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双子と流星群

作者: くー

『この辺りは星が綺麗と評判なんですよ。今日はふたご座流星群がよく見えるそうですから、遅くなってしまいましたが、せっかくだから駅まで堪能していってください』


 澄み渡る夜空の下、そうにこやかに笑った取引先の担当者と別れ、五歩歩いて振り向いてみると社屋に戻り無人になるくらい寒い夜だった。

 星が綺麗と言えば聞こえがいいが、言い換えればそれだけ店も民家も少なく街灯も疎ら。おまけに空気が澄んで視界が開けている分、真夏なら過ごしやすそうだが、十一月ともなると容赦ない吹きさらしでしかない。

 すっかり落葉し丸裸の並木は道路の両端を飾っているが、風除けの役には立たない。コートのファスナーを首元まできっちり締め、手袋を持ち合わせていなかったので両手をポケットに突っ込むが、じわりじわりと寒さが凍みてきて、一分でも早くこの状況から抜け出したい。駅まであとどれくらいかと指折り数えたくなった頃、皓々と夜空に浮かび上がるコンビニの看板を見たときには、本気でほっとしたほどだ。

 暖かな店内を求め、少し気が急いていたのだろう。暗い駐車場で黒いパーカーを着た客とすれ違うときに互いの肩をぶつけてしまった。相手も急いでいるのか、走っていたので思いのほか強い衝撃があった。咄嗟に謝罪をしようと足を止め振り向いたが急いでいるのか、黒い姿は闇夜に紛れ、何故か当たった肩にコンビニの照明を受けキラキラと光る粉だけが残された。

 気を取り直し入った暖かい店内には、店員が二人レジカウンターにいるだけで客の姿はない。あまり長居するのも気が引けて、店内を一周すると甘めの缶コーヒーを選んでレジに出した。

 熱い缶を両手で包むと、かじかんだ指がじんじんする。店の外に出てすぐに一口飲むと、一際白い湯気が上がった。喉を通って広がる温もりと甘みにほんの少し疲れが癒され気持ちにもゆとりが出来たので、ようやくお勧めの空を見上げる。

 濃紺とも黒ともつかない夜空に白っぽい光の粒が散らばっている。よくよく見ると、それぞれ青みがかっていたり、赤っぽかったりと色も大きさも様々だ。

「―――あ」

 不意に現れた小さな光がすっと流れて消えた。それは、ほんの一秒あるかないかの短い時間のことだ。

 流れ星とは文字通り、流れて消えるものだと、初めて実物を見て知った。

 一度見えると欲が湧いてくるもので、一本道で車も人気もないのをいいことに、空を眺めながら歩く。

 けれど、シャワーのように星が流れるわけもなく、珍しいものが見れたと、そこそこ満足して視線を正面に戻すと、直ぐ前に一人の少年が立っていた。

「危ないなぁ。上ばっかり見てたらぶつかるよ。流星群を見るのは初めて?」

 そう尋ねる彼は暗くて分かりづらかったが、よく見るとコンビニですれ違った黒いパーカーを着ている。

「運が良いね。初めてで、珍しいものが見れるんだから」

 黒尽くめの少年はじっと目を凝らして暫く天を仰いでいたが、突然「ほら、そこ」と真上を指差した。

「何?」

「見逃したらきっと悔しいどころじゃないよ」

 そこまで言われたら無視も出来ず見上げると、天頂から五つ六つと星が流れ、そのうちの二つが頭上でパン!とぶつかった。

「ほらやった」

 呆れたように少年が嘆息する。

 ロケット花火を使って担がれたかとも思ったが、それにしては光り方が余りにも違うし、通りすがりの他人にするようなものでもない。

 訳が分からず、泳ぐ視線の先に淡い光があった。

 道端に茂る草の一角から漏れるそれに少年も気付いた。二人揃って顔を見合わせた後、少年が草を掻き分けると、小さな石のようなものが白く輝き瞬いていた。

「触ってごらんよ」

 気にならないと言えば嘘になるが、口の端を僅かに上げていかにも面白がっている様子で勧められては、相手が子どもだからこそ腰が引ける。

「触っても怪我したりしないから」

 怖い?とニヤニヤしながら訊かれては、何となく後には引けない。

 そっと手をかざし、さしたる刺激がなさそうな事を確認し、指先でつまもうと触れた瞬間

「―――?!」

 小さな塊はぱちんと爆ぜて、キラキラと粉を散らして消えた。

 確かに触ったはずなのに、指には何も残っていない。

「流れ星の欠片だよ。迷子が出鱈目に動くと、皆が闇雲に探そうとするから碌なことにならないな」

 突然、少年に手を掴まれたかと思うと、流れ星(?)を触った指先をぺろりと舐められた。ざらついた感触に反射的に手を引っ込めるが、少年に気分を害した様子はない。

「馬鹿だなぁ」

 意味不明な言葉を呟く少年を呆気にとられ見つめていたが、彼は全然意に介す様子もなく、「行こう」と歩き出した。完全に主導権を握られた形だが、ありえない出来事に思考は固まり、言われるまま付き従うように歩いていたが、さほどかからず少年が足を止めた。

「ああ、駅だ」

 今まで気付かなかったが、確かに並木の先に駅舎が見えている。行きはもっと時間が掛っていたはずなのにと、目の前の光景に唖然としてしまう。

「ここまでだな」

 少年が正面に来てコンビニでぶつかった方の肩をはたくので、つられて肩口を見やると、すぐ隣にもう一人同じ少年が立っていた。

「落っこちたからって、人についていけばいいってもんじゃないんだよ」

 正面の少年が呆れたように言うと、隣の少年はぷうっとむくれた。

「違うって。久しぶりに街を見たくなったんだってば」

「じゃあ街を見れたから満足だろ。まったく、どれだけ皆が探したか分かってる?」

「……ごめん」

「おまけに一人じゃ街に行けないからって、こっそり人の後をつけるなんて性質たちが悪すぎるよ」

「はいはい、すみませんでした。そろそろ戻るから許してください」

 驚きに声もなく瓜二つの二人を見比べていると、こちらの様子に気付いた二人はさも可笑しげに含み笑いを交し合った。

「俺たち、双子なんですよ」

 とっておきをこっそり伝えるようにネタばらしをされ、なるほどと腑に落ちこちらも苦笑が漏れる。


「あ、すごい流星」


 道行く誰かが上げた声につられて空を仰ぐと、まるで高速再生されたニュースの映像のように星が降り注ぐ。圧巻の光景に呑まれたのは周り同様らしく、皆足を止め、ざわめきだけが広がっていくのが雰囲気で分かる。

「バイバイ」

 すでに耳に馴染みかけた声が別れを告げるので少年のいた場所に視線を戻すと、そこには誰もいなかった。

 どこに行った?

 周りを見渡してもそれらしき黒い二人組は見つからない。


 ふと見上げた空、流星があったはずの中心には金星銀星がそ知らぬ顔で輝いていた。 



ふたご座の双子がうっかり流星と一緒に落ちたら、という事で。


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