勇者側が追撃を止める。
ずん、と足音を響かせて踏み込んだコレルが、光る歯を見せて満面で笑んだ。
「どうだー! ボクってすごいだろ? かっこいいだろーっ!」
「……付き合ってられんな。メリィ、お前はとにかく魔王を目指せ。見せた札が全てではあるまい。底を知らねば後が恐いぞ」
「分かっている。たかが従者でこれだからな。隠し玉が楽しみだ」
暗殺者のセリフは、子供の相手か盾役としてか。
肩を寄せた2人は地を蹴って左右に別れ、歩調の強弱で幻惑を入れると、ジグザグの軌跡でコレルを目指し、その奥を見据えた。
「お? おお!? えっと、えーっとぉ。…………こ、ここを通りたければ、ボクをたおしてからにしろっ!」
「こっちこそ邪魔はさせないよ!」
魔王の下へ。
疾走する敵に守護の眷属が立ちはだかるが、不意にその顔へ矢が放たれ、咄嗟に兜の額で弾く。
「うわぁ!? あっぶないなぁ! ってしまった!?」
「お前の相手は俺さお嬢ちゃん! 子供は年寄りと遊んでくれよ!」
揺らした視界は横を抜く2人を見失い、攻撃の軌跡を睨んだ時には、突撃してくる重戦士がいる。
「ひっ、ヒゲだぁーーーあ!?」
「ショックだなぁおい!」
獰猛な笑みで進撃するヒゲ面に叫ぶと、盾を構え直そうとして、びくっと背中を震わせる。
「うわっち!? 何だよまったくもう!?」
「ちっ。やはり【猛毒】と【神経毒】では効かんか」
後方から風を切ったナイフが、首当てと兜の隙間に刺さる。
しかし喉と動脈を守る板金に柄が掛かり、血が滲む程度の浅手ですんだ。
振り向いた時には暗殺者は勇者の背を追っており、捨てゼリフからも『ついで』を示す。
「こっ……! こいつらムカつく……っ!」
「足止めは任せたぞ!」
「応よぉ!」
「了解にゃっと」
プルプル揺れながら涙目で盾持つコレルを前に、勇者の仲間は意気揚々と引き受けた。
その間にも勇者と暗殺者は距離を詰め、後衛が撃ち合う魔法の炸裂を頭の上に、濃い影を蹴ると、玉座の前にある階段を跳ぶ。
「お前の迷宮は拍子抜けだったぞ! こんなダンジョンを作った魔王がどんな顔か、首級を上げたら拝んでやろう!」
兜越しに漲る殺意を放った勇者が、とうとう魔王の前に立った。
乱れ舞う超常の瞬きに照られ、整った顔立ちが凄絶な影と覇気、炎色の髪が朱を帯びる。
鎧の胸甲が張るように突き出され、盾と長剣をそれぞれ左右に握っていた。
剣は幅広の片刃で、柄は竜鱗を思わせる小片の貼り合わせ。
鍔は精緻に彫り込まれた、絡み合う黄金竜が三頭。
刀身に刃紋はなく、代わりに<ファンタジー・クロニクル・VR>における、【竜殺し】の赤き紋様が走る。
盾の色は黄金にして素材は厚く、角のような飾りが外周部を取り巻き、中央には口を思わせる、牙の連なりを生やしていた。
兜はなく、しかし長髪を縛って飾る紐には、複雑な文字と、小ぶりの珠が連なっている。
「魔王様!」
魔王の見る彼女は煮え滾る覇気を総身から昇らせ、格好と相まって凛とした活力もたたえながら、勇者と成れる存在の才器と、気風を存分に薫らせていた。
背後には影、というよりも虚無の如く佇む、黒肌にローブの暗殺者もいる。
「後衛に集中しろ。近接職以外は近づかせるな。こっちは、オレが刈る!」
ハルキが上にいるデカラビアに命じると、魔法を司る眷族は、神官とエルフの妨害にかかった。
倍の手数に並ぶ彼は高速で魔力を減らしていくが、時折、防御を抜けた魔法を受けると煙の中で内部が光り、魔力の赤い輝きが戻る。
《魔力吸収》に同様の《蓄積》や《変換》と、自動で働くスキル群が、戦線の維持を可能としていた。
従者は再び魔法の雨あられで弾幕を張り、下位魔法の流星群が、速度と手数で後続を遮る。
ここに戦場は分断され、そして双方の予定通り、戦闘が分担されたのだった。
従って。
「さて」
魔王と勇者が正面から見え、言葉を交わす暇が生まれる。
先んじたのは清かな美声。
踏み込む、と思われた勇者が切り出した。
烈火の気迫がなりをひそめ、男性に寄った美貌に似合いの、中性的な声を投げる。
「私はメルリーウィ=テスラ・アナスタシアだ。よくメル、メリー、メリィと言われる。紛らわしいな? 死ぬまで好きに呼ぶといい。こっちはタントラだ。…………ああ、警戒はしなくていいぞ。お前を討ったら、報告用に名前を書かねばならんのでな。聞きたいのでこちらから教えた。名があるのなら言ってくれ。私が助かる」
「あ、ああ」
礼儀を弁えているようで、自分の都合を張ってくる麗人。
予想と異なる勇者像に、魔王が若干面食らう。
友好的なのに殺気も漂わせる笑顔は、彼にもおよそ経験がない。
なのに口調は真面目で演技でもなく、因縁の天敵である割には、淡白にすら感じるのだった。
爽やかな殺意といえばいいのか。
異世界で初めて肌に覚える気配であり、変わった<勇者>もいたものである。
暗殺者が好きにさせていることから、単にこういう人物なのか。
「オレは……ハルキ。<迷宮の魔王>、ハルキだ」
「ハルキ? ふむ。そうか、ハルキか。変わっているな。ふふっ、面白い名だ。異国や古き亡国のような、冒険を感じる響きがある」
「いや、その。何なんだお前」
「何だとは失礼だな? 勇者だとも。勿論、お前を殺す、な。くくく」
華やかに、そしてさも愉快そうに笑う勇者。
言葉は多くても話の長い方ではないのか、言い終えると軽く、握る剣が構えられる。
「これで聞きたいことは聞けた。勇者と魔王で語らう仲もないだろう、さっさと殺し合おうか。できるだけ痛くないよう、綺麗に滅ぼしてやるぞ?」
「分からないやつだな。仲のことは同意するけど。ただ、殺し合いになるかは別だといっておこう」
「実力に自信はあるわけだ」
「伊達に<魔王>を張ってないさ」
「面白い!」
笑んだ勇者の手元がぶれ、残像を経て霞となった。
駆けた剣閃が複雑な軌道で大気を刻み、不意にぴたりと静止して、魔王の喉元を指す。
ハルキもゆらりと大鎌を下手に構えると、片足を引いて半身を見せた。
「それじゃあ、勇者よ」
「ではな、魔王よ」
二度目となる呼びかけを交わし。
「「死んでくれ!」」
睦言のように重ねた言葉で距離を縮め、ぶつけた武具が火花を散らす。
刹那に互いの顔が迫り────────瞳に相手だけを入れ、返した刃で首筋を目掛けた。
次回「第18話 超常決戦」は12月25日(水)18時、作者のクリスマスを殺して更新します。
とはいえ予約投稿ですが。
殴る壁の要らない、殺伐とした戦闘。
ご家族ご友人、異性とのお時間を優先された上、お暇な時にお読み下さい。
都合上ここで区切ったので、今回は少し焼き直しです。申し訳ない。
互いの実力が分かるのは次回。
あまり居ない大鎌使いの主人公兼魔王様ですが、武装自体には意味があります。
そしてVRゲーム由来なので、モン○ンのように一通りの武器には習熟済みという設定。
※拙作の舞台と世界観は架空のゲームを下敷きにした二重に仮想のモノですので、出てくる魔法やスキルの描写、効果、設定文は某ポ○○ンや特撮モノのような、現実では崩壊するフレーバー要素が強いです。
何分にも創作物上のことですので、悪しからずご了承いただければありがたく。