第245話 ヴォーバン夫人
フランスは、りんごちゃんの背にシャルトルとふたりでまたがり、ヴォーバン老元帥の指定した場所に向かった。
フランスたちがいる丘と、ヴォーバン老元帥の居城がある星型要塞の間にある、橋が指定の場所だった。ふるくて美しい石造りの立派な橋が、川にかかっている。
フランスとシャルトルがそこに向かうと、すでに橋の上に、二頭の馬がいた。
それぞれに人が乗っている。
ひとりは男で、もう一人はかなり小柄だった。
女かもしれない。
フランスとシャルトルが橋に近づくと、頭巾を目深にかぶったふたりの人物は馬からおりた。
フランスとシャルトルも馬をおりる。
石造りの橋の上を、お互いに近づく。
川のせせらぎの音がした。
お互いに、剣は届かないだろうという距離感で、立ち止まった。
背の高い男のほうが、頭巾をおろす。
わ。
えっ。
うそうそ。
これが、もしかして……。
シャルトルがにっこりと言う。
「こんばんわ、ヴォーバン」
「シャルトル聖下に、ご挨拶申し上げます。いや、シャルトル聖女様と言うべきでしょうか」
「いいえ、もはや、わたしにはどちらの職位もふさわしくはありません。ただの、シャルトルです」
「ふむ」
まってえ。
やっぱり、この方がヴォーバン老元帥様なのね。
老元帥と呼ばれるほどだ。たしかに、お年を召している。
いるけれど、これは……。
あまりに美男!
超絶美男‼
すごい。
すごすぎる。
今まで、年若い美男はいくらか見てきたけれど、これは迫力が違うわ。
人って、こんなに年を重ねても、美男でいられるんだ。
やだ、なんか、目覚めちゃいそう。
フランスは、ヴォーバン老元帥に視線を向けられ、はっとして挨拶をした。
「ヴォーバン様、聖女をつとめております、フランスと申します」
「そう……、あなたが聖女フランス様ですか」
にっこりと微笑まれて、ちょっとくらくらする。
かっこいい。
ヴォーバン老元帥が、シャルトルに目を向けて言った。
「わたくしは、この教国自体に、忠誠を誓っております」
「ええ、あなたは、ずっとそうでした」
「いかなるときも中立をたもつのが、わたくしの信念。ですが、今回のことは、中立をたもつなかでも、非常に難しい問題です」
「……」
「シャルトル聖下、今夜だけは、まだそう呼ばせていただきましょう。あなたは、教国のために尽くされました。心情としては、あなたに協力したくもある。だが、あなたを国外へ逃がすことは、この教国にとって良いことなのかどうか……」
大罪人を逃し、聖女の力をひとつ失わせる行為だものね。
教国を思えばこそ、納得できない行為かもしれない。
フランスは礼を尽くして言った。
「ヴォーバン様、どうか、お願いいたします。シャルトルを……、シャルトル聖女をこの教国から逃がしたいというのは、すべての聖女の願いでもあります。わたくしたちは、第一番の聖女を幽閉し、一部の権力者の道具とすることを、のぞみません」
ヴォーバン老元帥が、うなずいて言う。
「まあ、そうなれば、聖女のあり方は、いままで以上にこの教国でゆがんだものとなるでしょうな」
「では」
「それでは、妻の意見を聞いてみましょう」
妻?
ヴォーバン老元帥のとなりにいる小柄な人物が、一歩前に出た。
ヴォーバン様の奥様だったのね。
小柄なヴォーバン夫人が、フランスの目の前に立つ。
彼女は優雅な所作で、そっと頭巾をおろした。
フランスは思わず叫んだ。
「あッ‼」
ヴォーバン夫人が、不敵な笑顔をフランスに向けて言った。
「ひさしぶりね、ぶす」
東側の領主の、五番目の娘ちゃん⁉
ヴォーバンって、そっか、どこかで聞いたことあると思ったのよね!
五番目の娘ちゃんの、嫁ぎ先じゃない!
フランスは、久しぶりの再会に嬉しくなって、笑顔で言った。
「ぶすっていうほうが、ぶす」
おたがいに「うるさいわね」と言い合って、笑う。
五番目の娘ちゃんが両手をひろげたので、フランスは勢いよく抱きついて、ぎゅっとやった。
「本当に、お久しぶりです! 手紙ではやりとりしていましたけど!」
「あなたってば、相変わらず、お騒がせ聖女しているのね。こんな夜遅くに、馬でかけてくるなんて」
ふたりで笑い合う。
五番目の娘ちゃん、いや、ヴォーバン夫人は、以前よりもぐっと大人びていた。
それに……。
「なんだか……、綺麗になりましたね」
フランスがそう言うと、ヴォーバン夫人が、いたずらっぽく愛らしい笑顔を、ちらりとヴォーバン老元帥に向けて言った。
「素敵な、旦那様がいるから」
ヴォーバン老元帥が、嬉しそうな、優しそうな微笑みを、ヴォーバン夫人に向ける。
うわあ。
手紙で知っているけれど、ラブラブなんだ。
のろけ手紙の内容も、この様子じゃ想像がつくわ。
最高ね。
フランスがふたりを交互に見やると、ヴォーバン老元帥がちょっと困ったように笑って言った。
「お互いに望んだ婚姻ではありませんでしたが、お恥ずかしいことに、この年で妻に恋してしまいまして」
きゃー!
素敵!
フランスが、おさえきれないニヤつきをヴォーバン夫人に向けると、夫人はちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうにした。
ヴォーバン老元帥が、ヴォーバン夫人に向かって言う。
「きみは、どうするのが良いと思う?」
「そうね……」
お願い!
ヴォーバン夫人様‼
なんとか、国境まで通してください!




