第249話 赤い竜の魔法
フランスの真上を、タカが飛んだ。
イギリスだ。
タカが、ひとつ鳴く。
すると、急激に川の水位が下がった。
川の中にある馬たちの身体が、とたんに、強い力で前にすすむ。
水位はどんどん低くなる。
フランスの腰ほどまであった水位は、あっという間に、りんごちゃんの腹の下あたりまで下がった。
りんごちゃんは、フランスとシャルトルを乗せて力強く前へとすすみ、川をわたりきった。
川をわたりきって、坂を駆け上がり、シャルトルが馬首をかえしてとまる。後方につづく仲間たちの馬が、すべて川をわたりきろうとしているところだった。
だが、すぐそこに追手である西方の騎士がせまり、今にも川を渡ろうとしている。
最後の仲間が川をわたりきったとき、西方の騎士たちはすでに川の中へと突入していた。
タカが、もうひとつ鳴く。
すると、急に川の水位が増した。
それは、急激な、そして不思議な流れだった。
押し寄せるようにして復活した水位は、下流に向かってながれるのではなく、大きな波のようになって、西方の騎士があやつる馬たちを、フランスたちがいるのとは反対側の岸へと押し戻した。
すべての馬が押し戻されると、川の水が、さらに水位を増しはじめる。
うずをまくようにして。
さっきまでは岸だったところが水に飲まれていく。
西方の騎士たちは、後退するしかないようだった。
この深さと、荒れた様子じゃ、わたれないわね。
すぐに、西方の騎士たちは、わたるのをあきらめたのか、川沿いを走りはじめた。
街道が伸びていた方向へと向かっている。
先へ行って、橋をわたるつもりなんだわ。
また、タカがひとつ鳴いた。
円を描くようにして飛び、街道がある方向とは別のほうへと飛んで行く。
「国境まではすこしだ! 行くぞ!」
シャルトルの号令で、みんな、また馬を走らせる。
川からすこし行くと、森だった。
森の中を、タカの姿をたよりに走る。
さっきよりもきびしい状況だった。
濡れてしまった下半身が、おそろしく冷えて、段々と感覚がなくなってくる。
もう尻がいたいどころじゃないわ。
力が入っているか、入っていないかも分からなくなってきちゃった。
足先も冷たくて、痛いを通りこして、感覚が麻痺している。
しばらくいくと、森をぬけた。
草地のさきに、生垣がある。
領地をくぎる、あれは……、スローベリーの生垣だ。
もしかして、あれって……。
シャルトルが叫んだ。
「あの境界を超えれば帝国領だ!」
え、もしかして。
そこまで高くはない生垣だけど!
無理じゃない⁉
無理じゃないかな⁉
りんごちゃんなら、大丈夫⁉
シャルトルが、するどい声で言った。
「フランス、しっかりつかまって!」
「はい!」
シャルトルは勢いよくりんごちゃんをかけさせ、生垣をとびこえた。
一瞬。
尻が完全に浮いて、フランスは思わず叫んだ。
シャルトルが、片手を後ろにまわし、フランスを支えるようにする。
フランスは着地の衝撃を、シャルトルの服をぎゅっとつかんでやりすごした。頬にあたった、シャルトルの服がこすれて、ひりひりと痛む。
衝撃に呆然とする間もなく、馬はかけつづけた。
生垣の向こう側にも、森が広がっている。
タカが飛ぶ先へ、走りつづける。
そうして、あたりが夕暮れに染まったころ。
森の中にある、古びた城についた。
城にたどりつき、馬をとめたときには、もう、誰も何も言わなかった。
絶対、限界……、こえたわ……。
イギリスが姿をあらわすと、帝国の騎士たちがかけよってきて、フランスや他の聖女たちが、馬からおりるのを手伝った。
夜明けにパンをひとつ食べただけで、あとはほとんど水ものまずに来た。
もう、声も出ない。
ほんと、馬がひとつもダメにならなかったのが奇跡でしょ。
どうやら、だれひとり欠けることなく、ここまで到着したようだった。
イギリスが、フランスとシャルトルのもとに来て言った。
「ここは、今は国境を警備する騎士たちの宿舎になっている古い城だ。案内をさせるから、着替えと食事を。冷えただろうか、風呂にはいったほうがいい」
「お風呂あるのね、やったわ」
フランスが、しなしなの声で言うと、イギリスがフランスをはげますように腕をかるくたたいて言った。
「騎士たちが使う大浴場がある。交代で使うといい」
「うそお。さいこお」
「わたしは、国境の様子を見て来る」
「ありがとう、イギリス」
シャルトルも、いつもよりか疲れた様子の声で言った。
「感謝いたします陛下」
イギリスが、あたりを見回して言った。
「ヴラド、あいつは、どこに行ったんだ?」
「あれ? ほんとね、どこかしら」
うしろから、見習い聖女ちゃんの声がとんできた。
「ここです、フランスねえさま」
「えっ」
ヴラドは、ちゃっかり見習い聖女ちゃんのてのひらの上に、コウモリ姿でくっついていた。
どうやら、甘えているらしい。
まあ。
一番若い女の子に行ったわね。
フランスは、言い聞かせるように言った。
「ヴラド、わるさしちゃだめだからね」
ヴラドは、かわいこぶるみたいにキィキィ鳴いた。
やれやれ。
でも、疲れたし……。
フランスは、見習い聖女ちゃんに笑顔をむけて言った。
「しばらく、ヴラドをお願いできる?」
「はい、ねえさま! おまかせを!」
見習い聖女ちゃんは、けっこう容赦ない感じで、ヴラドをぎゅっと握りしめるようにして持っていった。
大丈夫かな……。
どっちが、心配か……、分かんないけど。
イギリスが立ち去ると、帝国の騎士が、丁寧に中へと案内してくれた。
城の三階にある応接用の広間は、談話室のようになっていた。
暖炉に火がしっかりと入っていて、床には立派に分厚い絨毯がしかれている。
おどろくほど、あたたかい。
男たちは、別の部屋に案内されたようだった。
聖女たちと、ブールジュ騎士団の女騎士が、談話室に集まる。
案内してくれた帝国の騎士が言った。
「大浴場をどうぞお使いください、着替えも用意してあります。こちらです」
どうやら、女性が先に使えるよう、イギリスが配慮してくれたらしい。
女たちが、嬉しそうにキャーキャーやりながら、帝国の騎士についていった。
フランスは、その場で動かない人物に目をやった。
シャルトルが、戸惑うような表情でフランスを見ている。
あ、そっか。
一緒にお風呂……。
シャルトルと、一緒にお風呂⁉
ええ‼
ご、ご褒美過ぎる‼




