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第10話 コレル=コーレル




「まおーさまーっ!」


転移を終えて現れると、途端に大きな声がハルキを迎えた。

迷宮の深く、彼方までむき出しの土壁が続く廊下と、<魔王の間>とを結びつける小広間。


「ようすを見にきてくれたの? ボクちゃんとまおーさまのおへやを守ってたよ! ほめてほめてー!!」

「うおっ!?」


侵入者に許された最後の安息所、篝火の炎が照らす小部屋に現れた彼に、配置していた眷属が反応した。

突然の気配に振り向いた先で主を見つけ、嬉しそうによってくる少女。

コレル=コーレル。

地上における蹂躙戦、振るわれた猛威も魔王の記憶に新しい、子犬のような元気さの配下だ。


「えっへへへぇ!」

「ごふっ!?」


全身鎧の重量からは想像できない軽さで跳びはね、構えた主へ抱きつくと、耳を痛める金属音が盛大に鳴った。


「ぬおお……!」


下手に止めるわけにもいかず、タックル気味の接触(ダイブ)をもらってよろめく魔王。

相撲のぶちかましが可愛く思える衝撃を受け、震える腕を兜越しの頭に置く。

押し退けるつもりの手はぐいぐいと強まる抵抗に遭い、隙間からこぼれる栗毛の前髪を撫でるに終わった。


「うにゅふふふー」

「ど、どうしたんだコレル?」

「まおーさまが見えたから、ほめてもらおうとおもって!」


自分から頭を擦りつけ、抱えた主の腰を支点に、ぴょんぴょんと跳ね続ける少女。

ただし両手に握った大盾、縦に長い楕円形の防具のせいで、はたから見ると抱きつくよりもカニ挟みに近い。


「あっ、そうだ。まおーさまボクに何かようじ? 今日もてきはだれも来ないよ?」


言ってぱっと距離を取り、訪れた主に尋ねるコレル。

くりっとした瞳がハルキの姿と、置かれた光源の炎を映し、反射して淡く輝いた。

髪より明るい茶の双眸が火の色を入れ、ゆらめいてまばたく。

<魔王の間>の手前。

正確には地下六階の玉座に続く階段を背にした、地下五階の最奥部分。

四方には数人が散って休息できるスペースが置かれ、背後の重厚な扉の前では二脚、四つ足で地に触れる鉄の棒が高く伸び、先端にあるカゴの中で篝火を赤く焚いている。

パチパチと響く燃焼の他には音もなく、火によって黄色と橙に照らされ、焙られた影が土の上に伸びていた。


「ちょっと様子を見にな。それと確かめたいことがあって」

「?」


残る眷属のデカラビアは、上で内部を巡回中。

<迷宮の魔王>として巡らすサーチも空振りで、この場は極めて平穏といえる。


「とりあえずは仕事ご苦労様。悪いけど、続いてよろしく頼むな」


労いの言葉をかけて離れ、迷宮の奥ではなく、侵入者の来る通路側に進んでいくハルキ。

異世界共同生活2日目、ロクな会話もない眷族への絡み方は不明で、歩調はいくらか足早になる。


「じーっ」

「……」


その背後から音がする。

固まった背中に伝わってくるのは、口に出ている自己主張。

反応した魔王が足を止めると、相手の足音も同時に止み、進むと再び着いてきた。


「…………」

「じーーーっ」


ガショガショと鳴り響く、金属質な移動音。

重戦士の類につき物の、装備の摩擦や重量による喧しさが、隠す気もなくつけてくる。


「あー、その。なんだ。コレル?」

「ねえねえ、まおーさま。ボクもいっしょにいっちゃダメ?」


振り返ってみれば、距離も変わらず全身武装の眷族がいた。

屈託のないニコニコとした満面の笑みが、彼を下から見詰めてくる。


「おねがいっ、まおーさま!」

「いや、だからコレルには警護を……」

「ダメなの?」


詰まり気味で返答すると、少女は途端に不貞腐れ、唇を尖らせ横を向いた。


「う~。だってここだれも来ないし、ヒマだし。まおーさまのいいつけなら守るけど、ボクもうつかれちゃったよぉ」


調子にまだ忠誠があり、怒りをぶつけてくる訳ではないのが良心を咎める。

彼女の見た目が幼いだけに、罪悪感も強かった。


(しまった)


内心で顔に手を当てる魔王。

この世界で人格を持った眷族を、ほとんど棒立ちで警備に回してストレスはないか、というのは初日から気にしていたことだ。


(最初の態度はその裏返しか)


単にそういう性格と思ったが、外見的に、子供と同じ精神(メンタル)とすればよく堪えた方だ。

配置換えはあったにせよ、暗く狭い迷宮の中で最低半日、相当に我慢をさせている。


(場所としては重要だけど王国の連中が辿り着ける深さじゃないし、数や精鋭で攻めてきても着くまで準備はできるからな。念のために置いといたけど、機械的な魔物でもなきゃ、そりゃ辛いか)


ただの駒(NPC)として扱っていた感覚が、まだ完全に抜け切っていない。

この異世界で生きていくなら改めるべき部分であり、魔人を迷宮に入れた今、その運営には欠かせない視点でもあった。


「ああもう、分かった分かった」

「え! いいの!?」


主に口にした不満に、自分でバツが悪そうにうつむいていた眷族にいうと、意外そうに顔が上がった。


「いいよ。見て面白いモノかは知らないけど、興味があるならついてきても」


見下ろす頭に今度は自分から手で触れ、兜の感触を左右に回す。


「ほんとうに? やったぁー!」


跳びはねる少女に合わせ、置いた手が何度も上下した。


「えへへぇ。まおーさまだいすき!」

「ちょ!?」


一頻(ひとしき)りジャンプをすませると、またも抱きついてくるコレル。

漆黒の鎧の表面に、露出した頬がぷにぷにと何度も押し付けられた。


「ほら。あんまりくっつくなって」

「えー?」

「それよりも着いてくるんだろ? 早く行くぞ」

「うん!」


遠慮のない接触と、距離感の近さに困惑するハルキ。

抵抗する眷属を剥がして言い聞かせると、あっさり反転して離れる。


「まおーさま、はやくはやくー!」

「……はいはい」


調子の狂う相手にペースが掴めず、肩を落とした魔王が歩む。

しばらく迷宮地下五階には2人分の、少し大きめの足音が響いた。
















延々と奥に向けて伸びる迷宮の通路。

左右の壁に付けられた間隔の長い光源に照らされ、闇の中に何度か姿を覗かせてから、魔王ハルキが口を開いた。


「そういえば」

「どうしたの?」


2人、横並びになった片割れの歩調が落ちるに合わせ、眷属の少女も声を上げる。


「いや。ちょっと気になってることがあってな。コレルは、その。オレのことは憶えてるのか……?」

「? ボク、まおーさまのことをわすれたりしないよ? だってまおーさまだもん!」

「あーいや、質問を間違えた。悪い。そうだな、どうしてコレルがそんなに(なつ)────オレを好いてくれるのか、少し気になったんだ」


彼女、コレルとデカラビアで構成する、配下たる<眷属(ファミリア)>。

この異世界で人格を持った存在の忠誠、自分に向けてくる一貫した態度は、疑問といえば疑問だった。

彼らは明らかにハルキのことを把握している。

小悪魔もそうだった、<ファンタジー・クロニクル・VR>の頃から彼を見知っている言動の数々。

一先ず済ませるべき大部分も片付けた今、最も素直であろう配下を前に、ハルキが聞くには丁度よかった。


「理由がないと、まおーさまのことを好きになっちゃダメなの?」

「そうじゃなくって、うーん。理由というか切っ掛けっていうか」


悩ましい表情を浮かべる主に、前を向いた少女の視線がゆっくりと落ちる。


「うー」

「コレル?」


やがて彼女が足を止めると魔王が行き過ぎ、ぼやけた輪郭で振り向いた。

迷宮の空気に薄く染みた闇の中、彼の視界には眉根を寄せたコレルが映る。


「うううぅぅ……!」

「そ、そこまで本気で考えなくてもいいぞ?」


俯いてうなると、必死に頭を回し始める。

前、後ろ、右に左と、うんうん言いつつひねられる首。知恵熱でも出す勢いだ。

頭脳労働に向かないだろう眷属の姿に、ハルキが止めるが聞こえていない。


「あっ! それじゃあね!」


そして何かを思いつき、目を輝かせて口にした。


「まおーさまが、ボクのおとーさんだから!」

「────────」


ビシリと、凍りついたかのように硬直する魔王。

返答への期待で浮かべていた笑みが一瞬で引き攣り、意味を理解して崩壊する。


「ちょっと待てコレル…………悪いがもう一度いってくれ。頼むから今度は言い間違えのないように。いったい何だって?」

「だから、まおーさまがボクのおとーさんだからって」

「リアルより先に子持ちになった覚えはない!」

「わっ!?」


絶叫する主に、幼女寄りの少女が驚く。


「でもぉ」

「ああ悪い、怒ったわけじゃないんだ。けど教えてくれ。何をどうしたらそうなる?」

「う、うん」


怒りはおさめたが目を見開いて寄ってくる主に、少女が少し後退る。

暗がりも手伝い、必死な表情は余計に恐い。


「そ、育ててくれた人は、パパとかおとーさんっていうと思って」

「ひ、光源氏計画……? それとも援助的な? い、いや、オレは無実だ! 倫理規定(コード)に触れるようなことはしてない!」

「???」


解説という名の追撃を受けてうなだれるハルキ。

名作の古典からくる化石ネタ、彼の時代でも通じる言葉を口走り、ともすれば後ろに手が回る行為を否定する。

血の繋がらない少女にパパと呼ばせるのは、どの世界でも犯罪性が強かった。


「で、でも本当だよ? ボクが強くなれたのは、まおーさまのおかげだもん!」

「へ? 強く?」


そこで。

声の調子を変えたコレルに、予想を(たが)えた顔が戻る。


「ボク、生まれたばかりのころはよわくって。さいしょは負けてばっかりで。ぜんぜん役にたたなかったのに」

 

目の前の少女は少しずつ。それでも懸命に考え、言葉を紡いだ。


「まおーさまは、それでもボクを育ててくれたから」


それは眷属(NPC)としての、ないはずの記憶。


「おいしいゴハンをくれて。ケガもなおしてくれて。たまに『がんばれコレル』っておーえんしてくれて。ボク、役にたてないのにうれしくって。それでがんばって、ここまで強くなったんだよ?」

「プレイ記録(ログ)…………違う。『記憶』が、あるのか?」


過去、<魔王>となったハルキの取得した<眷属>。

そのレベルは1からスタートし、実戦に堪えるまで育てるには、正直かなりの根気を要した。

侵入者の迎撃に出し、負けては復活や治療を行って回復させ、アイテムを渡し、ステータスを上げ、レベル以上の装備を与えて戦わせる。

繰り返し繰り返し。

彼女が彼の横に立てるまで行われたそれは、ハルキにとっても実に長い道のりだった。


「うん。ボク、まおーさまに育ててもらったのはわすれないよ? だって<あくま>は、ホントはよわくちゃ生きられないから」


かけた手間と投資の額は、既に魔人に与えたものを超えるかもしれない。

コレルに対する分だけで。


「コアたちもおんなじだとおもう。あと、デカラビアのヤツも。めいきゅうのみんなは、まおーさまのかぞくだよね? だからボク、まおーさまはボクのおとーさんかなって。えへへ」

「そういうことか」


照れるコレルにうなずくハルキ。

彼の感じた、幼子のような好意と敬愛。

その裏には過去に積み上げた、それなりの過程があったらしい。

眷属の範囲に収まったそれは多少なりとも歪だが、確かな固さで<魔王>ハルキに結ばれている。


「だから、まおーさまがこまったときはいつでもいってね? ボクがぜったい、まおーさまの役にたつから!」


多くの技能(スキル)や思考がそうであるように。

彼が<ファンタジー・クロニクル・VR>で熱中し、努力し、培ったものは。

過去の迷宮を失っても、ある意味でこうして生きていた。


「ああ。頼りにしてるよ」

「やったー!」


そうして名実共に、彼の眷属(なかま)の少女を見て。


「じゃあ行くぞ」

「うんっ! おとーさ────────じゃなかった!? まおーさま!」

「その呼び方は気をつけてな! 色々と!」


最後に○学生のような間違いを聞き、通路の先に歩んで行った。











怪物の(あふ)れるダンジョンの深部、闇を弱くした光源の下で、黄金の輝きが現れた。


「おおー」


開封されていく箱の口に顔を寄せ、中を見たコレルが声を上げる。

長く続く道の上、むき出しの地面にぽんと置かれた、大きな収納箱(チェスト)

塗料で補強した木の板を足して継ぎ合わせ、金具と錠前をつけて財物を入れた宝箱(トレジャーボックス)

夢の代名詞にして冒険の証が、軋みを上げて内部を見せた。


「おおおおおー!」

「おし、ちゃんと入ってるな」


興奮して首を突っ込むコレルを掴んで止め、箱と中身を(あらた)めたハルキが満足げにうなずく。


「<霊薬(ポーション)>に<薬草>に金貨に…………うん、指定通りだ」


年月を感じるくすみを帯びた木箱には、複数の品が納まっている。

金属で補強した縁の内部は左右に分けられ、右半分は上下の段組になっていた。

左側に積まれたのは、手を差し入れてすくい取れる金貨の山。

底は浅いがコインは全て黄金であり、微かな明かりでもキラキラと眩しい反射を保つ。


「数の方も不足はなしっと」


右側の上部は敷き詰められた綿と布による窪みに、コルク栓の球形フラスコが、液体をたたえてはめこまれていた。

その下には薬草類が薄紙で包んで安置され、開いた者に栄誉と報酬、帰路の手助けを与えることを証明している。


「ボク自分でたからばこ開けるのはじめて! まおーさままおーさまっ、これちょっとさわっていい?」

「いいけど左の金貨だけな。ポーションと薬草は壊すからダメだぞ?」

「わーい!」


許可が出ると篭手つきの腕を箱に突っ込み、ジャラジャラと金貨を鳴らし始め、顔に似合わない金満な遊びに興じるコレル。

内心ちょっと引いたハルキは眷族の後姿を見詰め、それからふむ、と腕組みした。


(地下五階にしちゃ金貨を少し入れすぎたか? ここまで敵を侵入させる気もないしな。階層の増築もまだ先だし、運営スタイルも前とは変えなきゃいけないし。入れるアイテムはもうちょい厳しくしてもいいかね)


侵入者を迎撃し、蓄積される経験値(ちから)や獲得するアイテム、そこから相手に与える分を差し引いて、経済を回す経営サイクル。

ゲーム中なら無数の敵で成り立っていた運営も、有限で現実な命を前に、過去と同じとはいかない。


(いっそしばらく銀貨でいいか? いや待てよ。あっちの金貨が異世界(こっち)で同じ価値とも限らないし……ゲームから三百年経ってもいまだに使えるのか?)


唯一、<ファンタジー・クロニクル・VR>と違い、殺してアイテムをドロップさせる代わり、倒すだけで装備品を取れるのは大きい。

アイテム類で最も高価な装備品の系統は通常、プレイヤーに付属するため、殺したところで持ち主と共に転移する。

それを奪えるのは大きく、失った装備を再支給した兵の投入も見込めるため、現在、迷宮においては生かさず殺さず、ハルキなりのキャッチ&リリースが基本だった。


(またティアに教えてもらわなきゃな。単位なんかは共通だし、最悪、貴金属としての価値は通じるだろうけど)


宝箱はいわば撒き餌だ。

一定の儲けを与えれば、相手はズルズルと勝負を続ける。

そしてダンジョンの付き物として、トラップを仕込める物を置かない選択はない。

それだけに、問題なのは内容や比率をどうするか。

優先度のせいで棚上げが続いた問題だが、本来的な<迷宮の魔王>の立場としては、実に悩ましいところだ。


「ねーねーまおーさま。そういえば、どうしてたからばこっておくの?」

「はん?」


と、思考の海に入った途端に声をかけられ、間抜けな抑揚で返してしまう。


「だって、めいきゅうにくるヤツらにおたからを上げるひつようってないよね? ボク、それくらいなら自分のオヤツを買いたいもん。でもまおーさまがすることだから、なにかいみがあるのかなーって」

「お。興味があるのか」


無意識にニヤリ、と笑う魔王。

<迷宮の魔王>にとって最大の関心ごとは、当然迷宮のことだ。

同時に、延々と玉座に腰掛けて過ごす孤高の王────ボッチ────でもあった彼にとって、その手の話題と会話の欲求には事欠かない。

交流の手段にもなることを考え、数秒悩むと腕を解いて向き直る。


「そうだな。じゃあコレル、迷宮の特徴ってなんだと思う?」

「まおーさまがいること!」

「いや、間違いじゃないけどさ」


好意的な回答に肩の力が抜け、気を取り直してわざとらしく咳をする。


「迷宮の特徴ってのは、言葉そのままに迷宮────もしくはダンジョンであることだ」

「?」


首を傾げるコレルに対し、予想してたと言わんばかりに話を続ける。


「迷宮の踏破ってのは、野外のよりも困難だからな。まず……」


ピン、と右手の人差し指を立ててみせる。


「迷宮で明かりはわずかだし、場合によっちゃ真っ暗だ。誰か一人は照明を持つか魔法で点けなきゃいけないし、そうなると隙や消耗が起こる。そうして周囲を照らしても、壁や入り組んだ通路のおかげで、見える場所は広くない」

「う、うん」


『分かるか?』と問う主に、自信がなさそうな眷属が答えた。


「次に迷宮は狭いから、地の利がない上に集団戦、パーティーの連携には外のフィールドほど向かない。場合によっちゃ前後左右から挟み撃ちだしな。内部の魔物は魔王(オレ)の指示でも動くから、退路の確保も簡単じゃない。狭い場所だからストレスもかかるし、楽にやるには向かないんだ。これはメリットにもなるけどな」

「たいへんなのに?」


続いて中指を立てた魔王と少女のやり取り、解説は続いていく。


「ああ。広くないから魔物との遭遇率が高いし、攻略法さえ間違えなければ、手っ取り早く強くなれる。外にいたんじゃ身につかない技能のレベルも上がるし、難しいから挑みたいってチャレンジャーも必ずいるしな。それだけじゃ数が足りないから、工夫が必要になるんだが」

「そ、そーなんだ」


自分的に難しい言葉の連続に、声を小さくするコレル。


「そこで最後に宝箱だ!」


そんな彼女の様子に気付かず、ハルキは更に捲し立てる。


「迷宮、古城、廃都、要塞、朽ちた坑道に遺跡群! 空中都市に異相空間! 魔物から取れる素材とは別に夢と金の詰まったコレは、管理する魔王がわざわざ置かなきゃ誰にも取れない。管理者のいない、通常のフィールドにはないからな」


そこで深呼吸。


「……難易度は高いが上手く行けば一攫千金、レアなアイテムも手に入るし、ダンジョン攻略者の称号()もつく。ダンジョンだけの醍醐味で、要は客寄せだな。運がよければ外より儲かるし、経験を積む意味でも悪くない。そういった特徴が合わさることで迷宮には人が来るようになるし、おかげでオレも強くなれる」

「うううぅぅ」


そこまでいってようやく言葉を切る魔王。

一方のコレルは頭をおさえてうなっている。

煙こそ噴かずにすんでいるものの、彼女にとっては難しい言葉の連続に、すっかり両目を回していた。


「どうだ。わかったか?」

「う、うん。やっぱりまおーさまってスゴいね!」


どうにでも取れる称賛は、生まれて初めて知恵を絞った結果かもしれない。

話すのに夢中だったハルキも一先ず切り上げ、通路の奥に顔を向けて先を促す。


「だからこうやって、宝箱が機能してるか確かめるわけだ。念のため、もう何個か見ておきたいけど、くるか?」

「はーい!」


とにかく元気のいい返答に、受けたハルキが苦笑する。

異世界に来ての実態調査の一つだが、供がいるのも魔王らしくて悪くない。


「ならついでに魔力の集積装置も確認しとくか。アレはガーディアンもどうするかなぁ」

「たいへんだったらボクがやるよ? あ、あんまりずっとは、ちょっとやだけど」

「暇させたのは悪かったって。今日からはもうちょっと移動を入れて、何とか飽きないようにするから、希望があったらいってくれ」

「……うん! ボク、たまにでいいからオヤツの出てくるとこがいい!」

「そっか。そういや食事も要るよな。ってデカラビアはどうなんだ? アイツ外見ボールだけど、食事とかするのか……?」


開けた箱に鍵をかけ、再開した移動で遠ざかる主従。その途中で主の<魔王>が顔を上げ、その中にあるハルキの意識は、ふと真剣に思案する。


(色々、考えていかないとな)


宝箱の他、様々な要素による迷宮の運営は複雑だ。

王国という外敵を置き、魔人という他者を擁した今、それは過去より一層の注意が要る。

ただ。それは同時に集中であり、熱中の楽しさでもあった。


(どういう風に攻略するか、させないようにするか。久しぶりの感覚だな。魔王に成り立ての頃に戻ったみたいだ)


仮想だろうと現実だろうと、変わることない<迷宮の魔王>としての思考で、これからのことを計算していく。

<ファンタジー・クロニクル・VR>の時間ですら昔に思える頃、初めのダンジョンを建造した時に抱いた想い。

どういう迷宮を造り、どんな魔物を放ち、何のアイテムを準備して入れるか。

通路の構造や設置する罠、組み込む仕掛けや特殊施設。

<小悪魔の部屋>で作る生産体制に、必要な設備の稼働状況。

優先順位の割り振りなど、考えの種は無数にある。

自分なりの迷宮。自分だけのダンジョンの工夫。

一体どうするか、どうやるか。それは想像の楽しみに溢れた、やり甲斐のあるシミュレーションだ。


(現実の異世界。異世界の迷宮。本物の、現実の。誰も造ったこと(・・・・・・・)がない(・・・)このオレだけの(・・・・・・)─────)


今や彼の下にはゲームにはない存在があり、ゲームではない仲間がおり、新たな要素がふんだんにある。

不謹慎を覚悟していうなら。それは異世界という、異常な現実にあってなお。


(楽しみだ)


となるのだった。


「まおーさまー!」

「お、悪い悪い」


ぼうっとしている間に離れたコレルが、腕を振って呼んでくる。

負い目のできた眷族を待たせるのも悪く、思考を切ると足を駆って近付いていった。

終盤に回した宝箱のチェックも終え、迷宮の準備そのものは、これでほとんど完了した。

あとは魔人との生活を送り────────敵との戦いを待つのみ。

異世界への《召喚》などという、非現実も早2日目。

この世界の<魔王>ハルキは既に過ごした時間を想い、何気なく己が迷宮にこぼした。


「人間に魔族、魔人…………あと王国か。ま、迷宮的にも萎縮されると困るから、死人は出ないようにするし。他国に侵略までするなら、怪我する覚悟はあるだろう。せいぜい来てみるといいさ。魔王ハルキの管理する迷宮、そう簡単には落ちないことを教えてやるよ」


薄闇の中でそう告げる。

通路を行く姿はやがて壁の光源に照らされ、不敵な笑みが長く長く、過ぎた軌跡に焼きついた。





第10話では実験的に急遽真ん中のパートを書き下ろしで追加しました。

この回は全体的にそうでしたが、地の文が短く会話分の比率が上がっております。

コレルがいるかいないかの違い・・・・・・。


迷宮キチ○○なのが主人公の基本設定。


次回「第11話 日々の暮らし」はちょっとお試しで12月11日(水)0時、日付の変わった直後に更新予定。

掲載予約済みです。

作者的には賞に応募した時の原稿ベースで、公開するのに一番緊張するところ。


※9話と10話に細かな部分の修正、一部の無駄な記述の削減を行いました。既に投稿した分も細かな修正は気付いたら行っていくつもりですが、並行的な作業になるので、終わりましたら報告致します。

※ご指摘を受けた文章の削除ミスを修正しました。

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