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第13話 戦いに備えて






闇の(こご)った大広間に、無音を噛む骨の軋みが響く。

多数の魔物が配置された迷宮の地下。

四方の岩壁が松明に照らされ、前後を果てなき通路が貫く一室で、死者の群が行進していた。

沈殿した空気を焔が焼き、影を帯びた肋骨が不気味に浮かび上がると、光を失った眼窩に続き、頭骨が薄く橙に染まる。

手には生前の如何なる富も栄誉もなく、ただ脱力して垂れていた。

揺らすように両手を振り、足を出し、曲げた背で行く骨組みの戯曲は、目指す舞台へ関節を動かす。

中央を基点に右から現れ、左の出口に消えて行く死者は、いずれもある儀式をしていた。


「うんうん」


ハルキの見る先で床の中心に据え付けられ、炎に焚かれる漆黒の釜に、白骨が近付く。

釜は口の部分が最も広く、丸みを帯びた西洋風だ。

冥府を思わせる空間の中でただ一点、火炎を敷いて熱せられた調理器具は、人間を軽く煮込めるサイズを持っている。


「さて次は……」


高過ぎて見えない釜の口を仰いだ骸は、骨だけの五指で、(ふち)に続くハシゴを握る。

鉄の棒組みに肉を持たない足がかけられ、熱の伝導を気にするでもなく昇り終えると、自ら釜に身を投げた。

内部には黒い液体が煮立ち、膨れた気泡の弾ける水面が、骨だけの体を沈ませる。


「よし。成長完了っと」


髑髏の頂点までが、完全に見えなくなってしばらく。

不意に拳を突き上げた腕が飛沫を振り撒き、釜の外縁に手をかけた。

入った時と変わらぬ骸。

いや、気のせいかより死の黒に染まった細腕が、己を引き上げて身を起こし、下りる梯子で出口へ向かう。

通路の手前で立てかけられた槍や盾など、幾つかの装備を身に着けた骸は、やがて迷宮の奥へ消えた。

<武器屋>の小悪魔に製作させた武具、防具。

奪われたとして問題のない品質で、だが確実に戦力を上げる品々が、着々と供給されていく。


「しっかし、この辺のシステムも変わらないな」


新たな死者が地獄の湯浴みにかかるのを目に、魔王が軽く独白する。

現在、彼は迷宮の戦力を強化中。

更なる日数の経過によって王国の侵入や探索が増え、迎撃と撃退がルーチン化してから。

中レベルの魔物を下層へ置き、迷宮上層を20~30のスケルトン系で埋め尽くすことにしてからというもの、小競り合いで多少の経験値が貯まっている。

迷宮で発散された力は彼の糧となる一方、個々の魔物にも蓄積され、その強化にも使えるのだった。


「うーむ」


野良とは異なり、魔王に生み出されたまっさらな配下に経験を積ませ、十分な素地が整った後に魔力を注ぎ、より強靭な器を与える。

対象が抵抗することなく、王の支配が行き届いてこその循環だった。

視線を受けて鎮座する、塗り込めたような漆黒の大釜。

死者を甦らせる『黒い魔法の釜』がベースの、迷宮において代表的な設備の一つ。

また一体の白骨が入り、魔王の知覚する迷宮情報(データベース)が更新され、レベルアップした配下が出てくる。


「やっぱり特異(レア)固体は出ないか。仕方ないな」


感想は落胆気味だった。

極稀に生産、強化に紛れ込む、特異なデータのモンスター。

育ち切れば通常よりも強くなり、有する特性は切り札となる。

かつての迷宮では研究もしたが、究極的には運の要素だ。


「ファンタジーでも戦いは数……でもないけど、まずは隙間を埋めないと」


襲い来るモンスターが雑魚でも、数を足せば個々と別種の力になる。

壁にさえなれば全力投入で分断し、ハルキ自身で各個撃破も狙えるのだった。

ただ、レベルを上げたスケルトンの編隊が、時間稼ぎもできない強敵。

そんな理不尽も存在はしている。


「形だけに近くても。何とか間に合わせなきゃな」


聞かされた王国側の切り札。

想定する勇者の脅威度に、魔王は暗く闇を見詰めた。











勇者が来るなら全力で迎え撃たねばならず、迷宮のフル回転のため、今日もハルキは各所を巡る。

魔人の生活に問題がないかティアに聞き、居住区を見回り、<邪悪の樹(クリフォト)>を訪れた彼が最後、午前のシメに向かったのは、<小悪魔の部屋>だった。


「おー」


白亜の壁に囲まれた部屋では、初日と変わって多数の魔人が行き交っている。

清潔に保たれた床の先、距離を置いて立ち並ぶのは、それぞれのカラーの小悪魔の邸宅。

赤の<道具屋>、青の<錬金術>、桃色の<武器屋>に緑の<食糧>には、数人の魔人が出入りしていた。

侵入者不足で交換に出すアイテムがないため、紫だけは閑古鳥だが。

一件一件が設備のために幅広な家屋は、その割に扉が一つしかなく、少し不便かもしれないと苦笑する。


「賑やかだな。嬉しいね」


色も様々な迷宮の生産拠点に対し、肌の色が赤や青、緑だったり猫目だったりの特徴を持つ人外たちが、物資を運び、あるいは持ち出し、買い付けている。

<魔王の間>のように元は独立設備だが、利便性で通路を繋げてみた結果、商業区画とはいかないまでも、活気ある風情になっていた。

手伝い以外で購入に来る者もいるため、出入りの空気が商売を伴って活きており、作業する魔人も生気がある。

漂う共同生活の空気は、彼らが安全に暮らしている証拠。

住民の安心した姿は、危険を遮る<迷宮の魔王>の実績でもある。


「おはよう」


1人きり(オンライン)では無かった何かが、自身の迷宮(うち)に満たされていく。

笑みを浮かべたハルキが挨拶を飛ばすと、気付いた魔人が慌てて応じた。


「ま、魔王様っ!?」

「おおお、おはようございますっ!」


青肌に角を持った者と黒翼の2人で、共にガッシリした体格の、見た目は若い男性だ。

鷹揚に言った魔王に対し、弾かれたように担いだ資材を脇に置き、緊張に固い礼をする。


「いいっていいって、そこまでしなくて。こっちは様子を見に来ただけだし、気にせず作業を続けてくれ」

「は、はあ」

「魔王様がそう仰るのでしたら」


礼を重ねて立ち去る2人組を見送り、やれやれ、と呟く。

初日に比べると打ち解けた方だが、距離としては適切なのか、魔王としては気さく過ぎて不気味なのか、彼にはどうにも掴めない。

<迷宮の魔王>として半公的に出歩く際は、鎧と兜のフル装備でいるのも問題か。

とはいえ(いかめ)しいのも仕方がない。

彼が<人間>の容姿だからと<魔王>であるのを疑う者は、その力を見て初日で消えたが。

敵対種族の姿でうろつき、行く先々でぎょっとされ、謝られるのもまた面倒だ。

コレルなど露骨にぶーたれている。


「あんなに畏まられるのもなぁ」


王国の撃退からしばらく。

迷宮の誕生と眷属による蹂躙を見、魔人たちは彼我の力の差を知っている。

<魔王>の迷宮で暮らすのは、相手の体内にいるも同義だ。


「どうにからないもんかね。ほんと」


たとえば稼動中の農場で、作業に従事する魔人たちは人工の太陽光、という神秘に晒されている。

魔石を用いた魔法灯(マジックライト)は大陸でもそう珍しくないが、迷宮の壁面を移動しつつ広大な農地を彼方まで、恒常的に照らすとなると規格外。

迷宮で暮らせば暮らすほど、魔王の力は身に染みた。


(恐怖ってよりは不安なのかもしれないな)


畏敬や畏怖、あるいは恐れが、常に周囲の目に潜む。

例外といえば眷属に小悪魔、ティアくらいのものだ。

おかげでいまだに交渉や議論は魔人の姫とのみ行い、その煩雑さが悩みの種にもなっている。

ただひたすらに迷宮を良くしたい彼には、頭を抱えて悩むところだ。


「さて、と」


やり取りを見ていた他の魔人に手を振ると散り出し、内心ちょっと傷付きながら、建物の一つへ入っていく。

塗られた色は、<武器屋>のピンク。


「いるかな? っと」


つるりとした材質の、壁にはまった四角いドア。

開けて入るとがらんどうで、中には誰もいなかった。

光源もなく薄暗い部屋。

武具を立てる枠や柵、壁打ちの金具などはあるが、家具は一つも存在せず、訪れた客の影だけが差す。

左右と前方には扉があり、見れば正面が開け放たれ、奥への階段を覗かせていた。

暗闇に消える通路の向きは、深い深い下りである。


「作業中か。殺風景……なのは、仕事のさせ過ぎなんだろうなぁ」


踏み込んで申し訳なさそうに唸り、足をかけた(きざはし)を逆に辿って行く。

進む度に折り返しを経る構造は、下りるごとにこもった空気を重く沈ませ、一方で徐々に温め始めた。

鍛造を思う繰り返しで伸びていく通路。

上昇する熱気を肩で切ってひたすら進むと、やがて訪れたその終点に、木に鉄枠の扉が見える。

取っ手になっている金属の輪を引っ張ると、途端に熱風が頬を撫でた。


「もー誰ぇ? 仕上げてあるのはさっきで終わ────あ、魔王さまぁ」


内部は薄暗く、同時に赤い。

石壁に囲まれた電灯のない室内は広く、奥まで数十歩の距離があった。

側面に複数ある隙間は、通気孔か何かだろうか。

床には熱した金属を置くのだろう、金床や石切りの水槽が据えられ、ペンチに似た掴み箸や、槌といった道具類が散見される。


その全てが奥の巨大な炉、石材の窯から漏れる焼灼(しょうしゃく)の光に照らされ、焦げたように濃い影を這わす。

休憩していたのか、丸い木椅子に座っていたコア、桃色の小悪魔が額を拭って立ち上がり、赤くした頬でハルキに応じた。


「邪魔したか?」

「いいえー、魔王さまならいつでも歓迎ですよぉ?」


燃える炎が巻き上げる空気と対照な、甘ったるい快諾の声。

にこりと微笑むバニーガールは、言葉に反して余裕がない。

火と鉄の鍛冶場に長く立っていたせいだろう。

<武器屋>を担当する彼女は、頬が薄く汚れている。

元は雪色のウサミミは煤で変色し、エナメルのバニースーツの方は、くすんでツヤを失っていた。

剥き出しの肌や二の腕は汗の粒を浮かべ、通常より高い室温のせいか、荒れた吐息がエロっぽい。


(もう現実になってるんだし。そのうち報酬の増額か、労働環境の改善も視野に入れないとな)


口元から目を上げると、桃色のボブカットは傷み、所々が跳ねている。

ぱたぱた動くコウモリの翼は、団扇代わりか。

罪悪感から引っ張るように目を逸らし、ハルキは火を入れた炉を見遣る。


「あれですかぁ?」

「ちょっと様子が気になってな。どうしているかと思って」

「今は魔石の製造ですねー」

「魔石の?」

「そーですよー?」


目ざとく気付いた小悪魔に答えると、彼女は言ってむき出しの背を向け、兎のしっぽを揺らして炉に向かう。


「あそこから空気を入れてぇ」


指差した先では細長い棒が2本伸び、天井と設備を結んでいた。


「燃やしてから、余分なものを捨てちゃうんです」


加工した石材を、半球の形に積み上げた窯。

左右からは円筒が伸び、吸気と排気を行ってるらしい。

実際の鍛冶場と異なる構造や材質は、ファンタジーのなせる業か。


「見るのは初めてだけど、どういう仕組みなんだ?」

「簡単ですよー? 空気をたっくさん燃やして中の魔力を圧縮してー、あとは冷やしながら固めて終わりっ、です。時間はかかりますけどぉ、魔力って集めて使う分には楽なのに、物に溜めたり形にするのは難しくってぇ。魔王さまと<邪悪の樹>が特別なんですよ~? あ。でもでも、ここは魔力が濃いから助かってますー。強い武器を作るには、たっくさん必要ですからぁ」


ふわふわした笑顔で指差し、指差し説明していく桃色の小悪魔。

自分の仕事を語る喜びは共通なのか、実に嬉しげにウサミミが揺れる。


「逆に魔人用の防具なんか、あの人たちって体の大きさどころか部位(パーツ)もバラバラだから、本当に大変なんですよぉ? 兜だけでも角があったり目が多かったり。魔王さまにいわれたから作ってますけどぉ、全部オーダーメイドは手間がかかってぇ。やり甲斐はありますけどね~? うふふ」

「悪いな。けど、必要になるかもしれないから」


魔物のような爪牙を持つ者もいるが、魔人の基本は非武装だ。

共同生活の中で聞くうち、人間並の生産体制、必要な資源が彼らにないのは判明した。

よって、勇者の来襲や魔人の未来を考えた場合、武具の生産は目下、急務の内容となる。

ハルキのスキルで視たところ、基礎能力は<人間>よりも優秀なので、彼の知らない300年の歴史の中、魔族が大陸で追いやられた原因かもしれない。


「ところで、頼んだものは出来てるのか?」

「できてますよ~?」


そんなことを考えつつハルキが尋ねると、小悪魔はくるりと回って手を差し出した。

鍛冶仕事をしているとは思えない、ぷにっとした手に光が集まり、飾りの付いたブレスレットが落ちてくる。

材料にされた銀の光沢に色とりどりの輝きが添えられ、薄赤い鍛冶場の中で冷めた雰囲気を帯びていた。

直径が短い女性用のデザインで、金属の表面には細工と共に様々な宝石がはまっている。


「<星降る加護の腕輪>。けど、補充できない素材まで使ってよかったんですかぁ? 今の迷宮だと、強い人は来ないっぽい感じですけどぉ」

「大丈夫だ。そこまで貴重な素材でもないし、問題はない」

「中級上位の装備なので、魔王さまには見劣りしますよ? コレルさまも耐性に関しては十分でしょうし。もしかしてティアさまにですか~?」

「ああ。今のところティアが魔人の代表だし、戦闘に出すつもりはないけど、範囲化された状態異常も恐いからな。魔法は何とか防ぐにしても、事故死でもされたら困る」


自分の《魔眼》を棚に上げて魔王が言った。

<星降る加護の腕輪>。

優秀な耐性性能を誇る装飾品で、下位を含めた【即死】系、【支配】系など、致命的な状態異常を防いでくれる。

迷宮にいれば一応安全だとはいえ、モンスターの徘徊フロアは罠も存在しているし、まさか永遠にダンジョン暮らしともいかない。


「いつかは、全体的に何とかしたいんだけどな」


守護の対象に紙の防御でうろつかれるのは心臓に悪く、ハルキなりの気遣いもある。

いずれは魔人たちにも相応の武装を渡し、最低限の自衛は出来るようにしたい。

《召喚》された経緯が経緯だ。

頼られて悪い気はしないし、ティアがそうであるように、彼らの感謝は切実で大きい。

王国に敵とされた今から新天地を探すよりは良く、どうせ迷宮を動かすなら、まだその方が意義深かった。


「ようやく生産ラインも安定したし」

「思い出させないでください~。ワタシ、最初の頃はほとんど徹夜なんですから~」

「悪い。それに関してはほんとすまん」


迷宮初日からしばらく。

魔物用を始めとする装備を大量に作らせたため、この鍛冶場は阿鼻叫喚どころか、声を絞る余力もない地獄と化していた。

生産に関しては必要量が分からないため、余剰込みで多目に、である。


「ぷぅ。今度みんなと一緒に食べられる、おいしいものでもくださいね~?」

「わかったよ。約束する。それじゃあ、作業をよろしくたのむな」


頬を膨らす桃色に応じて扉へ向かう。


「はぁい。魔王さま、行ってらっしゃいませ~」

 

手を振るコアに見送られ、扉を開けて階段を上る。

途中、下りてきた魔人にぎょっとされながら譲られた道を苦笑して行き、魔王ハルキは、外に向けて足を運んだ。





魔人強化計画第2段。

次回「第14話 湯煙温泉、2人の心」は12月15日(日)18時更新予定。

必要なシーンを詰め込んだので、過去分の中では第3位くらいの長さになります。

ここにして初のサービスシーン(一応)。ノット序盤。


※鍛冶場の釜→窯など、細かい部分を修正しました。


また唐突ではありますが、ここで改めて皆様にお礼を。

ありがとうございます。

第11話、第12話の内容は皆様にどう映るか最も不安な部分でしたが、一先ずここまでお付き合い、お時間をいただけておりますこと、WEBながら作者冥利につきます。

ご覧の皆様の存在やいただいたご感想、評価、お気に入りを支えに何とかやっております。

投稿版の内容もそれなりに消化しましたが、今しばらくのお付き合いのを願えれば、作者としてはありがたく。


※前話でグランのセリフに勇者の性別を示す部分が抜けていたのを、

「1人の勇者と、彼女に従う5人の冒険者。恐らくこれが我らの最大の敵であり、王国が持つ切り札でしょう」と修正しました。

念のため、記載させていただきます。

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