第8話 あこがれの、シャルトル聖下♡
フランスは、コルセットでかちかちになった腰に手をあてて、浅く息をくりかえした。お腹がすいて腹がへこんでいるからって、しめすぎたかもしれない。
息がしづらい。
アミアンが持ってきた荷物をまさぐりながら言う。
「お嬢様、アクセサリーはどうされますか? いくつか持ってきましたが」
「いちばんギラギラで、大きくていやらしいやつにしてちょうだい」
大公国に来て、最初の祭服以外での行事だ。
うわさ通りの悪女らしさを見せつけておきたい。
「では、これとか」
アミアンが、大きくていやらしい首飾りを持ち上げた。
「いいわね。いいかんじに悪そう」
「ええ、聖女という感じではありませんね」
アミアンが大ぶりのアクセサリーをフランスの首につけ、髪をとかしつけて整え、髪飾りをつける。
なんとか、間に合ったわね。
ふたりで、ドレス姿に問題がないかくまなくチェックして、急いで部屋を出る。
アミアンは昼餐会には出ないが、途中まで支えてもらうことにした。急がないといけないが、ヒールが高くてひとりでは素早く動けない。
場所は、たしか調印式を行った大広間と同じ場所のはずだ。
急いでむかうと、司教たちの行列に行き会った。護衛の騎士たちもいる。騎士たちの服に刺繍されているのは、シャルトル教皇直属の騎士修道会の紋章だ。
聖下だわ。
行列の先頭にちかい場所に、シャルトル教皇がいる。
彼は、フランスに気づくと、立ち止まり、こちらへ、というような仕草をした。
「アミアン、あとは一人でゆくわ。部屋にもどってて」
「はい、お嬢様、おきをつけて」
「うん」
フランスは、アミアンの腕をはなし、急いで、シャルトル教皇のもとへ近づいた。
そばにゆくと、シャルトル教皇が微笑んで言う。
「今日の装いも実に美しいですね」
「おそれいります、聖下」
シャルトル教皇が差し出した手に、フランスが手をのせると、美しい所作で、彼の腕に導かれる。
シャルトル教皇は、やさしくフランスをエスコートした。彼は、フランスの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。
ふたり、並んで歩いた。
彼は、すこし申し訳なさそうな顔で微笑んで、言った。
「さきほどは、ありがとうございました」
「えっ」
まさか、礼を言われるとは思わず、動揺してしまう。
「イギリス陛下のことです、場をおさめるために、あのように申し出てくださったのでしょう」
「あ、いえ」
どうも、聖下の前だと、いつものように気持ちを強く持てない。
女とみまごう美しい容姿のせいか、どぎまぎしてしまう。
「あなたが傷つくようなことは、なかったでしょうね」
そう言って、心配そうな顔でのぞき込まれると、つい少女のようにはじらってしまう。
シャルトル教皇の深いブルーの瞳が目の前にあった。
ほんとうに、お美しい。
彼のはっとするほど美しい青の瞳をたたえて、教国ではその色をシャルトルブルーと呼ぶほどだった。
「はい、そのようなことが、あろうはずもございません」
「あなたのことが心配なのですよ。くれぐれも無理をしないように」
シャルトル教皇は、自分の腕にあるフランスの手の甲を、なぐさめるようにぽんぽんともう片方の手でたたき、続けて言った。
「なにか、困ったことがあればすぐに言いなさい。いいですね」
「はい、聖下」
フランスは、美しい彼の瞳を見つめて、うっとりした。
ついでに深く息をする。
シャルトル教皇からは、花のようなよい香りがした。
ほんと、素敵だなあ。
うっとりするような時間はあっという間に終わった。大広間につくと、シャルトル教皇は、フランスの手をはなして席へと進む。教皇である彼の席は、もちろん一般席ではない。
聖女であるフランスの席も、それなりの席だが、それは司教と同じくする程度のものだ。
司教をまとめる大司教たちと、騎士修道会をまとめる騎士団長たち、それらすべてをとりまとめる教皇の地位は、はるかに高い。
フランスがシャルトル教皇と、話ができるのは、ひとえに彼の気さくな人柄によるものだ。
ふつうなら話すことさえないだろう。
シャルトル教皇の姿は、すぐに後に続く取り巻きの姿にまぎれて見えなくなった。
「聖女」
うしろから声をかけられてふりかえる。
イギリスが機嫌の悪そうな顔で立っていた。
え?
まさか、ひとり?
イギリスは、シャルトル教皇のような取り巻きもなく、ひとりでそこに立っていた。
そういえば、調印式に向かうときも、使用人はいくらかいたけれど、護衛騎士のひとりもいなかったわね。
帝国の皇帝が、こんなに身軽に出歩けるものだろうか。スイス大公ですら、出歩くときは六人ほど護衛騎士を連れ立っているのに。
もしかして、不死のうわさは、本当なのかしら。
フランスは邪魔だったのかと思い、身を引いて、頭をさげ、イギリスが通り過ぎるのを待った。
急に、腕をつかまれる。
イギリスは、またしても大股で、歩きはじめた。
フランスは必死に足を動かした。
ヒールが脱げちゃうでしょ!
イギリスはまっすぐに、最高位の者がつどう席に向かっている。
フランスは小声で言った。
「陛下! わたくしの席は、あちらではありません!」
「さすが賢い聖女殿は、いつまた我々が入れかわるかご存知のようだな。わたしは知らないのでね。だまって側にはべっていろ」
いちいち皮肉を言わないと息もできないのかしら。
むかつくわね。
いや、でも、まずい、まずい。
さすがに、その席はまずいわ。
フランスの脳裏に、調印式でのとんでもない空気がよみがえる。
あんな席で、大公国の美味しいとうわさの料理を食べたくはない。
あっという間に、フランスは腕をつかまれたまま、イギリスの席に連れてこられる。
目の前で、シャルトル教皇とスイス大公が驚いたように、こちらを見ていた。
また、このメンバーね……。
フランスは、ぎこちなくニコッとした。
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おまけ 他意はない豆知識
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【シャルトルブルー?】
シャルトル大聖堂は、フランスの世界遺産。
大聖堂にあるステンドグラス窓は、『シャルトルブルー』と讃えられる非常に鮮やかな青い色が有名です。歴史的にも貴重な、中世ステンドグラスの作品です。