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 震える手で用紙を受け取る。心なしか用紙が重い気がする。でも、そんなのは気のせいだ。これは用紙だ。ただの用紙だ。こんな紙切れに何を恐れているのだろう。

「……ちっ」

 軽く舌打ちしてから、僕はその用紙を裏返す。正確には表面にする。そこに書かれていたのは、赤いインクで『0』の文字。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 叫ぶと教室にいたみんながドッと笑い始めた。

「笑い事じゃねーって!」

 紙切れ……零点のテスト用紙を片手でヒラヒラさせながら弁解を試みるが、無駄。

「滝川、お前ってバカな!」

「今時、零点なんて流行らないぜ!」

 そんな言葉が飛んで、更に笑いを促進させる。みんがこんなに笑うって事は、もしかすると、これはそんなに大変な事ではないのかもしれない。実は、大した問題なんか孕んでいないのかもしれない。

「……そ、そうだよな。今時、零点なんて流行らないよな!はははっ!」

 笑ってみるが、後ろから先生に小突かれて少し涙が出た。校内暴力反対。



 結局、零点という珍しい得点を取った僕は、高校二年生をやり直すか、一週間補習に出続けるかという実質一つしかない選択肢を突きつけられ、みんなが帰った教室の中で一人机に向かってた。

「はぁ……何で零点なんだよ。僕には青い猫型ロボットでも必要って事なのか?」

 ブツブツと自分の馬鹿さ加減に呆れながら補習のプリントの問題を解いていく。思ったより解けるので、自分はまだ大丈夫なのだと思った矢先、いきなり現れた人物によって頭を叩かれる。

「本当にバカね。おばさんが泣くよ?」

 叩かれた後頭部をさすりながら、僕は振り向く。そこにいたのは麻上藤花。僕の幼なじみである。

「まぁ、ある意味天才だろ?」

 僕は肩を竦め、戯けてみせる。藤花は実に嫌な笑みを浮かべながら、「じゃ、久郎は零点を取るくらいの天才です。可愛がってあげてくださいっておばさんに言ってあげようか?」と僕を脅す。勘弁してください。

「分かったよ。何が目的だ?」

 自分の財布具合を気にしながらも、藤花に尋ねる。藤花は「分かってるじゃん」みたいな顔をする。

「駅前に美味しそうなクレープ屋が出来たんだ。奢ってよ」

 藤花は目を輝かす。こいつは本当に甘い物が大好きだ。ケーキとかパフェとかクレープとか。ぶっちゃけ、どれも同じ味にしか僕は感じない。

「分かったよ。クレープくらいなら」

 藤花は満足したように僕の前の席に座って、こちらに向き直る。「もう少しで終わる」と言って、僕は残りの問題に手を付ける。

教室は茜色に染まり、外からは部活動に勤しんでいる生徒の元気な掛け声が聞こえる。遠くから吹奏楽部が奏でる、優しそうなメロディーの音楽が聞こえる。

 チラッと藤花の顔を見る。藤花は口元に微かに笑みを作って、僕の事を見ていた。そして、それを可愛いと僕は思ってしまった。

「……久郎」

 普段とは違う声質。何処か甘えているような声。何処か大人びている声。幼なじみではなく、異性として意識させるような声。

 気恥ずかしくなって、視線を藤花からプリントへと移す。瞬間、目に飛び込んできたのは藤花のふくよか胸。あくまで上品に短くされているスカートからソッと出ている白く、細い太もも。

 胸が高鳴る。体中が熱くなる。下半身が疼く。

「……いや、む、難しいな。やっぱ時間が掛かるかもしれないです。先に行ってて良いぜよ?」

 藤花の顔を見ないように、なるべく冷静に言おうとするが、最後の語尾がおかしい。どう考えても、僕は混乱している。

冷静になれ。藤花だぞ。こいつが小さい時から知っているんだぞ。いわば、兄妹みたいなもんだぞ。そんな奴に何を緊張する必要がある?そうそう、緊張する必要はない。藤花は女だけど、僕にとってはそんな存在じゃない。

 自分に言い聞かせる。だが、鼓動は止む事はない。下半身だってもう爆発寸前だ。

 視線を少しだけ上げ、藤花の顔を盗み見ようとするが、白い首もとを見たら、もうダメだった。

「……藤花」

 僕は覚悟を決め、藤花の顔を見る。藤花の顔はほんのりと紅潮していて、それがどうしようもなく色っぽく見えてしまった。

「久郎……」

 唾を飲み込むと、凄い音が教室内に響いた気がした。そして、その音がとても淫靡に感じた。

 どちらからともなく、顔を近づけていく。藤花のピンク色の唇が僕の理性を奪っていく。

 ――もう止められない。

 藤花の顔が止まった。もう瞳は閉じられている。後は僕が顔を、唇を近づけるだけ――

 その時だった。

 僕の視界に彼女が映った。藤花の後ろ、黒板の前を彼女が歩いていた。

「三枝……凪」

 僕がそう口にすると、藤花がハッとなって目を開け、僕の視線を追って、三枝凪を見た。


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