婚約破棄した王太子の末路
「絶対に婚約破棄しないでくださいね」と私は婚約者のレキサルティに言った。
公爵家の娘である私は、王太子のレキサルティと婚約したのだ。今、部屋の中で私と彼は向かい合っている。
「婚約破棄などするわけないだろう。君を心から愛しているんだ」
「じゃあこの婚約指輪に誓ってくれますか?」
「いいだろう。俺は絶対に婚約破棄はしない。この命にかけて誓うよ」
普通、婚約指輪は男性から女性に贈る物だ。しかし私は、自分の方からも彼に婚約指輪を送った。
「この指輪を絶対に外さないでください」
「わかった」
レキサルティは微笑んで指輪をつけた。
私の部屋から立ち去る彼の後姿を見送った。それが、生きている彼を目にする最後になるとは、この時の私には知る由もなかったのだ。
×××
俺は婚約者ベロニカの部屋を出た。廊下を歩いて公爵邸を出ようとすると、ベロニカの妹のカサンドラと会った。金髪縦ロールの美しい令嬢だ。
「あら、レキサルティ殿下」とカサンドラは微笑んだ。
「やあカサンドラ」
「わたくしの部屋にお寄りになりませんこと?」
「ああ、少しよっていこうかな」
俺はあたりをきょろきょろした。よし、誰にも見られてないな。
カサンドラに手を引かれて俺は彼女の部屋に入った。部屋に入るなり、壁に彼女を押し付けて壁ドン状態になり、激しくキスをした。彼女の方からも俺を求めてくる。
姉のベロニカと婚約する前から、俺は妹のカサンドラとこういう関係だった。貴族社会の面倒くさい習わしによってベロニカと婚約したが、俺が本当に愛しているのはカサンドラなのだ。
「なんでお姉さまとなんか婚約したんですの?」と唇を離してからカサンドラが言う。
「しょうがないだろ。王太子ともなると結婚相手を自分で選べないんだ」
「このままお姉さまと結婚するおつもり?」
「いや、あの女とは婚約破棄する。流行り病で寝込んでるおやじがもうすぐ死ぬから、そうすれば俺が国王になって、結婚相手を自分で選べるようになる。それまで我慢してくれ」
その時、俺の左手にしびれるような感覚が走った。
「いてっ、なんだ?」と左手につけてあった指輪を見る。
「今この指輪が光りましたわ」
「指輪が光った? 気のせいだろ。これはベロニカにもらった婚約指輪なんだ」
しかしよく見ると、確かに指輪が発光して、ゆっくりと明滅している。
「気味の悪い指輪ですわ」
「そうだな、こんな指輪は外してしまえ」
俺は左手の薬指についている婚約指輪を外した。そのとたん、体が勝手に動き出した。まるで操り人形になったみたいに体の自由がきかない。
「どうしたんですの? レキサルティ殿下」
「か、体が勝手に動くんだ」
俺の体は俺の意思を無視して、護身用に持っていた短刀を抜いた。
「その短刀で私を殺すつもりですの?」
「逃げろカサンドラ。体の自由がきかない!」
「きゃああああ! 誰か、誰か来て!」
俺は手に持った短刀で自分の腹を刺した。何度も何度も刺した。もちろんそんなことはしたくなかったのだが、体が勝手に動くのだ。腹から大量の血を流し、俺は意識を失った。
×××
私の婚約者レキサルティは死んだ。妹の部屋で腹部を何度も刺されて死んでいた。その場にいた妹はレキサルティを殺害した犯人として捕らえられた。
王太子を殺した罪は重い。当然死刑になった。妹は最後まで無実を主張していたが、その主張は通らなかったのだ。
痴情のもつれだと人々はうわさした。
婚約者と妹を一度に失った私はみんなから同情された。
私は亡き妹の部屋に入り、部屋の隅に落ちていた指輪を拾い上げた。
「婚約破棄しないでってあれだけ言ったのに、バカな男」
これは誓約の指輪、指輪に誓ったことは必ず実行される。彼は自分で言ったのだ。命に懸けて誓う、と。
指輪を握り締めて、私は部屋から出た。




