第11話 日々の暮らし
夢を見た。
電脳であれば見ない夢を。
曖昧で希薄な感覚の中、浮かんでくる過去の光景を。
延々と迷宮に攻略を仕掛ける侵入者たち。
戦歴を忘れるほど彼らを倒した迎撃の日々。
吐き出される魔物、作られるアイテム、鍛えた装備に積みあがる財貨。
能面のような表情で小悪魔が作業している。
最下層に英雄を招いた<魔王の間>、黙って浮かぶデカラビアと、ガラス玉の瞳のコレル。
設備が動く。迷宮が機能する。<邪悪の樹>が今日も魔を孕む。
手動で自動で。一部で全体で。迎撃で防衛で全てが成り立つ。
玉座にかけた彼がいる。迷宮の底に王がいる。
誰かに替わることもなく。誰かが代わることもなく。今日も魔王は其処にいる。
詰まらなかった訳ではない。
望まなかった訳でもない。
「なんつーか」
ただ。
それは。
日々の暮らし。この異世界で得た輝きと比べてみて。
強さの代わりに得た孤独を。孤独であったと知ると、こんなに。
「────────割と、寂しかったのかねぇ」
誰も見てない夢幻の中。魔王は1人、呟いた。
新たな迷宮で送る日々。欲した他者との、記憶の温度に抱かれながら。
魔王ハルキの《召喚》と迷宮稼動から、かれこれ一週間ほどが過ぎた。
馴染んだかは別にして異世界の事実を認識したハルキも、それなりに日々を送っている。
収容した魔人もそれぞれの生活や作業に従事し、魔族基準で快適なのかは不明だが、彼らの求めた『安全な暮らし』は叶っていた。
<邪悪の樹>は調整を施され、王国兵と同レベルの魔物を着々と吐き出し、上層の防備を固めている。
小悪魔たちはフル稼働でアメをなめつつアイテムや食糧を生産し、元のダンジョンを失ったハルキの戦力は、加速度的に回復していた。
<霊地>として優れた<魔王の森>は大量の魔力を供給し、迷宮の急速な拡張と発展を進めている。
縦向きの構造こそ変化しないが、閉所に長時間こもる不調やストレス防止の遊び場、ハルキが最速で建造した温泉、その他の公園に花畑、果樹園や菜園といった実利設備など。
魔王の迷宮は数百名の住民を抱え、今や一個の世界として機能していた。
危惧された王国軍の大侵攻もいまだなく、今のところは平穏そのもの。
それはそれで別の懸念もあったが、敵は森の入り口まで陣を退き、一個騎士団だという全軍を結集して、不気味な沈黙を保っていた。
少数チームでの探索だけを積極的に行っており、様子はハルキが逐一監視しているが、地下三階の階段まではマップを作られてしまっている。
魔王の方針によって魔人の戦力が借り出されず、迷宮の魔物も撃退に終始したためであった。
その分、倒した後に装備やアイテムは回収し、ここだけは魔人の────老執事の────手で尋問もしたが。
むしろ暴れたがる眷族の抑えに頭が痛くなるほどであり、侵入者の少ない迷宮という、嬉しくない事態が訪れていた。
おかげで魔王も気が抜けている。
過去と同じプレイのついでに契約を守っているだけであり、その余裕が異世界の空気をいつの間にか薄くしていた。
現実を疑うことはないが、状況に対する危機感は既に和らいで久しい。
毎日のようにプレイヤーが押し寄せた過去。
そこから一転、彼の基準で隠居じみた難易度設定での7日は、その程度に長い。
そして。
そんな異世界で今日も夜が明け、迷宮の新たな朝が始まる。
「まおーさまーっ!」
「ぐっほああぁぁぁ!?」
起き抜けに部屋を揺らす衝撃。
迷宮の地下六階、<魔王の間>を中心に展開される部屋の一つ、布団を敷いた六畳一間で魔王の悲鳴が爆発した。
落下した超重量の接地が天地を軋ませ、視界に映る諸々を左右へ走らせる。
「な……っ、ごふ、んだ……!?」
お日様の匂いがしそうな掛け布団が跳ね、白い枕から黒髪の頭が飛び起き、腹筋の途中で止められる。
「まおーさま、おはようございまーす! おやすみなさい! んにゅふぅ」
「コレル!」
いかめしかった鎧を脱ぎ、上下を寝巻きで揃えたハルキが、頭上の白熱灯に叫んだ。
コレル=コーレル。
布団越しに己の腹に置かれた兜、眷属の頭を押し退けた主が、畳の目を擦ってずり下がった。
できた空白は一瞬で従者の防具に潰され、砲丸以上の質量が重い音を立てる。
布団によって圧力が拡散しなければ、衝撃でそのまま床が抜ける勢いだった。
「おい。コレル」
「はーい! なんでしょー!」
「何をしてる」
「えーっとぉ。…………あれ? あっ、そーだそーだ! ふしょーコレル、まおーさまを起こしてさし上げにまいりました! こうさん!!」
襲撃でズレた兜からショートの栗毛を見せ、飛び起きた少女が手前に寄ると忠犬よろしく正座する。
装備した鎧がガリガリと畳を削り出し、魔王が無言で顔を覆った。
(ステータスの設定、もう少しかしこさに割り振るべきだったかなぁ。『かしこさ』、ないけど)
起き立てから泣きたい後悔に心を染め、悲しみの涙をこらえて直る。
「それで何だって?」
「だーかーらー! お越しにっ、きたよ!」
「発音が違う……」
「???」
げんなりして項垂れると、原因のコレルは防具の繋ぎ目をかちゃかちゃ鳴らし、首を傾げるだけだった。
「分かった。分からないけどわかった。それで、お前はいま何をしたんだ?」
「んぅ? まおーさまをおこしにきたら、とっても気もちよさそうにねてるから、ボクもまおーさまとねたいなーって思ってのっかっただけだよ?」
「当初の目的ですらないのかよっ!?」
「わきゃっ!?」
振り抜かれた拳が兜を叩き、鈍い音を響かせた。
「おおぅ、あたまがゆれるう~ぅぅぅ」
「ハードアダマンタイトの鎧が何百kgあると思ってやがる! おまけにこっちは無防備なんだぞ!」
今のハルキは普段の装備類を外し、気を抜けるよう選んだ私服を身に着けている。
そうして専用のデータから構成した和室で就寝するので、一度は空からの自由落下に耐えた防御も、大幅に減じているのだった。
おまけに眷族は敵対判定を持たないので、《敵性感知》などのスキルにかからない。
つまりは素通りで侵入された上、無防備なところにプレスを食らった次第となる。
防備と迎撃を誇る<迷宮の魔王>として、二重の意味で痛い目覚めだ。
「うう…………くすん。よくわかんないけど、ごめんなさいまおーさま」
一方、叩かれた後で叱られたと気付いたのか、少女は涙目で謝った。
(うぐ)
対して内心で呻く魔王。
元を正せば眷属として作製する際、彼女のベースは既存の一覧から引っ張ったもので、一応は彼の選択による。
装備から判るように、求めていたのは盾役だ。
ただ、普段から側に置くためムサい男は嫌だったのと、細かい容姿は鎧で隠れるからいいかと、適当に入力した結果が今の姿である。
そのため眷属には多少の負い目があり、立場はともかく心情的にはいくらか弱い。
ちなみに彼女の相方でもあるデカラビアは、揃って女性にするとハーレム趣味で恥ずかしいし、かといって男性キャラを凝って作る気にもなれず、なら悩むのも面倒と思って無機物に走った結果だった。
アイデンティティが崩壊しても困るので、ハルキに教えるつもりはないが。
「ああもう、泣くな泣くな。どうしてもっていうなら今度そうしてやるから。そんなに怒っていないって」
「ほんとうに?」
「本当だ」
「うん。ぐす。わかった」
悪戯好きで活発な割に、叱ってみると驚くほどに落ち込む子犬。
犬の耳でも幻視しそうな性格の元は、どのデータから生まれたのか。
向けられる瞳に輝きが戻り始めるのを目に、判りやすくて扱いにくいと、ハルキは嘆息したのだった。
迷宮の地下六階は、基本的に廊下や通路で繋がっている。
玉座のある<魔王の間>などいくつかの施設は例外だが、構築された部屋の数々は行き来が自由な方が便利で、魔人たちの生活を思えば尚更だ。
居住区と一言で呼ばれるが、様々な内装と機能を持つそれは生活用、遊行・遊興用、小悪魔のものとは別の生産用など目的によって分類され、整理の上で並んでいる。
この7日というもの、住人からは立場もあるにせよ特に批判も不満も上がらず、利用者のリフレッシュも好調で、初めて戦闘以外で迷宮を評価され、魔王ハルキは裏でひどくご満悦だった。
「おはよう」
「おはようございまーすっ!」
魔王の私室を出て長い廊下と数個の区画を抜けると、食事に使われる食堂・食卓のスペースがあり、予定していた扉を開ければ、室内からは朝食の匂いが鼻に香る。
「あ。魔王様、おはようございます」
「お早うございます、魔王様」
「今日もいい朝ですな! グゥッドモーニンッ、魔王様! このデカラビア、今朝も魔王様より拝謁の栄誉を賜りますのを一日幾星霜の想いで────────」
「おはようございます魔王さまっ! ささ、もう配膳はすませちゃうので早く座っちゃってください!」
中にいたのはティアと執事の魔人を代表する主従、それに眷属の片割れであるデカラビアと、緑の髪をした小悪魔だった。
<食糧>の緑は迷宮の中でもフル稼働メンバーの代表であり、この場にいるのは食を司る者として、魔王に侍る意味合いが強い。
今のところ食糧事情に問題はないが、それは彼女が与えられた道具や家畜を存分に駆使し、魔人たちにも畑や菜園で野菜を作らせ、主体的な迷宮暮らしを植えつけているためだった。
何せ元がゲーム内のシステム要素。
ファンタジー農家は二日で畑からカブを取り、ファンタジー野菜は数時間から数日あれば成長を遂げる。
『畑、三日あれば刮目して見よ』、というのが彼らのキャッチフレーズだ。
「よいしょっと」
「今日ぉーのごはんはなーにっかなー? わくわく。わくわく。ねーねーまおーさま、ボクおなかぺこぺこだよ!」
「いーーーいから黙らんかこのチビがっ! お前みたいな能天気が魔王様の神聖な、じゃなかった、邪悪な朝の一時を邪魔するんじゃない!」
早朝コントを繰り広げる眷属コンビを横目に、椅子を引いて席につく。
室内は洋風の小部屋で、中央には白いクロスをかけた円卓が置かれ、囲むように座席が配置されていた。
脇の方には扉があって向こうのキッチンへ繋がっており、小悪魔がウサミミをぶつけながら料理を運び出している。
恐らくは手伝いの申し出を断られたのか、姫と執事は黙って座っていた。
ただ心持ち落ち着かない様子で、卓上の食器や配膳主にちらちらと視線を送っている。
(…………何故にテーブルで和食?)
その反応も宜なるかな。
純白を飾った円卓の上に並んでいるのは、とりどりの大皿小皿やグラス、コーヒーや紅茶のセット、ではなく、茶碗に箸置きの箸、オカズ用の横皿など、和風の揃えである。
ここ数日、ティアに見せる意味で場も内容も日替わりの食だが、ここまでアンバランスなのは、流石に記憶にない。
おまけに配膳するのがバニーガール、しかも翼つきとなると、最早おかしくない方がおかしい。
「はーいこれでお終いっと。ひゃっほう!」
言って席につくグリーンデビルは、特に構う様子もなし。
ティアたちの前に、スプーンとフォークが置かれているのがまだ気遣いか。
この小悪魔も西洋ベースのはずなので、あるいはイタズラを抑える救済措置かもしれない。
なんにしても<他人の不幸>が大好物のマスコット、油断はしない方がよかった。
「ではではっ! 本日このコアこと小悪魔が皆様に用意しましたるは、ウケモチ米のご飯に<セーフリームニル>の豚汁ならぬ猪汁、鮨魚の切り身の焼き魚、新鮮採れたてマジックグラスのシャキシャキサラダ、以上の四品になりまーす。デザートは仙桃のシャーベット ~〈星〉の蜂蜜煮飾り添え~ 。お代わりもあるから、どんどん食べちゃってほしいなっ!」
何故かC級のグルメ番組を思わせる口上を添えるコック。
小悪魔の中で体育会系に属する性格は把握したが、この辺の振れ幅に関しては、ハルキもいまだに掴み切れない。
「さ。魔王さま」
しかし食べないわけにもいかないし、味の保証はされている。
以前の迷宮で迎撃以外の楽しみといえば先ず食事であり、そのためにわざわざ小悪魔の枠に<食糧>を置いた。
今も<魔王の森>から魔力を注いでいるだけあり、食物を生み出すという伝承の道具、<ダグザの大釜>を始めとする設備群は、順調に食材を吐き出している。
家畜や家禽も乳や肉、卵を新鮮に食卓に並べ、《料理》スキルを────過去のハルキによって────可能な限り上げた彼女もまた、その行使に余念がないのだった。
「おう。それじゃあ」
ゲームでは省略されがちなところ、それも特殊な物が多い食材に、一体どういう調理をするかは、彼もまったく分からなかったが。
美味いものが出てくるのならそれでいいかと、男子らしいモノグサで、求められるまま手を合わせた。
「いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
全員が彼に倣った動作で後に続く。
日本人式の祈り、もとい食物と生産者への感謝は、最初にしたのが慣例化して続いていた。
迷宮での立場を考えれば、作法においては魔王に続く他にない。
定着したものは仕方がないので、ハルキとしても皆のするに任せている。
「う~ん! 我ながら上出来!」
自賛する緑は、早くも高速でかき込みながら同じスピードで噛むという、高等スキルを見せている。
小悪魔の間で取り合いでもあるのか、素早いスタートは食卓の競争を叩き込まれているようで、自分の料理を誰より美味しそうに食べる姿は、実に幸福に見えた。
小さな顔でふくらませるほっぺは、どこか幼い可愛さがある。
翼を生やしたバニーがするには、幾分かシュールな光景だったが。
「ぱくぱくもぐもぐ。ぱくぱくもぐもぐ。うんっ、おいしーよコア!」
「ええいっ、頬に米粒をつけるのを止めんかこのガキが! 魔王様の従者がみっともない。ちゃんと箸を握れ箸を…………ってグー握りじゃないわアホが! くそっ、取ってやるから動くなよ! いいか絶対にそこを動くなよ!? フリじゃないからな!? ここが崖なら突き落とすぞ貴様!」
約一名、合わせる手もない魔法球がいるが。
誰もが和気藹々と舌鼓を打ち、食事を目の前に団欒を楽しむ。
「あ。美味しい」
「しかし不慣れゆえ、少々食べにくくはありますな。お嬢様はナプキンをお持ち下さい。それと、零した際には迂闊に触らず私めに」
魔人の主従も和風自体にそう抵抗はないようで、ティアは汁物に唇をつけて味わっている。
熱を吸った口元から、ほう、と漏れる吐息が食卓に上った。
執事に至っては一家の大黒柱の如く、伸ばした背から繰り出す腕で、器用に箸を操っていた。
従者の彼が主と同じ食卓にいるのは、離れて棒立ちで見詰められてもやり難いという魔王の主張に、ティアが頼んだためである。
「うーん」
食卓に広がる光景の不思議さに唸りつつ、ハルキも食事に加わる。
一口、手にした椀から摘んだ白米を含むと、感嘆の息を深々と漏らした。
「……おお」
甘い。
粒が立っているものを潰さないように碗に盛り、なんの味付けもないまま出した炊き立てご飯。
噛むとじんわりとした甘味が広がる。歯ざわりがふっくら丁度いい。
この世界で炊飯器などないだろうに、身と味を壊さないように丁寧に研ぎ、細かく水の量を見てから炊き上げたのか。
薫るように仄かな甘さが、米は米だけで美味しい本道を体現していた。
よく噛んで味わい、きちんと飲み込んで次へかかる。
「次は魚か。って、ん? んん?」
乗せる料理に合わせ、流れるような水彩の絵柄を描き写された、横長の皿の焼き魚。
鮨魚という名は知らないが、箸の先を差し入れてみると、意外に感触にクセがある。
皮がパリっと割れるか溶けるように身が崩れるか、と思うと、何故か奇妙な弾力が返った。
ほぐせないので挟み込んで口元へ運び、箸でおさえて噛み千切ると、肉質に獣の歯応えがあり、小骨の類も見当たらない。
じゅわっと広がる脂の旨味も、魚よりは肉の濃さに近かった。
熱したフライパンにさっと置いて焼いた時の、煙に混じる肉の匂いが、口から鼻に抜けていく。
見た目と内容が一致しないファンタジーモノはそこそこ食べたが、地味に意外な一品だった。
心なしか、安眠を潰されて起きた頭もすっきりする。
「あははははっ! 賑やかだぁ!」
「たのしいねー。おいしくって、ボクしあわせー!」
「本っ当にこのバカ娘は……」
手を止めて顔を上げれば、それぞれに会話が弾んでいる。
「コアさん、こちらはどういう風に調理しているのでしょうか?」
「セーフリームニルか。ティアさまって料理はするの? こいつは煮込む時の火力が大事なんだ。<エルドフリームニル>っていう専用のお鍋があるんだけど、これを火にかけて一気にゴオーッと────────」
「失礼。そのレシピは教えていただけるのでしょうか?」
初対面の印象がどうだったのかは分からないが、ティアと小悪魔たちも7日間で打ち解けた。
モノクルを光らせた執事に緑が答えるが、身振り手振り、擬音と感覚で内容を伝える料理人に、聞く方が苦労して見える。
食いつき方からして、もしや料理に造詣が深いのか。
「コアー、ありがとね? とってもおいしかったよ! デザートはまだ?」
「はいはい、コレルさまにはすぐに」
「ふ。ならばこのデカラビアにもいただこうか。そこの女より大盛りでな!」
「じゃあボク、デカラビアより山盛りがいい!」
「すみませんお二方、食べ物を食べる以外の競争に使わんで下さい……」
魔人と眷属と小悪魔とが、壁もはばかりもなく交流している。
立場も種族も、異なる者たち同士の触れ合い。
一つのテーブルを囲んだ共存。そこに流れる賑やかで、なのにどこか穏やかな空気。
(……)
ある意味で全ての中心にいる魔王は、不思議な心地で歓談を見ていた。
いまだ互いの距離はあるかもしれないが、それも更なる時間で縮むだろう。
彼が迷宮にいる限り。
ハルキ自身のことに関しても、ティアなどは共に過ごす時間が長いせいか、最近は色々と質問をし、彼も過去に行ったプレイを語っている。
「コレルさんは甘い物はお好きですか?」
「大好き! アリスは?」
「私もです。お互い、女の子ですね。ふふ」
「んぅ?」
小悪魔と眷属の間で『さま』付けからくる立場の差や、眷属だけが呼ぶティアリスの愛称など、発見も多い。
「魔王様に仕える眷族であるというのに、相方がアレでは苦労も多くてなぁ」
「ご苦労、お察しします」
従者サイドは従者サイドで愚痴を言い合って、はおらず、デカラビアが一方的に零していた。
異人に異性に異なる立場。これこそある種の幻想的な、温かい光景が広がる。
(────────)
ふと、言い知れない何かに胸打たれた魔王が黙考した。
(誰かと一緒にいる賑やかさ、か)
初めての感覚、ではない。
《召喚》されたあの日以来、生産した食糧でこうして食事に集まる度、何ともつかない感情が胸に去来する。
今日のそれは一段と大きく、ゲームの中では忘れ去っていた心境が、久しくなかった表情を浮かべさせたのだった。
侵入者の撃退も何もかも、たった一人の玉座で済ませていた、かつての日々を思い起こす。
「敵でない誰かと、ね」
《召喚》の直前、数多の侵入者をたった一人で相手したように。
迷宮のそれを含めて<ファンタジー・クロニクル・VR>の<魔王>は、強力なクラスである反面、孤独な強さを前提としている。
プレイヤーでありながらボス化された耐久力、敵用の取得技能表に固有能力。
強力なメリットは、数多のデメリットを裏にすることで成立していた。
プレイヤー同士のアイテムトレードに通信不可、パーティーの構成不能、人類プレイヤーの生存圏に立ち入った時の討伐イベント発生など、数え上げればキリがない。
魔王が本当にただ強ければ他の誰もが魔王を目指し、MMOの意義が崩れる。
加えて野外で動くタイプと異なり、<迷宮の魔王>はログイン中、迷宮に張り付くストレスもあった。
(本当。すっかり忘れていたな)
魔王職のプレイヤーが引退する理由の大半が、その強大さがもたらす飽きや寂寥感、『さめる』という感覚だとされる。
ハルキにしても思い返せば感覚が麻痺し、磨耗していなかったと言えば嘘だった。
自分でそういうプレイを選び、そして楽しんだとしても。
こうして違う熱に触れると、起こる感傷は止められない。
ティアたち魔人との交流。眷属との会話や小悪魔への指示。
自分を慕い、親しみ、あるいは敬意で接してくれる身近な誰か。
眼前の団欒を目にすると昔、リアルでは誰とも知れない仲間たちと共にフィールドを駆け回った、懐かしい記憶を思い出す。
「あー、おいしかった」
「コレルさん、本当によく食べましたね」
「ふん。ただでさえチビなのだから太る────────あいた!? やってくれたな貴様ァ!」
「あーもう。みんな食べ終わりました? オッケー? じゃあ、魔王さまお願いします」
小悪魔が笑みを浮かべて催促した。
始めた時のような、食事を終えるための全員の合図。
それもまたハルキから始まり、こうして迷宮の中で繋がりを持って広がっている。
「分かった。それじゃあ」
再び手を合わせて拝む魔王。
また一つ、彼の現実となった異世界で団欒が終わる。
かつては失っていた、手に入らなかった温かな時間が。
「ご馳走様でした」
「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」
だからこそ、これからも。
明日もまた同じ光景を見て、同じ場所にいられるように。
ティアによる願いとは別に。この幸福を守ろうと。
彼は、思い始めていた。
次回、「第12話 災いの名は」、12月12日(木)18時更新となります。
自分に食事と料理は書けないことを痛感しました。
※「拷問まがいの」という文章を修正。改稿前の名残で拷問ではない程度のという意味で使っていましたが、印象がおかしいのでご指摘を受けて変更しました。